研究

ベルベル語関係記事のあとがき

2026 年 2 月 28 日、科研費の審査結果の発表があり、そこで私は、自分の応募した研究課題が採択されたことを知った。以下のような課題だ。

基盤研究(C)「消滅の危機にあるターウジュート・ベルベル語(南部チュニジア)の言語学的記述」(26K03906)

研究期間は、2026 年度から、2028 年度までの 3 年間、配分額は 3 年で 468 万円。このうち私が使える分は 360 万円で、年に 120 万円の予算だ。どう使うかというと、大部分がチュニジアでの調査の旅行費・滞在費だ。

科研費事業は税金で成り立っているから、科研費による研究には責任がともなう。具体的にいえば、論文で成果を公表したり、経費を適切に使用したり、研究内容を専門家以外にも知ってもらったりすることだ。

最後に挙げた社会に還元することの方法はいろいろあると思うが、私の立場ではできることがあまりない。そうした事情もあって、新しい研究課題が始まる 4 月 1 日から、ブログのような形で 1 ヶ月、ベルベル語に関係のあることを書いてみようと思い立った。「チュニジアのベルベル語」「ベルベル語への旅」「ベルベル語と出会う」などがそれだ。これらの記事のもととなった経験は、上記の研究課題に先行する基盤研究(C)「アラビア語チュニス方言における語りの技法と文法」(22K00548)によって可能となった。

私は、チュニジアのアラビア語については勉強してきたが、ベルベル語ははじめたばかりで、調査も勉強もこれからという状態だ。なので、書いたものには間違いもあると思う。気がついたら訂正したい。

研究期間は 3 年間だ。生きていれば、今後もベルベル語や調査のことを書けると思う。

(写真:チュニスで見かけた車)

研究

ベルベル語のポスター発表

ポスター発表というのは、発表したいことを大きなポスターに書いて掲示する。そして、発表者はその前に立ち、内容に興味を持って立ち止まった人々に説明したり、質問されたり、「あ、別にいいです」とか言われたりする。

ポスターのサイズは A0 で、これは A の最終形態だ。発表者はこの特大用紙に発表内容を盛り込む。A4 16 枚分なので、自分で印刷してツギハギしてもいいし、私がいつもそうしているように印刷サービスに頼んでもいい。

ポスター発表はまだ 3 回しかやったことがない。作り方もよくわからないので、試行錯誤だ。それでも、ポスターのデザインは楽しい作業だ。

他の発表者のポスターを見てみると、左右対称を基本としてデザインされていることが多いようだ。例えるならば 4 コマ漫画が 2 つ並んでいるような感じだ。どう読むかというと、左の上から読みはじめて下まで行き、それから今度は右上から下へ、という具合だ。読む順序がはっきりしているのでわかりやすい。

だが、私はもっと楽しくしたい。そこで、以前のポスターでは、左右対称であるにしても、左右で説明を並走させて、左右のどちらから読んでもいいようにデザインした。今回は、そのシンメトリカルな構造もなくした。動詞の活用が売りの発表なので、動詞活用表を真ん中にドーンと置いたのだ。そして、その周囲を説明が取り巻くようなデザインにしてみた。

これがうまく行ったかはわからないし、たいていは他の人がやるようにするのがいいのだ。私も次はそうするつもりだ。この調子で行くと、そのうち曼荼羅アートになってしまうから。

(写真:ポスターの一部)

研究

ベルベル語の動詞活用

2025 年 11 月 22 日、私は日本言語学会第 171 回大会(岡山大学)で「ベルベル語ターウジュート方言(南部チュニジア)の動詞活用」というタイトルでポスター発表を行った。これは、私にとって、ベルベル語についてのはじめての発表だ。よく知られていない言語について、まったく実績のない無名の人が発表するのだから、閑古鳥だと思っていた。しかし、会場はあたたかかった。知り合いの方々や関心を持っている方々が来てくださった。これは本当にありがたいことだ。

発表は、2025 年の 3 月と 8 月の調査をもとに動詞の活用をまとめたものだ。ターウジュートというのは、私にベルベル語を教えてくれた S さんの出身地だ。私は当初、そこのベルベル語という意味で発表タイトルのように「ベルベル語ターウジュート方言」と呼んでいた。だが、方言といってしまうと、標準語があるようにも聞こえる。そこで、現在は英語での一般的な命名法を参考にして、「ターウジュート・ベルベル語」と呼ぶようにした。

ターウジュート・ベルベル語の動詞活用には、少なくとも 7 つの動詞形がある。完了形、未完了形、アオリスト形、命令形の 4 種に、アオリスト形以外の 3 つに対応する否定形がある。だから、完了形、否定完了形、未完了形、否定未完了形、アオリスト形、命令形、否定命令形の 7 種ということになる。

アオリスト形というのは、ベルベル語学でよく用いられる用語で、完了も未完了でもない状態を表す。フランス語などの接続法の使い方にも似ている。

さらに、これらの 7 つの動詞形が、人称・数・性によって変化する。ぜんぶで活用形は 9 つだ。

7 つの動詞形があり、そのそれぞれに 9 つの活用形(ただし、命令形と否定命令形には 3 つのみ)あるということは、単純計算で 1 つの動詞に 51 の活用形(45+3+3)があることになる。

51 という数は、英語の動詞活用からすれば多いし、フランス語からすればそれほどでもない。いずれにしても、覚えるのは大変だ。

(写真:チュニスのメディーナの香水屋)

研究

ベルベル語調査のお金(2)

科研費は競争的研究費と呼ばれる。研究費たちが競い合って行先を取り合っているイメージで間違いない。そのうちのひとりが、コースを外れたかして、私のところまでたどり着いた。私としては、感謝とともに丁重にお迎えした次第だ。

今年度は 120 万円の予算がある。これだけあれば、2 回の調査は可能だ。だが、そうも言えない雲行きだ。

まずは円安だ。コイツのせいで一昨年ぐらいから海外旅行費用そのものがグングン値上がりしてしまった。

そして、次に戦争だ。ウクライナのヤツにせよ、中東のヤツにせよ、調査とはまったく相性が悪い。しかも、私がもっぱら利用していたエミレーツ航空やカタール航空では、運航休止や減便が相次いでいる。とすると、場合によっては、料金高めのヨーロッパ経由の便を利用しなくてはならないかもしれない。

最後はサーチャージだ。かねてから気に食わないヤツだったが、やれ封鎖だ、やれ再封鎖だ、果ては逆封鎖だのせいで、ますます調子に乗っている。国民の税金を原資とする科研費が、サー・チャージとかいうぼったくり貴族の懐に入るようでは泣くに泣けない。

こんな状況の中、しかも刻一刻と目減りしていく資金で、チュニジアに行けるものだろうか? わからないが、平和そうな場所を飛び石のようにひとつひとつ辿って行くしかない。

(写真:スーサの市場のパン屋)

研究

ベルベル語調査のお金(1)

言語調査に必要なものはなんだろうか。「この頭脳だけさ」とうそぶく人もいるかもしれないが、そんな天才でも旅費や滞在費はかかる。つまりお金だ。

2025 年に私は 2 回、チュニジアで調査をした。総額で 80 万円以上になった。ほとんどが航空券代とホテル代だが、調査協力者への謝金も含まれる。

この資金は、全部ではないものの大部分が科研費から出ている。科研費はもともとが税金だ。いや、私の払った税金が回り回って戻ってきたものかもしれない。どう解釈するにせよ、一度親元を離れたお金はもう他人のお金だ。手前勝手に使うことはできない。

書類も書かねばならないので面倒だが、研究者ではない私には、唯一の資金だ。

もっとも、2026 年 3 月は、頼みの綱の科研費が底をつき、チュニジアに行くことができなかった。しかも、2025 年度で科研費ともお別れのため、その先の調査の予定も立たなかった。

自腹では無理だ。念願のベルベル語調査も、わずか 3 週間であえなく終了……かと思いきや、そうでもなかった。

別の科研費がやってきたのだ。捨てる科研費あれば拾う科研費あり、だ。

(写真:タターウィーンのカフェ)

旅・観察

シリーズ「盗難の証明」

「ベルベル語の調査とその後(5)」で、私は盗難に遭い、その盗難証明書を警察にもらいに行ったと書いた。

その盗難事件の顛末について、私は帰国してすぐにこのブログで書いた。2025 年 3 月 9 日から 19 日までの 11 回分の記事がそれだ。ベルベル語の調査そのものとは関係ないが、気になる人もいるかもしれないので、以下にそのリンクをまとめておく。

【盗難の証明】
(1)Grand Hotel de France
(2)新しいホテルで
(3)泥棒への感謝
(4)盗難証明書
(5)警察署までの道
(6)今日は行けません
(7)何があったか彼女に言うのだ
(8)署長室の対決
(9)三枚つづりの紙
(10)革命の記録
(11)そういうホテル

私が盗難に気づいたのは、チュニジア滞在中に所持金をしっかり把握しておかねばならないという状況に置かれていたためだ。その事情については「外貨の禍い」という 9 回のシリーズに書いた。その続編である「最後の外貨の禍い」(全 6 回)も合わせて読んでいただければさいわいである。

(写真:チュニスのメディーナ)

旅・観察

ベルベル語の調査とその後(7)

S さんにとって、ベルベル語は母語だ。しかし、今の S さんがベルベル語を使うのは、同居する親と話すときだけで、それ以外はアラビア語だ。3 人のお子さんもいるが、ベルベル語は話せない。彼曰く、「自分はベルベル語を話す最後の世代だろう」と。

もちろん、これは正確ではない。彼の出身地であるターウジュート村には、今も若い話者がいるはずだ。だが、村を出た移住者の実感としては正しいと思う。

日常的にベルベル語を使用していないため、母語とはいえ、言葉を思い出せなかったり、動詞の活用が不確かな場合もあった。そんなとき、S さんは必ず親に電話をして確認してくれた。こうした姿勢のおかげで、私の資料はより正確になったが、それでも他のベルベル語話者によるクロスチェックも必要だと思うようになった。

また、言語調査では、単語や例文だけでなく、実際の会話や生活の中でデータを集めることも重要だ。そのためには、ベルベル語が日常的に使用されている現場に行かなくてはならない。そんなわけで、私はターウジュート村への訪問を計画した。S さんも同行を申し出てくれて、そのための準備をしてくれていたが、結局、2025 年夏の調査では実現しなかった。

次回の調査は、現地開催が目標だ。

(写真:カフェの飾り)

旅・観察

ベルベル語の調査とその後(6)

再び、S さんと会い、ベルベル語の調査をしたのは、その夏、つまり 2025 年 8 月のことだ。このときは、8 月 2 日から 12 日までの 11 日間連続して調査を行うことができた。はじめの 3 日間は、うるさいカフェで調査を行わざるをえなかったため、内心不安であった。だが、たまたまそのとき私は少し高いホテルに移った。そこには会議室があり、相談したら無料で使わせてくれた。これですべての問題が解決した。会議室を一歩出ればトイレがあった。

それに夏だ。寒いどころか、クーラーなしでは過ごせないくらいだ。ある日など私はクーラーを消すのを忘れて出て行ってしまい、翌日「あれ、なぜかクーラーがついているぞ」と訝しげにするホテルのスタッフを前にして、気まずい思いをした。

3 月と 8 月の調査は合わせて 21 日間にすぎない。もちろん、これっぱかしの期間で、言語の全体像が掴めるわけがない。だが、8 月は動詞活用を重点的に調べたので、ある程度の材料は揃った。そこで、私は動詞の活用をテーマに発表の応募をし、11 月にポスター発表を行うことができた。さらに、この発表を発展させた論文も書いた(まだ出ていない)。

そのいっぽう、この 3 週間の経験から、チュニジアのベルベル語をちゃんと調べるには、この調子では不十分だということも、だんだんわかってきた。

(写真:猫)

旅・観察

ベルベル語の調査とその後(5)

異邦人には暮らしにくいラマダーンのさなか、寒さ、尿意、空腹に耐えながら、私は調査を続けた。だが、そんな殊勝な私にさらなる追い討ちがかかった。

ホテルで盗難に遭ったのだ。

お金がなくなっていることに気がついたのは 3 月 5 日の午後のことだった。詳しい事情は省くが、私はその翌日、警察署に行かねばならなくなった。海外旅行保険を使うためには、どうしても盗難証明書が必要だったのだ。この日の午前、私は最後の調査を予定していた。朝イチに行けば、約束の時間に間に合うだろうと考えていたが、警察には警察の事情があるようだった。結局、3 月 6 日の調査をキャンセルせざるをえなかった。

思わぬ事件のために、貴重な一日が飛んだわけだ。だが、そのおかげで私は、チュニジアの社会を別の側面から観察する機会を得た。もっとも、さいわいなことに、私はこの学びの機会に授業料を払わされはしなかった。海外旅行保険に感謝したい。

私はこれまでいくどもチュニジアを訪問し、いろいろなホテルに滞在してきた。立派なホテルで素晴らしい朝食を楽しんだこともあれば、シャワーもエアコンもない部屋で手負いの狼のように寝たこともある。だが、お金を盗まれたのは初めてだ。チュニジアの観光業の名誉のために、つけ加えておきたい。

その翌日、3 月 7 日は午後の便で帰国する予定だったので、もともと調査を入れていなかった。だが、S さんは、私を不憫に思ったのか、それともチュニジア人として放っておけないと思ったのか、午前中に時間を作ってくれた。私たちは例の寒い場所で 2 時間半ほど調査を行い、再会を約して別れた。

(写真:カフェの様子)

旅・観察

ベルベル語の調査とその後(4)

凍えるほど寒い古い建造物の一角でベルベル語の調査をしながら、私がひしひしと感じていたのは、尿意だった。体力を削るという点でも、人間の尊厳を奪うという点でも切ない尿意だった。

ラマダーン中だから、私たちのいるカフェは開いていなかった。だから、トイレは使えなかった。建物の外に出ても開いている店はない。つまり、私は調査の間中、トイレに行くことはできなかった。

建物の底冷えが尿意とタッグを組んだこの状況は、私の調査に影響を与えた。ホテルからこの調査場所まで徒歩で 15 分、つまり、往復で 30 分だ。移動に要する時間と私の膀胱のサステナビリティからすると、調査に許された時間は 3 時間というところだ。

これを短いと思う人は、膀胱がまだ柔軟なのだ。とこしえにそうあれかしと願うばかりだ。

なんとか調査を終えた私は、毎日、ホテルまでの帰路を急ぐ。だが、ここに陥穽がある。あまり急いではいけないのだ。なぜなら、焦りはかえって尿意を目覚めさせてしまうから。

「今日はいい天気だな。途中で本屋に寄ろうかな……」などと、尿意をときには欺き、ときにはあやしながらチュニスの大通りを歩く。ホテルに着く。ドアを押し開け、鍵を受け取り、階段をゆっくり登る。部屋の前に立ち、鍵を鍵穴に差し込む。しゃにむになってガチャガチャしだす……。

私が言語学の概説書を書くとしたら、この問題にまるまる 1 章さくことだろう。

(写真:猫たち)