風刺・戯文

痩せすぎ問題

現代の日本人女性は「貧困国レベル」に痩せすぎているとの報道にショックを受けた日本社会で、新たな動きが生まれているようです。特派員のリック・オルターゴットが報じます。

「私たち日本人男性はこの現状に危機感を抱いています」と結成されたばかりの女性支援団体の代表は語ります。

若い女性の低体重の問題は日本社会で取り組まねばならないことだと、この代表は強調しています。

「なぜなら、若い女性の健康問題は、日本人の少子化の問題に直結しているからです。私たち国を愛する日本人男性は、少子化の解決のために若い女性の参画が不可欠だと確信しているのです」

代表はそのための解決策を提案しています。

「これをみてください」

(代表が丸い物体を差し出す)どうやらの石の人形のようですね。これはなんでしょうか。

「縄文時代から出てきた、ふくよかな女性の土偶です。私たちはこれを日本中の若い女性にプレゼントすることで、女性の意識を変えようと考えています。より効果を高めるために、日本各地のパワースポットにも埋める予定です」

この代表の脳も痩せすぎているのではないか、との印象を受けました。以上、リック・オルターゴットでした。

旅・観察

ドイツの移民

Sushi Bar についてこの前書いたが、この異国風寿司屋以上に、ベルリンの街角に溢れているのがケバブ屋で、3 軒くらい並んでいたりする。これらはトルコからの移民が経営しているものと思われる。タイ料理もあるし、インド、ネパール料理もある。夜、街を歩いていて餃子のようなものを出す店があったので、食べてみた。おいしかったが、どこの国の料理かわからなかったので、会計時に尋ねると、お店の女性が「私はチェチェンだ」と誇らしげに答えた。チェチェンを含むコーカサス料理ということだった。

また、街を歩いていると、たくさんの中東系、アジア系の人を見かけた。Uber Eats の自転車で走り回っているのは南アジア系の人のようだった。駅のベンチに座っていると、作業着を着た髭の男性がアラビア語で電話していた。ドイツはシリア難民をたくさん受け入れたことでも知られ、ベルリンにはシリアの人々が住んでいる地区もあるそうだ。

短い滞在の私にはわからなかったが、ドイツではこうした移民に対する反発が高まっているそうだ。これが結局、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の躍進につながった。そのため、ドイツ政府も、AfD への対応策として、今年「移民政策の厳格化」を打ち出さざるをえなくなったという。

さて、9 月にドイツに滞在しているあいだ、こんなふうに私は多少は移民のことについて考えさせられはしたものの、自分にはあまり関係のないことのようにも思っていた。だが、まんざらそうでもなかった。

ポツダムの街を歩いているとき、日本のビルマ人から電話がかかってきたのだった。その人は要件のついでに、私がかつて身元保証人をしていたビルマ人の話をしたが、その人は難民と認められず結局帰国したのだった。2021 年の軍のクーデターの前だった。

「それから彼は、なんとかしてビルマを出ようと、ブローカーを使って、トルコに出稼ぎに行ったのです。それで、トルコからドイツに行って難民申請しようとしたのですが、ドイツが厳しくなったので無理だということがわかって……トルコのビザがもうすぐ切れるそうなのですが……大変です!」

風刺・戯文

ニャンコの目

ヨーロッパの人類学研究所の論文が、日本人を含むアジア人の目にある変化が起きているという興味深い事実を報告した。

どのような変化かというと、目頭より目尻が高い人より、目頭より目尻が低い人のほうが増えているのだという。つまり、アジア人の目が上がり目から下がり目へと変わりつつあるのだ。その原因についてははっきりとしたことはわからないようだが、おそらく気候の変化、より具体的には地球温暖化が関係していると考えられるという。アジア人の顔貌が寒冷地に適応したものであるとすれば、これはもっともなことだ。

また、もうひとつの原因についても述べている。それは非アジア人、特に欧米の人々が、アジア人を長らく「ツリ目」と揶揄してきたことが、アジア人の「脱ツリ目」の後押しをしているのではないか、というのだ。これまで私たちアジア人が感じてきた苦々しい思いや悔しさを考えると、あながち間違いとはいえまい。

さらに、この論文はもうひとつ面白い報告を行なっている。アジア人がタレ目化しているのに対し、欧米人は逆にツリ目化しているのだという。欧米人がアジア人を「ツリ目」と揶揄する楽しみが、最近では禁じられがちなので、そのストレスのせいで引き起こされた可能性がある、とのことだ。

風刺・戯文

中流の旅

しばらく前のことですが、私は、ニュースを見てとても驚きました。日本で貧富の格差が広がり、このままだと富裕層と貧困層だけになってしまう、というのです。

昔、日本は一億総中流と言われていました。なのに、その中流がごっそりいなくなってしまったのです。私は自問自答しました。自分は中流だろうかと。というのも、もし中流ならば、私は絶滅寸前の種ということになるからです。「ここにいるぞー!」とニュースに反論したかったのです。ですが、答えはノーでした。私は貧困層だったのです。

この日から、私の中流探しの旅が始まりました。知り合いを訪ね、知り合いの知り合いをさらに訪ね、中流かどうか聞いて回りました。ほとんどが悲しげに首を振って、貧困層だと答えました。ごくまれに「富裕層だ」とベンツの窓を開けて答える人もいました。ですが、中流と自認する人はひとりもいなかったのです。

いったい、中流はどこに行ってしまったのでしょうか? どこか遠い国を流れる川の中流のジャングルに潜んでいるのでしょうか。あるいはもう手遅れで、ニホンオオカミのようにとうに絶滅してしまったのでしょうか。せめて剥製でもみつかりはしないかと、今は各地の中学校を回っているところです。

風刺・戯文

郷に入っては

私は、郷に入ってはいつだって郷に従ってきた。今日も郷に入る。郷に従うために。そして郷に入った。もう従いたくてたまらない。我慢できない。従った! すると誰かが声をかけてきた。

「ここの郷はその郷じゃない」 その人は郷をやってみせた。「こうだ」

「なるほど」と私は言うとおりにする。すると、別の人がやってきて横槍を入れた。

「その郷はここの郷じゃない」

「えっ、じゃあ、これはどうです」 自分なりの郷を披露する「郷ですか?」

「いや、それもここの郷じゃない。こうだ」

「ほほう、なるほど」 私は郷に従う。すると、さっきの人がやってきて怒り出すではないか。

「その人にデタラメを教えてはいけない。ここで従うべき郷はこう」

「いや、この郷だ」

「違うこの郷」「いやこうだ」

ケンカが始まる。すると別の人が駆けつけてきた。

「おい、ケンカはやめなさい。この郷ではいろいろな人の郷を認めあうのが郷じゃ」

これを聞くや、ケンカをしていた二人、一緒になって突っかかる。「嘘をつけ! どの郷であろうと郷はひとつだ!」

そのとき奇声が聞こえた。声の主が、私たちの中に飛び込んできて、甲高い声で怒鳴る。

「キエーッ! この郷では郷のやり方に従わないのが郷なのじゃ!」 そいつ、他の人を突き飛ばしたり、唾を吐いたり、いきなり全裸になって汚い体を見せつけたり、もうめちゃくちゃだ。

私はほうほうのていで逃げ出した。混乱してる。教えてください。郷ってなんですか。

旅・観察

本場の寿司

江戸前寿司というように、寿司の本場といえば江都東京だ。そんなふうに思っていた私だったが、今回、ドイツ、ベルリンに行ってみて、この考えを改めざるをえなくなった。

なにしろあらゆる街角に Sushi Bar という寿司屋があるのだ。私はドイツの民の寿司を愛する気持ちに打たれた。そして、異国のただなかで、Sushi Bar の経営に奮闘し、寿司の伝統とワザを受け継ぎ、ただ人々を喜ばせたいがために、素晴らしい寿司をフォーと一緒に提供しているベトナムの民にも敬意を表せずにはいられなかった。

ひるがえって東京の寿司を見れば、若者の米離れ、それに追い打ちをかける米の高騰、恒常的な不漁とワシントン条約、そしてなによりも我々の財布の中身の乏しさにより、江戸前は衰退の一途を辿るばかりだ。ドイツのほうがはるかに物価が高く豊かな国であることを考えると、寿司に消費する金額はドイツの方が上ではないだろうか。いや、たとえ今そうでなくても、そうなるのは時間の問題なのだ。

こうなると、もはや寿司の本場はベルリンとすべきではないか。私たち東京人はそう認めるのにいささかの躊躇も感じない。寿司を心から愛する私たちはむしろ寿司のためにこれを喜びたい。それに、寿司を失っても、東京はなお、とんこつラーメンとお好み焼きの本場であることは変わらないのだ。

風刺・戯文

鴎外の害

森鴎外という作家はご存知だろうか。昔の文豪だ。

少し本でも読んで勉強しようと、たまたま手に取った本の作者が森鴎外だった。それは短編集で、最初の何編かは面白く読めたのだが、ある作品で私はもう先に進めなくなってしまった。怒りに身が震えて、思わずその本を壁に投げつけてしまった。

それは「普請中」という作品だ。この小説は、作中のこんな台詞で有名なのだ。

「日本はまだ普請中だ」

なんということを言うのだろうか。文豪ともあろう人が。日本人ほど文豪に弱い人々はいないのだ。文豪のいうことを信じすぎる。おかげで、日本人は日本は普請中だとすっかり信じ込んでしまった。いや、それどころか、普請中こそ日本だと思い込んでしまったのだ。

その結果、何が起きただろうか。いつまで経っても終わらない駅の工事だ。昨日あっちにあったと思ったら今日は行手を塞ぐ神出鬼没の白の仮囲いだ。目まぐるしいルートの変更で、わたしたちを迂回させ、迷わせ、その挙句、新しくできた角で出会い頭に衝突させ、頭を砕く、恐るべき普請中だ。

本当に迷惑な話だ。文豪が普請中にお墨付きを与えたせいで、わたしたち日本人は、永遠に完成することのない駅構内をさ迷い続ける羽目になったのだ。

旅・観察

森鴎外記念館(後編)

ベルリン・フンボルト大学森鴎外記念館は、Friedrichstraße(フリードリヒ通り)駅から歩いていける。建物の上方に大きく「鴎外」と書かれているのですぐわかる。

記念館はこの建物の 2 階で、階段を上がって中に入ると、ドイツ人女性の責任者が現れて、館内の説明を日本語で簡単にしてくれた。無料だが、寄付を募っている、とアクリルの小さなボックスを示された。中には 10 ユーロ札と 5 ユーロ札が 1 枚ずつ、硬貨が少々入っていた。「写真を撮っていいですか」と聞くと、公開しないものならいいとのことだった。

それほど広くない館内をひとりで歩き回る。ドイツ留学中の鴎外や、帰国してからの作家活動についての説明や写真が展示されている。ここは鴎外が一時住んでいた場所で、当時の部屋も再現されている。窓際に書き物机があり、その上の壁には鴎外のデスマスクが飾られていた。これらは常設展で、別の 2 室では特別展示として 1880 〜 90 年代の東京の写真が並べられていた。

私がいる間には、他に来館者はいなかったが、責任者の知り合いらしい日本人がひとりやってきて、なにやら文化的な話をドイツ語でしていた。

記念館の入り口の脇に、売り物の書籍と絵葉書があった。絵葉書は 1 ユーロで、鴎外の肖像のものを 1 枚買った。例の寄付ボックスが目に入ったので、責任者の目の前でお金を入れて、文化の香り高いところを見せつけてやろうとしたが、財布には 10 ユーロ札(1,700 円)と小銭しかなかったのでやめた。その人も「こりゃまだ日本は普請中だ」と呆れたことだろう。

旅・観察

森鴎外記念館(前編)

説経節を読んでいて、森鴎外の「山椒大夫」を知った。読んでみたが、本家のほうが面白い。しかし、他の短編がよかったのでいろいろ読んでみることにした。

鴎外というと「石炭をば早や積み果てつ」をむかし学校でやったきりで、難しくて読めないだろうと思っていたが、それ以外はけっこう私にも読めた。ひどくつまらないものもあるが、女の人を書くときはイキイキしている。たぶんスケベだったのだろう。

いくつか読んでいるうちに、森鴎外がベルリンに留学していたことと、そこに記念館のあることも知った。6 月にベルリンに行ったときは、やはりスケベであったとされる楽聖デヴィッド・ボウイのベルリン三部作のことしか頭になかった。それで、『Low』『“Heroes”』『Lodger』の 3 枚のアルバムの曲の多くと、イギー・ポップのアルバムなどが録音された有名な音楽スタジオ、Hansa Tonstudio を訪問した。ベルリンの壁が近くにあったことがわかるので、“Heroes” がより感慨深く聞ける。

訪問したといっても、ハンザ・スタジオの中には入れない(有料のガイド・ツアーがあるようだ)。また、ボウイ饅頭やチャイナ・ガールの烏龍茶が売っているわけでもない。ただ、スタジオのガラス窓に大きな画面が設置されていて、デヴィッド・ボウイのいろいろな表情がかわるがわる映し出されているだけだ。

いっぽう、森鴎外記念館は中に入ることができる。しかも無料だという。そこで今回、9 月のドイツ滞在中に行ってみることにした。

旅・観察

サンスーシ宮殿

ドイツ、ポツダムの観光地といえば、サンスーシ宮殿だ。これはフリードリヒ大王が、1747 年に建てた宮殿だ。

広大な庭園に囲まれていて、宮殿から 30 分弱歩くと、サンスーシ新宮殿と呼ばれる別の宮殿に行き着く。今回、学会の会場のあったポツダム大学はこの新宮殿の裏手にあり、私はサンスーシ内の散歩道を歩いて毎日通っていた。

宮殿内を巡るチケットは、近くの売店で買うことができる。宮殿と新宮殿で 22 ユーロだ。チケットを買うとそれぞれの入館時間を指定される。これは混雑を避けるためで、時期によってはネットで予約したほうがいいそうだ。専用のアプリがあり、これをダウンロードすると、英語などで解説を聞きながら回れる。サンスーシ宮殿のほうでは日本語の音声ガイドを貸してくれる。

宮殿の各セクションには係員がいる。私は絨毯の敷かれていないところに立ったり、壁際のテーブルにうっかり手を乗せたりして、2 度ほど注意された。また、ショルダーバッグを後ろに回さずに前にかけるようにとも注意された。混んでいる時期にはスリが現れるもののようだ。

サンスーシ宮殿はこじんまりしていて、生活感が漂っている。ヴォルテール先生ご宿泊と伝えられる客室もあり、部屋を飾る自然をモチーフにした鳥、動物、果物のレリーフは見ものだ。

新宮殿は公務や社交の場のようで、大きくて立派だが、それほど面白くはない。壁の奥まった部分にはコンセントの穴があり、おそらく召使いたちが偉い人の目を盗んで携帯を充電していたにちがいない。