風刺・戯文

私の MBTI

MBTI というのは、人間の性格を全部で 16 のタイプに分類するものだ。私は詳しくはわからないし、知る必要もないが、16 のタイプは、ESTP とか、ESFJ とかいうように 4 つのアルファベットで表される。また、それぞれのタイプにわかりやすい名前がついている。例えば INFJ は「助言者・提唱者」だ。

MBTI の判定法は、ネットで見つけることができる。質問に答えていけば、最終的に自分のタイプがわかる。

この性格診断は、しばらく前から若い人の間で流行っている。恋愛版の MBTI まで最近出てきたそうだ。若い頃は自分がどんな人間だか知りたくなるものだから、こうした判定法が魅力的に思えるのだろう。もっとも、客観性の点で疑わしいと批判する人もいる。私もインチキだと思う。

だが、ある人が、私に MBTI をやってみるようにすすめてきた。そこで、やってみることにした。

最初の質問は「定期的に新しい友人を作っている」だ。これに、「そう思う」から「そう思わない」までの間に設定された 7 段階のどれかにチェックを入れる。こんな質問にいくつも答えなくてはいけないそうだ。

私はもう面倒くさくなって 1 問目でやめた。MDKS。

風刺・戯文

人類に不可能なこと

アメリカの科学ジャーナル「サイエンティフィック・ベンチマーク」に「人類に不可能なこと」という興味深い記事が掲載されたので、一読に及んだ。

試みに冒頭の部分を訳す。

「人類の科学の進歩は目覚ましく、今や私たちは、高速の移動手段、全世界的な通信ネットワーク、手のひらに入る大きさの人工知能など、前世紀の人々から見れば夢のようなデバイスを手に入れた。私たちは今もなおさまざまな夢を思い描いており、科学の発展によりいつかはそれらも実現すると思い込んでいる。だが、最新の研究成果を突き合わせると、私たちの夢の中には、原理的に不可能なことがあることもわかってきた。ここに紹介するのは、人類の総力を結集したとしても絶対に実現できない夢のいくつかである」

では、その「人類に不可能なこと」とはどのようなものだろうか。記事では5つが挙げられている。以下簡単にまとめる。

①光速を超える移動(超光速航行):光速に近づくには無限のエネルギーが必要なため不可能。
②永久機関:熱力学第一法則に反するため不可能。
③未来の完全な予知:量子力学の不確定性原理により完全な予知は不可能。
④過去へのタイムトラベル:スティーヴン・ホーキングの「時間順序保護仮説」によれば不可能。
⑤移民排斥:人間は国境を越える存在だから、移民をゼロにするのは不可能。

「これらは、どだい無理なのだから、別のことに頭を使ったほうがいい」と記事は結ばれている。

音楽

Message in a Bottle

まるで漂流者のように私は街をさまよい、「孤独のメッセージ」という一風変わった名の焼肉屋に逢着した。

客は私だけ。孤独な私にうってつけの店だ。椅子に座り、店員が出てくるのを待つが誰も出てこない。誰もいないのだろうか。絶望する前に出てきてほしい。

私は注文をしたい。店の誰かに注文をしたい。誰かに私の注文を、誰かに私の注文を、誰かに私の注文を取ってほしい。

私はテーブルの上に置かれた紙と鉛筆に気がついた。そして空いたボトルがあるのにも。「カルビ1人前」と書いて、空き瓶の中に入れる。私は、その瓶を店の奥の方に転がした……

I hope that someone gets my
I hope that someone gets my
I hope that someone gets my
Message in a bottle, yeah
Message in a bottle, yeah

注文を書いてから、私は眠ってしまったようだ。ハッと目を覚ますと、そこには信じられない光景が……

テーブルの上に数えきれないほどの……

カルビ・イン・ア・ツボ yeah
カルビ・イン・ア・ツボ oh
カルビ・イン・ア・ツボ yeah

おすすめは壺カルビ
おすすめは壺カルビ
おすすめは壺カルビ
おすすめは壺カルビ(繰り返してフェイドアウト)

ライブ

TCクラクション×ネコニスズ

TCクラクションとネコニスズのツーマンライブ『うるせぇ奴らが来た』(ユーロライブ)が今日、開催されたので行ってみた。どちらも昨年の M-1 では準々決勝にまで進んだ実力者だ。

今回のツーマンは、TCクラクションを「売れさせる」ために企画されたということで、その狙い通り、ネコニスズを見たい人もたくさん集まり、私もそのひとりだった。

内容は、それぞれが3本のネタを交互に行うというもので、はじめと終わりに4人のトークがあった。

ネコニスズのネタは、これまで私が見た限りでは、42 才の舘野忠臣が「赤ちゃん」になり、それが最終的に破綻する、というものだ。その破綻にもバリエーションがあったが、今回は「破綻モノ」とは異なるバリエーションの「赤ちゃん」ネタが2本あり、面白かったし、感心もした。

TCクラクションは名前はよく聞くが、ちゃんと見たことがなかったので、いい機会になった。さすがにうまいし、面白い。2本目の「ありえないもの」のネタが、特によくできていたと思う。

2組とも、11 月 6 日に、M-1 の3回戦を控えているということで、トークでは M-1 の話も出た。勝ち進むのは、そんなに簡単なことではないだろうが、大いに活躍してほしい。

風刺・戯文

信じることは魔法

……友人も家族も、仕事も、生きがいも、すべてを失い、ただ孤独にポツンと座っていた私に、あなたはそっと寄り添ってくれました。

どこを見回しても希望の光はなく、私はただ暗闇を歩くばかり。希望を見出すのは、希望を信じている人だけなんですね。自分すら信じられない私にはとても無理……。絶望のあまり力を失い、へたり込んでいた私のところにやってきてくれたのが、あなたでした。

なにも言わずにあなたは、私のそばに座ってくれました。あなたの強く、そして思いやりにあふれた心を信じるには、それだけで十分でした。私はいつしか暗闇の中にかすかな希望を見出していました。もしもこの世界に魔法があるとしたら、それはきっと「信じること」なのですね。

信じる力を失って、ただ孤独にポツンと座っていた私に、あなたはそっと寄り添ってくれました……。


山手線の空席に座ったら、隣に座っている男がこんな手紙を渡してきた。私はもちろん席を立ち、隣の車両に移った。自分の隣に人を座らせない手法のひとつと思われる(他には、丸めたティッシュを置いておくというのもある)。

風刺・戯文

熊の知性化

私たちの国では、いつの頃からか、熊が人里に現れ、人々を襲うようになりました。多くの人はこの危険で凶暴な獣を駆除すべきだと主張しました。ですが、熊はそもそも危険で凶暴なのですから、これは熊を絶滅させろといっているようなものです。

そこで、熊の駆除に反対する人々はこう言いました。そもそも熊を人間世界に慣らしたのは人間なのだから、熊を絶滅させるなどとはあまりに一方的ではないか、と。すると、駆除すべき派の人々は激昂しながら「では、熊に殺される人を見殺しにするのか」と言い返すのでした。

プリン博士という方が私たちの国にやってきたのは、そんなときでした。プリン博士は「もはや熊を殺す必要などないし、人も熊に殺されはしないだろう」と両派に向かって訴えました。「なぜなら、私のテクノロジーを使えば、熊に人間並の知性を与えることができるからだ。そうすれば、熊に言い聞かせるなど簡単だ」 反対するものはひとりもいませんでした。

この時から熊の知性化プロジェクトが始まりました。プリン博士の必死の努力の結果、ついに熊たちは人間並の知性を持つにいたったのでした。

熊たちは今や人間と同じように考え、感じることができるようになりました。そこで、人間はこう命じました。

「熊たちよ、人間を襲うのをやめよ」

すると熊たちはこう言いました。

「お前らに指図される筋合いはない。ガオー」

この日から、人間と熊の戦争が始まり、数え切れないほどの人が犠牲になっています。

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小説

駆け込み乗車

今日電車に乗っていたら、普段と違うアナウンスが聞こえてきた。

「先ほど〇〇駅で駆け込み乗車をされた方、怪我の有無と荷物の破損を確認したいので車掌室までおいでください」

私たちが知っているのは、駆け込み乗車や無理な乗車をした人は、弁明したり、否定したりする機会なしに、一方的にアナウンスで怒られることだ。

だが、この日私が聞いたアナウンスは今までのものとは違うものだ。これはいったいなにを意味しているのだろうか?

車掌たちが駆け込み乗車者たちに対して抱いている憎悪のほどを考えれば、このアナウンスが親切心から出たものでないことは明瞭だ。とすると、ここになんらかのトラップが仕掛けられていることは疑いない。

だが、同様にはっきりしているのは、ちょうど私がすぐにしてみせたように、誰もがこのトラップを容易に見抜きうるということだ。誰一人、この言葉に釣られて車掌室に行きはしないだろう。

では、車掌たちはそれに気がつかないほど愚かなのだろうか? これもやはりありそうもないことだ。とすれば、このアナウンスには、乗客に向けたのではない、別の隠れた意図があるとしか考えられない。

その意図とはなんだろうか。私はさまざまな可能性をひとつひとつ検討し、ある解釈に逢着した。

車掌は、ある「魔」が、人に紛れて車両内に侵入したのを発見したのだ。その魔の存在が大事故を引き起こすことを知っていた車掌は、大惨事を未然に防ぐために、魔をアナウンスで車掌室におびき寄せ、封じようとした……これが今のところもっとも合理的な解釈である。

小説

聖地巡礼

私たちの夢は聖地巡礼だ。鋭い山頂に乗っかる聖域、海の光が眩い白い塔、風の吹く墓地。いつか、いつか巡り歩きたいと思いながら、つらい人生を生きている。

私たちには養うべき家族がおり、支払うべき負債があり、苦しむべき労働がある。夜は亡霊のようだ。

私たちには知恵も生気もなく、ただ奪い取られるばかり。報酬はといえば、恥辱と侮蔑だけだ。孤独が孤独でもこれほど孤独ではないだろう。

いつか金を手に入れたら、いつか自由を手に入れたら、いつか頭を上げることができたら、いつか、いつか、いつか……いつか私たちは聖地巡礼の旅に出発するだろう。

だが、私たちは決して聖地に着くことはないだろう。私たちが聖地に行くよりも先に、病と老いと死が私たちのもとにやってくるから。奪われ続けた私たちは、苦しみと悲しみにまみれた生を最後に奪われるのだ。

そして、そのとき、私たちは、自分たちが知らずして聖地を巡礼していたことを知るだろう。

風刺・戯文

やすく NISA

新しい政府になって、ますます愛国心が求められる世の中になってきました。これからはなにをするにも愛国心がないと困ったことになりそうです。

普段から愛国心をはごくんできた人なら安心ですが、すっかりほったらかしにしていた人も多いのではないでしょうか。今になってあわてて愛国心を身につけようとしてもそう簡単にはいきません。あわてる国士は愛国心が少ない、などと言うとおり、ここはひとつ腰を据えて愛国心の涵養に努めたいものです。

長期的に愛国心を増やしたい方にお勧めしたいのは「やすく NISA」。毎月、少しづつ投資しながら、愛国心形成を行うことができます。

「やすく NISA」は、少額からのつみたてが可能で、初心者にも始めやすいのが特徴です。また、NISA は通常、非課税ですが、「やすく NISA」は「非」が非国民に通じることから、「非」の疑いを完璧に晴らすために、しっかりがっちり課税されることになっています(税率 99 %)。「やすく NISA」による税収は、靖国を参拝する政治家の玉串料として用いられます。

手数料を払うと、手元には財産は残りませんが、その代わり、靖国参拝を支えたという愛国心で胸を張ることができるのも「やすく NISA」ならではといえるでしょう。

風刺・戯文

身を切る改革

自民と維新の連立により、議員定数削減の道が開かれることになりました。定数削減は財政負担を減らすなどのメリットもありますが、議員の数を減らすことなのだから民主主義を制限するものだという意見も根強くあります。

どちらの立場を取るにせよ、この問題は、国民が政治家の役割を真剣に考えるよい機会となるのではないでしょうか。

さて、定数削減の議論の高まりを受けて、あるゲームが話題を呼んでいます。これは日本のゲームクリエイターが制作したもので、その名も「身を切る改革」。

プレーヤーが主人公となって、国会に乗り込み、剣を振るって政治家を切りまくるゲームです。マルチプレーヤーで連立を組んで改革に挑むことができるのも特徴です。

単純なゲームのように思えますが、かなりの高難度で「身を切る改革」の厳しさが実感できる作りになっています。

ゲームを体験したプレーヤーからは「切っても切っても復活しやがる。こいつらいったいどうなってるんだ!」という声が上がっています。