風刺・戯文

シティポップの誕生

シティポップは1970年代の日本で生まれた音楽ジャンルのひとつで、いわゆる「洋楽」の影響を受けながら、日本の当時の洗練された都市文化も反映した音楽です。

このシティポップが現在、世界中で注目されています。特に韓国では、80年代から日本のシティポップの受容が始まり、現在では独自のフレーバーを持つ韓国シティポップが日本でも愛好されるようになりました。

さらに、タイでもバンコクを中心に、優れたシティポップが制作されるようになっています。

ここで、都市について研究を重ねる都市学者がシティポップについてこんなことを言っていたのが思い出されます。

「洞窟に住んでいた人類が住居を作り、その住居が集まって集落となる。その集落が集まって村となり、その村が集まって、大きな村となる。やがて余剰生産物が発生し、それを管理する存在として王が生まれ、村々を束ねる都市が誕生する。その都市が発展し、人口も増え、その増加した人口と社会を管理するための官僚機構が整備されると、大都市となる。この大都市は周辺の人々と富と技術を飲み込みながら拡大し、最終的にシティポップを生み出す」

今後、戦争が起きて、文明が破壊され、私たちが洞窟に暮らすようになったとしても、そこからいつの日か素晴らしいシティポップが誕生するかと思うと、ゴツゴツした岩場でも楽しく眠れそうですね。

小説

カルチャークラブの戦争はんたーい!

拘置所にいる友人から手紙が送られてきた。以下に書き写す。

……僕が犯した罪についてはもう聞いているだろうか。弁護士に説明しても理解してもらえなかったから、こんな手紙を送ります。

Colour by Numbers って、カルチャークラブのアルバム、1983 年に出たんだけど、僕が聞いたのは中学生の頃だった。誰もが衝撃を受けたよね。僕もそうだったんだけど、そのとき僕は自分が他の人と違うということに気がついたんだ。

アルバムのジャケットを覚えているかな。カラフルなジャケットの右半分にボーイ・ジョージの顔があってね。僕はこのジャケットを見たとき、それまで味わったことのない感情を感じた。というのも、ボーイ・ジョージの隣にこんなふうにカタカナが書かれていたから。

ボ
ー
イ

僕がショックを受けたのはこれなんだ。この「ー」なんだ。僕はなんだか横書きの「ー」を縦にしたくなった。思い切ってジャケットを横に回してみた。すると「ー」は「|」になったけど、なんと「ボ」と「イ」は横になってしまったんだ! 僕は怖くなってレコードを押入れの奥にしまって、それきり忘れてしまった。

ところが、それから何十年も経った後に、外を歩いていると、不意に「カーマは気まぐれ」が耳に飛び込んできたんだ。そのとき、あの思い出が蘇ってきた。あのときよりももっともっと強烈に。

そのときたまたま、外国人観光客が目に入った。自撮り棒を片手に動画を撮りながら歩いている。横にしたり縦にしたり、横、縦、横、縦……僕はもう見境をなくして、その自撮り棒を奪い取って、真っ二つに折った……どうしようもなかったんだ。

弁護士が言うには、僕は裁判にかけられるそうだ。法廷では「Do You Really Want To Hurt Me」を歌うつもりでいるよ。

ライブ

さとうもか@LIQUIDROOM

さとうもかのライブに行ってきた。

1 月から始まった弾き語りの全国ツアーの最後ということだが、今日は岡山時代からの友人のバンド、スピーチバルーンがサポートする「バンドセット」でのライブだった。

昨年の 11 月にもやはりバンドセットでライブをしていて、私はその時にも行っているが、ずいぶん演奏が軽やかで、ダイナミックになったように感じた。こういう音を出すのか、と感心する瞬間もあった。これはもちろん、私が二度目ということもあるかもしれないが、楽しめた。

セットリストは 11 月のように新譜「ERA」からの曲もあったが、私としては、2020 年のアルバム「GLINTS」からの曲(特に「GLINTS」「オレンジ」「愛ゆえに」)が、コロナの不安なときに繰り返し聞いていただけに、とくに感慨深かった。

「失恋」がテーマの曲が多いさとうもかだが、そのような曲のひとつである「Dear Stranger」(「ERA」収録)の前に、「失恋している人!」と客に呼びかけた。

何人か手が挙がったようだが、私は自分がそうではないのを残念に思った。恋愛に興味はないのだが、それでも失恋は可能だろうか、と考え、答えが出ないうちに、曲が終わってしまった。大きな宿題をいただいたというべきであろう。

音楽

KIRINJI 病

私の友人が急病で病院に搬送されたと聞いて駆けつけた。絶対安静と掲げられた病室の前に行くと、年老いた彼の父がいて、容態を聞くと命に別状はないとのことで一安心した。

「いったい何の病気なんですか。この間会ったときは元気に見えましたが」

「実は、数ヶ月前から調子がおかしくなっていたのです……」と彼の父は詳しく教えてくれた。

私の友人は音楽が好きで、古いものから最新のものまで何でもよく聴いていたのだが、あるとき若手のミュージシャンの曲を聴いているとこんなことをつぶやきだした。

「これはなんだか KIRINJI の影響を受けているな」

KIRINJI とは、今の日本の音楽に多大な影響を与えているミュージシャンで、彼がそう思うのも無理からぬことであったが、話はそれだけでは済まなかった。その日以降、彼はなにを聴いてもこんなふうにぶつぶつ言うようになってしまったのだった。

「このメロディーの流れは KIRINJI の『愛の Coda』だな」
「なんかわからないけど雰囲気が『ニュータウン』だぞ」
「ちょっと待てよ、これは『まぶしがりや』のコード進行のヴァリエーションかな」

家族は不安げに見守るしかなかったが、今日、いきなり「なんだこれは KIRINJI の『雲呑ガール』そのままじゃないか!」と大声で叫ぶと、卒倒した。なんでもそのとき彼は YouTube で「オバケのQ太郎」の主題歌を聞いていたのだという。

それで今回の緊急搬送となったが、医者は意識を失った彼を見るなり、家族にこう言ったそうだ。「ほら、この爪を見てください。痩せているでしょう。これは KIRINJI 病 の初期症状なんです」

この KIRINJI 病、国内で症例が数例あるのみという珍しい病だというが、さいわいだったのはここで治療に入れたことで、十分に完治可能だという。だが、もしこのまま放置していたら慢性化する恐れがあったとのこと。そうなると、ガラスのベルが鳴り響くのを聞いても、夜に子どもの泣く声が踊り場に響いても、KIRINJI に聞こえるようになってしまうのだそうだ。

今、彼は医師の厳重な管理のもと治療を受けている。朝昼晩に抗 KIRINJI 剤を投与されているとのことで、近いうちにヤバめのライムでパンチラインをフローに乗せる元気な彼の姿が見られるかもしれない。

ライブ

Homecomings@Shibuya WWW

整理番号が260番で、少し早めに会場前に着いていたものだから、この寒いなか入場までそうとう待つことになった。

シベリアばりの寒気に気が遠くなって、外から地下への階段へと入るのを許されたころには、頭の中ではラーゲリとか、イワン・デニーソヴィチとか、そんなことがちらつきはじめていた。

さすがに Homecomings もこのロシアの大地的な凍つきには歯が立つまいと思われたが、2時間強のライブの陶酔と熱がすっかり溶かしてくれたのだった。

今回は Homecomings の新譜のツアーの追加公演で、去年の12月28日の本公演の音がとても気持ちよく、そして激しかったので、また行くことにした。

Homecomings をはじめて聞いたのは去年、Say Sue Me のオープニングアクトで、そのとき聞いた一曲が印象に残った。去年の12月でもその曲をやったが、事前にほとんど聞かずに行ったので曲名がわからなかった。

今回再び行くにあたり、ちゃんと予習して、私はようやく曲名を知ったのだった。

その曲は「US」。このバンドの代表曲で、それすら知らずに、ライブに行くというのも我ながら情けないが、すばらしい曲なのでぜひ一度聞いてほしい。

風刺・戯文

ロックなテスト

僕たちの学校の先生は、先生だけどロックミュージシャンなんだ。だから、授業はいつもロックのライブみたいなんだ。あるとき先生がみんなの前でこう言ったんだ。

「明日はニューアルバムのリリースだ! みんなちゃんと復習してくるように!」

僕たちはもうこれでピーンときちゃったんだ。明日はテストだってことだ。

そして、次の日は本当にテストだったんだ。

「よし始めるぞ!」と、先生は何人かの子にテストを配り始めた。「これは通常盤のテストだ」 配られたのはみんな普通の成績の子ばかりだったんだ。

それから、また先生は別の子どもたちに配り始めた。少し勉強ができる子たちだ。「これはボーナストラック付きだ」 

今度はクラスで頭の良くない子どもたちに別のテストを配り出した。「お前たちは、ブートレグ盤だ」

そして、最後に成績優秀な子どもたちの前に立った。「お前たちには手応えが必要だ」

そういうと、先生は分厚い本を配り始めたんだ。びっくりしている僕たちに先生はこう言ったんだ。

「これはスーパーデラックス盤だ! 通常の問題に加えて、デモやアウトテイクがぎっしりだぞ。ちなみに、100ページにも及ぶ渾身のライナーにもちゃんと目を通すんだ! さあ、テストはじめ!」

だけど、先生ときたら、テストのあいだじゅう、爆音でロックを聴いてたもんだから、僕たちはテストどころじゃなかったんだ。

ライブ

青葉市子@東京オペラシティ

3回抽選に外れて、ようやく青葉市子のコンサートに行く機会を得た。

15 周年記念コンサートの追加公演で、 1 月 23 日、東京オペラシティで開催された。それほど曲を知っているわけではないが、「いきのこりぼくら」だけでも十分聞く価値はある。ほかにもいい曲があった。

ステージはギターだけで、数曲、キーボードで歌った。スペシャルゲストは大貫妙子で、これは本当に特別な感じがしてよかった。

外国からと思しき観客も多かった。Apple Music のプレイリスト「インディーフォーク」にアメリカのミュージシャンたちにまじって曲が入っているくらいだ。不思議はない。また、4 月からワールドツアーもはじまるそうだ。

東京オペラシティのコンサートホールに行くのは初めてで、ライブハウスと違うので緊張した。音が響くので余計な音を立てないように注意していたが、急に喉に刺激を感じ、咳がしたくなって、大いに苦しんだ。これがオーケストラだったら、誤魔化しようもあったかもしれなかったが、ギター一本だけなので、逃げ場がなかった。

隣の人のお腹が鳴るのが聞こえるくらい静かな会場で、演奏中、ときどき、客席の中から「バターン!」と響く音が聞こえた。あちこちから同じ音が聞こえるのだ。初めはわからなかったが、たぶん携帯を落とした音だろう。

ライブ

Homecomings@Zepp Shinjuku

Homecomings は 3 人組のバンドで、もともとはドラムがいたが今年の初めに抜けたそうだ。私はこのバンドについてあまりよく知らないが、10 月 25 日の Say Sue Me のライブでオープニングアクトを務めていて、それが良かったので、12 月 28 日に Zepp Shinjuku で行われたワンマンライブツアーの最終公演にも行くことにした。

新しいアルバム(see you, frail angel. sea adore you.)が 11 月末に出たばかりだったが、私はうかつにもほとんど聞かずに行った。10 月 25 日のときはギターバンドという感じで、それが気に入ったが、今回は新譜を中心にひたすら気持ちのいい音と曲を演奏し続けるというものだった。

MC もライブの半ばに 1 回だけ、アンコールもなし、というスタイルで、とにかく自分たちの音の世界を途切れなく提示することに集中したステージだった。照明の演出も非常に巧みで感心させられた。会場の後ろのほうだったので、あまりステージは見えなかったが、音の空間を味わうには十分だった。

たった 1 回の MC では、アルバムの制作の大きなきっかけが 1 月の能登半島地震であったことや、好きなことをとことんやった、というようなことを言っていた。社会問題に対する関心も曲作りに反映されているようで、そういえば 10 月 25 日のステージには「いますぐパレスチナ停戦と解放を!」みたいなボードがさりげなくアンプの下に立てかけられていた。

終演後、東京追加公演が 2 月 19 日に渋谷で開催されることが発表された。私はさっそく抽選に申し込んだので、運がよければまた行けるだろう。

風刺・戯文

ライブ授業

僕たちの学校に新しい先生が加わった。でも、ロン毛でぴちぴちのジーンズでちょっと変わってるんだ。「先生、どうしてそんなカッコなの」と聞くと先生はサングラスをちょっと下げて答えたんだ。

「なんでって、先生はロックミュージシャンだからさ」

「えー、先生じゃないの」

「どっちも一緒さ」

先生は言うんだ。「授業はライブだ」って。だから先生は毎日授業の前にツイッター(現X)にこんな投稿をするんだ。

ライブの告知でーす。
初めてのワンマン@2-5教室でーす。待ってるゼ!
12月18日 1−6教室 開場08:40、開演08:45 【SOLD OUT】
12月18日 2−5教室 開場09:30、開演09:35 【残席わずか、S席完売】
12月18日 1−6教室 開場09:40、開演09:45 【当日券有】

でも、授業に出席するのはいつだって同じクラスの子ばかりだ。

先生の授業はいつも楽しくて面白い。僕たちはとっても勉強が大好きになったんだ。それに先生はたのもしいんだ。いじめっ子を「お前はステージ裏の開放席行きだ!」と教室から追い出したときは、もう大喝采だった。

だけど、先生にはひとつだけイヤなところがあるんだ。それは、どんな授業の前にも先生にかならず 60 円払わなくてはならないこと。ドリンク代だっていうけど、いつも紙コップに水道の水なんだ。

風刺・戯文

スクランブル交差点

「世界でもっとも有名な交差点」とも言われ、世界中から観光客が押し寄せる渋谷スクランブル交差点をなんとかしようと、「新しい日本を考える男たちの会」が立ち上がった。

「もしハチ公がご存命ならば、外国人たちに吠えかかりいの、ガブリと噛みつきいので、追っ払っていたことでしょう」と公言してはばからない男たちは、その晩、混雑したスクランブル交差点を占拠して叫んだのだった。

「俺たちの目が黒いうちは、何人たりともこの道渡るべからずだ!」

「ははーん、真ん中を通ればいいのさ!」と叫んで渡ろうとした歩行者を男たちはボコボコにした。人々は震え上がった。「これはとんちじゃない! 現実なんだ!」

列になった男たちは、どっかりと地面に腰を下ろした。「俺たちは観光公害から渋谷を守る!」 もうテコでも動かない構えだ。

道が渡れなくなったので、交差点周囲はたちまち人でいっぱいになった。その上、駅から絶えず人が吐き出されてきて、押し合いへし合い、もう身動きもできない。群集事故発生かと思われたところ、警官の車両が駆けつけた。

「座っている男たち、直ちに立ち上がって立ち去りなさい!」 スピーカーが大音量で繰り返す。「男たちよ、立ち上がるのだ!」

群衆に巻き込まれた外国人観光客たちは、ポリスがなんと言っているのか知りたくなった。みんなほとんど同時に自動翻訳機にかける。その瞬間、外国人たちの間に衝撃が広がった。

“Japanese Gentlemen, Stand Up Please!”

YMOだ! 私たちは、俺たちは、この3人がいなければ、日本のことなど知りもしなかったろう! そうだ、今こそ、声を合わせて歌うときだ! もう叫ばずにはいられない!

“Do the Tighten Up!” 

“Japanese Gentlemen, Stand Up Please!”

“Do the Tighten Up!”

外国人も、日本人も関係ない! 音楽に交差点はない! 渋谷中がまるで爆発したみたいに振動し、酒飲め SAKAMOTO のらんちき騒ぎが始まり、狂乱の夜は果てることなく……永遠に……………………

………Here We Go Again?