旅・観察

ベルベル語の調査とその後(1)

私の本格的なベルベル語の調査は、2025 年 2 月 25 日のお昼から始まった。調査といっても S さんに言葉について質問するだけだ。しかも、最初は録音だけしてノートすら取らなかった。後で音声起こしをしようと考えていたのだった。

しかし、みかねた S さんがアラビア文字で書いてくれるようになった。それで私もアラビア文字でノートを取ることに決めた。

どんなことを聞くかというと、「私」、「頭」、「ニワトリ」、「食べる」、「飲む」などの基本的な語彙や、動詞の活用、「昨日、雨が降った」とか「庭に二羽ニワトリがいる」とかの簡単な文だ。「明日、雨が降るだろう」とか「ニワトリはいなかった」とかも調べる。

調査は、2 月 25 日から、帰国日の 3 月 7 日まで続いた。ただし、途中で 2 日休んだので、実際には全部で 9 日だ。1 日は S さんの都合、もう 1 日は帰国前日の 3 月 6 日で、これは私の都合だった。調査は 1 日 3 〜 4 時間で、終わるとホテルに戻って、録音を聞き直しながらひたすら書き起こす作業になる。

この 9 日間は、ベルベル語を調べる楽しみと興奮に満ちていた。だが、そのいっぽう、つらく切ないこともあった。3 月 6 日に休まなきゃいけなかったのだって、ちょっとした事件があったせいだ。

(写真:チュニスのメディーナの風景)

苦い文学

アメリカ車を買いなさい

日本人というのはなんてずるいのだろうか。私たちアメリカ人は日本車をたくさん買っているのに、日本人ときたらアメリカの自動車をまったく買わないのだ。私たちがこの日本の態度を非難すると、日本人どもは決まってこういうのだ。

「アメリカさんの車はとっても素晴らしいのですが、なにせ私たちの国は小さいもので、ほら、道なんか狭いでしょう! しかも、手前どもはみな貧乏でして、アメリカさんのゴージャスな車はちょっと分不相応というわけで……」

アジアの黄色い猿どもがなにをいうか。私たちはとうとう堪忍袋の緒が切れた。そんなにいうならば、お前たちが偉大なアメリカから奪い取ったものを倍にして取り返してやろうじゃないか。

私たちは日本人に対してドーンと関税をかけてやった。原爆級のやつだ。さすがに連中ふるえあがって、すがりついてきた。「どうかお許しください」と猿顔の首相が泣きつく。「日本政府が責任を持ってアメリカ様の車を買いますから、どうかここはひらにギブミーチョコレート」 日の丸も星条旗には敵わないってわけ。

「これでまたひとつアメリカが偉大になったわい」と私たちは勝って MAGA キャップの緒をしめる。ところが、その日から、とんでもないことが始まった。例の日本の首相が、私たちのアメリカ車と写った無様な写真を毎日、ネットに投稿し出したのだ。そればかりじゃない、日本政府が購入したアメリカ車をそこらの貧民にロハで配りでもしたのか、黄色いつり目のチビどもとアメリカ車の写真が世界中にばら撒かれてる。

いやはやこんなネガティブ・キャンペーンってある? 世界中でアメリカ車の販売数が冷え込み出した、しかも急激に!

これはヤバい、と私たちは今、アメリカ車を買うなと日本人にマジで抗議してる。

苦い文学

Meta の取り組み

インターネット上のオンライン投資詐欺をどう考えるべきか。Meta のザッカーバーグ氏に聞いた。
(聞き手=交顔大介・編集部)

皆さんこんにちは、ザッカーバーグだ。

インターネットは過去数十年間で前例のない課題に直面しており、その中でもオンライン投資詐欺は特に注目されています。高齢化が進行し、社会構造が大きく変革する中で、経済と個人の未来にオンライン投資詐欺の影が投げかけられています。

この動揺する時代において、私たちが認識しなくてはならないのは、オンライン投資詐欺が、インターネットを通じて世界中の人々を標的とする社会全体の脅威だということです。Meta は、詐欺的、欺瞞的な広告を禁止しています。そのような広告を排除するために、広告規定に沿って投資広告を審査しています。だが、世界中の膨大な数の投資広告を審査することには課題も伴います。

しかしながら、すべての課題には機会が潜んでいます。投資詐欺広告を賢明な方法で避け、本物の広告を活用して投資を行うことで、私たちは現在の困難に対処し、将来の基盤を築くことができます。詐欺でない投資広告を通じて、私たちはこの変革の時代においても財政の安定を保ち、尊厳ある生活を続けることができるのです。

私はその信念に基づき、「ザッカーバーグ・コミュニティ」を立ち上げました。

参加すると、次のものが得られます。

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苦い文学

応援ソング

応援ソングというものはずっと以前からあったのかもしれないが、ひとつのジャンルとして確立したのは、というかより正確には「応援ソングを聞く」という行為が慣習として成立したのは、もしかしたら、ウォークマンが普及してからかもしれない。

というのも、ウォークマン(そして、現在のスマートフォン)がなければ、自分だけのものとして、そして、自分にとって応援が必要なまさにそのときに、応援ソングを流すということはできなかっただろうから。

競技前のアスリートがイヤホンで応援ソングを聞いて集中力を高める……テレビではお馴染みの光景だが、それも携帯音楽プレーヤーがあってはじめて成立することだ。

いずれにせよ、応援ソングというものが現代の音楽文化の重要な一角を占めており、どの歌手もたいてい少なくとも1曲や2曲の応援ソングを持っている。

こうした状況は、私のようなつらい人生を歩む者にとってはありがたいことだ。いつでも好きなときに、数えきれないほどの応援ソングが聞けるのだから。

それで、四六時中聞いていたせいか、最近、私は歩く必要すらもうなくなってしまった。

応援ソングが背中を押してくれるので、ひとりでに前進してしまうのだ。応援ソングの意外な効用といえるだろう。

苦い文学

自由の身

ビルマのシャン民族系の難民がいて、私は彼の身元保証人を長く続けていた。その彼が、この3月に入管により滞在を認められたのである。

難民認定ではないが「本国情勢を踏まえた在留ミャンマー人への緊急避難措置」に基づくものだ。

私が彼と出会ったのは2008年のことで、そのとき彼は牛久の入管に収容されていたのだった。私は彼の身元保証人を引き受け、仮放免申請をした。そして半年の収容ののち仮放免となった。

当時、入管から出てきたばかりの彼が電話をかけてきた時のことを覚えている。

彼はとりとめのない話をし続け、電話を切るに切れない私はすっかりイラついてしまったのだった。素人考えだが、一種の拘禁反応ではなかったかと思う。もっとも、今の彼にはもうそんなことはない。

さて、それから2年後、難民認定申請が認められず、再び入管に収容された。この時は3ヶ月後に仮放免許可を得ている。身元保証人は引き続き私だ。

そして、3度目の収容が2015年2月ごろのことだ。今度の収容は長かった。1年後の2016年2月に仮放免が出た。

そして、今年の3月にビザが出た。彼が難民申請をしたのは2008年の収容時なので、「自由の身」になるまで14年かかったのだ。

絶望的な状況にあっても、忍耐と粘り強さがあれば、いつか道が開けることを、私はこれまで多くの難民たちから学んだが、彼もまたそのひとりだといえよう。

旅・観察

大村入国管理センター待合室内掲示の記録(1)

 以下は、2020年3月26日午前、仮放免手続きのために大村入国管理センターを訪れたさいに、面会希望者などのための待合室に掲示されていた文書8種を記録したものである。

No.1. プラスチックのプレート

          面会案内
  ○  被収容者との面会又は物品の授受を希望される方は,
    受付に申し出て必要な手続を取って下さい。
  ○  面会を希望される方は,在留カード,特別永住者証明書又は
    旅券その他身分を証明する文書を提示して下さい。
  ○  面会の受付は,土曜日,日曜日及び休日を除く日の
    9時00分から11時30分まで及び13時00分か
    ら16時00分までです。
  ○  面会時間は,原則として30分以内です。
  ○  面会の際には,カメラ,ビデオカメラ,録音機及び
    携帯電話の持込みはできません。

No.2. プラスチックのプレート

          面会心得
  ○  面会時間を厳守して下さい。
  ○  係官に無断で物品の授受を行わないで下さい。
  ○  暗号,隠語などを使用し,又はその他の方法で通謀を
    図ろうとする行動をとらないで下さい。
  ○  以上のほか,すべて係官の指示に従って下さい。
    以上の各項目に違反した場合は,面会を中止させること
    があります。