散文

美魔女と地頭

美魔女というのは「年齢を重ねても美しい女性」のことで、しばらく前から使われるようになった言葉だ。

日本語には「美人」とか「美女」とかの言葉があるのに、どうして「美魔女」という言葉が存在するのだろうか。美しければみな美女でいいではないか。そうならないのは、最初に「年齢を重ねても美しい女性」と書いたように、美魔女という言葉には「美しさは本来若い人のもの」という前提があるからだ。

私たち日本人は、ある程度の年齢以上の女性に美しさがあるとき、そこに「若くないにもかかわらず美しさを手に入れる魔力」が働いていると想像するのだ。

もうひとつ似た言葉に「地頭」がある。「地頭がいい」というのは、その人本来が持っている頭のよさのことをいうようだ。それならば「頭がいい」で十分ではないか、という気もするが、そうはならない。というのも、「地頭がいい」という言葉が前提としているのは、「学校では評価されない頭のよさがあり、それは単に頭がよいということよりもずっといいことだ」ということだからだ。

そんなわけで、「地頭がいい」と口にすることは、「学校なんかクソ喰らえ」と叫ぶのに似ている。私たちはみな学校に苦しめられてきたから、そう言いたくなるのもわかる。

だが、人間の知性にはいろいろなよさがあっていい。それに、学校の評価に言いたいことがあるからといって、それを否定するほどでもない。学校が必要な人は世界にたくさんいるし、学校だって私たちが卒業したときのままではない。常に変わり続けている。

要するに、「美魔女」にしても「地頭」にしても、これらの言葉が前提としているのは、非合理的な考え方だ。つまり「美魔女」の場合は若さを美しさと結びつけ、「地頭」の場合は人間の頭のよさを単純化し過ぎている。こうした非合理な思考は、いわば魔術的だ。私たちはこの魔術を使って「美魔女」と「地頭のいい人」を出現させたのだ。

だから、こうした魔術が解かれたとき、美魔女も地頭のいい人も、ちょうど御伽話のように、ただの美人と頭のいい人に戻るにちがいない。

散文

和をもって

このブログのどこかで書いたと思うが、ある人が論語の「四十にして迷わず」について、こう言った。

「こんなことをわざわざ言うからには、孔子は四十になっても迷ったのだ。だから、孔子に及びもつかない私たちが四十を過ぎて迷うのも無理もない。むしろ、大いに迷ったっていいのだ」

この解釈が正しいかどうかわからないが、実際のところ標語は、その逆の事態がはびこっているから意味を持つ。「闇バイトに注意」という警告も、闇バイトが蔓延していなければ意味がない。

聖徳太子は「十七条憲法」の第一条で「和を以て貴しとなす」と定めた。これを根拠に、日本人には和の精神があったと主張する人もいるが、事情はむしろ逆だ。当時の日本人に和の精神などなかったから、聖徳太子はこりゃ和がどうしても必要だ、と憲法のトップに据えたのだ。

その後、結果として、日本人の精神に和が根づいたということもあったかもしれないが、それはあくまでも後世の発展であって、オリジナルの日本精神はアンチ和寄りなのだ。

いや、そんなことあるわけない、当時から日本人が和に生きていたから、太子がそうまとめたのだ、と反論する人もいるかもしれない。

しかし、ほかならぬ聖徳太子の逸話が、これが間違いであることを示している。

もしも、人々が和合し、発言するのにも互いに譲り合うくらいだったなら、聖徳太子は十人の話を同時に聞き分ける特殊能力を鍛える必要などなかっただろう。

苦労してんだ、太子だって。

風刺・戯文

けとさ

日本語は特殊な言語です。なぜかというと、日本人が世にも稀な民族だからです。日本人には和の魂があります。和の魂を持っているのは、日本人だけです。また、礼儀正しさというものを知っています。なので、日本語は和の魂と礼儀正しさがなくては、使いこなせないのです。

例えばひらがなの「い」。私たちは何気なく書いていますが、この「い」は日本人にしか書けないと言ったら驚かれるでしょうか。「い」は「生きる」の「い」、「命」の「い」です。この「い」がなければ、日本人は滅んでしまいます。だからこそ、私たちはこの「い」を書くときに、無意識のうちに、和の魂を込めるのです。

ためしに外国人にこの「い」を書かせてみましょう。彼らにはもちろん和の魂はありません。だから、「い」は書けません。書けたとしても、和の魂を込めることができないので、「い」には見えないのです。「リ」か「( )」のようになってしまいます。つまり、私たち日本人だけが、「い」を作る左右の曲線の間に、丸い魂を入れることで、ちょどよい空間を作れるのです。美しい「い」にすることができるのです。

ちなみに、外国人は礼儀も知りません。私たち日本人は、背筋をピンと伸ばして、凛として生きていますが、外国人はいつもだらしない格好で立ったり座ったりしています。だから、外国人が書く「け」は、日本人のように礼儀正しくまっすぐ立っていられません。

ほら、見てください。左に傾いて「さ」になってしまうのです。

風刺・戯文

当たる

数年前からか、2月末日は日本の研究者にとって重要な日になった。なぜなら、科研費の審査結果が発表される日だからだ。

科研費というのは、「日本中の愛国者が憎んでいる」でお馴染みの研究資金のことだ。これがもらえるかどうかで、研究計画が大きく変わってくるという。ジャンルにもよるが、応募者のうち3割弱しか選ばれないから、厳しい。

私は研究者ではないが、たまたまこの科研費にかかわる機会があったので、2 月 27 日のことは気になっていた。この日に発表されるとはいえ、何時だかはわからない。なので、元 Twitter(現 X)をチェックしたりしていた。

すると研究者たちが「科研費に当たった」という表現は適切か・不適切という議論をしているのが目に入ってきた。ある人に言わせれば、科研費というものは厳正なる審査の結果によるものであるから「当たる」だの「外れる」だの、クジみたいにいうのは不謹慎だというのだ。

いっぽう、科研費の審査は、どの審査員が担当するかとか、他のどの応募書類と一緒に審査されるかとかはわからないのだから、応募者にとっては運としかいえない要素もある、そうなると「当たる」もまったく的外れではない。

普通は「採択される」とかいうのがいいらしいが、これでは硬すぎるということだろう。ほかにいい言葉はないか、私も考えてみたが「略奪する」とか「もぎ取る」とか「ほじり取る」しか出てこなかった。

しかし、なんでもそうだが、科研費は応募しなければもらえない。犬も歩かなければ、当たりようもなかろう。

風刺・戯文

幸せ

私は裕福な家庭に生まれたが、家庭内はいつもケンカばかりで私は幸せではなかった。私は良い大学に入り、そこで受けた教育により、親にも増して裕福な暮らしを手に入れたが、心はどこか虚だった。いくつもの恋の末に、一人の女性を妻とした。初めは甘かった生活も、年月が経つにつれ、苦くなり、私は息苦しくなった。

幸せはお金では買えない。どこかで聞いたその言葉が、私の胸の中に棲みついた。

いくどかの転機を迎え、私はさらに裕福になった。だが、私の心に空いた穴は広がるばかりだった。ある日、朝、ぼんやりとコーヒーを飲んでいるとき、その穴が自分を食い潰そうとしているように感じられた。どんなにお金があっても、幸せはお金では買えないのだ。絶望に慌てふためきながら、私は信頼できる先生のもとに駆け込んだ。すべてを打ち明けるうちに、私の両目から涙が溢れ出た。先生は優しくいった。

「あなたの持っている財力を人のために使うのです」

私はその日から、もてる財力を注ぎ込んで、人々の幸せを破壊しはじめた。金があれば、快活な笑顔を、引きつった顔に変えるのは簡単だった。美しい命を、悲しく萎れさせるのは容易かった。幸せはお金では買えない。だが、幸せはお金で壊すことができるのだ。

そして今、私は、人々の幸せをお金で破壊しているときがもっとも幸せだ。結局、幸せはお金で買えたのだ。

私はかつて不幸だった。苦しんでいた。それも、誰かの幸せだったのかもしれない。

風刺・戯文

特別な電話

僕たちの国は命を大切にしている。だから、自殺なんてもってのほかだよ。それで、僕たちの国の偉い人々は、死にたくなった人が助けをすぐに求められるように、死にたがり屋のための特別な電話を作ってあげたんだ。

たとえば、自殺したくなった人がいるでしょ。その人は、その特別な電話に電話するんだ。すると、ワンコールも終わらないうちに出てくれるのは、自殺を止めてウン十年という頼もしい専門家だ。おいでなすったとばかりに、自殺を思いとどまらせようと、なだめたりすかしたりさ。それでもう、何人もの自殺を止めたんだ。だから、偉い人たちは、この特別な電話を何台も増設することに決めた。本当にこの国に生まれて誇らしいよ。

でも、この国にはとんでもなくひどい奴らがいて、特別な電話の悪口ばっかり。

「いくら電話を増やしたって、自殺は解決しない!」だってさ。

そりゃ、電話で止められない自殺だってあるよ。でもさ、特別な電話があっても自殺するんじゃ、むしろもう死んで当然じゃない? あきれたね。

それどころか、連中、こんなことまで言い出す始末。

「特別な電話のせいで、逆に自殺が増えてる!」

本当にバカな連中。そんなことありっこないのに。こんな奴らと同じ国にいるかと思うと、そりゃ、誰だって自殺したくもなるさ。

風刺・戯文

第二のワルシャワ・オーディション

昔、イギリスの若者たちが、デヴィッド・ボウイの「ワルシャワ(Warszawa)」(1977)という曲を聴いて、バンドの名前を「ワルシャワ(Warsaw)」にした。

そのバンドの演奏は暗くて重く、独特だったため、デビューアルバムの制作にまでこぎつけた。その中に「ワルシャワ(Warsaw)」という曲があった。これはヒトラーの側近であったルドルフ・ヘスをテーマにした曲だ。

だが、結局のところ、このデビューアルバムはお蔵入りになった。またワルシャワという名詞を使ったバンドがほかにあったため、バンドは改名し、ナチスの慰安所に因む「ジョイ・ディヴィジョン(Joy Division)」の名で知られるようになった。そして、「ワルシャワ(Warsaw)」は、このバンド名で発表された。

デヴィッド・ボウイの「ワルシャワ(Warszawa)」は暗く悲劇的で、ジョイ・ディヴィジョンの「ワルシャワ(Warsaw)」もまた暗く、演奏には絶望的な響きがある。この頃のイギリスでは、ワルシャワは、悲劇・絶望・閉塞感、といったイメージをもっていたように思える。

もっとも、たとえそうだとしても、これは 1970 年代後半の話。私は一昨年、ワルシャワに行ったが、悲劇は博物館だけで、タトゥーだらけの若者でいっぱいの明るい元気な都市だった。

もう、世界には、かつてのワルシャワのような灰色で息詰まるような都市はないのだろうか。暴力的な組織に、人間が絶望とともに飲み込まれていく街は。

そんなわけで、私は「第二のワルシャワを探せ!」オーディションを開催したい。よくよく見れば、有力な候補も多い。キーウ、ガザ、テヘラン、ヤンゴン、平壌とずらり居並ぶそのとき……。

「ちょ、ちょっと待った!」と、すてきに強い政府ができたばかりのトーキョーが乱入してきて、会場は大盛り上がりだ。

風刺・戯文

犬も歩けば……

ことわざ「犬も歩けば棒に当たる」の意味を調べますと、「余計なことをすると災難に遭う」と「行動すれば思わぬ幸運に出会う」という2つのタイプがあるようでございます。

ここで留意願いたいのは、2つの解釈はあくまでも解釈でして、「犬も歩けば棒に当たる」の原意ではないということです。このことわざがもともとはどういう意味であったのか、ここでちょっと真面目に考えてみたいというのが今回のテーマでございます。

さて、「車が走る」と私たちは何気なく使っておりますが、これは実はおかしなことです。さすがにここでみなさんに「どうぞ走ってください」とは申せませんが(笑)、どうか思い描いてください。私たちが「走る」とき、どうしているかを。そうです。2本の足で走っているのです。

ところが、車には足がないのです。その代わりあるのは車輪です。車はこの車輪でもって高速で移動するのです。つまり、私たちにとって走るとは、そもそも自分の足で高速で移動することでしたが、のちに車の出現によって、比喩的に後から「車の移動」に「走る」という言葉を当てはめたのです。

では、ここで「歩く」に戻りましょう。いえ、単に戻るだけではダメです。私たちが2本の足のみで移動することだけを「歩く」と呼んでいた古代の時代に戻りましょう。その時代、私たちはまだ動物の四足歩行に「歩く」という言葉は当てはめていなかったのです。

どうでしょうか、そんな時代に、犬が急に歩きはじめたら。つまり何食わぬ顔で2本足で立って歩きはじめたら。あわてて棍棒で叩かずにはいられませんよね。衝撃的で、それでいてユーモラスなこのイメージは、古代人の心にかない、お気に入りとして保存されたのでした。

「犬も歩けば棒に当たる」は、そもそもことわざではありませんでした。それは、古代人を夢中にさせた最古の犬ミームだったのです。

風刺・戯文

語れるゴミ

ごみ出しルールを守りましょう!!

ごみを出す際は、「出し方」「収集場所」「収集日」(朝8時30分まで)を守り、決められたルールで出しましょう!

ルールが守られていないごみは収集されませんので、ご協力をお願いします。

【語れるゴミ】成長の法則、成功プラン、世界の真ん中で咲き誇る日本、恋愛成就のパワースポット、言語化で人たらし、富裕層の習慣、外国人の日本賞賛、引き寄せ力、日本人の子どもの虐待死、魂の救済など。

【語れないゴミ】無意味な努力、貧乏人のアドバイス、狂人の長広舌、外人の日本語、犯罪者の正論、外国人の子どもの虐待死、知らない民族の大量虐殺など。

【資源ゴミ(「リサイクル」と書いてお出しください)】ヒーローのピンチ、恋人の難病、実は御曹司、敵が生き別れの兄、努力は裏切らない、庶民はしたたか、開けない夜はない。

【粗大ゴミ(回収は有料です)】無名の人の一生

【有害ゴミ(中身が見えない袋に入れてください)】リベラルの言説

【回収できないゴミ】国旗

*分別基準は選挙の結果により変わることがあります。

風刺・戯文

ガチャガチャ

子どもを連れてデパートに行ったら、ガチャガチャのコーナーがあった。三段に積まれたガチャガチャが壁と中央に並べられている。小さなおもちゃが飾られていて、賑やかだ。

何の気なしにそのガチャガチャを覗いて私は驚いた。どれも 500 円なのだ。300 円のもあるが、1,000 円のものまであった。「昔は 100 円玉 1 枚だったのに。これがインフレというものだろうか」と思いながら立ち去ろうとすると、子どもが私の手を引っ張った。ガチャガチャをやりたいというのだ。指し示しているのは、猫のキャラクターのフィギュアで、100 円玉 5 枚と記されている。

「ダメだよ」といっても、子どもは聞かない。私は財布から 100 円玉 1 枚取り出した。「100 円のなら 1 回やっていいよ」 子どもは硬貨を握って、コーナーの奥のほうに走って行った。

100 円だなんてものはもうないかもしれない、と思いながら、私がコーナーの外で待っていると、子どもが駆け戻ってきた。泣きそうな顔で「100 円のがあったんだけど、出てこないよ」という。

「詰まったのかな」と、私は子どもに連れられてガチャガチャの世界に分け入り、問題の機体の前に着いた。回転式のレバーを回そうとして、屈んだ私の目の前に、こんな文句が入ってきた。

「100 円 1 枚で、レバーを 1 回まわせます! (玩具は出てきません)」

これがインフレなのだ。