風刺・戯文

漂白の達人

衆院選のさなか、世界的な言語学者のスティーブン・ガルシア博士が来日し、都内を巡って精力的な言語調査を実施しました。

ガルシア博士は、意味の漂白(semantic bleaching)の研究で知られる世界的な学者です。意味の漂白とは「語がもともともっていた具体的な意味が弱まる、つまり漂白され、より抽象的・文法的な意味をもつようになること」とされます。

具体的な例としては日本語の「いる」があります。「いる」は「居る、存在する」という意味ですが、これが「雨が降っている」「電車が走っている」のように動詞の後にくると、ある動作が「進行している」という抽象的な意味を表すようになります。このとき「いる」からは「存在する」という具体的な意味は漂白されてなくなってしまっているのです。

「激しい選挙戦が行われているこの今の日本こそ、私が研究している意味の漂白の例を集めるのに最適なフィールドなのです」と、流暢な日本語を操るガルシア博士の前に、選挙カーが止まりました。早速、候補者たちの演説が始まります。

「日本を強く!」
「本気で改革!」
「全力で取り組みます」
「ぶれない姿勢!」
「未来を守れ!」

博士の顔が歓喜に輝きます。「どうです。これらの候補者たちの言葉は! どの言葉をとりあげても、意味がすっかり消え失せてます! まったく日本の政治家は意味の漂白の達人ですよ!」

調査を終えた博士は、「有権者の脳も漂白されているかも」という思いつきを検証するため、雑踏の中に吸い込まれていきました。

ライブ

スタンディング・エヴォリューション

12月18日の Homecomings のライブは座席指定だった。私はこれを知って喜んだ。ライブの間中立っているのはつらいから。

そしてライブがはじまった。みんなじっと座っていた。音楽をじっくり聴きたい成熟した客層なのだと私は思った。するとメンバーが言った。

「いつもと同じように好きなように立ったり座ったりしてください」

曲が進むにつれ、立ち上がる人が出はじめたが、観客たちは相変わらず座っていた。私は足がむずむずしてきた。これまで行った Homecomings のライブはすべてスタンディングで、体が覚えてしまっているのかもしれなかった。

私は足を伸ばしたいという衝動に抗った。会場でそのとき立っていたのは 3 分の 1 ほどで、立てばまだ目立つ状況だった。それに後ろの人にだって迷惑だ。

私は立つか立つまいか、ジリジリした。そのせいでもう曲など聴いていられなくなった。そして、演奏が最高に激しくなり、肉体の芯を掴んできたのをきっかけに、私は立ち上がった。一瞬で空間がクリアになり、音と光が私を圧倒した。

他の観客たちも立ち始めた。最後の数曲になるとほとんどの人が立っていたと思う。

そして、音楽は私に新たな確信をもたらしていた。

ライブで最初に立った人々の心理や身体の状態などを詳しく調べれば、人類の直立歩行の初期条件が復元できるのではないか。

少なくとも、「後ろの人に迷惑では」という認知を弱める脳の変化が、猿を直立させる刺激となったのは間違いなかろう。

風刺・戯文

ニャンコの目

ヨーロッパの人類学研究所の論文が、日本人を含むアジア人の目にある変化が起きているという興味深い事実を報告した。

どのような変化かというと、目頭より目尻が高い人より、目頭より目尻が低い人のほうが増えているのだという。つまり、アジア人の目が上がり目から下がり目へと変わりつつあるのだ。その原因についてははっきりとしたことはわからないようだが、おそらく気候の変化、より具体的には地球温暖化が関係していると考えられるという。アジア人の顔貌が寒冷地に適応したものであるとすれば、これはもっともなことだ。

また、もうひとつの原因についても述べている。それは非アジア人、特に欧米の人々が、アジア人を長らく「ツリ目」と揶揄してきたことが、アジア人の「脱ツリ目」の後押しをしているのではないか、というのだ。これまで私たちアジア人が感じてきた苦々しい思いや悔しさを考えると、あながち間違いとはいえまい。

さらに、この論文はもうひとつ面白い報告を行なっている。アジア人がタレ目化しているのに対し、欧米人は逆にツリ目化しているのだという。欧米人がアジア人を「ツリ目」と揶揄する楽しみが、最近では禁じられがちなので、そのストレスのせいで引き起こされた可能性がある、とのことだ。

風刺・戯文

夏の恐竜

恐竜は冬眠をしたのでしょうか。

従来の学説だと、恐竜は、トカゲと同じような変温動物であり、冬は体温が下がるため、冬眠していたとされていました。

ですが、最近の研究では、恐竜は恒温動物、つまり寒くても体温を維持できたため、冬眠はしなかったという考えが主流だとのこと。というのも、寒冷地にも適応した恐竜がいたこともわかってきたからです。

これに対し、異を唱えるのが、吉田九郎さん。吉田さんは古生物に関する長年の研究にもとづき「やはり恐竜は冬眠していた」と主張しています。

「その証拠はじつは私たち人類に隠されています」と吉田さん。「もちろん人類は恐竜時代にはまだいませんでした。ですが、人類の祖先となる小さな哺乳類は恐竜と同時代を生きていました。これらの哺乳類にとって恐竜はじつに恐ろしい存在でありました。あまりにも恐ろしかったので、その恐怖の記憶が DNA レベルで刻み込まれ、現在の私たちにも引き継がれているのです」

吉田さんは手に持った「夏休み特別企画、大恐竜展」と描かれたチラシを見せます。

「これがその証拠です。私たち人間が夏になると必ず恐竜展を開催してしまうのは、DNA に組み込まれた太古の恐怖がなせる技なのです。つまり、哺乳類にとっては夏といえば恐竜なのです。もし恐竜が冬眠していなかったら、真冬にも恐竜展を開催していたことでしょう!」

風刺・戯文

我が国の最強繊維

現在のところ、世界でもっとも強靭で破れにくい素材はダイニーマという繊維なのだそうだ。これはオランダの会社が開発したもので、防弾チョッキや登山用ロープなどに使われているという。

しかし、実はこの日本の、私たちの身近なところにも、ダイニーマと同じくらい、いや、それ以上に丈夫で強い素材があるのはご存知だろうか。

それは、のり弁の海苔だ。

のり弁のご飯の上にのっているこの海苔くらい破れにくいものはないのだ。

箸でつついても、突き刺しても、絶対に切れない。両手に箸を一本ずつ持って、両端から引っ張っても無駄。ヤケを起こして、箸で滅多刺しにしても、穴ひとつ空かない。まさに最強繊維だ。それで結局のところ私たちはあきらめて、大きな海苔巻きにして食べるしかなくなる。

こんなすごい素材が我が国にあると知った今、ダイニーマになんか高いお金を払う必要などない。軽くて、強くて、安くて、しかも、いざというときに食べられる、こののり弁の海苔を、登山やマリン・アクティビティに活用してみてはいかがだろうか。

もっとも、食べるときは少し注意したほうがいい。この海苔が喉にひっつきでもしたら、窒息死まちがいなしだから。

風刺・戯文

人類の町中華

土曜日のお昼、近くの町中華に行って、チャーハンと餃子を持ち帰りで頼んだ。満席のため入り口に客が並ぶほどの繁盛ぶりだったが、お土産の人はレジ横のベンチで待つことができた。

私は座りながら、注文の品ができるまでのあいだ、ホール係の人々の動きを眺めていた。そこは大きな町中華で、若い人からけっこう年配の人まで6人ぐらいの女性たちが忙しく立ち働いていた。注文を取ったり、空いた席に人を案内したり、厨房から料理を運んだり、レジに入ったり、どの人も巧みに連携しながら滞りなく仕事を果たしていた。私から見れば目まぐるしい動きであったが、混乱の様子は微塵もなかった。

私のほうからは厨房の中は見えなかったが、おそらくそこでも同じように素晴らしい共同作業が行われているに違いなかった。

人類は他の動物と異なり、身振り手振りや言語を効果的に用いて、協力関係を構築することができる。そうやって極めて複雑な行動を遂行してみせるのだ。人類がこうした能力を発達させるのに、町中華ほどうってつけの場所はないのではあるまいか。

近い将来、アフリカのどこかの洞窟で、人類初期の町中華の遺跡が発掘されるのは確実だろう。

風刺・戯文

フローレス原人

今日、人類学の泰斗、ジェイムズ・シェルドン博士が来日した。博士は、フローレス原人(ホモ・フロレシエンシス)研究の世界的権威として知られる。

フローレス原人とは、インドネシアのフローレス島で化石が発見された小型の人類だ。推定によれば、身長は1メートル余りだったとされ、その発見は世界を驚かせた。

フローレス原人をめぐる最大の謎は、もともと小型の人類であったのか、それとも現生人類と同じサイズだったのが、フローレス島という特殊な環境により小型化したのか、という問題だ。後者の小型化説を主張するもっとも有力な研究者であるシェルドン博士は、都内のスーパーやコンビニを巡って、さらなる証拠集めを行う計画だ。

「ほら、見てください」とコンビニを訪問した博士は商品棚からシュークリームを取り上げる。「私は、約10年前にも来日したのですが、その頃より半分の大きさになっています。さらに(と精算前のシュークリームを半分に割る)内部のカスタードクリームは半分どころか3分の1になっているのです。もちろん、これだけではありません。ピザ、ドーナツ、パン、あらゆる食品がそうなっているのです」

博士は精算前のシュークリームに齧りつくと顔をしかめながら話を続けた。

「もし、経済的衰退により、商品の小型化が進み、それを摂取する日本人も環境の変化に適応して小型化しているとしたら、フローレス原人にも同じことが起きた可能性があるといえないでしょうか」

博士は今後、都内のコンビニやスーパーの店内に生息する日本人を捕捉し、体長の測定を実施する予定だ。

風刺・戯文

地震発生確率ゼロ世界

今月 15 日、政府の地震調査委員会は、南海トラフ巨大地震の今後 30 年以内の発生確率について、80 %に引き上げた。

これは「いつ地震が起きても不思議ではない」ことだという。なんとも恐ろしいかぎりだ。

この発生確率 80 %とはどういうことだろうか。私は独自に確率を研究したのだが、それによると、これは 100 の並行世界があるとすると、そのうちの 80 の世界で地震が起きるということだ。とすると、私たちのこの世界が地震の起きない 20 の世界のひとつであれば、地震は起きないということになる。

では、どうすればその 20 %に加わることができるのだろうか。ここで少し考えてほしい。もしサイコロを振って、1の目が出てほしいときに1が、あるいは6の目が出てほしいときに6が出た人がいたら、私たちはその人をどう呼ぶだろうか。もちろん幸運な人である。

つまりこういうことだ。もしも私たち日本人が十分に幸運であるならば、この世界を地震の起きる 80 %の世界ではなく、地震の起きない 20 %の世界に移行させることができるのだ。

では、幸運であるためにはどうしたらよいだろうか。おまじないやお守りといった個人的な努力には限りがある。日本政府が率先して運気アップ政策を推し進める必要があろう。新たに 7777 円札を発行するのも有効だ。

しかし、もっとも大事なのは幸運を浪費しないことだ。私たちはつまらないことで運を使わないように我慢すべきだ。幸運節約社会こそ地震のない世界への近道なのだ。

北朝鮮のミサイルが運悪く日本の原発に落下したり、不幸な無差別テロが頻発したり、不運な事故で無辜の人々が犠牲になったり、皇位継承者がゼロになったり、ロシア・中国との戦争に駆り出されて命を散らしたりなどという非運の連続も、幸運にも地震の起きなかった日本のためだと思えば、どうということもなかろう。

風刺・戯文

生物多様性ってホントに大事?

近ごろ、意識高い系の人々が声高に唱えるのが、生物多様性。ナンでも地球上には 3000 万種もの生物がいるとのことで、この多様な生物を大切にしようって主張してるんだとか。

ですが、ちょっと考えると、生物多様性というのはとてもオカシナ考えです。

例えば、ひとつしかチャンネルの映らないテレビがあったとしたらどうでしょうか。テレビチャンネルというのは普通、いくつもあるのですから、私たちはチャンネルごとにテレビを買わなければなりません。生物多様性主義者に言わせれば、これがテレビの多様性だとのことです。

ほんとにバカバカしいですね。ひとつのテレビで全部のチャンネルを見られるようにすればいいじゃないですか。そうです。ひとつのテレビで十分なのです。テレビの多様性なんて、喜ぶのはテレビのメーカーだけでしょう(生物多様性にしても、サテサテ、いったい誰が得するのかな?)。

生物についても同じです。3000 万種なんていらないのです。この世にはカワイイ動物はたくさんいますが、「カワイイ」というイデエはひとつなのですから、結局、究極にカワイイ生物が 1 種あれば十分なのです。

食用生物だって同じです。豚、牛、魚、鳥、いろいろな生物がいますが、要するに食べてオイシければいいのです。ツマリ、食用動物だって 1 種類でいいのです。イヤ、動物それぞれに固有のおいしさがある、だなんて反論する人もいるヤモしれませんが、それは部位や調理の仕方でドウにでもなります。

乗り物になる生物や役に立つ生物にしても同じです。1 種類いれば十分です。イヤ、愛玩生物、食用生物、有用生物、毛皮用生物、実験用生物……そんなふうに増やしていったらキリがありませんよね。イッソのこと、すべての機能を兼ね備えた生物ならば、これ、 1 種類だけでよくありませんか。カワイくて、オイシくて、皮も使えて、乗り物にもなって……ネ。タッタ 1 種で済むところを、3000 万種だなんてイキっていた生物多様性主義の諸君、どうですか? もうグウの音も出ないって?

ええ、ですから、私はこの地球には生物は人間だけでコト足りると思ってるンです。捨てるとこなんてないですからね、ホント。

風刺・戯文

エスカレーターの静止する日

「これは世界的にも珍しい事態です。世界中の研究者がいま日本のエスカレーターに注目しています」と語るのはアメリカのエスカレーター学者、トーマス・リフト氏だ。

「これまで世界にはエスカレーターが動いている国と静止したままの国の2種類しかなかったのです。そこにいきなり日本が登場しました」

リフト氏によれば、日本では、エスカレーターが動いてはいるものの、やけにゆっくりになりつつあるのだという。「研究者は非常にエキサイトしましたよ。エスカレーターが動いている国と静止したままの国の中間の状態がいま、日本で観察できるのですから」 リフト氏は現在、国際研究チームの一員として日本に滞在中だ。

リフト氏が現在想定しているのは、日本がこのままエスカレーターが静止したままの国へと移行するシナリオだ。

「このままいけば日本中のエスカレーターは速度を減じていくはずです。そして、ひとつまたひとつと静止し、ついには日本ではエスカレーターは一機も動かなくなるでしょう」

日本にエスカレーターの静止する日が来るという、なんともショッキングな予測だ。こう驚くと、リフト氏は最新の研究を紹介してくれた。

「じつは最近になってもうひとつ別のシナリオが提出されたのです。日本のエスカレーターはやはり全国的に静止に向かっていくのですが、あるレベルに達すると、逆向きのエネルギーが発生する可能性が高いのです。そうなるとエスカレーターの速度は増加し、近い将来、日本中のエスカレーターは狂ったように暴走をはじめるはずです」

もっとも、リフト氏は科学の限界を認めるのにやぶさかではない。「どちらのシナリオが実現するかを予測することは現時点では不可能です」 こういうとリフト氏はつけ加えた。

「ただどちらにしても日本人は階段を使うようになるでしょうね」