ライブ

さとうもか@渋谷WWW

コロナのとき、さとうもかの『GLINTS』(2020)をたまたま聞いて気に入ったので、このアルバム、そしてその次に出た『Woolly』(2021)もよく聞いた。そして、この10月31日に新しいアルバム『ERA』が発売され、そのツアーがあるというので、今日11月10日、渋谷WWWのライブ「さとうもかBand Set」に行った。

さとうもかは、わりと若い女性が聞くようなイメージがあるので、やや心配だったが、男性も多かったし、私と同じ年代の人もいた。

さとうもかの声もいいが、私が好きなのはメロディに「さとうもか節」とでもいうようなクセがあることだ。そんなわけでどの曲も違うのだが、同じように聞こえることもある。また、明るいポップな曲(「Glints」)やユーモラスな曲(「Peach Perefect」)もいいが、「切ない」とは違う、どこか悲壮で張りつめた感じの曲が持ち味だ。新曲の「Dear Stranger」や代表曲「melt bitter」、そして今回は演奏しなかった「ながれぼし」などがそれにあたる。

これらの曲もそうだが、失恋の歌が多いので「失恋の女王」と呼ばれているのだそうだ。もっとも本人は MC で「失恋もそれほど経験はないし、恋愛もそれほどない」と言っていた。

さて、Band Setというのは、バンド付きのライブということで、これがとてもよかった。バンドはスピーチバルーンという岡山のバンドで、さとうもかとかつて岡山で一緒に活動していたとのこと。スピーチバルーンの曲も1曲(「Night Flight」)演奏され、これもよかった。

ライブ

Say Sue Me と Homecomings

Say Sue Me は韓国は釜山出身のインディーバンドで、現在は世界的に活躍しているバンドだ。だが、インディーバンドの世界的活躍といっても、aespa や Stray Kids などの K-POP スターとはちがい、規模も動員数もたかがしれている。そんなわけで、昨日(10 月 25 日)、渋谷 CLUB QUATTRO で行われた日本ツアーの初日、私は最前列で演奏を楽しむことができた。

オープニングアクトは、Homecomings で、私は名前を知る程度だったが、ギターの音もいいし、演奏もかなり決まっていてよかった。9月にミツメのライブにはじめて行って、次にライブがあったらまた行くぞと思っていた数日後に活動休止の知らせを受けた心の傷を十分に癒してくれた。

Say Sue Me は Homecomings に比べるとシンプルで、わかりやすいギターのリフと肩肘張らない演奏で、楽しい。コード進行もおそらくそれほど複雑ではないが、その分、過去のいろいろな洋楽もかすかに聞こえるようで、これも楽しい。

未発表曲も演奏したが、これは来年出すつもりのようで、観客に「何月に出したらいいですか」などと日本語で聞いていて、「5月!」とか「8月!」とかのやり取りもあった。

アンコール後に、去年出た「Mind Is Light」をやってくれたが、これは後半の演奏がとてもよいので楽しみにしていた曲だ。

2022 年 12 月の来日時もそうだったが、終演後はグッズを買うと、サインをしてくれる。前回はTシャツだったが、今回は、ポスターにサインしてもらった。

散文

Wrapped Around Your Finger

私の町の駅のデッキに、毎日のように老人がやってきて、ギターをポロポロつまびいたり、おもちゃみたいなボンゴをポコポコ叩いている。音も小さくて、なにを演奏しているのかもわからない。そもそも弾けるというレベルでもないようだ。もちろん、耳を傾ける人などひとりもいない(ちょうどこのブログのようだ……)。

もう何年も前のことだが、あるとき、私は改札口から出てデッキへと歩いていた。すると、鋭いビートが聞こえてきた。私はその音を聞いて、スチュワート・コープランドのドラムを思い出した。スチュワート・コープランドは、イギリスのバンド The Police のドラマーだった人で、名ドラマーのひとりに数えられている。シャープなスネアの音が特徴で、駅を歩く私の耳に飛び込んできたのもそんな音だったのだ。

やがてあの老人の姿が見えた。花壇の縁に座って、ひとりボンゴを叩いていた。私はおかしくなった。ろくに楽器も弾けないこの老人のプレイから、スチュワート・コープランドのドラミングを想起するとは。

老人は私の進行方向にいたので、私はニヤニヤして近づいていった。そして、驚くべきことが明らかになった。

老人のわきに小さなラジカセが置いてあって、そこから The Police の名曲 Wrapped Around Your Finger が小さーく流れていたのだ。老人はスチュワート・コープランドに合わせてボンゴを叩いていたのだ。

ウケ狙いのさもしい作り話と思われるかもしれないが、これは本当の話だ。

音楽

仲直り

1990 年代を代表するイギリスのロック・バンド、オアシスが再結成されるというニュースが昨日、世界中を駆け巡った。しかも、ワールドツアーも開催するのだという。

ながらく解散状態にあったオアシスだが、その最大の原因は、バンドの中核をなすノエル・ギャラガーとリアム・ギャラガーの兄弟げんかだ。解散以来、しばしば二人の不和と言い争いはニュースになり、再結成を望むファンたちをヤキモキさせてきたが、ついに和解のときが来たのだ。

このバンドは、ロック史を変えた数々の名作で知られる。1964 年から、1996 年までの間に 27 枚のアルバムを出し、どれもその時代の最高傑作といっていい。私の好みをいえば、名盤『The Village Green Preservation Society』(1968)と『Misfits』(1978)だ。ぜひ、聞いてほしい。

また、ロック音楽、特にハードロック、パンク、ブリットポップ、オルタナ系のミュージシャンに及ぼした影響も計り知れない。カバーされる楽曲も多く、とりわけ有名なのは The Jam の「David Watts」と Van Halen の「You Really Got Me」だろう。

それにしても、バンドの中心メンバーであるレイ・デイヴィスとデイヴ・デイヴィスの兄弟が仲直りしたのは、じつにうれしいことだ。

もっとも、兄弟が本当に仲直りしたのかどうかについては、せいぜい「Definitely Maybe」ではないか、と観測する向きもある。そうだとしても、ここは素直にキンクスの再結成を喜びたい。

音楽

ポールの等式

数学には未解決の問題がいくつもある。リーマン予想や P≠NP 予想などには懸賞金すらかけられている。

もっとも、数学者たちの努力と天才も並々ならぬものがあって、フェルマーの最終定理やポアンカレ予想といった難問も解決済みとなったし、これからも AI の活用により次々と難問の数学的証明がなされていくであろう。

最近、イギリスの科学誌 “Mother Nature’s Science” でこれら数学上の難問の特集が組まれた。同誌によれば数学史上最大の難問とは「ポールの等式(もしくはポール予想)」だということだ。ポールの等式とは次のようなものであるが、いかなる数学者もこの証明に成功したことがないのだという。

  lt = lm

これだけだと素人には何のことだかわからないが、これは次のようなことを意味しているのだという。

And in the end the love you take is equal to the love you make
(結局のところ、受け取る愛は作り出す愛に等しい)

記事では、この等式の証明のためになされてきたさまざまな試みについても述べられているが、あまりにも専門的すぎて私にはわからない。ただ、ある数学者が「これからもわたしたち数学者たちはこの難問の解決のために、幾晩も『ひとりぽっちのロンリー・ナイト』を過ごさねばならないでしょう」と述べていたのが印象的だった。

音楽

道の歌

【ポールの想いを伝える新解釈!】
ビートルズ「The Long And Winding ROAD(長く曲がりくねった道)」

The long and winding ROAD
That leads to your door
Will never disappear
I’ve seen that ROAD before
It always leads me here
Lead me to your door
長く曲がりくねった道
あなたのドアへと続く
この道は決して消えはしない
前にもこの道を見たことあるんだ
この道はいつもここに導いてくれる
さあ、あなたのドアへと導いてくれ

The wild and windy night
That the rain washed away
Has left a pool of tears
Crying for the day
Why leave me standing here?
Let me know the WAY
荒れて風の吹きすさぶ夜
雨に洗い流された夜
残るのは涙の水たまりだけ
一日中、泣いていたよ
どうして私をこっちの道に放置するの?
すぐにあの道を教えてください

Many times, I’ve been alone
And many times, I’ve cried
Any WAY, you’ll never know
The many WAYs I’ve tried
何度も、ひとりぼっちになった
そして何度も、泣き叫んだ
どんな道だって、あなたはわからないだろうけど
たくさんの道を私は試したんだ

And still, they lead me back
To the long, winding ROAD
You left me standing here
A long, long time ago
Don’t leave me waiting here
Lead me to your door
でも、どんな道に行っても戻るのは
あの長く曲がりくねった道
そこに連れて行ってくれたよね
ずっとずっと昔のこと
もう私をこの別の道で待たせないで
あなたのドアに連れて行って

But still, they lead me back
To the long, winding ROAD
You left me standing here
A long, long time ago
Don’t keep me waiting here
Lead me to your door
それでも、どんな道に行っても戻るのは
あの長く曲がりくねった道
そこに連れて行ってくれたよね
ずっとずっと昔
もう私をこの短くまっすぐな道で待たせないで
あなたのドアへと導くあの長く曲がりくねった道に連れて行って

Yeah, yeah, yeah, yeah
その通り、その通り、その通り、その通りなのさ

音楽

The Long And Winding Road

みなさんのなかにポール・マッカートニーの「The Long And Winding Road」を聞いたことがないという方はいらっしゃらないのではないか。ちなみにこんなふうに始まる歌です。

The long and winding road that leads to your door will never disappear.
(あなたの扉へと導いてくれる長く曲がりくねった道。それは決して消え去りはしない)

これはなんの歌でしょうか。人生の歌、そう考える人もいるかもしれません。いや、信仰の歌だ、そういう人がいてもおかしくないでしょう。だが、間違いなのです。この歌はずばり「道の歌」、そう言っていいでしょう。「ポール・マッカートニー、道を歌う」なのです。

こういうと、小ざかしげにしゃしゃり出てくる顔が目に浮かびます。「おや、ご存知ないとは残念ですな。この曲の道というのは、人生の隠喩、メタファーでして、レイコフによれば……」

おやめなさい! 隠喩だか肝油だか知りませんが、こっちには証拠が揃っているのです。

証拠① ポールが書いた道に関係する歌。
Penny Lane(言わずと知れたこの名曲はリヴァプールのストリートの名前です)
Why Don’t We Do It In The Road(『ホワイト・アルバム』所収。その名の通り)
Lovely Rita(『サージェント・ペパーズ』所収、meter maid、つまり駐車違反取り締り係の婦人警官の歌です。meter maid の現場はどこでしょうか? 道なのです)

証拠② 道を前提としたポールの曲。
Golden Slumber(『アビイ・ロード』所収。“Once there was A WAY to get back homeward” という歌詞から始まります)
Get Back(『レット・イット・ビー』所収。「もといたところに帰る」には道が必要です)
She’s Leaving Home(『サージェント・ペパーズ』所収、「家出する」にも道です)
Fool On The Hill(『マジカル・ミステリー・ツアー』所収。バカも丘に登るには道を通ったはずです)

証拠③ ビートルズを道に巻き込むポール。
Abby Road(これぞビートルズが世界に先駆けて完成させた「道のコンセプト・アルバム」です!)
Magical Mystery Tour(ポール発案のこのツアーでは実際に道が利用されました!)

証拠④ ポールの道への想い。
Here There And Everywhere(『リボルバー』所収。ここ、そこ、そしてあらゆる場所をつなぐのは「道」であり、それと同時に、ここ、そこ、そしてあらゆる場所にあるものこそ「道」である、という融通無碍にして円満至極なる道の境地……)

もう、お分かりいただけたでしょう。ポール・マッカトニーこそは、道に取り憑かれた狂気のミュージシャンだったのです!

音楽

ミッシング・リンク

「人類はいかにして猿から進化したのだろうか」 ダーウィンの進化論以来、いくども問われてきたこの疑問こそが、古生物学者、吉田八郎を突き動かす原動力だ。

「たしかに、この問題について多くの研究がなされてきましたが、いまなお謎に包まれているのです」と吉田は目を輝かせながら語る。

その理由は、あまりにも化石証拠が少ないためだ。「ちょっと考えてみてください。人類への進化の道筋を一本の鎖だとすると、いまは、あちこちで環が抜けている状態なんです。この欠けた環、つまりミッシング・リンクを見つけるのが、私の使命です」

このミッシング・リンクを探し求めて、吉田は世界中を駆け巡り、ありとあらゆる場所で発掘を行なってきた。現在、彼が発掘調査で滞在しているのは、アメリカ合衆国ロードアイランド州、ニューポートだ。

「もう批判ばかり。まともに取り合ってももらえませんでした」 新大陸で古人類の化石が見つかるわけがない、ましてやミッシング・リンクなど、そうした声があるのは吉田も承知だ。

「でもね、勝算があるかないか、といわれればありますよ」とはちきれんばかりの笑顔で明かす。「じつは最近、驚くべき発見があったのです。これをみてください」

と、デスクから取り出したのは、タンバリンの化石だ。「500万年前のものです。これは類人猿と人間をつなぐ存在であるタンバリンマンがこの地域にいたまぎれもない証拠です。まちがいなくミッシング・リンクに近づいている、そんな確信がありますよ」

では、そのミッシング・リンクとはどのようなものなのだろうか。こんなぶしつけな質問にも笑顔で吉田は答えてくれる。

「私たちが想像しているのは、アコースティック・ギターとエレキ・ギターの中間のような化石です。アコースティック・ギターを持っていたボブ・ディランが、どのようにエレキ・ギターを持ったボブ・ディランに進化したのか、その過程がわからなかったのです。私たちが挑戦しているのは、この断絶を埋めるミッシング・リンクの発見なのです」

これは成功すればノーベル発掘賞ものですよ、と思わず言うと、吉田はいたずらっぽくつけ加えた。「ええ、まちがいなく100万ドルさわぎでしょう!」

音楽

デヴィッド・ボウイのファイブ・イヤーズ漫談

店立ち並ぶ広場を通ると
母親たちがみんな悩ましげにため息
ニュースがたった今やってきたんだ
泣いてられるのも5年だけだって
ニュース番組の人は泣きながら告げる
地球が死にかけてるって
泣きすぎて顔がぐしょぐしょだ
で、嘘じゃないってわかった

5年しかない。しっかり見とくんだ
5年だって。なんてこった!
ファイブ・イヤーズ!
ファイブ・イヤーズ!
ファイブ・イヤーズ……

というわけで、先日私、ビルマ出身のカレン人とタイに行ってきたのですが、バンコクのスワンナプーム空港はもう立派なもので、キレイなんです。

それから、電車でバンコク市内に向かったのですが、車窓から見る景色はといえば、ハイウェイに、高層ビルと非常に発展しています。

そこでカレン人の友人がこういうのです。

「すごいね、バンコクは。ミャンマーは軍事政権のせいでなんにもない。50年前はヤンゴンのほうがよかったけど、いまはもうバンコクだね。ミャンマー政府が全部ダメにしちゃった……」

私はうなずきながらも、こう思ったんですね。

《50年前はヤンゴンのほうがすごかったって、別のカレン人からも同じこと聞いたぞ、20年前に……!》

50年? なんてこった!
フィフティ・イヤーズ!
フィフティ・イヤーズ!
フィフティ・イヤーズ……

音楽

名曲考察「傘がない」

今日、取り上げるのは「傘がない」。言わずと知れた井上陽水さんの名曲です。では、この曲がどうして名曲と言われるのでしょうか。

初めにバックグラウンドを少々お話ししますと、この曲は井上陽水さんの2枚目のシングルで、1972年7月にリリースされました。「政治問題など関係ない。自分にとっては、雨のなか傘がなくて恋人に会いにいけないというのが問題なのだ」という内容が話題になりました。そんなことから、学生運動が盛んであったいわゆる「政治の季節」以後の、新しい若者像を描いた名曲だと評価されています。

ですが、私はそうした見解にちょっと異議あり、なんですね。まずは歌詞をご覧ください。

  都会では自殺する若者が増えている
  今朝来た新聞の片隅に書いていた
  だけども問題は今日の雨 傘がない

たしかに「自殺の問題よりも傘のほうが大事」と読めます。ですが、これは詩です、歌です。文として読んではいけないのです。全体的にイメージとして捉えるということが重要になってきます。では、どんなイメージが浮かび上がってくるでしょうか。

そうです。「傘がないと自殺する」というイメージです。

では、サビの部分を見てみましょう。これは次のようなものです。

  行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
  君の町に行かなくちゃ 雨にぬれ
  冷たい雨が 今日は心に浸みる
  君のこと以外は 考えられなくなる
  それはいい事だろ?

この部分は従来「恋人(君)に逢いたいのに傘がなくて困っている」と解釈されてきましたが、どうでしょうか。わたしはずばり「君」とは「傘」のことだと思います。

「傘がない」という人が真っ先にすることはなんでしょうか? 傘を探すことに決まっています。それを「君に逢いに行かなくちゃ」と擬人化し、「もう傘のこと以外考えられなくなっている、それはいい事だろ?」と歌っているのです。

なぜ「いい事」なのでしょうか? 雨が降っているからでしょうか?

いいえ、傘は私たちの魂だからです。歌の冒頭で、傘のないことが自殺に関連づけられていたのは、これを詩的に暗示するためだったのです。「傘がない」が名曲なのは、魂を見失いがちな現代人の傘を見事に描ききったからなのです。

「傘がない」における傘の不在という問題は、のちにもうひとつの名曲「夢の中へ」での「探し求められる傘」として発展的に取り扱われることとなります。ですが、これについてはまた稿を改めて、論じさせていただきたいと思います。