散文

押しボタン式(#2)

「押しボタン式」と標識のある横断歩道を渡ろうとして、信号機の下部の装置を見ると、すでに「お待ちください」と表示されている場合がある。赤信号を待っている人は誰もいないから、先にボタンが押されていたわけではないのだ。

私は事情はよくわからないが、押しボタン式には、押さねばならないものと押さなくてよいものがあるようだ。

だが、外国観光客が、このタイプの信号に遭遇したらどう思うだろうか。誰もいない横断歩道で「お待ちください」と表示されているのを見て、「ああ、日本人はなんと親切なのだろうか。道を渡る人のために、誰かがボタンを押しておいてくれるのだ」と感心するかもしれない。さらにはこんなふうに決意するかもしれない。「よし、いったいどんな日本人がこんなことをするのか、絶対に突き止めてやるぞ」

その観光客に時間の余裕と探究心とがある場合、物陰に身を潜めて信号機周辺を見張りだしかねない。親切な日本人が出現する決定的瞬間を撮影すれば、TikTok でバズるかも、という欲まで出てくるおそれもある。もちろん、いつまで待ってもそんな日本人は現れない。しかし、それがかえって日本という国の神秘性を深め、この暇な外国人は畏敬の念に打たれることだろう。

もっとも、私は日本社会の一員だから、そんな荒唐無稽な想像はしない。ただこんなふうに思うだけだ。ボタンを押そうとする人を戸惑わせるために、誰かがイタズラをしたのだ、と。

小説

神のみぞ知る(3)

「それは『赤信号はみんなが渡るときがいちばん怖い』という言葉です」とドイツ人は答えた。

「確かに日本と逆ですね。で、どんな意味なのですか」

「ドイツの歴史についてはご存知でしょう。私たちドイツ国民はかつて恐ろしい犯罪を犯したのです。どうしてそんなことが起こったのでしょうか。どうして『殺すな』という聖書の教えをあれほど簡単に破ることができたのでしょうか。それは私たちドイツ国民がみんなでルールを破ったからなのです」 

ドイツ人はしばし沈黙した。「そうなのです。私たちは学んだのです。みんなで赤信号を渡るとき、とても恐ろしいことが起こるのだ、と。ちょっとあれを見てください!」と、彼が指差したその先には歩行者用の赤信号があった。

「あの赤信号の人物が、両手を広げて立っているのは、ああやって、後ろからやってくる人々が赤信号を渡らないように、防いでいるのです。そうやってドイツ国民ひとりびとりが自分の責任においてルールを守ろうとしているのです。歴史を繰り返さない、そういう固い決意があの赤信号に込められているのです!」

これを聞いた日本人は大いに感動したというが、ここで、真偽のホドについては、もろもろひっくるめて、それこそ神のみぞ知る、であるということを注記しておきたい。(おしまい)

小説

神のみぞ知る(2)

そのとき、ふとある記憶が蘇ってきた。違う、私は知っていた。「通せん坊」ポーズには意味があったのだ。

これはドイツに留学していた人から聞いた話だ。その人はあるドイツ人学生と、ベルリンの街を歩いていたのだ。二人が道を横断しようとしたとき、信号が赤に変わった。彼は立ち止まったが、ドイツ人学生のほうはそのまま彼を置いて渡ろうとした。車通りがなかったからだが、数歩で引き返してきて、謝った。

「これは申し訳ないことをした。赤信号なのに渡ってしまいました」

「いえ」と日本人。「日本でなら私も渡っていましたよ」

「しかし、日本人は誰でもルールを守るというではありませんか」

「そんなことはありませんよ。日本ではなにしろこう言うくらいですから。『赤信号、みんなで渡れば怖くない』って」

その言葉を聞くや、ドイツ人はひどく真面目な顔つきになった。「なるほど……面白い格言ですね。ですが、ドイツにはそれとまったく反対のスローガンがあるのです。だからなおさら私は自分のしたことを恥ずかしく思っているのです」

「というとどんな言葉ですか?」と興味をそそられた日本人は尋ねた。

小説

神のみぞ知る(1)

ベルリン滞在中に、ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンの訃報を知った。街角のニュース速報で見たのだ。

ビーチボーイズの名曲は数知れないが、後世に与えた影響の大きさでいえばアルバム『ペットサウンズ』がまずあがる。このアルバムにも名曲が多いが、いろいろ好みがあるにしても、代表曲を「神のみぞ知る」とするのに異論はないだろう。

メロディ、コーラス、演奏、アレンジ、どれをとっても完璧で、初めから終わりまでが、まるで小さい宇宙のようにひとつの世界を作っている。歌詞もまたロマンチックだ。

God only knows what I’d be without you(君がいないと僕がどうなるかなんて、神様だけが知っている)

ところが、よくよく考えてみると、ロマンチックどころか、これは脅しではないだろうか。今の時代にこんなことを女性に言ったら、接近禁止命令はまず間違いないところだろう。

それはさておき、「God only knows」は英語の慣用句でもある。「誰にもわからない」という意味で、「自分は知りませんよ、神様にどうぞ聞いてください」という、いわば無責任な態度だ。

そんなことを考えながら、私はベルリンの街を歩き回っていた。そして、信号を何度も渡っているうちに、あることに気がついた。

赤信号では、人の形が赤く光る。これは日本でも同じだが、日本では人が直立しているだけなのに、ドイツでは人が両腕を広げて、まるで通せん坊をしているみたいに立っているのだ。

信号で立ち止まっているだけなら、直立している姿で十分なのだが……これはいったいどういう意味があるのだろうか。

旅・観察

ベルリンの信号

ベルリンの街を多少歩き回ってみてわかったのだが、信号の時間がとても短いのだ。青になったから横断歩道を歩き出し、真ん中の分離帯に到達する。さらに残りの横断歩道へと踏み出す。だが、そのときにはもう赤になっている。つまり、ちょっと幅のある道は青一回分では渡り切ることができないのだ。

しかし、だからといって、イライラさせられることはない。赤で待たされる時間もまた短いのだ。だからすぐに道を渡り切ることができる。

ドイツの歩行者信号が日本とまたもうひとつ違うのは、青信号の点滅がないことだ。青はいきなり赤への変わる。2種類しかない。青信号が点滅すると、私たちはどうしても焦って走り出してしまうが、ドイツではそんなことは起こりえない。いかなるためらいもなく赤に変わってしまうので、かえってスッパリ諦められるのだ。

私はドイツの信号を知る前までは、日本の青信号に心から感謝していた。なぜなら、点滅は青信号が私たちに寄り添ってくれていることの証だったから。それは「ほら、もうすぐ赤に変わるよ。急いだらどう?」という親身のチカチカだったのだ。だが、ドイツの歩行者信号を知った今、私はそう思わない。

日本の青信号は、むしろ、点滅で私たちを煽っていたのだ。政治家が国民を煽るときは、支配を強めようとしているときだ。それと同じで、青信号は点滅によって私たちを振り回し、服従させようとしていたのだ。しかも、考えてみてほしい、赤に変わる瀬戸際に、横断歩道を走って渡ることがどれだけ危険なことかを。

私たちを支配するためなら、その命すら犠牲にしてもいい、そんな無慈悲な青信号の言うがままになるくらいならば、赤信号で渡ったほうがはるかにマシというものではないだろうか。

風刺・戯文

押しボタン式

押しボタン式信号機のある横断歩道では、誰でも知っているように、信号は勝手に変わってくれない。道を渡りたいときに自分でボタンを押して、信号を青にしなくてはならないのだ。もしボタン式であることを知らずにいたら、ずっと待ち続けることになるが、これはしばしばあることだ。

私はこの押しボタン式信号機にイヤな思い出がある。とある横断歩道で、男が待っていたのだ。後から来た私はその隣に立った。男の脇には電柱があり、そこに黄色い「押しボタン」装置があった。見ると「おまちください」の表示になっている。つまり、すでにボタンを押してくれていたのだ。

やがて車が停止し、信号が青に変わった。私は少し急いでいたので、小走りに渡ろうとすると、後ろから声が聞こえた。「俺がボタンを押したんだから、俺より先に渡るな!」 私は怖くなり、そのまま足を早めて逃げたが、これは非常に不愉快な経験だった。

そんなわけで、私はこの押しボタン式信号機のあるところでは慎重にふるまうようになった。先に押して待っている人がいるときは、その人が歩き出してから渡るようにしている。自分が先に押したときだって、決して先にはいかない。むしろ、慎み深いところを見せようとして、他の人を先に行かせる。どんなに急いでいてもだ。

もっとも、なかには上品で奥ゆかしい人もいる。横断歩道の前で、「どうぞお先に」「いえ、そんなことはできません。そちらこそ、どうぞ」などと譲り合いになり、結局、信号が赤になってしまう。

風刺・戯文

スクランブル交差点

「世界でもっとも有名な交差点」とも言われ、世界中から観光客が押し寄せる渋谷スクランブル交差点をなんとかしようと、「新しい日本を考える男たちの会」が立ち上がった。

「もしハチ公がご存命ならば、外国人たちに吠えかかりいの、ガブリと噛みつきいので、追っ払っていたことでしょう」と公言してはばからない男たちは、その晩、混雑したスクランブル交差点を占拠して叫んだのだった。

「俺たちの目が黒いうちは、何人たりともこの道渡るべからずだ!」

「ははーん、真ん中を通ればいいのさ!」と叫んで渡ろうとした歩行者を男たちはボコボコにした。人々は震え上がった。「これはとんちじゃない! 現実なんだ!」

列になった男たちは、どっかりと地面に腰を下ろした。「俺たちは観光公害から渋谷を守る!」 もうテコでも動かない構えだ。

道が渡れなくなったので、交差点周囲はたちまち人でいっぱいになった。その上、駅から絶えず人が吐き出されてきて、押し合いへし合い、もう身動きもできない。群集事故発生かと思われたところ、警官の車両が駆けつけた。

「座っている男たち、直ちに立ち上がって立ち去りなさい!」 スピーカーが大音量で繰り返す。「男たちよ、立ち上がるのだ!」

群衆に巻き込まれた外国人観光客たちは、ポリスがなんと言っているのか知りたくなった。みんなほとんど同時に自動翻訳機にかける。その瞬間、外国人たちの間に衝撃が広がった。

“Japanese Gentlemen, Stand Up Please!”

YMOだ! 私たちは、俺たちは、この3人がいなければ、日本のことなど知りもしなかったろう! そうだ、今こそ、声を合わせて歌うときだ! もう叫ばずにはいられない!

“Do the Tighten Up!” 

“Japanese Gentlemen, Stand Up Please!”

“Do the Tighten Up!”

外国人も、日本人も関係ない! 音楽に交差点はない! 渋谷中がまるで爆発したみたいに振動し、酒飲め SAKAMOTO のらんちき騒ぎが始まり、狂乱の夜は果てることなく……永遠に……………………

………Here We Go Again?

小説

道を渡りし者(終)

だれもが章雄の登場に驚愕し、動きを止めた。今にも四肢分断されそうだった私に吉田の手が伸び、私を暴漢たちの中から引きずり出した。私は転がるように彼の後ろに隠れた。

この一瞬の静寂ののち、観衆から熱狂の叫びが上がった。「もういちど渡ったのか?」「すごい!」「奇跡だ!」

だが、章雄は「うるせえ!」と怒鳴り、父親を指した。「これだ! この袋(と彼は黒い袋を掲げた)がこいつの奇跡とやらの正体だ! 道の向こう側にいたのは、俺じゃない! こいつが勝手に用意した偽物だ! こいつもこうやって赤信号を渡ったとだましたのだ! お前たちは(と観衆に向かって)こんなものを奇跡と崇め立てていたのか? こんなインチキな人間を市長だと崇め祀っていたのか? こいつは偽善者だ、ペテン師だ! こいつは赤信号など渡りはしなかった! 見ろ! これから俺は本当の奇跡を起こす! 赤信号を渡る!」

おりしも、ちょうど青信号が赤に変わったばかりだった。章雄は車がビュンビュン行き交う道路に向かって歩き始めた。市長が駆け寄って、息子の足にすがった。「やめるんだ! 父さんが悪かった。危険だ! お前の好きなフェラーリでもなんでも買ってやる」

章雄は全身の力を込めて市長を足蹴にした。「俺は、お前の指図は受けない!」

そして、横断歩道の真ん中から道路にダッシュした。車は避ける間もなく、彼をはね飛ばした。彼はアスファルトの上に投げ出され、赤いものが飛び散った。車は方向を見失い対向車線へと飛び出し、直進してきた対向車に衝突した。

あちこちで悲鳴と衝突音が上がった。前方の事故を避けきれずに何台もの車が追突した。歩道に乗り上げた車は、何人もの不運な観衆を巻き込んだ。

一瞬のうちに道路の上に動くものはなにひとつなくなった。吉田の背後から飛び出した私は、赤信号のままの横断歩道をさっさと渡り、駅に向かった。去りぎわ、凄まじい絶叫のなかに「章雄!」という悲痛な叫び声を聞いたような気がした。

途中、刃物やバットを持った男たちが前から走ってくるのにでくわした。「俺たちをだましやがって!」「市長の一家は皆殺しだ!」「逃すな!」と口々に叫んでいた。私は彼らに話しかけ「市長とそのご家族は、まだ薬屋の信号にいるようですよ」と教えてやった。それから、猛スピードで駅に駆け込み、ちょうど来た電車に飛び乗った。(おしまい)

小説

道を渡りし者(12)

「柏木達也先生!」と野上市長が大声で招くと、鉢巻をした老人が人々の間から出てきた。

「えー先生は」と市長が監修に向かって話し出した。「我が市の教育委員会で長らく……植樹祭の時は……それで昨年は勲章を……現在は名誉市民として……されている方であります。では、先生、開会の辞を……」

「開始!」 柏木先生は市長が語り終えないうちにバカでかい声で叫んだ。

もっとも、私は開始などしない。横断歩道の前でただ立っているだけだ。野上章雄はといえば、次から次へと猛スピードで通り過ぎていく自動車の中に飛び出そうと、足を出したり引っ込めたりしている。見ている私もヒヤヒヤするくらいだ。

観客たちは「今だ!」とか「気をつけろ!」とか勝手なことを叫んでいる。だが、急に「あーあ」といっせいに嘆息した。信号が青になったのだ。章雄は一歩後ろに下がり、軽くジャンプしたり、肩を回したりしている。

何人かのおどけ者たちが、青信号の横断歩道に飛び出して、ふざけて踊ったり、奇声を上げたりした。ハーフタイムショーだ。

だが、青信号が点滅しだした瞬間、ひょうきん者たちも大慌てで歩道にかけ戻る。そして、赤の時代が到来した。再び道路は、自動車とトラックとダンプのけたたましい轟音と無慈悲な地響きで満たされる……。

章雄は歩道の端に立ち、肩を落とし、挑むような格好で、交通に意識を集中している。体が左右にゆっくりと揺れる。そして、すっと短く息を吸い込むと、意を決し、足を前に踏み出した。だが、そのとき、背後から数名の男が彼に飛びかかり、黒い袋をかぶせた。

観衆から声にならない叫びが上がる。何が起きたか飲み込めず私も呆気に取られている。誰かが叫んだ。「あそこ! 向こう! 渡ったんだ!」 全員が道路の向こうを見る。

章雄が立っているではないか! 赤信号を渡ったのだ。観客たちは大歓声を上げる。勝利だ! 市長の息子が奇跡を起こした! 拍手が鳴り響く。

向こう側の章雄は私たちに手を振っている。そして、背を向けると軽やかに走り去っていった。

「勝負あり!」 柏木先生が宣言した。と同時に、市長が私の方を向いた。私はこのときだ、とばかりに、すがりつこうとした。だが、そうする前に、市長が怒鳴った。

「こいつだ! このペテン師を殺せ!」

人々が私につかみかかり、歩道にひき倒した。「八つ裂きにしろ!」 私は手足を引っ張られまいと、必死にもがく。すると、歩道に転がされていた黒い袋がむくむくと立ち上がるのが見えた。それは「やめろ! やめろ!」と叫んだ。袋がはねのけられ、章雄が姿を現した。

小説

道を渡りし者(11)

吉田は残念そうに首を振った。

「それはないでしょう。いまや薬屋の周辺に続々とギャラリーが集結しています。事情を知らない人々にとっては市長の息子は市長の代理なのです。外からやってきたならず者を市長の息子が打ち負かすのを見にやってきた熱烈な支援者を追い払うことは、市長にはできないはずです……もう時間です。私たちも向かいましょう」

そして、私たちは信号に出くわさないように複雑な経路を辿り、10 時 5 分前に薬屋に到着した。すでに薬屋の駐車場や国道沿いの歩道は人で溢れていて、横断歩道に出るためには、かき分けて進まねばならないほどだった。

それにしても、なんという交通量だろうか。道路を前にした私は、猛スピードで行き来する車の轟音と、大型トラックの地響きに圧倒され、吉田に小声で言った。「これは絶対に渡ることなど無理だ」

吉田はこれには答えずに、横断歩道の手前に立つ野上章雄に声をかけた。彼は仁王立ちで道路を一心に見つめていた。あまりにも集中していたので、吉田はいくども声をかけねばならなかった。章雄は振り返り、私に目を止めると微笑んだ。その顔は昨晩とはうって変わって穏やかで、ただ青白かった。

そのとき、最前列にいたひとりの小柄な老人が飛び跳ねて私たちの間に入ると、私を睨みつけて話し出した。

「この男が(と私を指し)、私たちの町を侮辱したのだ!」 市長だ、と吉田は私にささやいた。「そして、いま私の息子が、この男のペテンを暴き、この私に次ぐ4度目の奇跡を起こすために、ここにきている!」 盛大な拍手が巻き起こった。「私はまだ現役だ。このような道路を赤信号で渡るのはまったく怖くない! だが、ちょうど市が今、若者の活躍を促す政策に取りかかったのに合わせて、私も奇跡という資格を、この若者に託そうと思う! さあ、赤信号で渡り、この敵(私のことだ)を打ち負かすのだ! 我が息子よ!」

このとき私は、章雄が顔を歪め、激しい憎悪を剥き出しにするのを見た。思わず私は逃げようと、群衆に向かって走り出したが、市長の取り巻きが飛び出してきて、私を横断歩道の方へと突き飛ばしたのだった。