風刺・戯文

漂白の達人

衆院選のさなか、世界的な言語学者のスティーブン・ガルシア博士が来日し、都内を巡って精力的な言語調査を実施しました。

ガルシア博士は、意味の漂白(semantic bleaching)の研究で知られる世界的な学者です。意味の漂白とは「語がもともともっていた具体的な意味が弱まる、つまり漂白され、より抽象的・文法的な意味をもつようになること」とされます。

具体的な例としては日本語の「いる」があります。「いる」は「居る、存在する」という意味ですが、これが「雨が降っている」「電車が走っている」のように動詞の後にくると、ある動作が「進行している」という抽象的な意味を表すようになります。このとき「いる」からは「存在する」という具体的な意味は漂白されてなくなってしまっているのです。

「激しい選挙戦が行われているこの今の日本こそ、私が研究している意味の漂白の例を集めるのに最適なフィールドなのです」と、流暢な日本語を操るガルシア博士の前に、選挙カーが止まりました。早速、候補者たちの演説が始まります。

「日本を強く!」
「本気で改革!」
「全力で取り組みます」
「ぶれない姿勢!」
「未来を守れ!」

博士の顔が歓喜に輝きます。「どうです。これらの候補者たちの言葉は! どの言葉をとりあげても、意味がすっかり消え失せてます! まったく日本の政治家は意味の漂白の達人ですよ!」

調査を終えた博士は、「有権者の脳も漂白されているかも」という思いつきを検証するため、雑踏の中に吸い込まれていきました。

風刺・戯文

フローレス原人

今日、人類学の泰斗、ジェイムズ・シェルドン博士が来日した。博士は、フローレス原人(ホモ・フロレシエンシス)研究の世界的権威として知られる。

フローレス原人とは、インドネシアのフローレス島で化石が発見された小型の人類だ。推定によれば、身長は1メートル余りだったとされ、その発見は世界を驚かせた。

フローレス原人をめぐる最大の謎は、もともと小型の人類であったのか、それとも現生人類と同じサイズだったのが、フローレス島という特殊な環境により小型化したのか、という問題だ。後者の小型化説を主張するもっとも有力な研究者であるシェルドン博士は、都内のスーパーやコンビニを巡って、さらなる証拠集めを行う計画だ。

「ほら、見てください」とコンビニを訪問した博士は商品棚からシュークリームを取り上げる。「私は、約10年前にも来日したのですが、その頃より半分の大きさになっています。さらに(と精算前のシュークリームを半分に割る)内部のカスタードクリームは半分どころか3分の1になっているのです。もちろん、これだけではありません。ピザ、ドーナツ、パン、あらゆる食品がそうなっているのです」

博士は精算前のシュークリームに齧りつくと顔をしかめながら話を続けた。

「もし、経済的衰退により、商品の小型化が進み、それを摂取する日本人も環境の変化に適応して小型化しているとしたら、フローレス原人にも同じことが起きた可能性があるといえないでしょうか」

博士は今後、都内のコンビニやスーパーの店内に生息する日本人を捕捉し、体長の測定を実施する予定だ。

風刺・戯文

エスカレーターの静止する日

「これは世界的にも珍しい事態です。世界中の研究者がいま日本のエスカレーターに注目しています」と語るのはアメリカのエスカレーター学者、トーマス・リフト氏だ。

「これまで世界にはエスカレーターが動いている国と静止したままの国の2種類しかなかったのです。そこにいきなり日本が登場しました」

リフト氏によれば、日本では、エスカレーターが動いてはいるものの、やけにゆっくりになりつつあるのだという。「研究者は非常にエキサイトしましたよ。エスカレーターが動いている国と静止したままの国の中間の状態がいま、日本で観察できるのですから」 リフト氏は現在、国際研究チームの一員として日本に滞在中だ。

リフト氏が現在想定しているのは、日本がこのままエスカレーターが静止したままの国へと移行するシナリオだ。

「このままいけば日本中のエスカレーターは速度を減じていくはずです。そして、ひとつまたひとつと静止し、ついには日本ではエスカレーターは一機も動かなくなるでしょう」

日本にエスカレーターの静止する日が来るという、なんともショッキングな予測だ。こう驚くと、リフト氏は最新の研究を紹介してくれた。

「じつは最近になってもうひとつ別のシナリオが提出されたのです。日本のエスカレーターはやはり全国的に静止に向かっていくのですが、あるレベルに達すると、逆向きのエネルギーが発生する可能性が高いのです。そうなるとエスカレーターの速度は増加し、近い将来、日本中のエスカレーターは狂ったように暴走をはじめるはずです」

もっとも、リフト氏は科学の限界を認めるのにやぶさかではない。「どちらのシナリオが実現するかを予測することは現時点では不可能です」 こういうとリフト氏はつけ加えた。

「ただどちらにしても日本人は階段を使うようになるでしょうね」

風刺・戯文

ヒトが木から降りたワケ

《人類が地上に降りた理由、新説発表》

初期人類がどうして木から降りて地上で暮らし始めたのか、霊長類文化リサーチセンターの吉田三郎博士が新説を発表した。およそ 900 万年前にアフリカ熱帯林で木の形態に生じた変化が、地上に降りたきっかけとなったことを、樹木の化石の分析によって裏付けた。研究内容は、今日にも学術誌『サイエンティフィック・ベンチマーク』に掲載される。

ヒトがいつ地上で二足歩行の生活を始めたのかは、これまでもさまざまに議論されてきた。吉田博士は、「そもそもなぜ樹から降りたのか」という疑問を解明するため、900 万年前の樹木の化石を比較検討し、樹木に生じた形態的変化が、ヒトを樹上生活から「排除」したことを明らかにした。

「これらの化石からわかるのは、当時の樹木が、わざとらしく突起に覆われていたり、取ってつけたような手すりや仕切りがあったり、意地悪く鋭く斜めになっていたり、つるつるだったりと、ヒトがのんびりと寝そべったり、ゆっくりと休めないような形状に進化していたことです」

このことから、ヒトはおよそ 900 万年前に樹上生活を諦めて、地上生活を始めざるをえなくなったと考えられるという。吉田博士は、この樹木の変化がヒトに与えた影響をより明確にするために、現在、東京都内の駅や公園のベンチの調査を始めている。(ザンゲー通信)