もうずいぶん前のことだが、私はよく面会に行ったものだった。面会というのは、入管に収容された人々に会うことだ。私が毎週のように行っていたのは、品川と牛久だった。当時、品川には一年近く収容されている人がザラにいた。牛久の入管だと一年二年は当たり前で、三年という人もいた。これらの人は、政治的理由などで帰国ができないので、入管という国境に閉じ込められていたのだった。
私はいろいろな理由で面会をしなくてはならなかったが、正直言って面倒くさかった。品川に面会に行くと半日、牛久の場合は一日潰れた。手続きも厄介で、職員の応対で悔しい思いをすることもあった(面会の申請を青っぽいボールペンで書いたら、インクは黒じゃなくてはダメだと突っ返されたりした)。また面会相手も親しい人ばかりではないので、気が重かった。
しかし、面会が始まり、実際に相手に会うと、不思議なことが起きた。被収容者たちはいつ外に出られるともわからない苦境にあったが、私はこれらの人々を元気づけるどころか、逆に、これらの人々に元気づけられたのであった。短い面会時間が終わり、面会室を出るとき、私は入ったときとうって変わって、足取りも軽かった。そして、私は自分が吸血鬼になったようにも感じていた。
この奇妙な現象が起きる理由については、ずっとわからないままだった。だが、最近、オスカー・ワイルドの獄中記を読んでいたら、こんなことが書かれていた。投獄された当初は、もう二度と笑うまいと思っていたが、それでは面会に来てくれた人に申し訳ないので、明るく元気にふるまうことにした、と。
面会に行った私が明るい気分になったのも、考えてみれば当たり前のことだったのだ。吸血鬼の汚名は晴れた。