ビルマのシャン民族系の難民がいて、私は彼の身元保証人を長く続けていた。その彼が、この3月に入管により滞在を認められたのである。
難民認定ではないが「本国情勢を踏まえた在留ミャンマー人への緊急避難措置」に基づくものだ。
私が彼と出会ったのは2008年のことで、そのとき彼は牛久の入管に収容されていたのだった。私は彼の身元保証人を引き受け、仮放免申請をした。そして半年の収容ののち仮放免となった。
当時、入管から出てきたばかりの彼が電話をかけてきた時のことを覚えている。
彼はとりとめのない話をし続け、電話を切るに切れない私はすっかりイラついてしまったのだった。素人考えだが、一種の拘禁反応ではなかったかと思う。もっとも、今の彼にはもうそんなことはない。
さて、それから2年後、難民認定申請が認められず、再び入管に収容された。この時は3ヶ月後に仮放免許可を得ている。身元保証人は引き続き私だ。
そして、3度目の収容が2015年2月ごろのことだ。今度の収容は長かった。1年後の2016年2月に仮放免が出た。
そして、今年の3月にビザが出た。彼が難民申請をしたのは2008年の収容時なので、「自由の身」になるまで14年かかったのだ。
絶望的な状況にあっても、忍耐と粘り強さがあれば、いつか道が開けることを、私はこれまで多くの難民たちから学んだが、彼もまたそのひとりだといえよう。