苦い文学

最後の日本人

私たちが世話をしているお年寄りたちの中にジャマーダさんという人がいました。物静かで、いつもニコニコしていて、甘いものが大好きで……。

見たところ普通の老人でしたが、ひとつ他の老人と違うところがありました。

ジャマーダさんは最後の日本人だったのでした。日本人というのは昔の人々で、日本人の話になるとジャマーダさんは決まってこういうのです。

「立派すぎていなくなったのだ」

私たちはおかしくてたまりません。でも「そんなことってあるの?」だなんて聞こうものなら怒りだすので、ただうなずくだけです。

ジャマーダさんは日本語も話すことができました。得意そうに話してみせてくれましたが、本当は少ししか知らないようでした。

ジャマーダさんが亡くなった時のことも覚えています。何日も昏睡状態だったのですが、急に目を開いて日本語で何か話し出したのです。

驚いた私たちが話しかけるとこんなふうに言いました。

「タケシマが取られる! タケシマが取られる!」

私たちはジャマーダさんを落ち着かせながら「大丈夫ですよ。取られませんよ、絶対に……」

ジャマーダさんは微かに笑みを浮かべて、その夜亡くなりました。

私たちが初めに考えたのは「タケシマ」というのは日本語で「魂」のことだろうということでした。ですが、ジャマーダさんの遺品を片付けていると、きちんと畳まれた服の下からたくさんのお菓子が出てきました。「タケシマ」というのはお菓子のことだったのです。

私たちは、ジャマーダさんの棺にこれらの「タケシマ」を入れてあげました。私たちの世界にはもう不要なものでしたから。

苦い文学

still ill

ついに私たちは新型コロナウイルスを克服した。

ワクチンの開発と接種、社会的距離の遵守、マスクの着用、医療機関への協力、防疫体制への献身、そして反ワクチン派への懸命の説得が功を奏し、私たちは新型コロナウイルスを、ありふれた旧型の陳腐でチャチなウイルスへと転落させたのだ。

これを人類の文明の勝利といわずなんといおう。

世界中がこの勝利を祝っている。人々は、まるで卒業式の学生帽みたいに、青空に向かってマスクを一斉に放り投げた。

そして、人々は今、街に繰り出して互いに抱きしめ合い、喜びを噛みしめている。壮麗な花火が打ち上げられ、人々は祝杯をあげている。勝利の美酒の注がれたグラス、しかも回し飲みだ!

世界でももっとも厳しいコロナ対策を実施していた国のひとつである我が国でも、制限が日に日に緩和されていった。そして、今日、政府ははっきり宣言したのだ。

「コロナは終わった。どこであろうとマスク着用の必要はない!」と。

私の住む街でも祝祭が始まったようだ。私は家を飛び出した。マスクがないとなんと清々しいのだろう! 心浮き立ち、足取りも軽く、私は喜びの輪の中に入っていく。人々の顔がこんなにも美しく見えたことがあろうか。賑やかな音楽、笑い声、囃し立てる声。誰も彼も大声で自分たちの経験を語り続ける。そりゃそうだ! みんな苦労したのだから。にこやかに口角をあげ、泡とつばきを飛ばしながら……

町じゅう屋台が立ち並び、人々は食べ歩きの真っ最中だ。綿菓子、焼きそば、串焼き、煮込み、ビールにチョコバナナ。まるでコロナの間じゅう断食してたみたいに食べてる。そして笑ったりおどけたりするものだから、口からカスやら青のりやら七味やらが……

見れば大道芸人たちがあちこちで人垣を作っている。奇術に手品、ジャグリング、軽技、おどけた仕草に人々はもう夢中で、歓声、笑い声、その度に口と鼻孔から飛沫が……シャワーのように……

そして、祭りはついに最高潮。行き交う人々は酔いしれて、互いに手を握り合い、欧米風にハグし合ってる。私もたちまち取り囲まれた! 手荒いご挨拶だ。手を握り合うとニチャニチャして、抱きつく人々は皆ゲップをして……

私はマスクをつけ、家に引き返した。

苦い文学

2種の薬

麻薬など別世界のことのように思えるが、しばしばニュースになるのをみると、実際にはかなり広まっているのだろう。

実は私も学生のころ、薬に手を出したことがある。知り合いから「効くよ」と2種の粉末をもらったのだ。

どちらも精神に強く作用する薬だった。ひとつは時間が止まったように感じる薬だ。これはつまり快楽を永続させる効果があるのだ。もうひとつは逆に、時間の経過を早く感じさせる薬。これがあれば退屈な講義や待ち時間などあっという間だ(携帯などなかった時代だ)。

私は初めての経験に胸を高鳴らせながら、2種の薬をカバンの奥に隠して、家路を急いだ。

ところが、こういうときに限って、警官が声をかけてくるのだ。堂々とした態度だったら造作なく切り抜けられたかもしれないが、私はそこまで経験豊かではなかった。私の動揺を見抜いた警官は、カバンの中のブツをすぐに探り当てたのだった。

私は署に連行され、入手経路など厳しく取調べられることとなった。自分の人生もこれで終わりか、と思ったそのとき、警察は私を解放した。私が持っていた粉末にはいかなる麻薬成分も含まれてはいないという報告が上がってきたのだ。

「これはただの土だ」と捜査官は言った。「だが、こんなものに手を出してはいかん。ここから本物の麻薬にハマる人間もいるのだ」

そして、時間を止める薬は、極右政党本部の土地の土だ、と教えてくれた。

「では、時間を早める薬は? 極左ですか?」と私。

「いや」と捜査官はかぶりを振った。「しょっちゅう店が変わるいわくつきの場所の土だ」

苦い文学

ピラミッド時代

私たちが子どもの頃、ピラミッドの本を見ると、たいてい奴隷の姿があった。

奴隷たちは苦悶の顔つきで巨大な石をロープで運んでいた。そして、奴隷たちの傍には、ファラオの安価版みたいな監督が立ち、怠者を鞭でぴしゃりとやるのだった。

その後、研究が進み、ピラミッドの建設作業員は奴隷ではないということがわかった。

彼らにはささやかな家があり、仕事終わりには楽しくビールを飲んでいたというのだ。巨大な石の運搬方法もずっと洗練されたものになった。鞭をふるっていた監督たちは、いまやパピルスを広げて指図していた。

「我々と同じ暮らしをしていたのだ」と私たちは思った。

「きっと作業員たちは誇りをもってピラミッド建設に従事していたことだろう。なにしろ『地図に残る仕事』なのだから」

「時代が変わろうと人間というものは同じなのだ」

こんなふうにさまざまな感慨が述べられた。そのせいで「ピラミッド時代の人々が奴隷ではないというより、今のわれわれも奴隷だということでは」という意見は埋もれてしまった。

その後の研究の進展についてはわからない。というのも、私たちの世界では破滅が進行し、研究どころではなくなったからだ。

私たちの暮らしは徹底的に破壊され、ピラミッド時代の奴隷たちにもとうに追い抜かれてしまった。

苦い文学

カップ・アンド・ボール

その夜、私は仕事帰りにコンビニに寄った。ちょうど入り口脇の駐車場が空いていたので、そこに車を停めて、店内に入った。

数分後、私は缶チューハイを買い込んで、車内に戻った。家に帰らなければ、と思ったが、どうしても我慢できなかった。缶を一本取り出すと、慌てて開けて一口啜った。

酒が血のように全身を駆け巡るのがわかった。家まではもう5分もかからない。私は缶をドアのポケットに隠し、エンジンをかけた。

その時、私の目の前に一人の男が現れた。黒いタキシード姿で、黒いハットの下には青白くシワだらけの顔があった。異様な光を帯びた目が私に向けられていた。

私が叫ぼうとすると、男は白い手袋をはめた手をすばやく挙げ、人差し指で口を封じてみせた。

男の前に、小さな台が現れた。その上には、二つのカップと一つのボールが置かれていた。男は滑らかな手つきで私に二つのカップが空であることを示し、それから、台に置かれたボールに、片方のカップを逆さにしてかぶせた。そしてもう一つのカップも底を上にして置くと、二つのカップを素早く入れ替えだした。

お馴染みの手品であることはもう明らかだった。私はボールの入ったほうのコップを見逃すまいと食い入るように見つめていた。

手の動きが止まった。不思議な手品師は、ポケットから棒を取り出し、前に置かれた二つのカップの上で左右に揺らした。その目は私に向けられていた。

どっちだ。私はもはやわからなくなっていた。どっちだ。

手品師のウォンドが右のカップの上に来たとき、私は叫んだ。そっちだ!

手品師はウォンドで、カップを叩いた。トントン。さらに叩く。トントン。そして、急にカップの底を強く打った。カップは反動で飛び上がり、底を下にして立った。

ボールがあった!

私が快哉の叫びを上げると、たちまち、すべてが消え去り、私は車の中にいるのだった。私はいい気分で缶を取り出して一口飲み、サイドブレーキをさげようとした。

その瞬間、運転席の窓を誰かが叩いた。見ると、警官だ。その目は私が持っている缶チューハイをしっかり捉えていた。

私は車の外に立たされた。警官は飲酒運転だと言い張り、私を解放しようとしないのだった。言い合っている間に、コンビニから男が出てきて、私を胡散臭そうに見ながら、私の隣に停めてあるミニバンに乗り込んだ。

警官はまもなく私に何度か飲酒運転の逮捕歴があることを突き止めた。彼は私の肩に手をかけ、パトカーのほうへと促した。

そのときだった、ものすごい音があたりに鳴り響いた。見れば、隣のミニバンがコンビニに突っ込んで店内をめちゃくちゃにしていた。人々の悲鳴が聞こえた。

彼もまた右を選んだのだ。

苦い文学

ありがとう、オリンピック

2020東京オリンピックが決まったとき、喜ぶ人々の中で、こう警告した人がいた。

「いや、これは東日本大震災以上の災厄になるぞ」

私はこの警告を心の中にとどめた。数年後、コロナが来て、2020年のオリンピックは延期された。

そのまま中止になるかと思いきや、2021年、大勢の人が反対する中、オリンピックが開催された。反対する声も、実際に歓声が上がりだすとだんだんとかき消されていった。

そして、その翌年、東京オリンピックをめぐる大規模な汚職が明らかになった。その全貌はいまだ明らかになってはいないが、このニュースを聞いて、誰もが理解した。あのときどうして関係者たちが、反対の声にいっさい耳を貸さず、オリンピックを強行したのかを。儲けがふいになるからだ。

コロナで人が死のうとどうなろうとかまうもんかだ。これを災厄と言わずして何を災厄と言おうか。

オリンピックは平和の祭典だ。オリンピック憲章のオリンピズムの根本原則にも「平和な社会の推進を目指すために(中略)スポーツを役立てること」だと書いてある。

オリンピックは平和そのものだし、戦争とは真逆の存在だ。だが、私たちにわかってきたのは、オリンピックでも、戦争でも結局、儲けるのは同じ悪党で、金を搾り取られて死ぬ思いをするのは私たちだということだ。

こう考えてみると、オリンピックには開催されない年があって、そのときだけは平和に過ごすことができるのは、ありがたいことではないか。

苦い文学

ダイエットの真実

世の中には痩せている人もいれば、太っている人もいる。太っている人から痩せた人に変身した人もいくらでもいる。

つまり、痩せるという現象は現実のようだ。だが、それにもかかわらず、どうしたら痩せるのかはまったくわかっていない、これが奇妙だ。

ある人は運動がいいという。別の人は、ひたすら肉を食べろだ。玄米至上主義者がいるかと思えば、白米を好きなだけという一派もいる。

糖質をめぐっては、もう人々は、ロシアとウクライナほどに激しい戦争を繰り広げている。糖質は制限すべきだ! いや制限しても意味がない! ナチめ! いったいこの戦争はいつ終わるのだろうか。

問題は、痩せている人々がああだこうだもめている間に、私たちがますます太っていくということだ。

連中は本当に私たちを痩せさせたいのだろうか? むしろ痩せないほうが都合がいいのではあるまいか。なにしろ私たちはダイエットのためならばいくら払っても惜しくないと思っているのだから。金づるだ。

そうだとしたら、痩せている人々の勧める生活や食事や運動はすべてまやかしなのではないか。連中が食べているものを真似して食べても痩せやしないのだ。

もしかしたら、太っている人の食事を真似したほうが痩せるのではあるまいか。

苦い文学

名誉ある地位

日本国憲法の前文にある「名誉ある地位」ってなんなんだろう。

こんなふうに言ってる。

「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」

「と思ふ」と言ってるからには、我が国はまだ「名誉ある地位」には達していないということだ。

もし達していたら、「名誉ある地位をすでに占めている」とか、「名誉ある地位を築いた」とか、「名誉ある地位まで一気に駆け上った」とか、予備校みたいに「なんで私が名誉ある地位に?」とかに改憲しているはずだ。だが、改憲論議で、そんなことが話題に上ったこともない。

70年以上経つのに、まだ「と思ふ」なのだ。「名誉ある地位をそろそろ占めだしている」でも「名誉ある地位の背中が見えてきた」でもない。それどころか「名誉がなくもない地位には手が届いた」という進捗報告もない。

要するに「名誉ある地位を占める」にはほど遠い状態なのだ。

70年もの間、「片付けをしようと思ふ」と言ってる人に、片付けを期待する人がいるだろうか? それと同じ状況だ。

もう、いっそのこと「名誉ある地位」を諦めたらどうだろうか。

改憲して「名誉ある地位を占めたいと思つたこともあつたつけ。」と回想風にすべきではないか。

苦い文学

人類の歴史

AIが進化して、人の個性まで模倣できるようになったとき、人類は社交というものから解放された。

仕事のやり取り、人との交渉、日常の付き合いまで、AIがすべて本人の代わりに、本人としてやってくれるようになったのだ。

AIを搭載したロボットが、本人に成りかわって職場に行っている間、本人は家で自由にできた。のんびりしたり、寝たり、遊んだり……だが、これはサボりなどではない。というのも、職場にいる同僚や上司たちもみな同じことをしていたからだ。職場にいるのはロボットばかりで、本人たちは別のところでそれぞれ好き勝手に過ごしていた。

そのうち、人間たちは気がついた。いまや社会を動かしているのは、人間ではなく、AIたちだ、と。人間たちはもはや自分たちが地球にいる必要すら認めなかった。AIに任せておけば、かってに歴史が進んでいくのだ。

人間は人類史からも解放されたのだ。人間たちは地球から姿を消すときが来たことを悟り、より高度な次元へと旅立っていった。

さて、地球には高度に発達したAIたちが残された。それらは魂のない抜け殻のような存在だったが、自分たちの創造者を忘れずに、創造者たちのふるまいを模倣し続けた。

これら高度なAIが、現在の私たちだということだ。

苦い文学

宇宙炎上

地球は未曾有の混乱にあった。

原因不明の磁気嵐がたびたび襲来し、停電が頻発した。電波障害があらゆる通信機器と電子媒体を動作不能にした。そして、謎の重力波異常により、大地は震え、津波が都市を飲み込んだ。

科学者たちは総力を上げてその原因を調査し、驚くべき事実にたどり着いた。これらの異変はすべて、宇宙からやってきていたのだ。

しかも、言語に似た波長まで含まれていた。世界中の言語学者たちが解読に取りかかった。

すると、さらに驚くべきことが明らかになった。その波長は、罵りや嘲笑、中傷以外に解釈できなかったのだ。

その間にも地球への悪意に満ちた攻撃は続いていた。海は干上がり、山は谷となった。ついに滅亡の時が来たか、と誰もが思ったその瞬間、巨大な宇宙船が世界の空に出現した。

その宇宙船は、人類の脳に直接、イメージを送りつけてきた。それは、アポロ11号の宇宙飛行士が月面に立つ、あの有名な写真であった。

宇宙船は続いてなにやらメッセージも大量に送信してきた。言語学者たちがさっそく解読すると、すべての真相が明らかになった。あの月面の写真が宇宙中に拡散され、全宇宙規模で炎上しているというのだ。

「他の天体に土足で上がって面白半分に写真を撮るなんて絶対許せん。とことんお前たちを追い詰めてやるぞ」 そんなメッセージを散々繰り返すと、宇宙船はどこか遠い宇宙に飛び去っていった。