苦い文学

With コロナ

政府によれば「With コロナ時代」がやってきたという。

新型コロナウイルスとの併存を前提とした新たなライフスタイルへと転換すべきだというのだ。

「コロナとの併存」とは一体どういうことなのか。私には具体的にイメージできなかったが、ミスター・Withコロナという人の講演会が近所の市民会館で開催されるというので行ってみた。

会場となったホールは人でいっぱいだった。そして、いかにもというべきか、誰もマスクをしていなかった。私も外したらなんだか気が楽になった。

やがて、一人の男が舞台の上に姿を現した。会場に拍手が鳴り響く。どうやらこれがミスター・Withコロナのようだ。彼はイガグリ頭の人形を抱えていた。

「ねえ、コロナ! 今日もずいぶんお客さんが来ているよ!」 男は人形に話しかけた。すると人形は「ソウダネ! ミンナ、ヨウコソ! 僕、コロナ! イツモ一緒ダヨ!」と口をカタカタと動かした。

それから始まったのは、歌ありマジックありコントありの愉快な腹話術ショー。どれも楽しかったが、もっとも印象に残っているのは、アンコールでコロナくんが U2 の「With or Without you」を熱唱したことだ。

会場は感動とコロナに包まれ、私は翌日からさっそく陽性となった。

苦い文学

トック

今日の夕食はキムチ鍋を作ることにした。

夕方にちょっと出かける用事があったので、帰ってきてからすぐ作れるように野菜を切っておいた。下拵えをしているあいだ、冷蔵庫にトック(韓国の餅)の残りがあったのを思い出した。この機会に必ず使ってしまおうと考えた。

夕方の用事ののち、私はスーパーに寄り、豚肉など家にない鍋の具材を買った。店内を巡っているとき、私はトックのことを思い出した。入れ忘れないように、冷蔵庫から出しておこうと決めていたのに、それをすっかり忘れていたのだった。

「どうして忘れてしまったのだろう、あんなに気をつけていたのに」

すると、おかしなことが起きた。不意にトックが、実在しない恋人や懐かしい人の記憶に結びついているような気がしだしたのだ。私はこの奇妙な印象をもてあそびながら、買い物を済ませた。

私は帰宅し、鍋を作り、夕食を食べた。

そして、トックを入れ忘れたのに気がついた。

*ところで、なぜトックが、身に覚えのない記憶を呼び覚ましたのだろうか。おそらく、私が、スーパーでトックのことを思い出したときの思考パターンが、松任谷由実の「どうしてどうして私たち、離れてしまったのだろう、あんなに愛してたのに」の思考パターンと一致していたからであろう。それで、あたかも切ない追想がなされたかのような気分になったのだ……

苦い文学

透明人間

ロシアがウクライナに侵攻して以来、私たちはテロしかないという考えで一致した。

つまり、この戦争を終わらせるにはプーチンを暗殺するほかないのだ。

だが、どうやって? 私たちが達した結論は、透明人間だった。そう、透明になって、クレムリンの最奥部に侵入し、そこでプーチンを密かに殺害するのだ。

そして、この数ヶ月の間、私たちは莫大な資金と労力を開発に注ぎ込み、ついに、透明人間化に成功したのだった。

プーチン暗殺という歴史的かつ英雄的作戦にあたるのは、私たちの中でもっとも体力と地力・忍耐力に優れた男だ。私たちは彼に「キエール」(5mg)を投与した。

徐々に、彼は消えだした。足が消え、手が消え、そして胴体が徐々に……。消滅が首から上に及んだとき、それまで冷静沈着だった彼の顔が驚きに歪む。と、その瞬間、すべてが消えた。彼は私たちには見えない世界へと消え去ったのだ。

それから数週間経った。プーチンは死んでなくてはならず、また戦争は終わっていなくてはならなかったが、なんの変化も起きなかった。

そして、今日、彼が帰ってきた。私たちの前に姿を現したのだ。

開口一番いうには「密かにプーチンを狙うなんてムリムリ! クレムリンの前は透明人間の人だかりで押し合いへし合いで!」

なんでも、実はこの世は透明人間の人口のほうが多いくらいだとか。

苦い文学

卑怯語大賞2022

早いものでもう12月。恒例の流行語大賞が今年も発表された。

私が予想していた通り「なるほど〜設定なのね」が選ばれたようだ。

これは、元自民党の吉川赳衆議院議員がきっかけとなって流行った言葉だ。議員は、未成年の18歳の女性と飲酒したという非難に対して、自分はそういう設定の女性と飲んだに過ぎないとブログに書いたのだ(「『なるほど、大学一年生という設定なのね』と受けとめ、軽い乗りで……」)。

私ははじめてこの言葉を聞いたとき、なんと卑怯な言葉かと衝撃を受けた。衝撃のあまり、このブログで詩まで書いてしまった(「なるほどそういう設定なのね」)。

相手がどんな状態であろうと、嘘つきとして切り捨てて、知らんぷりしたい卑怯者なら、一度は使ってみたい言葉だ。

さて、大賞の授賞式では、吉川赳衆議院議員も登場し、卑怯者代表として「雨ニモマケズ」の一節を朗読したと、ザンゲー新聞社は伝えている。以下、その朗読部分を記事から引用させていただこう。

東ニ病気ノコドモアレバ
サウイフ設定ナノネトイヒ
西ニツカレタ母アレバ
サウイフ設定ナノネトイヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
サウイフ設定ナノネトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
サウイフ設定ナノネトイヒ
ミンナニデクノボートヨバレル設定デ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフ設定ニ
ワタシハナリタイ

苦い文学

玉と絹

その島は、日本から見ると竹島の近くにある。しかし、韓国から見ると、独島の近くにある。

日本人たちはその島を玉島と呼び、韓国人は絹島(ピダンド)と呼ぶ。

とても美しい島で、日本海か東海のどちらかにポッカリと浮かんでいる。ときおり、その島の上を、北韓と北朝鮮から同時に発射された一発のミサイルがピューっと飛び越えて、韓国と日本の排他的経済水域に同時にボチャンと落下する。

その島を訪れた日本人は、島民たちが古き良き日本の生活を守っているのに感心する。一方、その島は韓国人のお気に入りの観光地で、インスタ映えするカフェにはソウルから来た若者でいっぱいだ。

島の言葉も独特で、玉島弁にはどことなく京都のアクセントがある。いっぽう、絹島方言は釜山語と似ているという人もいる。

島の名物は、イカで、玉島の島民は刺身にして焼酎で食べる。絹島島民は刺身にして焼酎で食べる。

先日、玉島と絹島が姉妹島となることが発表された。玉島の村長が絹島を訪れ、絹島の村長が玉島を訪れた。

歓迎会や記念式典が催されたが、二人の村長が一緒に写った写真がどこを探しても出てこないのが、不思議といえば不思議だ。

苦い文学

生まれる前の記憶

幼児のある時期に、生まれる前の記憶を語りだす子がいる。

例えば、母親の胎内にいたときにこんなことがあった、とか、生まれるときはこんなふうに出てきた、とか語るのだが、奇妙なことに、親はそれに思い当たる節があるのだ。

また、それ以前の記憶を語る子どももいる。「神様のところで遊んでいたんだよ」とか、「空の上からお母さんを見つけて気に入ったのでお腹の中に入ったんだ」などと言っては、親を神妙な気持ちにさせるのだ。

友人の息子が、3歳のとき、急に生まれる前の記憶を話しだした。ただしその記憶は少し変わっていた。幼いながらに一生懸命語ろうとするその言葉を総合すると、どうやら精子の時の記憶を語っているようなのだ(もっとも、そういう例もある)。それはこんな内容だ。

その子が精子だったとき、他の精子たちと競走になった。彼は一生懸命走って、とても大きな家(子宮と思われる)に1番で入ったのだという。

しかし、負けた精子の中でもっとも大きい精子が、「不正があった!」「受精が盗まれた!」と騒ぎだし、その親玉精子に賛同する精子たちが、おかしなかぶりものを身につけ、暴れながらその大きな家に侵入してきた。これが「すごくイヤで困った」のだそうだ。

生まれる前の記憶を語るこの物語をどう解釈するかはともかく、陰謀論との戦いは、我々が生まれるずっと前から始まっていることは、確かなようなのだ。

苦い文学

雲助

雲助とは、江戸時代、街道交通の荷物や人の輸送を担った労働者の俗称である。これらの労働者は、当時の社会の底辺に位置する人々で、「雲」というのも、これらの人々が「浮雲」のごとく住所定まらない状態であったことに由来すると言われている(田村栄太郎『一揆雲助博徒』)。

雲助は、荷物や駕籠の担ぎ手として当時の社会では不可欠な存在であったが、しばしば雇い主を困らせたり、駕籠の客を騙したりする無頼の徒として描かれてきた。そのため、現代では差別的なニュアンスを持って語られることも多い。

しかし、近年、この雲助の研究が進み、その新たな姿が知られるようになった。雲助は従来知られているように無知で粗暴な集団ではなく、高度に組織化された職人集団であることが明らかになったのである。

彼らの組織は「雲仲間」と呼ばれ、全国の街道の宿々にそのネットワークが張り巡らされていた。このネットワークによって、雲助たちは、どこの宿場でどれだけ人手が足りないかをすぐに把握することができ、顧客のニーズに迅速に対応するとともに、スキマ時間を無駄なく利用することができた。

また、このネットワークを通じて、街道の状態、宿場の混雑状況、参勤交代の規模、荷物と人の動き、ごまのはいの動向などの情報が、雲蔵(くもぐら)という名でデータベース化・見える化され、ビッグデータとして活用されていた。

さらに、雲助稼業に必要な物品(たとえば最新式の駕籠やシューズ)の購入や、雲助関連事業のスータートアップにさいして、全国の雲助から出資金を集めるファンディング・システム(雲講と言われた)も構築されていたという。

当時の社会では「ならず者」として低くみられていた人々が、現在のクラウド・サービスに通じる活動をしていたとは、まことに興味深く思われるのである。

苦い文学

伝えがい

人生にはいろいろな喜びがあるが、相手の知らないニュースを伝える喜びもまた格別なものだ。それがたとえ訃報であっても。

先日、父が亡くなり、「隣組」にそれを伝えに行った。

私は「隣組」がどういうものか知らなかったが、親族の長老的な人がそう助言したので、面倒臭かったが、行かないわけにはいかない。

夜、隣組の長の家に行き、インターホンを鳴らす。しばらくすると、玄関ではなく、脇の座敷の窓が開き、老人が顔を出した。私の父よりも年上のご老人だ。

私が、父の亡くなったことを告げると、老人は驚きの声をあげ、お通夜と葬儀の日程を慌てて書き取った。

それが済むと、彼はゆっくりと私の実家のある斜め上のほうを見上げた。そして、そこに広がる夜に向かって「亡くなった……」と絶句した。

この真情あふれる様子を見て、私は「伝えてよかった!」と心の中で小躍りしたのであった。

こんなふうに、訃報が届いたときに「伝えがいがあった!」と使者に喜ばれるような、見事なふるまいをすることも、立派な弔意の表しかたにちがいない。

そういうことのできる人間に、私はなりたいと思う(訃報求む)。

苦い文学

国防機密漏洩罪

今回の W 杯でもそうだが、観戦に行った日本人が、試合後、ゴミ拾いを行なったことがしばしば報じられる。これについて、日本人の美点と賞賛する人もいれば、批判的な見方をする人もいる。

私は、批判的どころか、怒りすら覚える。国外でこうした自発的清掃行為を行なった国民を、帰国次第残らず逮捕すべきだと、強く要請したい。なぜならばこれは国防に関する機密の漏洩にほかならないからだ。

というのも、戦争が始まり、我が軍の部隊と敵軍の部隊が対峙している最中に、敵軍が狡猾にも、我が軍の陣地周辺にゴミをばら撒いたらどうするのだ。

日本兵は銃を放り出してゴミを拾い出さずにはおられないではないか。トングとゴミ袋を手に誇らしげにだ。そこを敵軍が狙い撃ちすれば、我が軍はたちまち壊滅してしまうだろう。

美点は同時に弱点でもある。そんなことも知らずに、世界が見ている中、のんきにゴミを集めて得意になるのは、利敵行為以外のなにものでもない。

海外に行ったらゴミなど拾ってはいけない。むしろ逆に積極的にポイ捨てし、よろしくカモフラージュに努めるべきなのだ。

苦い文学

靴紐

昨日靴紐のことを書いたが、それは靴紐が自ずとほどける神秘の現象について、社会の関心を惹起せんと試みたものであった。

それで私の目的は達成されたかに見えたのだが、今日、あらためて紐靴を履いて外出してみて、まだまだ惹起し足りぬの念が強くなった。それでこの現象について3点ほどの補足をしたい。

1.歩いていると、紐靴の紐が緩んできているように感じることがある。この時に、立ち止まって結び直したり、輪を引っ張って結び目をきつくしたりしてはいけない。そうすると、数歩のうちに必ずほどけてしまうだろう。触らなければ決してほどけなかったのだ。

2.緩くなっていると感じていない時には、なおさら結び目を触ってはいけない。そうすると、数歩のうちに必ずほどけてしまうだろう。

3.片方の紐靴はしっかり結ばれているのに、もう片方は緩くなっていると感じることがある。歩くと気になってくるが、こういう時も直そうとしてはいけない。もし、緩くなっているほうを結び直したりすれば、数歩のうちに、しっかり結ばれているほうが必ずほどけてしまうだろう。

ああ、靴紐よ、これら神秘の現象よ。私たちは、お前たちを通じて、自分たちが所詮は「靴紐を結ぶ値打ちもない」存在であることを思い知らされるのだ。