苦い文学

集団自決

又聞きなのでもしかしたら間違っているかもしれないが、高齢者が成田で集団自決をしたのだという。集団で皺腹を切ったのだ。

私はショックを受けた。そして、その動機を知るにつれショックはさらに大きくなった。

高齢者たちは、自分たちのような老害がいなくなるようにと、自ら死を選んだのだという。

しかし、これら老人たちがいなくなったら、はたして本当に老害が減るのだろうか。なにせ老害は後から後からやってくるのだ。むしろ、今の老害のほうが余命少ないだけ害がないのではないか。

つまり、この老人たちは、まったく無意味な解決策をとったのだ。歳をとりすぎてすっかり耄碌してしまったのか、あたら老い先短い命を散らしたとは無念だ。

それに、日本政府だってこの問題を放置していたわけではない。賢明にも、老害の増加を見越して、ずいぶん前から対策を講じていた。

それがあの手この手で子どもを減らす政策の数々だ。

この「臭いと老害はもとから絶たねばダメ」政治のおかげで、ありがたいことに将来的には老害は大幅に減少する、とシンクタンクが予想している。

苦い文学

粛々の神

寝ていたら夢枕にぼわわーんと不思議な存在が現れた。神々しいことこの上ない。

おののいて平伏すると、その存在はこう告げたのだった。

……「粛々と」という言葉、お前も知っておろうが、あれをな、近頃、政治家どもがよく使うので、えらく迷惑しておる。そもそもあれは「おごそかに」という意味でな、それで「粛々と進める」というのは「定められた手続きを遵守してことを進める」という意味で使われるようになったのだ。だがな、政治家どもが無考えに使うものだから「既定事項として議論の余地のないものとして進める」というような意味合いが生じてしまったのだ。政治家ともあろうものが議論を避けるとは思い上がりもはなはだしい、というわけで、それ以来「粛々と」の価値は下落する一方なのだ。お前は日頃、政治家に文句言うこと盛んなるによって、ひとつ頼むのだが、この「粛々と」についてもブウたれるがよいぞ……

私はハハッと畏まり、こう尋ねた。

「おそれ多くも申し上げますが、かくも「粛々と」について心配されるとは、いかなる神様でございましょうか」

……我は時間の神なるぞ。お前たち人間が、やれ死ぬのはいやだ、やれ待ってくれと泣き叫ぼうと、粛々と滅びの暗闇に突き落とすのが、この我の貴い務めというわけでな、実際、時間ほど粛々と進むものはないのだ……

苦い文学

ひとり歩き

政治家の言葉って、まるで歩き出したばかりの幼児みたいだ。

目を離すと、すぐひとり歩きしてどっかに行ってしまう。

そのたびに秘書たちは大騒ぎだ。あっちに行った。いやこっちだ。永田町じゅう探し回ってる。

ぼやぼやしていると、マスコミが捕まえてしまう。そうなったら、もう目も当てられない。下手すると政治家の進退にも発展しかねない。もちろん秘書たちは全員クビだ。だから必死になって探すのだ。

政治家の言葉がひとり歩きする事態があんまり続くので、ついに政府も対策に乗り出した。

今では、政治家の言葉がひとりでどっかに行っちゃっても、秘書は探しになんか行かない。ただ内閣情報調査室に電話するだけだ。

すると、日本じゅうの空にこんな町内放送がスピーカーから流される。

「ピンポンパンポーン……こちらは、内閣総理大臣です。本日、午前10時30分頃の厚生労働大臣の会見のあとから、言葉の行方がわかりません。年齢は3歳、髪は男の子らしく短め、統一感ある服装で、Tシャツには『産む機械』とロゴが入っています。発見されたかたや、お心当たりのあるかたは、内閣情報調査室にまでご連絡ください。ピンポンパンポーン……」

苦い文学

気球人間

中国発の気球、世界の空に出没する。

アメリカ、無人偵察用気球と認定し撃墜する。中国、気象観測用だと反論し、猛反発。

日本にも気球が飛来する。気球を安全保障上の脅威として捉え、撃墜する。中国から激しい非難。

中国、無人偵察用気球を廃止。有人偵察用気球の開発に取り組む。高高度の厳しい環境に耐えられるように人間に強化処理および適応処理を施し、気球と一体化することに成功。気球人間、誕生。

アメリカ本土に再び偵察用気球が出現する。撃墜作戦が実行されるが、気球から生体反応が検出され、中止。アメリカ、有人の偵察用気球と断定。米中関係に重大な変化をもたらすという懸念から、有人の気球に対する攻撃は行われず。

日本でも同様の事態起きる。日中関係への配慮から、有人気球に対していかなる措置も取られず。

気球人間の大量生産が進む。このころ中国国内から民族主義者、民主化活動家、政府批判者などが一掃される。

中国の有人偵察用気球、全世界に溢れる。

気球人間たち、思考も感情もなく、極寒の大気の中、酸素貪りながら、ただただ虚空見つめ続ける。

苦い文学

明治維新

歴史はよくわからないが、幕末と明治維新が大転換期だったということはわかる。そして、日本人がなにかというとこの時代を参照したがるということも知っている。

たとえば、国について憂えたり、国を大きく変えようと思う政治家は、かならず維新の志士に思いを馳せるのが我が国の慣わしだ。

思いを馳せついでに、維新だの、新撰組だのといった名称を、お土産のように過去から現代に持ち込んでくるのもいる。ありがたいことに、当時は著作権も商標登録もなかったから、なんでもフリー素材、使い放題なのだ。

タチの悪いのになると、国や国民のことなんかひとつも考えていなくっても、明治維新の単語ストックから引っ張り出してきたので、ごまかそうとする。もういい加減、現代政治に明治維新を持ち込むのはやめにしてほしいところだ。

また、外国からなにか影響力の強いものがやってくるたびに、「黒船だ、黒船だ」と言い立てるのもたいがいだ。この悪癖も早急にやめてもらいたい。

近い将来、宇宙人が宇宙船で飛来したときに、全人類のうち我が国だけ「黒船だ、黒船だ」と騒いでいたらと思うと、もういたたまれないのだ。

苦い文学

リベラルども

政府が、外国からの脅威と戦争の危機を宣言し、人々の心を恐れで満たしたとき、リベラルどもは公然と政府を嘘つきと批判し、人々には冷静になれと訴えた。

しかし、その声を聞くには人々はあまりにも恐怖に取り憑かれていた。人々はリベラルどもを裏切り者だと罵り、ありったけの脅迫と嘲笑といやがらせを投げつけた。そのあげく、ついにはこう叫び始めた。敵のスパイどもを殺せ、と。

すぐさま政府は行動に出た。怒り狂った人々がリベラルどもに危害を加える恐れがあるとして、つぎつぎにリベラルどもを保護していった。そして、保護された人々、大人も子どもも赤ん坊も、二度と帰ってこなかった。

誰も反対するものがいなくなり、人々は喜んだ。本当に強い政府が生まれたのだ。我々はいつ敵が攻めてきても怖くない。いや、攻められるのを待つなんてバカだ。先手必勝だ。

そして戦争が始まった。長く苦しい戦いだった。たくさんの人が死んだのち、政府は崩壊した。

戦後、生き残った人々は政府がどれだけ嘘をついていたかを知った。そして、こう憤った。

リベラルどもがだらしなかったからこんなことになった、と。

苦い文学

人類の門出

昔の恐竜はたいていゴジラの仲間かなにかのように描かれていたものだったが、今はまるでカラフルな羽毛をまとった鳥だ。古生物学の研究の進展が、古いイメージをどんどん塗り替えているのだ。

そして、昔は恐竜といえば絶滅だったが、これについても異論が出てきた。恐竜は絶滅なんかしていない、鳥として今も生きている、というのだ。

将来は、ネアンデルタール人についても同じことが言われるようになるかもしれない。新しい研究によれば、ネアンデルタール人と人間は交雑し、そのDNAが現代人にまで受け継がれているというのだ。とすれば、完全に絶滅したわけではないのだ。

しかし、それにしても、交雑していたとはどういうことだろうか。人間とネアンデルタール人はいつどこで出会ったのだろうか。夏のビーチだろうか、冬のゲレンデだろうか。

そして、どのように愛を育んでいったのだろうか。ペアの打製石器で愛を誓ったのではないか。

両親はさぞかし反対したことだろう。大昔のことだから「人間と結婚するなんてわしは許さん!」なんてこともたくさんあったはずだのに、二人は愛を貫き通し、ゴールインしたのだ。

「これより新郎新婦のお二人をこの会場にお迎えいたします。お姿見えましたらどうぞ盛大な拍手でお迎え下さい……それでは、新郎新婦、入場です! 今、本日の主役、新郎新婦のお二人が、盛大な拍手に迎えられて入場いたします……お二人の門出を祝し……末永いお幸せ……人類とネアンデルタールの両家のご繁栄を……」

苦い文学

ノー・ルッキズム

人を見た目で判断したり、ある外見を特定の偏見と結びつけるのは、ルッキズム(外見重視主義、外見至上主義)と言われる。

我々にとって視覚で得られる情報というのは重要だから、人の外見というものから離れることはできないが、それでもって決めつけるようなことがあってはならない。

さて、ルッキズムに反対し、自分は絶対に人を見た目で判断しないという人が、とある事件の唯一の目撃者となった。

その人のところに刑事がやってきた。犯人の特徴を教えてくれというのだ。

「犯人は、男でしたか、女でしたか」と刑事。

「そんなことは言えません。見た目で男性か女性かを決めつけることはできませんよ」

「では、日本人でしたか、外国人でしたか」

「それにもお答えできません。外見で外国人か日本人か判断するなんて差別ですよ」

「では、どんな服装でした。ズボンでしたか? スカートでしたか?」

「それに答えたら、特定の服装に対する偏見を煽ることになります」

「では、これだけは教えてください。どんな顔でしたか。髭を生やしていましたか。それとも口紅をしていましたか」

「私は顔で人を判断しないのが習慣なので、どんな顔かもまったく覚えていないのです」

刑事は言った。「すると、目や鼻や口があるかないかもお忘れでしょうね」

目撃者はうなずいた。「ええ、じっさいそのとおりです。心が大事なので、顔は思い出せないのです」

刑事はガクリと頭を下げ、こう言った。

「それはこんな顔では?」

顔を上げた刑事には、目も鼻も口もない。男は悲鳴をあげて気絶したそうだ。

反ルッキズムだろうとなんだろうと、行き過ぎるとかえって妖怪につけ込まれるということだろう。

苦い文学

最後のもの

私はすべてを失い、もうどうとでもなれという気持ちで、鉄の棒を持って家を飛び出た。

そして、駅に行き、鉄棒を振り回して、何枚ものガラスを叩き割ったのだ。悲鳴と怒鳴り声が鳴り響き、私はあわてて逃走した。

しばらくして現場に戻ると、警察が写真を撮ったり、巻き尺で窓を測ったりしていた。

人だかりもできていた。その一人に「なにがあったのですか」と尋ねるとこんな答えが返ってきたた。「酔っ払いが暴れたんだ」

すると別の人が言った。「いいや、あれは半グレだよ、刺青をしていたから」

「ちがう」とまた別の人。「老人だった。最近の老人は手荒で困るよ」

人々は口々に言い出した。

「見るからに外国人だったよ。日本人があんなことするわけない」「不良中学生だったぞ」「女、女だよ。ヒステリー起こしてた」「いや、怪しげなホームレスを見た」「ありゃ、ネトウヨだ」「ちがう、過激派だ」「反日勢力だって」「アニメオタクだよ」……

私は我慢しきれずに言った。

「私が犯人ですよ!」

人々は大笑いだ。

「お前みたいなひよわそうなのが? 俺たちはこの目で見たんだ。すごい図体だったぞ」

私は警察官に訴え出た。「ごめんなさい。私がやりました」

「ふざけるのはやめなさい」

「本当です!」

「防犯カメラにはっきり犯人が写っているのだ! 公務執行妨害で逮捕するぞ!」

私はすっかり絶望した。自分の犯した罪さえ奪われるのなら、いったい何が残るというのだろうか。

苦い文学

絶対に当たる占い

「本当のことを言えば、占いという業の愚かしさほど私を呆れさせるものはないのです」と占い師は言った。

占い師は「絶対に当たる占い」と書かれたブースの主だった。客はといえば、占い師を前にしてどうやら緊張気味だ。

「自分は何月何日生まれだから今日の運勢はこうだ、など人々は一喜一憂してます。ですが、同じ誕生日の人間がこの世にどれくらいいると思っているのでしょうか。それがみんな同じ運勢などということがあるでしょうか……それで考えたのです。占いの愚かさを世間に知らしめるべく、一つの行動を起こしてやろうと……」

だが、占い師は客が上の空なのを見て話を打ち切った。「もういいでしょう……」と客にペンと紙を差し出す。

「まずはあなたのお名前をどうぞ」

客は自分の名前を書いた。「では、その次に生年月日を……そして住所を……」

客が言われるままにすべて書くと、占い師は紙をじっと覗き込んだ。そしてこう言った。

「あなたの運勢は、吉田五郎型です」

吉田五郎はハッとした顔で占い師を見た。ブースの主は言った。

「どうですか」

「ええ、ピタリです! 百発百中の凄腕占い師という評判に偽りなしです!」と、吉田五郎は足取りも軽く立ち去った。

占い師は残念そうな顔をして、次の客を呼び入れた。