旅・観察

ベルベル語に出会う(4)

待ち合わせ場所は、チュニスのメディーナの中のカフェだった。携帯の地図情報を見ながら、曲がりくねった道を進む。いくどか行ったり来たりして、目的のカフェに着いた。メディーナによくある古い住居を改装したカフェで、柔らかい光が白い床に薄い影を投げかけていた。

奥のほうにクッションの敷かれた小部屋があった。B さんの姿が見えた。隣に男性が 2 人、体をくっつけて座っていた。年配の男性と若い男性だ。

私が 3 人を前にして腰掛けると、B さんは、年配の男性を S さんと紹介してくれた。彼は、大きな目で私をじっと見た。

それから、会話が始まった。若い男性は息子だった。学校で英語を勉強しているので、通訳の役に立とうかと、連れてきてくれたのだそうだ。S さんは、英語は話せない。だが、フランス語は話せるし、ドイツの留学経験もあるので、ドイツ語もできる。

「一緒にドイツに行ったチュニジア人の誰も ich の発音ができなかった。けど、私はすぐできた。なぜならこの音はアラビア語にはないけど、ベルベル語にはあるからね」

私がこの音を真似すると、「そう、それだ」と感心してくれる。もっとも、種明かしをすれば、私にできないわけがないのだ。なぜなら日本語の「ヒ」と同じ音なのだから。

(写真:カフェの風景、2025 年 2 月 24 日撮影)

苦い文学

新しい英和辞書

言葉は常に変わっています。新しい意味や新しい使い方が次から次へと誕生しています。私たちは言葉がわからない時に辞書で調べますが、そこに記された情報はすでに古く、もうない場合すらあります。辞書を引いている間にも、世界は変わっているのです。

だからこそ、新しい辞書が重要です。この度、私たちが新しい現代アメリカ英和辞書を出版したのも、日本の英語学習者の皆さんに、今現在使われている本当の英語を学んでほしいからです。

例えば、truth という言葉の意味を調べてみましょう。従来の辞書ではこんなふうに書かれているはずです。

truth【名詞】(複~s) 真実、事実、本当のこと

ですが、私たちの辞書では現代アメリカ口語の最新の情報を盛り込んでありますから、そんな時代遅れなことは書きません。ご覧ください。

truth 【名詞】(複~s) 嘘、でたらめ

さらに「偽造の、嘘の」を意味する fake を新しい辞書ではこう定義しています。

fake【形容詞】真実の、事実の、本当の
   例文:it’s fake news!「これは本当のニュースです!」

ぜひこの新しい『Clown 英和辞書』をご活用ください!
(『Crown 英和辞書』とのお間違えにご注意ください)

苦い文学

やり直したい社会

こんにちは、NPO法人「やり直せるニッポンづくり」という団体で活動しています。私たちは日本がやり直しのきく社会に変われるように、いろいろなサポートプロジェクトを企画しています。

やり直せる社会とは、失敗に寛容な社会です。人間は誰でも失敗するものです。だから、失敗したからといって、全否定したり、排除したりするのは、おかしなことですよね。

大事なのは、失敗した人が立ち直れるようにすることです。失敗した人が一生苦しむような社会であってはいけないと思ってます。


【私たちの実績】
・パワハラで辞任させられた社長が、フレッシュな気持ちで社長をやり直せるようサポートしました。
・やり直せる社会の実現のため、性暴力で出場停止となった野球選手が、何億円もの年俸つきで移籍できるよう働きかけました。
・不倫で追放されたタレントが、国政への出馬を表明する時に、「やり直せる社会であってほしい」と自ら積極的に訴えるよう助言しました。


こうした活動をしていて、日本はまだまだやり直せる社会ではないと感じます。「やり直し」について誤解している人が多いのです。

最近、「私たちにもやり直すチャンスを!」と訴える人々が事務局に押しかけました。

どういう人たちかというと、パワハラに苦しんで病んで失業した人、勇気を持って不正を告発したため解雇された人、性被害にあったことが原因で引きこもってしまった人、ひどい裏切りやいじめにより働けなくなってしまった人たちです。

やり直すことなんてできませんよね。失敗していないのですから。これらの人々がひどい状態なのは、単なる自己責任なんです。

まあ、あの日に戻ってやり直したい、って思うのはそりゃ自由ですよ、ははは(談)

苦い文学

最後のおやじギャグ

おやじギャグというのはいうまでもなく、高齢男性が言いがちな「つまらない駄洒落」のことだが、現代では「加齢による言語連想機能障害」と呼ばれている(DSM-5による分類)。

この原因については、かねてから脳の老化との関連性が指摘されており、さまざまな研究が行われている。

最近発表された研究では、おやじギャグをいうグループ(OG)と言わないグループ(NOG)の脳の器質的特徴の比較が行われ、OG群では、ニューロンレベルでの脳の硬直インデックス(CSI)が有意に高いとの結果が出たそうだ。

よく知られているように CSI はまた死後硬直の基準指数でもあるから、おやじギャグとは、実は死後硬直の前駆症状なのではないか、という興味深い推論もなされている。

私にはこの推定の当否を判定するだけの材料はないが、おやじギャグが死後硬直の始まりであるならば、その終着点である死後のもっともカチンコチンの状態は、まさしく全身がおやじギャグといえそうだ。

生涯最後のおやじギャグを、思い思いのこわばりぶりで披露する死体たちを見れば、もっともおやじギャグを軽蔑する最先端のお笑い愛好家も、腹を抱えて大笑いせずにはいられないのではあるまいか。

苦い文学

瞑想

ビルマの仏教徒のうちには瞑想を熱心にする人がいる。私の友人のビルマ人もそうで、彼は日本に瞑想を広めたいという気持ちを持っていた。そこで、私も誘われて彼とともに瞑想を試みることにした。だが結局、邪念が多いのか、すぐに飽きてしまった。

この瞑想の集いには、もうひとり別の日本人も加わっていた。

彼にもまた夢があった。コーチングを生業としている彼は、この活動をビルマに普及させるという夢を持っていたのだった。

私はあるとき彼に言った。「ビルマ仏教を学べば、ビルマの人々にコーチングを受け入れてもらえるような切り口が見つかるかもしれませんね」

彼はこの言葉を聞くや目を輝かせて言った。

「それはいい考えだ。ビルマ仏教の伝統だという触れ込みでコーチングを広めればいい!」

私はこの言葉に衝撃を受けた。これは歴史を偽造することにほかならないが、こうした主張をあからさまに、そしてなんの罪悪感もなく述べる人がいることに驚いたのである。

後になって私は、彼の考え方は「目的がよければ手段に問題があってもよい」という思考の典型であることを学んだ。

旅・観察

古いほうの収容ウイルス、長崎入管訪問(その14)

 私たちは入管を出た。玄関前で記念撮影。Kさんは、満面の笑みで、突き立てた親指を下向きにした。

 はじめは長崎駅に行こうと考えたが、バスがないので、歩いて長崎空港に行くことにした。1キロほどの箕島大橋を渡ればすぐだ。

 橋の脇に自衛隊の航空基地があり、私たちが橋を渡り始めると、すぐ近くからヘリコプターが飛び立った。Kさんは「毎日うるさいんだよ」と目で追う。

 彼は歩きながら、こう感慨深げに言った。「ほんと、奇跡だよ。大村入管から出るのは。強制送還の時か、病気になったときだけだから。奇跡だよ」 彼は仮放免許可が出た時からこの奇跡について考え続けていたのだ。

 赤いバスが空港へ走って行く。長崎駅と空港を結ぶバスだ。

 「あのバスも入管から見えるんだよ。飛んでいく飛行機も。みんなあれ見てさびしいになっちゃって。いつ出られるかって」

 私たちは、被収容者たちがいろいろな思いを抱えながら毎日のように見つめていた橋を歩いているのだ。

 入管の窓には黒いシールが貼られていて、内からも外からも見られないようになっている。

 「けど、誰かが、穴を開けちゃう。小さな穴から外を見る。すぐに黒いシール貼っちゃうけど、また、誰かが開けるから」

 私たち橋を渡りながら、振り返り振り返り入管の建物を確認した。Kさんは立ち止まっては、小さな入管の建物を背景に写真を撮ってくれという。途中、橋の反対側に小さな島が見えた時も、「これも入管から見えた」といいながら、島を後ろに写真を撮ってと頼んだ。

 橋の真ん中からは入管が一番よく見えた。もちろんそこでも私は彼と入管の写真を撮った。

 それまで、降ったり止んだり雨が、だんだん強くなってきた。傘をもたない私たちは無言で対岸を目指した。

 橋を渡り切るころには雨も止んだ。私たちは向こう岸に入管を探し、Kさんと写真を撮った。

 まるで入管と記念写真を撮っているみたいだ。そうやって、Kさんは、窓の小さな穴の向こう側で失われた2年間に形を与えようとしていたのだろう。

指の先の入管