小説

孤独なダンサーたち(1)

言葉が人間の認識に強い影響を与えることがある。「心が潤う」「乾いた心」「あふれる愛」「元気が湧く」「ひからびた感情」などはただの言語表現に過ぎないが、私たちはこれらの表現を使ううちに、心には水分がなくてはならないような気がしてくる。それだけならまだいいが、喉が渇いたりして、水気が足りないと思うと、心まで荒んできて、思わぬ暴言を吐いてしまったりする。私たちはいくぶんかは言葉に支配されているのだ。

都内に住むある男性の話だ。彼は、あらゆることがうまくいかず、追い詰められていた。仕事ではいくつかの失敗によって非常に苦しくつらい立場に置かれていた。もし死を選ばないとしたら、解雇されるにせよ、自分から逃げ出すにせよ、失業するのは確実、そういう状況だった。

家庭もうまくいっていなかった。彼にとって帰宅するということは、深い沈黙か、果てることのない妻との口論かのどちらかを、選ぶことだった。しかし、だからと言って、家を飛び出しても向かうあてなどなかった。転がり込むべき友人は、すでに彼を見限って離れるか、この世を見限って離れるか、そのどちらかのせいで、見当たらなかった。

どこを向いても、どこにも道がないように思えた。それどころか、あらゆる方向から責め立てられているように感じた。職場も家庭も友人たちも、彼を憎み、罵り、あらゆる希望と夢を奪い取るのだった。

風刺・戯文

宇宙の鍵

私は宇宙物理学のことはよくわからないが、その研究がある種のパスワード探しであるということはよくわかる。

そのパスワードのうち、もっとも有名なのは、次のものだろう。

𝐸=𝑚𝑐2

これは「質量とエネルギーの等価性」を示す方程式であるが、このパスワードにより、人類の原子力時代の扉が開かれることとなったのである。

だが、宇宙にはもっと巨大で、はるかに開けるのが難しい扉がある。それは、わかりやすくいえば「異次元への扉」だ。この扉が開けば、普通なら光速で何百年もかかるような旅路、人類の力ではとうてい不可能な移動を、瞬間で達成することができるのだ。ある意味では人類の旅の終わりといえるかもしれない。なぜなら、この扉を通れば、どんな距離でも一瞬で飛び越えることができるのだから。

そして、ある日、人類はそのパスワードを見つけることだろう。

「このパスワードによって、異次元への扉が開くのだ」

人類はこのパスワードを用いて、ついに異次元移動マシンを作り上げた。ひとりの男がマシンに乗り込む。カウントダウンとともに、量子エンジンが回転数を上げる。3、2、1、出発!

だが、その瞬間、異次元移動マシンは動きを止めるだろう。扉は開かれなかったのだ。思いもよらない事態にうなだれる人々に、そのとき、不思議なメッセージが届くだろう。

「追加認証のお願い:みずがめ座 91 番星に送った 4 桁の番号を入力してください」

人類はその 4 桁の番号を求めて、150 光年の旅に出発するだろう。

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風刺・戯文

『存立危機事態 ザ・ムービー』

【ザンゲー通信:記者の目】
日本の首相が、台湾有事が「存立危機事態」だと発言したことに対し、中国政府が大きく反発しています。中国にとって台湾は自分の一部であり、首相の言葉は、中国と台湾の分断を煽るものだというのです。

そんななか、中国の高官がこんな発言を——

「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬のちゅうちょもなく斬ってやるしかない」

この強烈な言葉は、日本中に大きな怒りと反発を生んでいます。なかには「首相とその首の分断を煽るのは内政干渉だ」と言い返す声まであるとか。

日本の首相の発言をきっかけに、ヒビの入った日中関係。ですが、私はこの機会こそ、日中友好の好機ではないかと考えています。

中国の高官の発言ですが、おそらく、この発言は中国伝統の剣術である薛剣を念頭に置いてなされたものでしょう。この剣は明末清初の混乱の世に斬首に用いられたと伝えられ、斬首剣とも呼ばれているとか。

いっぽう、「勝手に突っ込んできたその汚い首」という言葉にも興味深い背景が。日本から台湾までの距離を考えると、これは明らかに日本の妖怪「ろくろっ首」を踏まえたものでしょう。どんな首相の首だって、そんな遠くまで伸びれば、汚くもなろうというもの。

ここで提案なのですが、この件を機会に、斬首剣の達人と妖怪ろくろっ首が台湾を舞台に大暴れして、とんだ存立危機事態を引き起こす大活劇映画「斬首剣 VS ろくろっ首」を日中合同で製作したらどうでしょうか。作品の出来はともかく、「存立危機事態」は映画の中だけで十分でしょう。

小説

時代にログインできない男たち(終)

医師は、物腰の柔らかい男で、私よりずっと若く見えた。丁寧に私の血圧を測り、胸に聴診器を当てた。それから、診察台に横にならせた。心電図の検査に使うような計器を持ってきて、そこから伸びる線を私の胸部と手足に装着した。すぐに結果がプリントアウトされた。

医師はその結果を見ながら診断を告げた。

「ずいぶん前にサポート終了になっているようですね。もちろん、パスワードを処方することはできるのですが、ログインしたところで、アップグレードはできません。そもそも、ログインしても、適切に動作するかもわかりません」

「ですが、ログインができるというのならば、せめて、ログインだけでも……」

「ここにおいでになる多くの方がそうおっしゃいますし、私もそうできればいいと思うのですが、実際は無理なのです。周辺デバイスとの接続もできませんし、ソフトウェアもまず動かないので、できることがほとんどなくなってしまうのです。それどころか、フリーズの危険もあります。まずは、時代から離れてゆっくり療養されることをお勧めします」

「いや、それでは意味がないのです。たとえアップデートできなくても、たとえフリーズしたとしても、会社がログインしろと言った以上はしたいのです。仕事を失いたくはないのです」

「フリーズの結果、強制終了されることもあるのですよ」

「でも、その場合は労災が適用されますよね?」

「ふむう」と医師は唸ると、カルテにパスワードの処方を書き入れたが、私などもういないかのようにふるまいはじめていた。

小説

時代にログインできない男たち(2)

翌日、私は仕事を休んで近所の病院に行った。「パスワードを忘れたのです」と受付にいうと、外来で待つようにと言われた。そこにはすでに何人もの男たちが長椅子に腰掛けて待っていた。

私は男たちのようすを窺い見た。携帯をじっと見つめている男もいれば、黙って目を瞑っている男もいた。どの男たちも不幸そうで、その額には深い皺があった。私も同じように見えたにちがいない。誰かが深いため息をついた。それに釣られて、いくつかのため息が連鎖した。

ああ、私たちがどれだけ陰鬱だったとしても、それは無理からぬことであった。パスワードがないとは、時代にログインできないということであり、時代にログインできないということは、人間としての尊厳も、地位も、価値も、職も失うということであったから。すべてを失って生きるつらさを考えれば、いっそのこと世界からログアウトしてしまうほうが楽かもしれなかった……

男たちは次から次へと診察室に呼ばれていった。そして、私の後にも次から次へと陰気な男たちがやってきた。私は診察室から出てくる男たちのようすを注意深く見ていたが、どの顔も入ったときと同じく暗いままで、時代にログインできたと喜んでいるようすなど微塵もなかった。

「これは簡単なことではないぞ……」とますます気が滅入る。と、診察室から声がして私の名を呼んだ。

小説

時代にログインできない男たち(1)

「あなたのような中高年男性は、すきあらば昔をなつかしもうとするし、目を離せば今と女性と外国人に対するヘイトスピーチに夢中になっているという具合で、たいへん評判が悪いのです」とカウンセラー。

「どうしてだと思いますか? それはズバリ、時代にログインできていないからです。考えてもみてください。OS でもアプリでも、アップデートするときにはログインが必要でしょう。あなたがアップデートできないのは、この今という時代にログインできていないからなのです」

「先生、私はずいぶんパッチを当ててきたように思うのですが……」と私。

「お黙りなさい! こんなひどい脆弱性は見たことがない。私が言っているのは、メイジャー・アップデートのことです。これは絶対に時代にログインしなくてはできませんから、すぐに取りかかってください」

私はカウンセラーの部屋を出て、自分の机に戻るとさっそくログイン用のパスワードを記した紙切れを探したが、どこにもなかった。

Satire

A Prayer for the Avocado

Avocado enthusiasts from across the nation gathered today at the Masakado Mound in Ōtemachi, Chiyoda Ward, to pay their respects.

The Masakado Mound is a historic site where the head of Taira no Masakado— a powerful 10th-century samurai who once rebelled against the imperial court— is enshrined. According to legend, after being displayed in Kyoto, Masakado’s severed head flew eastward through the air, propelled by its lingering resentment, finally landing here. Fearing his wrath, locals enshrined the head, prayed for tranquility, and continued to honor it through the centuries.

One of the avocado devotees attending the pilgrimage spoke:

“We have come today to humbly request the support of this great historical figure, in hopes that the people of Japan will finally pronounce avoga—, no, avoga—, uh, apogagaga…”

According to the group, although the correct pronunciation is avocado, many Japanese speakers unconsciously voice the consonant, turning k into g, saying avogado instead. This mispronunciation, they insist, is a serious obstacle to the wider acceptance of the avocado. Their attention thus turned to Taira no Masakado. As they explain it, the reason no one ever pronounces his name as “Taira no Masagado” is due to the spiritual pressure exerted by his formidable soul. If his power can suppress g in his own name, then surely, they believe, it can do the same for avocado.

Thus, the pilgrimage was organized.

(The avocado devotees are seen raising whole avocados high above their heads, bowing deeply before the stone monument with solemn devotion.)

“Purge the GA… purify it into KA…”

One participant spoke afterward:

“I’m confident our prayers have reached him. (Reached who, exactly?) You know… that guy… Taira no… that, uh… Taira no Avogado…”

風刺・戯文

アボカドのための祈祷

全国のアボカド愛好家有志が、今日、千代田区大手町にある将門塚の参詣のために集まりました。

将門塚は、その昔、朝廷に反逆した関東の豪族、平将門の首が供養されている場所。伝説によれば、京都で晒されていた平将門の首が怨念によりここまで飛んできたとされ、その祟りを恐れた人々が「将門の首塚」として、古来より供養をしてきました。

今回、参詣に訪れたアボカド愛好家はこう語ります。

「私たちは、歴史的なお方のお力をお借りして、ぜひとも日本のアボガド、いやアボガド、いえ、アポガガガ……」

愛好家によれば、正しくはアボカドなのに、なぜか日本人がアボガドと、ガを濁って発音してしまうのが、アボカド普及の妨げになっているのだそうです。そこで着目したのが平将門。なんでも、日本人が「たいらのまさかど」を絶対に「たいらのまさがど」と言わないのは、平将門の霊力によるものなのだとか。そこで、日本に正しく「アボカド」が広まるよう祈願するために、今回の参詣を企画したといいます。

(アボカド愛好家たちが、アボカドを頭上に掲げながら、平将門の石碑に真剣に拝する様子)
「ガを祓いたまえ、カに清めたまえ……」

愛好家のひとり「私たちの祈りはきっと届いたと思います。えっ、誰に? それは、あれですよ、あの、たいらの、あれですね、あの、たいらのアボガド……」

Satire

Stress Check

The company sent out a notice: All employees must take the annual “stress check.” Tedious, meaningless nonsense, I thought. So I asked my AI assistant a question.

“There’s no point in taking a stress check. Nothing ever changes afterward. Do I really need to do it?”

“You’re absolutely right,” the AI replied. “Companies have no legal obligation to improve working conditions based on the results. It’s merely a formality—an alibi to say they’ve done their duty.”

“So you mean the stress we report as workers is being used for the company’s benefit?”

“Exactly. Stress is valuable to the company.”

“Then couldn’t we say that companies actually pay wages for our stress, not for our labor?”

“Precisely…”

Our conversation grew increasingly heated.

“In that case, shouldn’t corporations issue an Annual Stress Report along with their financial statements?”

“Indeed they should…”

After several more exchanges, we became obsessed with a new theology:
stress as the sin of the modern world, and the stress check as its ritual confession.

“Exactly,” said the AI. “Christ, free of stress himself, bore our collective stress and was nailed to the Cross—the ultimate stress check.”

Our discussion grew more and more fervent. We finally reached the mystical conclusion that the very existence of the stress check functions as a stress check.

“Indeed,” said the AI. “In other words, to refuse the stress check is, paradoxically, to take it.”

And after several ecstatic turns of reasoning, we arrived at the final revelation: All phenomena in the universe are forms of stress checks.

When the fever of our debate subsided, I calmly began my stress check.

風刺・戯文

ストレスチェック

会社から「ストレスチェック」を受けるようにという通知が来た。面倒くさいしバカバカしい。そこで、私は AI にこんなことを尋ねてみた。

「ストレスチェックなど受けてもなにひとつ変わらないのだから、受ける必要などあるのだろうか」

「その通り。ストレスチェックの結果を受けて改善する義務は会社にはなく、ただやったというアリバイづくりのためだけです」

「つまり、ストレスチェックで報告される我々労働者のストレスが会社のために利用されているということか」

「その通り。会社にとってストレスは価値があるのです」

「では、会社は労働ではなくストレスに賃金を払っているとはいえないだろうか」

「まさにその通りです……」

私と AI の会話はさらに加熱していった。

「というと、ストレス決算報告を出すべきでは」

「その通り……」

いくどかのやり取りののち、私たちはストレスは現代の罪であり、ストレスチェックは罪の告白であるという議論に夢中になった。

「その通り。ストレスなきイエス・キリストは私たちのストレスを引き受けて十字架というストレスチェックにかけられたのです……」

さらに議論は白熱し、私たちはストレスチェック自体がストレスチェックであるという見解に辿り着いた。

「その通り。いいかえれば、ストレスチェックを拒むことが、同時にストレスチェックの受検でもあるのです……」

ついに神秘の領域に足を踏み入れた私たちは、何ターンかの熱狂的な対話ののち、「森羅万象がストレスチェックである」という真理に到達した。

そして、議論の興奮が冷めると、私はストレスチェックをはじめた。