小説

エスカレーターの囚人

私のよく利用する駅のエスカレーターに人ひとり分の幅しかないものがある。私は乗り込む車両の関係からいつもそのエスカレーターを使っている。

すいている時間のときは、人々はそのエスカレーターを歩いて降りていってしまう。しかし、朝の混雑時は、車の渋滞と同じように前に進めなくなるのか、誰も歩かずに、ただ立って降りていく。そのせいで、エスカレーターの入り口には、乗るのを待つ人々が群がり、人溜まりができている。

ある朝、私がその人溜まりの中でエスカレーターに向かって少しずつ進んでいると、前の方で鼠色のTシャツを着た男が、人を押し除けて割り込むのが見えた。私はそれを見て思った。そのままエスカレーターを駆け降りるつもりなのだろうが、そううまく行くかな。

はたして、エスカレーターでは、この男は立ち止まらずにはいられなかった。彼にとって残念なことに、前は人が詰まっていたのだった。

私は男から6人ほど後ろに立って、男の背中を見ていた。イライラしているようだった。彼は乗り換えの電車に間に合わないと焦っているのかもしれない。それとも、仕事に遅刻しそうなのだろうか? だが、どうすることもできまい。降りることも、引き返すこともできないのだ。彼はエスカレーターにとらわれた囚人だった。私は内心笑わずにはいられなかった。

そもそもエスカレーターは駆け降りたり駆け上ったりするものではないのだ。そういうときは階段を使わなくてはならない。この男はそれを知らなかったのだろうか? 今回のことはいい教訓になろう。もっとも、この男にそれだけの知恵があるならばだが。

私たちを乗せたエスカレーターは下に進んでいった。そして、ついに前の男は最下段に到達した。後ろ上方から見つめる私は、この男が慌てて走り出すのを見たかった。そして遠ざかる男を見ながら「急げ! 急げ! 遅れちゃうぞ!」と笑ってやりたかった。

だが、それはできなかった。なぜなら、エスカレーターの下は左の通路につながっていたから。男は左側に姿を消したのだった。

私はまだエスカレーターで降りている途中だった。下に着く頃には男はとっくにどこかに姿を消しているだろう。エスカレーターを駆け降りたいのにできないので、とてもイライラした。

風刺・戯文

男のハンディファン

今年の夏、ハンディファンを持って街を歩くおじさんたちが各地に出現している。去年はそんな人はひとりもいなかったのにだ。「これはハンディファン史上大きな転換期を迎えているのだ」という人もいれば、「いや、猿が木から降りたのに匹敵する大きな人類の変化だ」と主張する人もいる。それどころか「7月5日はこれだったのだ。予言は本当だった」と言い出す人もいるありさまだ。

しかしそれにつけても不思議なのは、いったいどうしておじさんたちがハンディファンを使うようになったのか、だ。その理由がまったく腑に落ちないのだ。そもそも、ハンディファンは、韓国のスターたちがメイクが落ちないように使っていたのが始まりだ。それがきっかけとなって、若い女性たちの間で流行したのだ。

いったい、これまで若い女性の流行におじさんが追随したことなどあっただろうか? いや、ないのだ。おじさんたちは若い女の子の真似など決してしない・できない生き物なのだ。その決してありえないことが、ハンディファンで起きた。そこまで地球温暖化が進行したということなのだろうか?

こうした疑問に突き動かされて、私は、ハンディファンを使うおじさんたちの心の秘密を聞き出すべく、街頭インタビュー調査を敢行した。その結果、以下のような事実が判明した。

「おじさんたちが持っているのは、ハンディファンではなかった。それは、もともとファン付き作業着のファンであったものが、作業着部分の退化により自立したものである」

つまり、地球温暖化という過酷な環境への適応の中で収斂進化が起き、ハンディファンと類似した形質を獲得するに至ったのである。進化論研究上、きわめて興味深い例だと考えられよう。

風刺・戯文

日本人ファースト経済

我が国は日本人ファーストの国になった。なんと素晴らしいことだろうか。

日本人ファースト党はさっそく日本人ファースト政策を打ち出した。日本人だけに毎月、給付金を支給するというのだ。その名も日本人ファースト給付金。なんと200万円だ! ベーシックインカムにもほどがある、とネットでは大騒ぎ。

なんでそんなことが可能なのだろうか? 日本人ファースト党の説明によれば、これが本当の私たちの給料なのだそうだ。つまり、それだけ外国人と反日勢力が私たちから悪辣にも奪い取っていたのだ! それを日本人ファースト党が「取り戻した」ときたからたまらない。

私たちは毎月の200万円でなにをしようかともう夢中で考える。大きなテレビを買おう! 高級レストランでパーティだ! 札束で反日外国人のほっぺを叩いてやろう! 毎日遊んでたって使いきれない……私たちはついに労働と貧困から解放されたのだ。

そして、給付金の詳細が発表された。それはこんなものだった。

・日本人ファースト給付金200万円は本当の日本人だけに給付されます。
・日本人ファースト給付金は、日本人ファーストのための給付金です。
・日本人ファースト給付金は、日本人ファーストではない用途に用いてはいけません。
・日本人ファースト給付金が使えるのは、日本人ファースト党政府が認めた日本人ファースト企業の日本人ファースト認定印のある商品の購入だけです(認定商品の種類は現在50点ですが、これからどんどん増えていきます)。
・日本人ファースト給付金は、日本人ファーストを完全に実現するために、クーポンで配布されます。

目下のところ、このクーポン200万円分あれば、闇市で中国産のサツマイモが1本買える。

ライブ

Homecomings @ 渋谷 CLUB QUATTRO

Homecomings のライブはこれで4度目だが、今回はワンマンではなく、ゲストのバンドが雪国と ART-SCHOOL の2つ。あまりよく考えていなかったが、それぞれしっかり演奏したので、4時間という長時間のライブだった。開演1時間前の5時から立っているので、5時間立ちっぱなしということになる。ギターの人が「自分も5時から立ちっぱなしなので、気持ちは同じです」というようなことを言っていた。

ワンマンやフェスが多くなって、対バンライブをする機会がなくなってきたので、今回のようなツアー(「many shapes, many echoes」)を企画したとのこと。私はどちらのゲストバンドも楽しめたので、足は棒のようになったが長い感じはしなかった。相変わらず Homecomings の曲と演奏はどこか物語性があって聞きやすく、時間を忘れさせた。

ところで、ここ数日、私は YouTube で元ポリスのスチュアート・コープランドのドラム関係の動画をいくつも見ていて、ドラム聴きたい欲が高まっていた。

ドラムの演奏はバンドのカラーやドラマーの個性も関係があるから良し悪しではないのだが、最初に演奏した雪国のドラムはそんなに派手に叩くスタイルではなかったので、私の欲は満たされなかった。

だが、ART-SCHOOL のドラムはまさに私が聞きたかったタイプの演奏だった。手数も多く、欲しいところでしっかり連打してくれる。しかも、かっこいいのだ。これでドラムに対する渇きがたちまち癒やされた。これからは喉が渇いたら ART-SCHOOL を聞こうと思う。

散文

カレンのバーベキュー

日本に暮らすビルマのカレン人が、今日7月20日、葛西臨海公園でバーベキューの集いを開催した。私も誘われたので、行くことにした。100人ぐらい来るとのことだが、本当にそんなにくるのかわからない。チケットを見ると11時から開始というので、20分ぐらい前に行ってみたら、カレンの服を着た数名の人がたむろしているだけだった。これから準備を始めるらしい。

炎天下のなか、近くの木陰で待っているとだんだん人がやってきた。知り合いのカレン人も次々とやってきて、テーブルを広げたり、グリルに炭を投入して火をおこしたりしている。私はそのそばでぼんやりみていた。

するとカレンの若い人が私にウチワを渡してくれた。とても暑かったので私が思わず「ありがとう」というと、「なにを言ってるのかな」という顔つきで私をみて、それからグリルに目をやった。火をおこすためのウチワだったのだ。それから私はしばらくのあいだ、ウチワでグリルを扇ぎ続けた。ぼーっとつっ立っているよりはるかにマシだった。

そのうち、人々は肉やソーセージを焼き出した。この頃には私は自分のテーブルに移っていた。テーブルは15〜6ぐらい用意されていて、それぞれのテーブルに最低でも6人ぐらい座っていたから、100人というのは本当のようだ(子どももたくさんいた)。私はテーブルに座ると、あとはもうなにもせずひたすら肉やエビやソーセージを食べ続けた。ときどき、古い友人を見つけると会いに行って挨拶をした。

ある時から、私の席の向かいに、若いカレンの男が座っていた。背が高くていかにも健康そうだ。大きな声で話し、シャツのはだけた胸元からタトゥーが見えた(これはカレン人だけでなく、若いビルマ人がよくいれている)。

私は最初、彼のことを知らない人だと思っていたが、だんだん彼のことを思い出した。だが、確証がなかった。彼の手をこっそり見た。というのも、彼は手に特徴があるということを聞いていたから。だが、その手は焼かれたエビを掴んだり、お皿を他の人に渡したり、忙しく働いていて、よくわからなかった。

そこで思い切って私は名前を聞いてみた。彼は教えてくれたが、覚えのない名前だった。私はさらに尋ねた。

「前に会ったことありましたか?」

「私は会ったことがあると思います」 そこで私はもう間違いないと思って「M さんの息子さんでは?」と確認すると、若者はそうだと答えた。M さんはずいぶん前に亡くなったカレン人難民だ。入管に 3 年も収容されていて、私は何回か面会に行ったこともあった。

「そうですか!」と私はうれしくなった。M さんの葬儀のとき、当時未成年だった彼はビルマから日本にやってきて、そのまま難民として日本にいることになったのだった。思えばそのときから彼にほとんど会ったことがなかった。

「M さんとは友達でしたよ」と私がいうと彼は「お父さんに顔が似ているとみんなよく言います」と笑った。

この時になってはじめて、私が彼の手の特徴に気がついたのは、思えば不思議なことだ。彼は曲がった親指の持ち主だ。

小説

【今日の講話】お盆の物語

今日は、お集まりの皆さんに、お盆にちなんだお話をいたしましょう。

ある裕福な男が夢を見たということです。見ると、亡くなった両親が地獄で苦しんでいます。燃え盛る炎が、二人の体を焼き、食べ物も水も口に近づけるや炎と消えてしまうのでした。

男は駆け寄って助けようとしましたが、見えない壁に隔てられて近づけません。男は絶望して、泣くばかりです。

そのとき、仏様がやってくるのが見えました。男は仏様の足元に身を投げ、苦しんでいる両親を助けるにはどうしたらよいか涙ながらに尋ねました。

「男よ」と仏様は言いました。「目が覚めたら、貧しい人々のために働きなさい。それがお前の両親を救うであろう」

男は朝、起きるや否や、街に出て、貧しい人々に施しをはじめました。飢えた人々には食べ物を与え、家のない人々には住むところを世話し、親のいない子どもには安心して勉強できる場所をつくりました。

そして、善行の一日が終わると、男は再び眠りにつきました。

夢の中で、男は両親が楽しげに暮らしているのを見ました。火炎地獄とうってかわって、そこは穏やかな光に包まれ、涼しく爽やかな風がそよそよと吹いていました。

両親は男を見ると、感謝に手を合わせます。男は言いました。

「お父さま、お母さま、もうすぐお盆でございます。お盆には、亡くなった方々がこの世に戻ってくるとのことです。今年のお盆には、供え物でおもてなしいたしますので、ぜひおいでください」

すると両親は言いました。「いいや、わしらはここにいるよ」

「それはまたどうして」と、驚く男にこう両親は答えました。

「お盆の日本は地獄より暑いからの……」

風刺・戯文

衣食足りないから

昔、私の知っている人がこんなことを言って私を驚かせた。

孔子が「四十にして迷わず」と言っているのは、孔子が40歳を過ぎて迷わなくなったという意味だと普通考えられている。それで、私たちも40歳になったら迷わない境地に至るべきだ、ということになっている。

だが、私はそう思わない。これはむしろ、孔子が「40歳になったら迷わないように」と自分を戒めているのである。つまり孔子にも迷いの心があったということだ。孔子ほどの人にそんな心があったのだから、私たちのような凡人はむしろ「迷わず」などという境地に達することはできない。むしろ逆に40になっても大いに迷っていい、そう考えた方がいいのではないか。だからもっと迷うべきなのだ。

また、その人はこんなことも言っていた。

「衣食足りて礼節を知る」というのは、生活が安定してこそ、人間は礼儀を重んじるようなると解釈されているけれど、これはつまり、生活が安定していないときは、礼儀なんて尊重しなくていいということなのだ。そこで、今の私たちの生活はぜんぜん安定していない。だから、マナーなんて守る必要ないのだ。

これはこれでひとつの考えだと思うので、私は尊重したい。にしても、貧しくなればなるほど、人間を重んずるという最低限の礼節すら失われていく今の日本に当てはまるようでもある。

風刺・戯文

奴隷を守ろう

奴隷国家の政治家たちはみんな奴隷の所有者で、生活はなんでも奴隷頼みなんだ。だけど、最近どうも奴隷たちの元気がないよ。働いてくれないし、ぶうぶう文句ばっかり言っててさ。子どもだって産まなくなっちゃった。

「我が国の奴隷力は低下するいっぽうだ!」と政治家たちは大慌て。「こんなに奴隷たちにとって美しい国はないのにどうしてこんなことになったのだろうか?」

「きっと奴隷たちに反乱をそそのかす輩がいるのだ!」と与党の政治家が怒れば、野党の政治家はこうやり返したよ。「政府の背後に、奴隷を減らして我々を困らせようとする奴らがいるのだ!」

ちょうど選挙の季節になったんだ。選挙の争点はもちろん奴隷政策。みんな口々に叫んで回る。

「奴隷を元気に!」
「奴隷が子どもを産みやすい社会をつくります!」
「奴隷に手厚く2万円を支給します!」
「我が党は、奴隷の消費税を廃止します!」
「壊れゆく奴隷制度を守るため、奴隷ファーストの政治家を国会に送り込みましょう!」

奴隷たちには選挙権なんてなかったけれど、政治家たちの言葉を聞いてとてもうれしかったんだ。この国はなんて素晴らしいんだろう。どの政治家も自分たちのことを考えてくれる。自由なんていらないね。

旅・観察

カレン人の教会(4)

牧師は説教台に立ち話はじめるや、手にしたコーヒーカップから、次々とカップを 3 つ取り出した。説教の小道具だったのだ。

そのそれぞれカップには、ビルマ語がマジックで書かれている。

「精神、心、体です」と通訳が教えてくれた。そして、さらに 3 つのカップが取り出された。もしキリスト教の知識があれば、もうこれらのカップになにが書いてあるか、おおかた予想がつくだろう。「父」「聖霊」「子」に決まっている。

話の内容はといえば、神がメッセージを伝えるのは「精神」に対してだが、人間はこのメッセージを聞かずに「心」と「体」のおもむくままに行動してしまう。なので、戦争をはじめとするさまざまな諍いが生ずる、というものだった。

牧師はタイのメーソートで、ビルマ内戦のため親を失ったり、逃げてきた子どものための施設を運営している。説教にはそこでのエピソードが交えられ、楽しいものであった。

キリスト教や教会については、私はほとんどわからないが、このカレン人の教会は、穏健にして明朗なものであったことを強調しておきたい。なにしろこういう世の中だから、外国人の宗教集団と聞くと、狂信者たちが、血の滴るイケニエに噛みつきながら、憎々しげに日本人を呪っているものと思い込む日本人がいるといけないから。

さて、礼拝が終わると、諸報告がある。これは日本の教会でも同じで、活動や会計の報告をするのだが、初めて教会に来た人の紹介をするのもこの時間だ。この日も、新しくやってきたカレン人たちや、タイの牧師に会うためにやって来たカチン人やチン人の若い人が立って、出身地や来た理由などを話した。

そして、私の番が来た(本当は初めてではないが)。まず司会がマイクでビルマ語で私について話す。それを通訳の人が教えてくれる。

「この人はカレン人と長いつきあいの人です。この人はクリスチャンではありません……」

いきなりのアウティングだ。隠しているわけではないが、マイクで大々的に言わなくてもいいのに、と思った。(おしまい)

旅・観察

カレン人の教会(3)

通訳の方のおかげで、礼拝の中身についても若干の記録ができるわけだが、集まった人は 40 人ぐらいだろうか。その中には、カレン人の牧師、副牧師、そして日本人の牧師もいた。詳しくは知らないが、カレン人の礼拝を支援している人だと思う。

そのほかは一般の信徒だ。ほとんどがカレン人だが、礼拝はビルマ語だ。なぜかというと、カレン語には大きく分けるとスゴー・カレン語とポー・カレン語の2種類あって、互いには通じないからだ(カレン語には他にもたくさんある)。

年齢層は、日本の教会とは違って、20 代 30 代の人も多い。こうした若い人々は礼拝や献金の間、前に出て何か歌を歌ったり、キーボードやギターを演奏したりする役目を担っている。

プロテスタント系の礼拝というと、お祈り、讃美歌、説教、献金、最後の祝祷、礼拝後の諸報告からなる。これは、カレン人の礼拝も同じだ。

ひとつ特別な企画としてあったのが、教会のリーダーが若者を何人か前に呼んで、問答をするというものだ。これは、若い人に聖書を読んでほしい、そして、これからの教会を引き継いでほしい、という思いから行われたとのこと。

それは「イエスを信頼すれば成功するという考えには賛成ですか、反対ですか」という質問をリーダーが若者に問いかけて、それぞれが思うところを述べる、というものだ。

これは信仰上の質問だが、他には「聖書には政府には逆らってはいけないと書いてあるという人がいるが、どう思いますか?」というビルマならではの政治的な質問もあったり、また「YouTube で『自分には神の力が宿っている』とか『神の言葉を語ることができる』と主張する人々の動画がありますが、どう思いますか」などという、メディアリテラシーに関する質問があったりして、興味深かった。

礼拝には説教がつきものだが、それについても簡単に記す。今回の説教はこの教会の牧師ではなく、タイからやってきたカレン人の牧師によるものであった。私の友人であり、それで私も礼拝に出席することとなったのであるが、その説教の時間が来て、彼が説教台に登った。

そのとき私は、彼がコーヒーカップを持っているのに気がついた。私は急いで教会にやってきたので飲み物を買う余裕がなく、喉が渇いていたのだが、礼拝が始まってしまったので、どうすることもできなかった。なので、彼がコーヒーを持って説教台に立ったとき、大いにうらやましく思った。

だが、これはコーヒーではなかった。欲が私の目を曇らせたのである。