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駅の秘密(3)

「日本、男、上下」

長いあいだ駅について思いを巡らせてきた彼らにとって、この暗号を解くのはさほど難しくなかった。「日本」というのは、駅の東改札口のことだ。なぜなら、駅には他に中央改札口しかなく、日本には東日本と西日本はあっても中央日本はなかったから。次に「男」。駅で男と女が問題になるとしたら、トイレ以外にありえない。

「上下」の解釈は難しかった。だが、彼らが東改札口のトイレの入り口に立ち、その両側の壁を見たとき、その答えは自ずと明らかになった。タイル張りの壁は下部が薄いグリーン、上部が白になっていたのだった。彼らは、駅員たちの注意をひかぬようこっそりと二色のタイルの境目の部分を調べていった。

やがてそれは見つかった。そのタイルを押すと、カチリと軽い音がして、隠し扉が開いた。階段が下へと続いている。彼らはすばやく忍び込むと早足で何段もの階段を降りていった。

底についた。懐中電灯で照らすと、ゴミ箱が並んでいる。彼らはカバンの中からペットボトルや空き缶を取り出すと、リサイクル用のゴミ箱に捨て、紙クズやお菓子の紙は燃えるゴミ箱に突っ込んだ。自分たちのゴミを捨ててしまうと彼らは、フードの男から渡されたビニール袋をひっぱり出した。しばしの間、どのゴミ箱に捨てようかと迷ったが、結局、燃えないゴミ箱の中に放り込んだ。

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駅の秘密(2)

フードの男が囚われの男に近づくと、人々は静かに離れ、会議室の壁際に立った。囚われの男はフードの男に泣きながら助けを乞うた。

「静かに」とフードの男が相手の額に手を置くと、男はしゃっくりをし、喉を鳴らしながら激しく呼吸をした。フードの男は顔を相手に近づけると、目深に被ったフードをゆっくりと外した。男の目が恐怖に開き、音にならない絶叫をあげているかのように歯を剥き出しにした。

毛の房がまるで生き物のようにうごめいていた。その毛はフードを脱いだ男の額から伸び、囚われの男の顔に取りつくと、細長い虫のように男の顔の上を這い回った。声を失った囚われの男は口の奥を鋭く鳴らしながらのけぞり、そのまま動かなくなった。

「ああ、頭の中までロックされている」 額から毛を生やした男は目を瞑ながら、つぶやいた。

「迷宮だが、これは抜けられる。だが、その先の金庫はどうする。番号は、番号は……」 男は笑い声を上げた。「いや、金庫などにはない。机の上のこの手紙だ。ほら、あった……」

数分後、男は再びフード姿に戻り、会議室のボードの前に立つとマーカーで下手な字で「日本、男、上下」と書いた。そして、見守っていた男たちのほうを向くと、気を失っている男を顎で示して「こいつはもう解放していいぞ。記憶は消してある。あと、これも頼む」とポケットから白いビニール袋を取り出した。

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駅の秘密(1)

彼らは出勤途中の男を拉致するとアジトに連行し、地下の独房に放り込んだ。「お前が話すのならば、命だけは助けてやる」

だが、男は、自分は何も知らないので出してくれと懇願するばかりだった。

「いや、お前は知っているはずだ。俺たちを騙すことはできないぞ」 彼らは棍棒を持ってきて独房の扉を叩いた。「話すんだ!」

男はすすり泣きをはじめた。「泣いたって無駄だ」ともう一発、扉を叩いた。

「すみません、すみません、助けてください」

「じゃあ言え!」

「知りません、本当に知りません!」

これを聞いて、彼らのうちのあるものがこう言い出した。

「これはもう、こいつを痛めつけなければ、口を割らない」 そこで、彼らは独房の中に入ると、男を紐で縛り上げ、上の階にある広い会議室に運びこんだ。そして、会議室のパイプ椅子に座らせると、身動きできないように、男と椅子を紐でぐるぐる巻きにした。

「さて、指でも折るか? それとも話すまで殴り続けるか?」

これを聞くと、男は震えはじめた。「白状しないお前が悪いからこういう目に遭うんだぞ」

彼らは男の右手を掴み、手首をキツく握りしめ、別の者が男の指を掴んでへし折ろうとした。男が恐怖の悲鳴をあげる。

「やめろ!」

彼らがその声の方向に目を向けると、会議室の入り口に、フードを目深に被った若い男が立っていた。

「苦痛を与えるとノイズが生まれて、うまく行かなくなるからな」とフードの男はいった。

風刺・戯文

駅の階段での発見

夕方、仕事から帰ってきた人々が電車からどっと降りるとき、階段の右側は、改札階へ上がる人々でごった返す。なぜなら、そこは上り専用だからだ。あまりに人が集まるので、階段に上るために列ができるほどだ。銀の手すりで区切られた階段の左側は、降りる人専用でずっと狭い。だが、上り客が多すぎて、左側にも上りの列が生まれていた。

かねてから、降りる側を勝手に上ってしまう、これらの人々について私は公平な立場からこう考えていた。

「これらの人々の特徴は、遵法意識の欠如にある。こうした心理特徴を持つ人々の多くは、違法なことを好む犯罪者か、自分は特別だからなにをやってもいいと考える政治家だ」

あるとき、友人にこの私見を話すと、彼はこう反論した。「そんな悪人たちが、電車などという庶民の乗り物に乗るわけがないだろう。降りる人側を上っていってしまう人は、上り専用という主流から弾き出され、やむなくそうしている弱者にちがいない」

私と友人のどちらが正しいのだろうか。私たちは当人に聞くのがいちばんだと考え、夕方の混雑時に駅に向かった。階段の上で、降りる人側から上ってくる乗客を待ち受け、二人でインタビューしようとしたのである。

だが、この調査は成功しなかった。というのも、階段を上ってくる人に話しかけた私たちは、邪魔だと突き飛ばされて、階段の下に落下したからであった。

そして、ホームに倒れた私たちは見上げた。電車の轟音とアナウンスが響き渡るなか、無数の人々が無言で規律正しく上り降りする光景に息を呑んだ。私たちはこう呟くのがやっとだった。「悪人でも弱者でもない……」「人類だ……」

私たちは自分たちが発見した人類の学名を考えている。

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エスカレーターの囚人

私のよく利用する駅のエスカレーターに人ひとり分の幅しかないものがある。私は乗り込む車両の関係からいつもそのエスカレーターを使っている。

すいている時間のときは、人々はそのエスカレーターを歩いて降りていってしまう。しかし、朝の混雑時は、車の渋滞と同じように前に進めなくなるのか、誰も歩かずに、ただ立って降りていく。そのせいで、エスカレーターの入り口には、乗るのを待つ人々が群がり、人溜まりができている。

ある朝、私がその人溜まりの中でエスカレーターに向かって少しずつ進んでいると、前の方で鼠色のTシャツを着た男が、人を押し除けて割り込むのが見えた。私はそれを見て思った。そのままエスカレーターを駆け降りるつもりなのだろうが、そううまく行くかな。

はたして、エスカレーターでは、この男は立ち止まらずにはいられなかった。彼にとって残念なことに、前は人が詰まっていたのだった。

私は男から6人ほど後ろに立って、男の背中を見ていた。イライラしているようだった。彼は乗り換えの電車に間に合わないと焦っているのかもしれない。それとも、仕事に遅刻しそうなのだろうか? だが、どうすることもできまい。降りることも、引き返すこともできないのだ。彼はエスカレーターにとらわれた囚人だった。私は内心笑わずにはいられなかった。

そもそもエスカレーターは駆け降りたり駆け上ったりするものではないのだ。そういうときは階段を使わなくてはならない。この男はそれを知らなかったのだろうか? 今回のことはいい教訓になろう。もっとも、この男にそれだけの知恵があるならばだが。

私たちを乗せたエスカレーターは下に進んでいった。そして、ついに前の男は最下段に到達した。後ろ上方から見つめる私は、この男が慌てて走り出すのを見たかった。そして遠ざかる男を見ながら「急げ! 急げ! 遅れちゃうぞ!」と笑ってやりたかった。

だが、それはできなかった。なぜなら、エスカレーターの下は左の通路につながっていたから。男は左側に姿を消したのだった。

私はまだエスカレーターで降りている途中だった。下に着く頃には男はとっくにどこかに姿を消しているだろう。エスカレーターを駆け降りたいのにできないので、とてもイライラした。