旅・観察

ベルベル語の調査とその後(6)

再び、S さんと会い、ベルベル語の調査をしたのは、その夏、つまり 2025 年 8 月のことだ。このときは、8 月 2 日から 12 日までの 11 日間連続して調査を行うことができた。はじめの 3 日間は、うるさいカフェで調査を行わざるをえなかったため、内心不安であった。だが、たまたまそのとき私は少し高いホテルに移った。そこには会議室があり、相談したら無料で使わせてくれた。これですべての問題が解決した。会議室を一歩出ればトイレがあった。

それに夏だ。寒いどころか、クーラーなしでは過ごせないくらいだ。ある日など私はクーラーを消すのを忘れて出て行ってしまい、翌日「あれ、なぜかクーラーがついているぞ」と訝しげにするホテルのスタッフを前にして、気まずい思いをした。

3 月と 8 月の調査は合わせて 21 日間にすぎない。もちろん、これっぱかしの期間で、言語の全体像が掴めるわけがない。だが、8 月は動詞活用を重点的に調べたので、ある程度の材料は揃った。そこで、私は動詞の活用をテーマに発表の応募をし、11 月にポスター発表を行うことができた。さらに、この発表を発展させた論文も書いた(まだ出ていない)。

そのいっぽう、この 3 週間の経験から、チュニジアのベルベル語をちゃんと調べるには、この調子では不十分だということも、だんだんわかってきた。

(写真:猫)

苦い文学

義太夫一日体験教室(三味線コース)

正座のことばかり書いて、肝心の内容についてはほとんど触れなかった。

義太夫一日体験教室は三味線コースと語りコース、各90分の2コマからなり、お昼を挟んで午前と午後に分かれる。参加者の定員は各コース12名程度で、私のように両方出る人もいる。性別・年齢もさまざまで、演劇関係の人もいるようだった。

三味線コースは、実際に正座をして三味線をもち、演奏を体験することができる。教えてくださるのは、鶴澤駒治先生で、そのほかに、二人のアシスタントがそれこそ手取り足取り教えてくれる。初めて三味線を持つ私は、バチの握り方もわからない。そういうのも、アシスタントの方が教えてくれる。また、先生が目の前で実際に演奏してくれるのもとてもよかった。

自分で弾いてみて三味線がそれなりに音を出してくれるのにも感動した。とはいえ、爪で押さえるべき弦を、私はギターのようについつい指の腹で抑えてしまい、なかなかいい音が出なかった。

練習したのは「ソナエ」という出だしのフレーズ、「三重」という語りの終わりなどに出てくるフレーズ、場面の変わり目に出てくる「ヲクリ(の一部)」で、初めは簡単そうだが、だんだんと難しくなってくる。最後の方は混乱したが、あくまでも「体験」なので私としては気分が味わえればいいという感じだ。(つづく)

苦い文学

緑の人々

優先席は、高齢者、妊娠中の女性、体の悪い人などのために用意された席だ。

この優先席について、私たちがいつも悩むのは、だれもいないときに、私たちが座っていいのか悪いのかということだ。ある人は「座って当然」というし、別の人は「座るなどありえない」という。

この悩みは私たちにとって相当なストレスで、ただでさえ不愉快なことばかりの電車の移動が、そのせいでさらに苦しいものになっている。

おそらく私たちのこうした懊悩が鉄道各社に伝わったのだろう、最近では、優先席にかならず誰かが座っているようになった。これらの人々は、優先席のピクトグラムと同じような姿格好、つまり、全身上から下まで緑色のボディスーツを着用している。顔も緑色だ。

この緑の人々の役割は2つある。ひとつは、私たちの悩みを取り除くこと。つまり、優先席にもう誰かが座っていれば、私たちはもはや余計な悩みに煩わされることもないのだ。

もうひとつは優先席が必要な人のためだ。緑色の人々は、必要な人が現れれば、すみやかに優先席に誘導し、席を譲るのである。

もっとも、最近では、緑人たちは、座りたい老人たちからお金をとって、優先的に座らせるようになった。

そのせいで、多くの老人たちは優先席から締め出された。かといって、普通の席にはもう戻れない。結果として、老人たちはもう電車に乗らなくなった。

そもそも優先席に座れない私たちだが、全体としてこの成り行きには満足している。

苦い文学

制圧行為

警官たちはよってたかって人を制圧するのが好きだ。

制圧される人は、例えば何かが原因で暴れたり、混乱していたりする人だ。警官たちはこうした人が手に負えない、あるいは危険だと見るや、すぐさま飛びかかって制圧にかかる。

制圧されるのは恐ろしいし、苦しいので、制圧された人はますます暴れる。すると警察たちはまだ制圧が足りない、と考えて、これでもかとばかりに地面に押しつける。

すると、制圧された人はますます苦しくなって体を動かす。だが、それが逆に作用する。警官たちは両手ばかりでなく膝も使って、ますます強く押しつける。全体重をかけてぎゅうぎゅういわせる。その結果、押さえつけられた人は窒息したり、意識不明になったりして、死んでしまう。

もしかしたら「ギブ! ギブ!」と叫んでいたかもしれない。だが、たいてい警官の耳には届かないし、届いたとしても、信じない。いったん制圧のスイッチが入ったら、これを止めることは不可能なのだ。

警官による制圧行為で、これまでいく人もの人が死んだ。

私はこうしたニュースを聞くたびに、悲しみと恐ろしさを感じる。と同時に、うどんが食べたくなる。

苦い文学

十分に科学的な死なない瞬間

エリザベス・キューブラー=ロスは、その著『死ぬ瞬間』で、死にゆく人間は五つの段階を経て、死を受け入れていくと語っている。

これは「五段階の死の受容プロセス」としてあまりにも有名であるが、ここに簡略に述べると次のようなものである。

第1段階 「死の否認」(自分が死ぬことを認めない) 
第2段階 「死への怒り」(死という理不尽に対して怒る)
第3段階 「神との取引」(死を避けるために「神」にすがる)
第4段階 「抑うつ」(絶望と無力感の段階)
第5段階 「受容」(安らかに死を受け入れる)

キューブラー=ロスのこの死の受容プロセスには批判もある。

そのうち主要なものは、実証性に欠けるというものだ。『死ぬ瞬間』は、200人の死にゆく人々との対話がもととなっているというが、それだけではこのプロセスの存在を証明するのに不十分であるというのである。

そこで、この死の受容プロセスを科学的に検証・証明する研究が必要となる。私はかねてからこの問題に取り組み、現在、「死の受容プロセスの客観的実在性に関する実証研究」という題目で実験を進めている。

実験はわかりやすくいえば、死んだばかりの死者を対象とし、死後硬直が始まる前に、死の受容プロセスを逆向きに(「受容」>「抑うつ」>「神との取引」>「死への怒り」>「死の否認」)体験させるものである。

これで死者が生き返れば、死の受容の五段階は十分に科学的なプロセスであると結論づけられよう。

散文

死ぬならコロナで

 Facebookには、アカウントはまだあるが、メッセンジャー以外では、もう使わない。

 なぜかというと、私が投稿しても誰も「いいね!」を押さないからだ。

 もうひとつ理由がある。

 私のFacebook上の友人はほとんどビルマ人なのだが、やけにナショナリスティックな投稿ばかり流れるようになって、見るのがいやになったのだ。私はビルマは好きだが、だからといって、ロヒンギャやイスラームに対する攻撃も好きなわけではない。

 もっとも、Facebookはそうした安易なナショナリズムと親和性があるといわれていて、ビルマ人だけが悪いというわけではない。日本人だって相当なものだ。そもそも、Facebookは、あまり深く考えないでも、シェアすれば何か大したことをした気分になる。だから、横着者のナショナリストたちや陰謀論者たちにはうってつけなのだろう。 

 ところで、私はこれまで、ビルマ人の葬式に何度か参加してきた。日本文化とは異なるのは、多くのビルマ人がためらいなく遺体の写真を撮ることだ。それどころか、お棺の前で並んで写真を撮ったりしている。ピースでもしそうないきおいだ。そして、さらに理解しがたいのは、その遺体の写真をFacebookにあげることだ。何人もの参列者が写真をアップし、それをご親切にもシェアする人もいるので、フィードはご遺体の写真で溢れることになる。

 だから、私はいつも思う。自分の葬式には、ビルマ人の参列者はお断りだ、と。私の遺体写真をFacebookで晒されたくはないのだ。

 いや、ビルマ人からしたら「私のお墓の前で泣かないでください」と言われたときの気持ちと同じ気持ちであろう。つまり「そもそも私はあなたの墓の前なんか行きませんから!」というわけだ。だが、万が一ということもある。その万が一を考えて、私は棺の中から、丁重にお引き取り願うつもりだ。

 しかし、写真ぐらいならまだいい。それもビルマの文化だ。だが、問題は、みんなこぞってその写真に「いいね!」を押す可能性があることだ! 中には連打するヤツもいるかもしれない。生前ひとつも「いいね!」をもらえなかったが、死んだら両手に抱え切れないほどの「いいね!」が……まあ、ちょっとした憂さ晴らしにはなるだろうが、これでは死んでも死に切れない。

 そこでコロナだ。コロナで死ねば、そのままビニール袋に放り込まれて、誰にも見られることなく、焼いてもらえる。遺体写真など撮る隙もない。Facebookのフィードよりも早く灰になれるのだ。

 上に述べたような懸念を抱いている私にとってはまさにうってつけの死に方ではないだろうか。

 もうコロナになるのが待ちきれない。

ミャウンミャのカレン人キリスト教徒墓地
2014年7月撮影