苦い文学

忘れられた神々

ローマ神話というと、ユピテルやユノー、ウルカヌスなどメジャーどころが思い浮かぶが、これ以外にも、マイナーな神々も数多く存在し、古代の人々に信仰されていたことが知られている。

もっとも、これらの神々はほとんど文献に記録されず、墓碑銘、神殿や民家の装飾、粘土製のマスコットなどからわずかにその存在が知れるのみだ。

比較的有名なのは、ローマ近郊の港湾都市の古オスティアの複合的宗教遺跡から発掘された五柱の神像だ。幸運にも、その台座部分にはいくばくかの碑文が刻まれていた。そのおかげで、我々は、さもなければ失われていた古代ローマの民衆信仰の一端を窺い知ることができるのである。

これらの神々は、碑文によればそれぞれ「イカリイェヌス」「カトゥッルス」「ブー」「ナクヮモードゥス」「シムロー」という名で呼ばれていたようである。

これらのうち主神として崇められていたのが「イカリイェヌス」で、もっとも長身である。膨れた下唇が特徴であるが、これは発言力の大きさと権威の象徴であろう。

禿頭で酒瓶を抱えた「カトゥッルス」は酩酊の神であり、ギリシア神話のディオニュソスに比すことができよう。その禿頭はまた好色な一面を表している。おそらくなんらかの性的な秘儀と関連づけられるのではあるまいか。

「ブー」はでっぷりと太った神であり、小型のキタラ(弦楽器)を携えている。その胴体に描かれたジグザグ模様から、雷神と推定する研究もある。

「ナクヮモードゥス」は異様な目をした男性の像であり、現代の我々にはまるでメガネをかけているように見える。その神格については碑文の欠損のためはっきりとはわからない。

五神のうちもっとも興味深く、そしてもっとも謎めいているのは「シムロー」である。滑稽な表情で顎を突き出しているこの神は、トリックスター的な存在であったと考えられている。そのいっぽう、台座には病に関する誓文が刻まれており、疫病よけの神としても崇拝されていたようだ。

これら五神の祭儀がいかなるものであったのかは、いっさい不明であるが、少なくとも果物などが奉納されていたらしい。これは、神像、とくに「シムロー」の周囲からスイカと見られる種子の痕跡が多数発見されていることからの推測である。