風刺・戯文

MOTTAINAI

私たちの住んでいる市の中学校で、生徒が自殺した。原因はいじめだ。この悲痛なできごとをきっかけに、市民のあいだで市の教育のあり方を問い直す動きが生まれた。その結果、市長は深く謝罪するとともに、生徒の死を無駄にしないと誓い、「いじめ防止基本方針」を策定した。

また、私たちの市には魔の交差点といわれる場所がある。かねてから事故の多発する場所で、住民は長いこと市に対策を求めていた。市の反応は鈍いものであったが、先月、この交差点で児童の列にダンプが突っ込み、7人の犠牲者がでるという大惨事が起きた。ことここに及んで、ついに市は対策に乗り出した。市長は深く責任を痛感すると語り、こどもたちの死を無駄にしないためにも、市内全域の通学路の安全性を見直し、問題があればすぐに対策を講じると約束した。

コロナ禍による医療崩壊という出来事もあった。市の対応が不十分かつ適切であったため、多くの高齢者が亡くなったのだ。市長は直ちに記者会見を開いた。会見では、医療体制の充実を図ることで、高齢者たちの死を無駄にしない、と目頭を押さえながら陳謝した。

私たちは、次に死を無駄にされないのは自分ではないかと、もう戦々恐々なのだ。

風刺・戯文

猿とそのプロジェクト

X大学の霊長類研究センターは、国内唯一の霊長類(サル、チンパンジー)の総合的研究拠点である。その研究は、霊長類の進化、ゲノム、社会生態、思考、言語、認知学習、脳機能など多岐にわたり、日本のみならず、世界の研究をリードしてきた。

特に名高いのは、メスのチンパンジー、メイをめぐる研究である。研究所の推進するプロジェクトにおいてメイは、文字や数の学習を始め、高い知能があることを示した。さら、認知行動能力も高く、絵を描き、ブロックを組み合わせる様子は、メディアを通じて広く知られている。しかし、世界の研究者をもっとも驚かせたのは、メイが、人間とコミュニケーションを取るという高度な社会的能力を持っていることであった。

こうした輝かしい成果を誇る霊長類研究センターであったが、メイに関する研究プロジェクトの主導者にして、センター長を務める世界的な学者、Z教授による数億円に上る研究費の不正使用が発覚し、その名声は地に落ちた。X大学はただちに調査を行い、報告書を公表するとともに、Z教授を懲戒解雇処分とした。Z教授は声明を発表し、すべての疑惑を否定するとともに、今回の事件には「裏」があることをほのめかした。しかし、大学はこの声明を黙殺し、研究センターを解散し、「人類研究センター」とする組織改編を発表した。

そして、先日、センター長にメイが就任することが明らかになった。

風刺・戯文

ソーシャル・ディスタンス

コロナウイルスのまん延とともに、ソーシャル・ディスタンスという言葉も定着した。

このソーシャル・ディスタンスは「社会的距離」、ソーシャル・ディスタンシングは「社会距離拡大戦略」と訳される。だが、我々の社会においては、あらゆるものが社会的なのだから、社会的でない距離などないのではないだろうか。それをどうしてわざわざソーシャルというのか。私はこの言葉を聞くたびに、ばかばかしく思っていた。

この秋、私はだれ訪うことのない険しい山奥を一人さまよい、一夜を過ごした。野営に定めた場所をぶらついていると、2本の立派な樹が離れて立っているのに気がついた。まるで鳥居のように見え、私は感心して眺めた。そして、こんなふうに考えた。その2本の樹の間の距離に「鳥居」という意味を与えたのは私であって、私によってその距離は始めて(おそらく有史以来始めて)社会的意味を与えられたのである。すなわち、私がこれらの樹を見る以前は、その間の距離は社会的なものでも何でもなかったのだ。

「ほれみろ」と私はつぶやいた。「ソーシャルでない距離など山奥にしかありはしないのだ」

私はふとその「鳥居」をくぐりたくなった。近づいていくと、2本の木の中間に小さな立て看板があるのが目に入った。それには筆でこんなふうに書かれていた。

「ソーシャル・ディスタンスの木」

看板の端にはマンガ風のカブトムシが描かれ「蜜に注意!」と呼びかけていた。

風刺・戯文

侵略

どうも、こんにちは。

まずは自己紹介をさせていただきますね。私はプロのプログラマーで、自由時間ではハッキングを専門にしております。

今回残念なことに、貴方の星は私の次の被害者となり、貴方の星のオペレーティングシステムとデバイスに私はハッキングいたしました。

数ヶ月間、貴方の星を観察してきました。

端的に申し上げますと、貴方の星がありとあらゆる破壊に夢中になっている間に、貴方の星のデバイスが私のウイルスに感染したのです。有機的・無機的を問わず、貴方の星のあらゆるデバイスへのフルアクセスとコントロールを私は獲得しています。

近頃、貴方の星が殺戮の大ファンで「戦闘動画」鑑賞を楽しんでいることを知りました。

意味はお分かりですよね……貴方の星が勢いよくミサイルを発射するいくつかのクリップを編集して、マスター・オペレーション中に閲覧していらっしゃった動画を組み合わせることにしました。

画面の左側では貴方の星がご自分を楽しませている様子、そして右側ではその時に遂行されていた作戦を表示するようなビデオクリップを作成いたしました。

数回マウスをクリックするだけで、とても簡単にこの興味深いビデオを太陽系どころか、銀河中に送信したり、インタギャラクティック・ウェブ上に単に投稿できたりすることはもうお分かりでしょう。

朗報は、まだ抑止することができることです。ただ 1,800,000 光年相当の量子コインを私の量子ウォレットに送金いただくだけで……

風刺・戯文

雨ゾン

ついさっきまで晴れていたのに、急に激しい雨が降り出した。

自分にはどれだけの時間が残されているだろうか。今、この手記を書きながら、私は思う。

なぜなら、この豪雨はやつらからの警告だからだ。やつらは、こうして雨を降らせて、傘を持つことを拒絶した私を脅かしているのだ。

彼らは私を決して許そうとはしないだろう。私の勇気ある告発によって、傘を通じて人類を支配しようとしている恐るべき秘密結社の存在がついに暴かれたのだから。

連中は、今、私を押しつぶそうとしている。秘密結社の権力を傘に着てだ。

連中は私に危害を加えようとしている。傘ばる物を投げつけてだ。

だが、私は屈しない。私たちの世界を邪悪な存在に奪われてはならない。

インターホンが鳴った。誰だ、こんなときに……やつらか、それとも……。私は息を潜める。

再びインターホンが鳴った! 私は意を決する。立ち上がるのだ、玄関に向かうのだ。よしんばそこに邪悪な存在が待ち受けていようとも……。

悪に抗うことはできても、運命には抗えぬ。

私は扉を開けるだろう。そして、命尽きるまで

(奇怪な手記はここで終わっている。玄関には Amazon の空箱が置かれており、中にレインコートの納品書が残されていた……)