散文

成功に終わらず(2)

その後、ロシア語の詩の専門家と知り合う機会を得た。今から七年前のことだが、LINE を教えてもらったので、さっそくメッセージに該当箇所を引用して、「バーンズ」について尋ねた。だが、返事はなかった。

さらに年月がたち、このあいだ、少し必要があって『収容所群島』を開いたとき、私はこの未解決の問題を思い出した。そして、私はこの問題に文明の利器を適用することを思いついた。AI に聞いたのだった。そして、こっちはすぐに返事をしてくれた。

AI が教えてくれたのは次の二点だ。

1)この言葉は「バーンズ」ではなく、エリザベス朝の廷臣・詩人 ジョン・ハリントン(John Harington, 1560–1612)の警句であること。

2)この警句自体、非常に有名なもので、原文は以下の通り。

Treason doth never prosper: what’s the reason?
Why, if it prosper, none dare call it treason.

「反逆が成功することは決してない。なぜか。
成功すれば、もはや誰もそれを反逆とは呼ばないからだ(AI の訳)」

この二点については、他の資料からも裏付けられているから間違いはない。さらに、ハリントンとバーンズの関係について、複数の AI の見解を突き合わせると次のような事情が見えてきた。

ハリントンの警句の翻訳者は、ロバート・バーンズの詩の翻訳でも有名な人物であった。これがこの警句をロシア語圏で「バーンズ作」として流通させる原因のひとつになったのだそうだ。さらに、AI によれば、この訳者が英語の「反逆」をロシア語で「暴動」としたことも、警句の解釈に影響を与えているのだという。「反逆」はひとりでもできるが、「暴動」はたくさんいなくてはならない。

これで、「バーンズ」の正体がひとまずはわかったわけだが、正直言って、私はつまらなくなってしまった。なぜなら、ハリントンの警句には、ソルジェニーツィンがそこに託したような、失敗に終わった暴動への悲しみも、それを乗り越えようとする抵抗の意志もなかったから。また、私が共感したような、常に敗者の側を選び取る変革の運動論も入り込む余地はなかった。あるのはただ「勝てば官軍」という月並みな皮肉にすぎなかった。

ソルジェニーツィンの解釈も、私の解釈も、ハリントンの警句の意味とは、実際のところほとんど関係がないのであった。そこで、私はある意味では不首尾に終わったこの探索を、三者の意味の違いを厳密に区別して終わりにしたい。

「反逆が成功することは決してない。なぜか。
成功すれば、もはや誰もそれを反逆とは呼ばないからだ」(ハリントン)

「暴動が成功に終わることはない。
勝利を収めたときには、その呼び名も変わるから……」(ソルジェニーツィン)

「変革が成功に終わることはない。
勝利を収めたその瞬間に、敗者の側へ向かうから……」(私)

散文

成功に終わらず(1)

ソルジェニーツィンの『収容所群島』第五部十二章(邦訳版第六巻)では、ケンギル収容所で起きた反乱が戦車によって残酷に鎮圧された事件が報告されている。作者は、その末尾に以下のような「詩」を引く。

暴動が成功に終わることはない。
勝利を収めたときには、その呼び名も変わるから…… (バーンズ)

この引用を通じてソルジェニーツィンが言いたかったのは、ケンギルの反乱は成功に終わらず、それゆえ呼び名も変わらなかったが、それでもなおこの事件は、反乱と片付けることのできないなにかであるのだ、ということだと思う。それはそれとして、私はこの言葉を読んだとき、別な解釈が思い浮かんだ。それはこんなものだ。

社会を変えようとする運動は、本質的には成功しないものだ。というのも、成功したそのときに、その運動自体が変えられるべき対象となるから。

つまり、社会を変えようとする運動は、それが運動であり続けるかぎり、成功に終わってはならない、ということだ。別の言い方をするならば、本当の運動は、成功する瞬間に、あえて失敗の側に立つ。なぜなら、運動の原点は、常に敗者の側にしかないから。

もちろんこれはすべての運動には当てはまらないし、当てはまっても困る。だが、本当の運動が持つべき条件、私がかねてから考えていた条件を言い当てているように思え、感心したのだった。

そこで私はこの「詩」の正確な文脈を知りたくなった。作者は「バーンズ」とのみある。ロシア風の名前ではなく、英語の名前だ。

だが、バーンズとはいったいなんであろうか。社会運動の本質を見抜いた、こんなラディカルな言葉を残した人物とは誰であろうか。私は英文学はよくわからないし、英詩についてはなおさらだ。ただ私はなんとなくロマン派風の人物を想像していた。バーンズは詩を書きながら革命に身を投じ、戦場か獄中かで死んだ……彼は自ら失敗の側を選んだのだ……。そこでちょっと検索してみると、カタカナでバーンズなる人物がわんさかだ。英語の綴りも Burns、Barnes、Byrnes などとキリがない。どこから手をつけたらいいかわからなくなって、私は諦めてしまった。

散文

ヘンリー・ジェイムズの怪談

見えるはずのないものが見えたとき、その経験は人間の心理にどのような微妙な陰影を投げかけるのだろうか。夏だから、というわけではないが、私の身に実際に起きた怖い話をひとつさせてほしい。

私はといえば、昔から読みもしないのに本を買いこんでしまう悪癖があった。おかげで、本棚には本がぎっしり詰め込まれ、どこにどんな本があるのかもわからないありさまだ。だが、後になってある本が必要になったとき、かなりの確率で本棚に見つかるので、買っておいてよかったということがいくどもあり、やめられないのだった。

このあいだも、英語を勉強しようと急に思いたった私は、本棚に埋もれた英語の小説を掘り出していた。すると、黒いカバーでお馴染みの「Library of America」版のヘンリー・ジェイムズの長編小説集が出てきた。The Ambassadors と The Golden Bowl と The Outcry が入っているものだ(Henry James: Novels 1903-1911, LOA #215)。私は The Ambassadors が読みたかったので、購入しておいてくれた過去の自分に感謝しながら、他の英語の本とまとめて本棚に押し込んだ。

その翌日、本格的に読むわけではないが、少し英語の文章を見てみたいと思って、私は The Ambassadors の入ったあの本を本棚で探した。が、どこを探しても出てこない。「あれ、確かにあったのに……」と本棚の奥へ手を伸ばすと、黒い表紙の「Library of America」が出てきた。

ヘンリー・ジェイムズの長編小説集だ。だが、The Sacred Fount と The Wings of the Dove が入っている別の巻(Henry James: Novels 1901-1902, LOA #162)だった。

「ということは」と私は考えた。「後期の三大作品、『鳩の翼』『使者たち』『金色の盃』の原書が我が書架には揃っているわけだ」

あとは例の一冊を見つけるだけだ、と本棚をくまなく探すも、肝心の『使者たち』の巻(LOA #215)は出てこない。私は不意にイヤな気分がしてきた。パソコンを開き、Amazon のサイトに向かう。購入履歴のページに行き、「Henry James」と検索した。画面を見て私は言葉を失った。履歴には『鳩の翼』の巻(LOA #162)しかなかった。

私が数日前、自分の本棚に見つけたあの Henry James: Novels 1903-1911 (LOA #215): The Ambassadors / The Golden Bowl / The Outcry (Library of America Complete Novels of Henry James), ISBN 978-1598530919 は、いったい……?

散文

私の天下三分の計

三田村鳶魚の全集を安く買ったのが 9 年前ぐらいで、江戸文学系の論評などを読んでいたら、静観房好阿の『当世下手談義』の紹介があった。興味を感じたので読んでみたら面白い。これがきっかけで、談義本をいろいろ読みはじめた。その過程で出会ったのが、平賀源内の『根南志具佐』(ねなしぐさ)だ。読みながら私は大笑いした。これを、日本古典文学大系 55 の『風来山人集』(風来山人とは源内のこと)で読んだのだが、戯作ばかりでなく、平賀源内の書いた浄瑠璃もひとつ収められていた。『神霊矢口渡』だ。

私はそれまで歌舞伎の脚本は少しは読んでいたが、浄瑠璃がなんだかも知らなかった。せっかくなので読んでみたら、これも面白い。そこで、日本古典文学大系の『近松浄瑠璃集(上下)』を買って読み、私はすっかり近松門左衛門に夢中になってしまった。それ以来、この 5 年ほどのあいだ、常にではないにせよ、継続的に浄瑠璃や歌舞伎を読み続けている。

コロナのあいだはとくに熱心に浄瑠璃を読んでいた。そのいっぽう、私はチュニジアの民話を調べたりしていたので、それもなにかと読んでいた。そして、これは多くの人も同じだと思うが、家にこもって韓国のドラマばかり見ていた。そんなわけで、コロナ期間中の私の頭の中は、浄瑠璃とチュニジアの民話と韓国ドラマによる天下三分の計が実現していた。

当時、必要があって私はジョイスの『ダブリン市民』中の1篇を読んだのだが、急に家から外に引きずり出されたかのようで、しばらくのあいだ、まったく頭に入ってこなかった。

風刺・戯文

素顔

「みなさんにとっては VTuber なんてもう当たり前でしょうが」と、その先生は学生たちに語りかけた。

「僕はこのあいだ孫に教わりまして。アニメかと思っていたら、あにはからんや、裏に人間がいて動かしているというんですね。コンピューターを使うとそういうことができるということなんですが、で、僕は聞いたんですね。後ろで動かしている人はどんな人なのか、顔とかわからないのか、と孫に聞いたんです。すると『これはこういうものだよ』と答えるのです。いや、でも、誰が動かしているか、気にならないの、としつこく聞いたんです。そしたら、孫はいかにも面倒くさそうに『ホントは誰とか考えないよ』というので、いや、そういうものなのかと感心してしまいました。背後に誰がいるのかとか、素顔はどうだ、だなんて詮索するのはもう意味がないのかもしれませんね。僕も見習いたいとは思いますが……」

こう前置きを終えると、先生は少し悲しそうに作家論の講義にとりかかった。

散文

『中車藝話』

『中車藝話』(築地書店、昭和十八年刊)は、明治から昭和初めにかけて活躍した歌舞伎役者、七代目市川中車の自伝だ。いつどこで、そしてどうしてこの本を買ったのか、自分でも覚えていないのだが、とにかくいつも本棚にあるので、このあいだ読んでみた。

そしたら、奇妙な話ばかり出てくる。もしかしたら、私が知らないだけで、誰でも知っているような話なのかもしれないが、面白かったので、そのいくつかを思いつくままに列挙しておく。

・市川中車は幕末から子ども役者を務め、いわゆる「どさまわり」を経験した人だが、そのどさまわりのとき、墓場で死体に噛みつかれた。
・14〜5歳のころ、パトロンに連れられて遊郭にいく。すると、花魁が役者に惚れて困るのでウチは役者を客にしない、と遊郭の主人に断られる。面目を潰されたパトロンが後日、現代のドラマでは決して放送できないような手段で仕返しする。
・深い仲になった花魁と心中しようとして、かえって別の心中を助ける。
・盲目の役者が化狸に導かれたという。
・出かける前に神棚に魂を置いていく役者がいたそうだ。
・亡くなった前妻が心霊現象を引き起こす。

私は歌舞伎のことなどまったくわからないので、芸に関する話はほとんど理解していないと思う。だが、それでも普通の読み物として十分に楽しめた。

旅・観察

トーマス&ブライアン

ベルリンの街を歩いていたら、大きな本屋があった。入って探索していると、トーマス・マンの特設コーナーがある。生誕150周年ということらしい。『魔の山』や『ブッデンブローク』などの長編の中に “Der Tod in Venedig” のペーパーバックを見つけた。『ヴェニスに死す』だ。

短い小説だし、翻訳でも読んでいるので、買おうかと思ったが、私のなきに等しいドイツ語力を慎重に検討した上で、結局やめた。これほどの小説ならば、日本でも容易に買えるはずだし、そもそも読みもしない本を買うのはバカげている。

本屋を出て、再び街歩きに出る。首都ということもあるのだろうが、あちこちでイベントやコンサートの広告を目にする。知らないミュージシャンも多いが、ジェスロ・タルやデュランデュランなど、知ってる名前にでくわしたりすると楽しい。

ぶらぶら歩いていると、ショーウィンドーの中の大きなディスプレイに見覚えのある顔が映し出された。ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンだ。まさかベルリンでライブでもするのだろうか? しかし、認知症で引退したと聞いたが……と一瞬思ったが、“Tod(死)” の一語でニュース速報だということに気がついた。

……にしても、やっぱり “Der Tod in Venedig” 買っとくかな、旅の思い出になるし……。

風刺・戯文

かるかやの謎

説教節の「五説教」のひとつとされる「苅萱(かるかや)」はおおよそこんな筋だ。

昔、ある有力な武人が無常を感じ、仏門に入ることにした。高野山に行くと、偉い坊さんが「侍が遁世修行するなどムリムリ」という。だが、武人は「私は二度と家族に会いません。もし会ったら地獄に落ちてもいいです」と誓って、なんとか認めてもらう。

この武人には、妊娠中の妻がいた。やがて男の子が生まれて、少年になる。少年は、父親が生きていることを知ると、会いたくなり、母親と一緒に高野山に行く。

高野山は女人禁制なので、少年は一人で山に行き、苅萱道心に出会う。この苅萱道心は少年の父であるが、道心は家族と会ったら地獄に落ちると誓った手前、少年に「お前の父は死んだ」と嘘を言う。少年はこの悲報を母親に知らせるために高野山を降りるが、その時には母親は心痛のあまり死んでいた。

その後、少年は再び高野山に行き、苅萱道心と再会し、その弟子となり、道念坊と名づけられる。道心はいずれ自分が父であることが露見することを恐れて、ひとり旅に出て、亡くなる。道念坊も、道心が父であるとは知らずに、やがて亡くなる。これが善光寺の親子地蔵の由来である。

この悲しい物語には、どうも腑に落ちないことがある。

父親は少年が自分の息子であることは誰にも言わなかったし、息子は自分の父が死んだと信じ込んでいた。それならいったい、誰が二人が親子であることを知っていたというのだろうか?

風刺・戯文

死せる魂

アメリカの社会保障番号を管理する社会保障局が、実際には生きている移民6千人以上を、勝手に法的に「死亡」扱いにしていたそうだ。こうすると、移民は身分証明ができなくなるため、就職もできないし、家を借りたり、銀行に口座を作ったりすることができなくなる。トランプ流移民追い出し作戦のひとつだという。

このニュースを聞いて、おそらく世界中のほとんどの人がゴーゴリの『死せる魂』を思い出したことと思う。

これは、記録上は生きていることになっているが、実際は死んでいる農奴を買い取ることで、富裕層に加わることができる、というビジネス戦略が書かれた世界的ベストセラーだ。

全ビジネスパーソン必携と呼ばれるこの書を読んで以来、私は日本でもなんとかこのスキームでひと儲けしたいと考えていた。だが、残念ながら日本に農奴がいないせいで、なかなか着手できずにいた。ところが、このニュースに触れるや、天啓の如くビジネス・アイディアが閃いたのであった。

あまり詳しく書くことはできないが、「死者にはビザの必要がない」「死者は人権とも労災とも賃金とも無縁」「役所の手続きは賄賂でなんとかなる」といえばご想像つくだろうか。

もちろん労働力不足に悩む日本の企業様にとって文句なしの朗報だ。「ご好評につき、海外から死者大量入荷!」 そんな宣伝文句が今からちらついている。

風刺・戯文

死に至る病

哲学倶楽部の先輩から、「君はこれを読むべきだな」と、ゼエレン・キェルケゴオルのその本を渡されたとき、私たちの友人は「死に至る病……?」とそのタイトルを口にしたきり、絶句したそうだ。

そして、その時から、彼の人生は大きく変わった。かつては市街のあちこちのカフェで、旧制高校の制服と学帽を得意げに着た彼の姿を見かけたものだが、そんなこともなくなった。

それどころか、街外れや田園地帯を彷徨い歩く彼の姿が目撃されるようになった。着物はズタズタに破れ、蓬頭垢面のそのありさまは、狂人さながらであった。いや、そうだったのかもしれない。もともと、細かいことに拘泥する質の彼だったから、それがついに度を越してしまったのだ。

しかも、さらに異常だったのは、甲高く、耳障りな声で始終叫び続けていることだった。まるで怪鳥が同類を求めて鳴き続けているかのようだった。

そして、ある日、彼が道端に倒れているのが発見された。その時にはもう虫の息で、ただかすかな声で鳥のように鳴くのだった。彼が息を引き取ったのは、それから数時間後のことだった。

私たちは、死んだ彼が『死に至る病』を固く握りしめているのを発見した。私たちは苦労して彼の手からその書を外した。彼の死の秘密を探るべく、パラパラとめくった。だが、秘密どころか、1ページも読んでいないようなのだった。その真新しい書物を見て、誰かがポツリとつぶやいた。

「彼は……『キェ』の発音から先に進むことができなかったのだ……」