風刺・戯文

ラブホ市長

……素晴らしい公約を掲げて市長に立候補したその人が、市長として初めて市役所に入ったとき、市民の誰が今の市役所を想像できただろうか。

「市にガラスばりの政治を!」と訴えた市長は、早速、市役所内をガラス張り、いや鏡張りにした。そして、「公平で透明な政治を!」という公約によって、トイレも浴槽もスケスケになった。さらに「市民の目の行き届く市政を!」が実現した結果、デスクも、椅子も、ベッドも回転しだした。こうすると、市民があらゆる方向から政治を見られるというのだ。しまいには「風通しのよい市役所を!」のために、大胆にも市役所に露天風呂が作られた。

今や、市役所は、妖しい赤い光とネオンライトに包まれている。このムード満点の市役所に用のある市民は、暗いとばりの下ろされたガレージか裏口からこっそり入らねばならない。入ると、壁にパネルがあるのに気づくだろう。市民は、それらのパネルの中から用のある部署を探し、ボタンを押し、受付の小さな穴から鍵をもらうのだ。このシステムは「わかりやすい市政」のために考案されたものだが、市民にとって困ったことに、いつだって満室なのだ……

風刺・戯文

郷に入っては

私は、郷に入ってはいつだって郷に従ってきた。今日も郷に入る。郷に従うために。そして郷に入った。もう従いたくてたまらない。我慢できない。従った! すると誰かが声をかけてきた。

「ここの郷はその郷じゃない」 その人は郷をやってみせた。「こうだ」

「なるほど」と私は言うとおりにする。すると、別の人がやってきて横槍を入れた。

「その郷はここの郷じゃない」

「えっ、じゃあ、これはどうです」 自分なりの郷を披露する「郷ですか?」

「いや、それもここの郷じゃない。こうだ」

「ほほう、なるほど」 私は郷に従う。すると、さっきの人がやってきて怒り出すではないか。

「その人にデタラメを教えてはいけない。ここで従うべき郷はこう」

「いや、この郷だ」

「違うこの郷」「いやこうだ」

ケンカが始まる。すると別の人が駆けつけてきた。

「おい、ケンカはやめなさい。この郷ではいろいろな人の郷を認めあうのが郷じゃ」

これを聞くや、ケンカをしていた二人、一緒になって突っかかる。「嘘をつけ! どの郷であろうと郷はひとつだ!」

そのとき奇声が聞こえた。声の主が、私たちの中に飛び込んできて、甲高い声で怒鳴る。

「キエーッ! この郷では郷のやり方に従わないのが郷なのじゃ!」 そいつ、他の人を突き飛ばしたり、唾を吐いたり、いきなり全裸になって汚い体を見せつけたり、もうめちゃくちゃだ。

私はほうほうのていで逃げ出した。混乱してる。教えてください。郷ってなんですか。

風刺・戯文

富裕層のまねび

先日、いつも着ているシャツが擦り切れてきたので、新しいのを買いにいった。といっても高いのは無理だから、安い服屋だ。店内でゆっくり選びたかったが、ある事情があって、私はもっとも安い棚から適当につかみ取ると、セルフレジに投げ込んで会計を済ませた。

そうせざるを得なかったのは、店にいる間じゅう、ひとりの男が私をつけまわしているような気がしたからだ。万引きを疑われているようで不愉快だし、気味も悪かった。そして、私の勘は間違ってはいなかった。店を出た瞬間、私はその男に呼び止められたからだ。だが、その理由は私の想像とは違っていた。

万引きに疑われたと勘違いした私が、買ったもの以外は何も持っていないということを示そうとすると、男は手で制した。

「そうではないのです。ちょっとアンケートに協力いただきたくて」

「え、ちょっと今は時間が……」

「いえ、お手間は取らせません。すぐ終わります」と、男は早口で捲し立てだした。「実はですね、富裕層は安い服しか買わないという話を聞きまして。それというのも、お金の使い方を心得ているからということで。つまり、無駄なお金を使わないんですね、富裕層は。で、私はさっそく、真似しようと思ったのですが、ひとつひっかかることがありまして。というのも、貧乏な人もやはり安い店で服を買うと思うのですが、かたや富裕層と、かたや貧乏人、同じことをしているのに、なにが違うのだろうか、それがわからなければ真似しても意味がないぞ、と。かえって逆効果かもしれませんからね! で、その違いをはっきり知るために、アンケートをというわけで」

私はこの時には早足で歩きはじめていた。

「こうやって先ほどから貧乏人らしき方々に……」

どう見ても見込みのない人には協力するだけ無駄だ。

風刺・戯文

ウナギの危機

日本人の愛してやまぬウナギが絶滅の恐れがあるとして、国際取引の規制対象となる可能性が出てきた。11 月に開催されるワシントン条約の締約国会議での協議次第では、輸入のウナギが食べられなくなるかもしれないというのだ。

たかが食べ物のことと侮ってはいけない。これはまさに国家の存亡に関わる重大事態なのだ。

というのも、輸入のウナギがなくなると、国産のウナギだけでは国内消費量はとうていカバーできなくなる。すると、ウナギはますます高価な食材となり、庶民にはもはや手が届かないものとなってしまう。これは、我が国民のスタミナ事情を直撃する深刻な事態であり、日本人は精をつけることができなくなる。その結果、少子化がうなぎ上りに進んでいくことが考えられる。

日本政府に提案したいのは、ニホンウナギは絶滅の恐れはないとして、規制対象から外すよう大規模なロビー活動を展開することだ。そのための経費もケチるべきではない。締結国の関係者が日本の味方になってくれるように、鰻丼ではなく鰻重をふるまうべきだ。肝吸いも忘れてはいけない。

風刺・戯文

人類の目標

私たち人類が生まれたのは、大昔、まだ太陽が若かったころのことです。ですが、その頃の世界は、誕生したばかりの人類にとって生きやすい場所ではありませんでした。

というのも、世界は、私たちに先行する先住人類たちのものであって、私たちの世界ではなかったからです。

先住人類には、私たちより頑強で、優れた身体能力を持つ種もいましたし、私たちより俊敏で速く走ることができる種もいました。だから、私たち人類の獲物も食糧もあっという間に奪い取られしまうのでした。

生まれたばかりの人類は非力で、数も少なかったので、先住人類に対抗することなどできませんでした。ただ怯えながら、ひっそりと隠れ暮らしていました。その頃、私たち人類がひたすら願っていたのはただひとつのことでした。

「いつか他の人類に打ち勝って、この世界を独り占めしよう。これが私たちの目標だ」

この目標は、実は人類最初の目標でした。それは幾世代にもわたって受け継がれました。やがて私たちの精神に深く刻み込まれ、人類の生きる意味そのものになりました。

そして、結局のところ、この目標は実現しました。最後に生き残ったのは、私たち人類でした。それ以来、私たちは生きる目的の喪失に苦しむようになりました。

風刺・戯文

思ったことが言えない世の中

「最近、思ったことが言えない窮屈な世の中になった」という人が多いので、ある研究者がこの現象について調べることにした。

まず、思ったことが言えないと感じている人々が「どんなことを思ったのか」について調査を行った。その結果、いくつかの共通するテーマがあることがわかった。それらは「外見のこと、性的なこと、弱いものいじめ、外国人差別、障害者差別」などであった。思ったことが言えない人は、これらのことが言えないために窮屈な思いをしているということが明らかになった。

さらに、研究者は、これらの「思ったことが言えない人」が、単に思っただけではなく、実際に発言した場合、「思ったことを言った人」と「思ったことを言われた人」の双方についてどのようなことが起きるかについても調査を行った。

その結果、「思ったことを言った人」は、一時的に窮屈な思いから解放されるが、やがて窮屈な状況に陥ることがわかった。いっぽう、「思ったことを言われた人」については、思ったことを言われたことにより、思ったことが言えなくて窮屈な思いをしている人よりもはるかに窮屈な思いをするということが明らかになった。

そこで研究者はこう結論づけた。

「つまり、思ったことが言えなくて窮屈だという発言は、その人間の内部に思うに値する思想など何もないということの目印として機能している。ゆえに、黙ってろ。常日頃、思っていたことが言えてスッキリした」

風刺・戯文

心を柔軟にするために

少子高齢化、経済の衰退、地球温暖化、陰謀論、そして戦争……問題だらけのこの日本で、私たちはどうしたらいいでしょうか。

ひとつだけはっきりしていることがあります。それは、これまでの考え方・方法ではこれらの問題には太刀打ちできないということです。

過去のわだかまりや先入観にとらわれた思考からは、これらの問題に解決策を見出すことはできません。

ただ、柔軟な心、つまり、問題を柔軟に受け止めるしなやかな心だけが、解決をもたらしうるのです。はっきりいっておきましょう。これからの世界では、そんな柔軟な心をもつ人だけが必要とされます。柔軟な心だけが、精神的にも経済的にも豊かな人生を手に入れるのです。

では、そんな柔軟な心をもつにはどうしたらいいでしょうか? どうしたら、あなたのかたくなな心をほぐすことができましょうか?

ここでこのボトルをご覧ください。中の液体、これこそ、私が柔軟な心で開発しました特効薬。お使いになるや、たちまちあなたの心をほぐし、柔軟にします。食後に服用するも可、お肌に塗布するも可、さらには頭に振りかけても可の、この柔軟薬、今なら割引価格にて皆さんに……


当局はただちにこの怪しげな販売者を薬機法違反で逮捕し、怪しげな薬品を押収し、その成分を調べた。すると、コンビニ弁当の麺類にかける「ほぐし水」とまったく同じ成分だということが明らかになった。

風刺・戯文

当たり前の灰汁

食べ物でもなんでも当たり前がいちばんおいしい。もしかしたら「当たり前」が最良の調味料かもしれない。そう考えた博士がいた。そこで、何年もの研究のすえ、博士は「当たり前」の抽出に成功した。博士はさっそく著名人やマスコミを集めて、披露することにした。

「ここに肉じゃがの鍋が2つあります。どちらも同じ肉じゃがですが、片方の鍋に『当たり前エキス』を加えてみましょう」

博士は助手を呼んで、鍋のひとつに粉末を振りかけさせ、しばらく加熱させた。「できました。どうぞこのふたつの肉じゃがを食べ比べてみてください」

人々は食べ比べてみるやいなや、口々に「やっぱり当たり前がいちばんだ!」と感嘆の声をあげた。

当たり前の肉じゃがを夢中で食べる人々を前に博士が満足げに立っていると、ある人がやってきてこんな発言をした。

「こんな時代に『当たり前』なんて言うのはおかしいです。私たちの国にはいろいろな国の人がいるのだから、自分の当たり前が通用するなんて思ってはいけないと思います」

人々は「私たちの当たり前にケチをつけるなんて、なんて当たり前でない人間だろう」と思ったが、怒り出すのは当たり前ではないと思って黙っていた。すると、博士は余裕の笑みを浮かべて人々に語りかけた。

「私はこんな反論のあることも予期していました。これをご覧ください」と、博士は別の粉末を取り出した。「これは、外国の当たり前を抽出したものです」

博士は、助手にその粉末を渡すと、先ほど日本の当たり前を入れた鍋に投入するように指示し、再び加熱させた。

ものの数分も経たないうちに驚くべきことが起きた。グツグツいうにつれて、汚らしい灰汁が浮かび上がってきたではないか。灰汁はたちまち膨れ上がり、肉じゃがはもはや食べ物にすら見えなくなった。

「ご覧ください。日本の当たり前に外国の当たり前を混ぜると、こんなふうになってしまうのです」

人々は、用意周到な博士にあたらめて賛辞を送ると同時に、当たり前でない発言をした人を協力して会場から追い出した。なぜなら、そうされて当たり前だったから。そして、「やはり日本では日本の当たり前がいちばんおいしいのだ。私たちは日本の当たり前を守らなくてはならない」と誰もが決意しながら、帰途についた。

人々が立ち去ると、博士は助手に片づけるよう言いつけて、もっと純粋な当たり前を開発すべく実験室に戻っていった。

ひとり残された助手は、ただちに片づけに取りかかったが、灰汁だらけの肉じゃがを捨てるのはもったいないような気がした。そこで再び加熱して、丁寧に灰汁を取って、食べてみた。

当たり前の肉じゃがなんか目じゃないくらいうまかった。

風刺・戯文

魔法の言葉

私たちは昔、「ホモ」という言葉を聞いただけで、大笑いしたものだった。この言葉と一緒に、クネクネとシナを作りでもしたら、私たちは飲んでいたホモ牛乳を盛大に吹き出したものだった。

それから数十年が経ち、世界は大いに変わった。今では「ホモ」ではもはや誰も笑わなくなってしまった。いやそれどころではない。人々はこの言葉に眉ひとつぴくりとさせない。表情筋というものがいっさいの動きを止めてしまう。笑ってもいけないし、その逆に受け取られてもいけないとなると、そうなるより仕方がないのだ。それで、誰もがこの言葉など存在しなかったような顔つきで、食事中だろうが談笑中だろうがおかまいなしにピタリと動きを止めてしまう。

そのとき、人々はいったい何を考えているのだろうか。笑い合った懐かしい過去のことだろうか、時代の無情な転変だろうか。それとも、笑い者にされたという心の傷だろうか……

なんにせよ、この言葉は、私たちから表情と身体の動きを奪い去り、とりとめもない追憶に浸らせる魔法の言葉となってしまった。

近頃では、この言葉をいきなり耳元で叫び、相手が硬直している間に、金品を奪う事件まで頻発しているとのことなので、くれぐれもご注意されたい。

風刺・戯文

人類と月

ある出版社の教科書のこんな一文が物議を醸した。

「月面着陸の成功により、私たちは月についてより詳しくわかるようになった」

教科書検定を司る文科省からクレームが入ったのだ。人類が月面着陸をしたというのは、アメリカ政府のでっち上げだから、そのようなことを事実として教科書に書いてはいけない、というのだ。

日本政府がそんな陰謀論を信じるわけない、こんなのはデタラメだ、という人もいるかもしれない。だが、我が国にはすでに何十人もの陰謀論者が国会に巣食っており、その数も選挙のたびごとに増えているのだから、政治家がそっくり陰謀論者に入れ替わって、政府がこんなことを言い出すのも時間の問題なのだ。だから、これは本当の話だ。

それはさておき、この指摘を受けてその出版社は大いに悩んだ。というのも、陰謀論に加担しないだけの良心があったからだ。だが、かといって、この一文を修正しないでいたら、教科書検定不合格となってしまう。

そこで、知恵を絞ってこんなふうに書き換えたら、みごと検定合格となったという。

「私たちはまだ本当の月を知らない」