風刺・戯文

懐かしいマウント

マウント取りで難しいのはそれがあからさまであってはいけないということだ。

なにしろ相手がその場でマウントを取られたと感じたら喧嘩になってしまう。だが、かといって相手が気がつかないではいけない。言われた相手がなんとなく違和感を感じるとか、はっきり言えないけどイヤな感じがする、とか微妙なラインを狙うのだが、これが実に難しい。

さらに難易度が高いのは、後からじわじわ効いてくるマウント取りだ。これは、言われたときはまったく気がつかずにいるが、帰宅してその日のことを思い返しているうちにムカついてくるというものだ。言い返そうと思ってももう遅い。なにしろ相手はもういないのだ。

マウント取りもこの域に達するには、相当の鍛錬が必要だが、これを簡単にしかも安全に実現できる「マウントことば」を、私は発見した。

それは「うわ、懐かしい〜!」だ。何かしている人なら誰にでもマウントの取れるワードだ。

単なる個人的な述懐のように聞こえる。だが、実は後からジワジワと効いてくる。

まずここには自己の絶対的優越性が潜んでいる。「あなたのしていることは私にとってはすでに乗り越えられた過去のことであり、あなたは私の何歩も後ろを歩いているんですよ」だ。

またこの言葉は相手のしていることも卑小化してみせる。「おやおやとっくの昔に私が通過したつまらないことをやっているね」

そして、このことばによく耳を傾けてほしい。どことなくおどけた感じがあるではないか。このユーモア感こそ、このマウントことば全体を親しげなものに仕立て上げ、相手を誤解に導くものだ。だが、その背後には「最前線にいる私から見るとほほえましいね」という嘲りが隠されている。こう言われた者は、効果テキメン、その夜遅く、布団の中で切歯扼腕すること疑いなしだ。

こんなに簡単で安全なマウント言葉はめったにない。マウント取りの諸君にはぜひこの「うわ、懐かしい〜!」を活用してほしい。ただし、「うわ、懐かしい〜!」とさっそく試みている諸君が、私に「うわ、懐かしい〜!」と言われたとしても、無理ないことと諦めてほしい。

風刺・戯文

衣食足りないから

昔、私の知っている人がこんなことを言って私を驚かせた。

孔子が「四十にして迷わず」と言っているのは、孔子が40歳を過ぎて迷わなくなったという意味だと普通考えられている。それで、私たちも40歳になったら迷わない境地に至るべきだ、ということになっている。

だが、私はそう思わない。これはむしろ、孔子が「40歳になったら迷わないように」と自分を戒めているのである。つまり孔子にも迷いの心があったということだ。孔子ほどの人にそんな心があったのだから、私たちのような凡人はむしろ「迷わず」などという境地に達することはできない。むしろ逆に40になっても大いに迷っていい、そう考えた方がいいのではないか。だからもっと迷うべきなのだ。

また、その人はこんなことも言っていた。

「衣食足りて礼節を知る」というのは、生活が安定してこそ、人間は礼儀を重んじるようなると解釈されているけれど、これはつまり、生活が安定していないときは、礼儀なんて尊重しなくていいということなのだ。そこで、今の私たちの生活はぜんぜん安定していない。だから、マナーなんて守る必要ないのだ。

これはこれでひとつの考えだと思うので、私は尊重したい。にしても、貧しくなればなるほど、人間を重んずるという最低限の礼節すら失われていく今の日本に当てはまるようでもある。

風刺・戯文

四季を探しに

世界で唯一四季のある国、ニッポン。今、その四季が危ないのをご存知でしょうか。

(大学教授)「地球温暖化により、今後日本は夏だけになっていくと考えられます」

そんななか、先月、猛暑が続く東京でこんな集会が開かれました。

「吉田くん! ばんざーい!」「がんばれ!」「頼んだぞ!」

熱烈な歓声を浴びるのは、一人の男性。「日本の四季を取り戻す会」のメンバーたちがこの吉田さんの壮行会を開催中です。

会長「ええ、私たちとしても吉田さんのような方を送り出せるのはたいへんうれしい」

(記者:目的はなんでしょうか)会長「私たちが行なっているのは、四季がなくなろうとしているこの日本で、秋冬春を見つけ出し、保護する活動です。吉田さんはこれから日本全国を旅し、各地に残された秋冬春の保護にあたります」

会長が吉田さんに200万円を手渡します。「旅費と四季保護活動費としてまずお渡しします」 吉田さん、感謝とともに受け取ります。「四季の消滅を食い止めるという大任に身の引き締まる思いです。皆さんが集めてくださったこのお金、絶対に無駄にはいたしません」

「吉田さんの保護活動が順調にいけば、早ければこの夏にも都内に秋風が吹くかもしれません」と期待を語る会長さん、しかし、その数週間後……なんと、吉田さんからの連絡が途絶えました。

会長「信じていたのに裏切られた思いです」

会によれば、沖縄のビーチで日光浴していたという目撃情報を最後に、吉田さんの足取りは杳として知れないとのことです。

風刺・戯文

おしっこは地球を救う(後編)

薬を繰り返し使っていると、体に耐性ができ、もっと強い薬でないと効かなくなる。私に起きたのもちょうどそんなことだった。私がどんなに自分のつらい現状に想いを馳せても、どんなに強い打撃で精神に喝を入れても、尿意はそれに慣れてしまい、まったく退散しなくなってしまったのだ。

そして、ある日のこと、道を歩いていた私にこれまでないほど強烈な尿意が襲いかかってきた。私は必死に自分の厳しい現状について考えた。だが、尿意はそれ以上に切実な様相を剥き出しにして、咆哮を上げた!

鋭い苦痛に貫かれた私はもはやなすすべもなく、尿で尿を洗うが如き闘争のただなかで、漏らすほかないと諦念したその瞬間だった。私の脳裏に戦争のイメージが閃いた。それはウクライナかもしれなかった、ガザかもしれなかった、あるいは世界の見捨てられた地で起きている戦争かもしれなかった。だが、その恐ろしい戦争が、私の精神を立ち直らせ、人間の責務へと立ち返らせた。

戦争はこれを放棄しなくてはならない!

するとどうだろうか、その瞬間、かの残虐なる尿意はたちまちのうちに消え去ったのだった。

この世界の悲惨が私を救ったのだ。そして、その日以来、私は平和と平等の実現のために働き続けている。平和を求める仲間たちが集い、運動は大きなうねりとなって広がっている。

私は仲間たちの強い勧めにより、議員に立候補した。平和を実現し、世界を絶望から救いだすという使命を背負って、今、極めて熾烈な選挙戦を戦っている。たぶん、投票日まで一度もトイレに行かずに済むのではないかと思う。

風刺・戯文

おしっこは地球を救う(前編)

年齢のせいなのか、おしっこが近くなった。というよりも、尿意が不意打ちを仕掛けてくるようになったのだ。漏らしてしまえばいいのだが、そうもいかないので、悶えることになる。

尿意の襲撃を幾度も耐え凌いでいるうちに、それが潜んでいる待ち伏せ場所がわかるようになった。卑劣にも、マンションの前やエレベーターの中という、攻撃とは無縁であってしかるべき平和な場所なのだ。

これはどうしてなのだろうか、と不思議に思っていたら、たまたまネットのある情報が目に入った。家に近くなると尿意が襲ってくるのは、外での張り詰めた精神が緩み、休息用の精神状態に変化するからだという。そこにつけこんでくるのだ

となると、と私は考えた。家に着く前に、あえて精神の手綱を締め、精神を緊張させればよいではないか。そこで私は、帰宅直前、鋭き尿意が萌してきた瞬間に、つらい仕事のことや、重き課題と責務、あるいは我が風前の灯の命など、自分の厳しい現実について考えるようにした。すると、驚くべきことに、これら容赦なき荒波に蹴散らされでもしたか、尿意はたちまち霧の如く消え去ったではないか。

私は、暗く悲しい気持ちと引き換えにではあるにしても、尿意に脅かされることなくエレベーターに乗り、悠々と帰宅できるようになった。ついに平和が訪れたのだ。

もっとも、残念なことに、この停戦は長くは続かなかった。

小説

八重洲の髭剃り屋

東京駅の八重洲の地下街の一角で、髭剃り屋を営んでいる貧しい男がいた。髭を剃り忘れたあわてんぼうの紳士たちのために、彼は朝から晩まで働いていたのだった。

ある夜、一日の仕事を終えて帰り支度をしていると、上品な老人がやってきて、こう言った。

「すまないが、ひとつ仕事をお願いできないかね」

髭剃り屋は老人の顔が非の打ちどころなく剃られているのを見ながら答えた。「もう店じまいですし、私にできることはないようです」

「いや、私ではないのだ。それに店じまいするところならなおさら都合が良い。今からおいで願えないかね」

「こっちから出向くというのならば、割り増しをいただきますよ」と髭剃り屋は引き受けることにした。

老人は彼についてくるようにいうと、歩き始めた。彼は八重洲の地下を熟知しているようで、いつの間にか、髭剃り屋が見たこともないようなほの暗い地下道を進んでいるのだった。まるで迷路のような道のりで、どれくらい歩いたかわからないが、ある暗い地点で老人は壁に手を当てて操作をした。すると、壁が静かに割れ、光が差した。その中を見た髭剃り屋は思わず驚きの声を上げた。大きな部屋が広がっていたからだ。その部屋は美しく飾られ、まばゆく輝く照明がぶら下がっていた。

そして、部屋のソファに、ひとりの立派な男性が座っていた。髭剃り屋がおっかなびっくり足を踏み入れると、男性はやさしく微笑んだ。その顔には控えめな口髭があった。

「私の髭を剃り落としてほしいのだ」とその男性はさっそく告げたが、髭剃り屋はその表情、声、口調にいわく言いがたい悲しさが潜んでいるのを感じた。

「承知いたしました」と髭剃り屋は答えた。「ですが、どうしてお剃りになろうだなんて。とても似合っていらっしゃるのに」 

そう言いながら髭剃り屋が準備を始めると、客は静かな声で語り出した。自分には立派な兄がいて、その兄と区別するために髭を生やしてきたこと、だが、その髭のせいで、縁もゆかりもない人々から不当な非難や中傷を浴びていること、そして、自分と家族を守るために髭を剃る決意を固めたこと……。

髭剃り屋の支度が終わり、美しく磨がれたナイフがその手に握られた。

客はふるえる声で言った。「さあ、きれいさっぱりやってください」

髭剃り屋はナイフを顔に近づけたが、「やっぱりやめておきましょう」と言ってナイフを置いた。

「私は剃れと言われたら剃りますが、お客さまは心では剃りたくないとお考えのようです。それでは私は気持ちよく仕事をすることができません」

男性は紅潮した顔で見返した。

「それに」と髭剃り屋は続けた。「どんなに意地悪を言う人がいても、きっと応援してくれる人はいますよ。いや、味方はたくさんいるんです。たとえば、この私です」

髭剃り屋は道具をしまうと、一礼して部屋から出た。髭剃り屋は再び老人に連れられて地下迷路を歩き回り、馴染みのある八重洲の地下街に戻ることができた。

老人はいくばくかの手間賃を渡そうとしたが、髭剃り屋は、これがまた無駄遣いだとバッシングの種になってはと、気持ちだけ受け取ることにした。

風刺・戯文

MOTTAINAI

私たちの住んでいる市の中学校で、生徒が自殺した。原因はいじめだ。この悲痛なできごとをきっかけに、市民のあいだで市の教育のあり方を問い直す動きが生まれた。その結果、市長は深く謝罪するとともに、生徒の死を無駄にしないと誓い、「いじめ防止基本方針」を策定した。

また、私たちの市には魔の交差点といわれる場所がある。かねてから事故の多発する場所で、住民は長いこと市に対策を求めていた。市の反応は鈍いものであったが、先月、この交差点で児童の列にダンプが突っ込み、7人の犠牲者がでるという大惨事が起きた。ことここに及んで、ついに市は対策に乗り出した。市長は深く責任を痛感すると語り、こどもたちの死を無駄にしないためにも、市内全域の通学路の安全性を見直し、問題があればすぐに対策を講じると約束した。

コロナ禍による医療崩壊という出来事もあった。市の対応が不十分かつ適切であったため、多くの高齢者が亡くなったのだ。市長は直ちに記者会見を開いた。会見では、医療体制の充実を図ることで、高齢者たちの死を無駄にしない、と目頭を押さえながら陳謝した。

私たちは、次に死を無駄にされないのは自分ではないかと、もう戦々恐々なのだ。

風刺・戯文

ソーシャル・ディスタンス

コロナウイルスのまん延とともに、ソーシャル・ディスタンスという言葉も定着した。

このソーシャル・ディスタンスは「社会的距離」、ソーシャル・ディスタンシングは「社会距離拡大戦略」と訳される。だが、我々の社会においては、あらゆるものが社会的なのだから、社会的でない距離などないのではないだろうか。それをどうしてわざわざソーシャルというのか。私はこの言葉を聞くたびに、ばかばかしく思っていた。

この秋、私はだれ訪うことのない険しい山奥を一人さまよい、一夜を過ごした。野営に定めた場所をぶらついていると、2本の立派な樹が離れて立っているのに気がついた。まるで鳥居のように見え、私は感心して眺めた。そして、こんなふうに考えた。その2本の樹の間の距離に「鳥居」という意味を与えたのは私であって、私によってその距離は始めて(おそらく有史以来始めて)社会的意味を与えられたのである。すなわち、私がこれらの樹を見る以前は、その間の距離は社会的なものでも何でもなかったのだ。

「ほれみろ」と私はつぶやいた。「ソーシャルでない距離など山奥にしかありはしないのだ」

私はふとその「鳥居」をくぐりたくなった。近づいていくと、2本の木の中間に小さな立て看板があるのが目に入った。それには筆でこんなふうに書かれていた。

「ソーシャル・ディスタンスの木」

看板の端にはマンガ風のカブトムシが描かれ「蜜に注意!」と呼びかけていた。