凍えるほど寒い古い建造物の一角でベルベル語の調査をしながら、私がひしひしと感じていたのは、尿意だった。体力を削るという点でも、人間の尊厳を奪うという点でも切ない尿意だった。
ラマダーン中だから、私たちのいるカフェは開いていなかった。だから、トイレは使えなかった。建物の外に出ても開いている店はない。つまり、私は調査の間中、トイレに行くことはできなかった。
建物の底冷えが尿意とタッグを組んだこの状況は、私の調査に影響を与えた。ホテルからこの調査場所まで徒歩で 15 分、つまり、往復で 30 分だ。移動に要する時間と私の膀胱のサステナビリティからすると、調査に許された時間は 3 時間というところだ。
これを短いと思う人は、膀胱がまだ柔軟なのだ。とこしえにそうあれかしと願うばかりだ。
なんとか調査を終えた私は、毎日、ホテルまでの帰路を急ぐ。だが、ここに陥穽がある。あまり急いではいけないのだ。なぜなら、焦りはかえって尿意を目覚めさせてしまうから。
「今日はいい天気だな。途中で本屋に寄ろうかな……」などと、尿意をときには欺き、ときにはあやしながらチュニスの大通りを歩く。ホテルに着く。ドアを押し開け、鍵を受け取り、階段をゆっくり登る。部屋の前に立ち、鍵を鍵穴に差し込む。しゃにむになってガチャガチャしだす……。
私が言語学の概説書を書くとしたら、この問題にまるまる 1 章さくことだろう。
(写真:猫たち)