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孤独なダンサーたち(5)

コレオグラファーの手配によって男は病院に緊急搬送されたが、そのときにはもう意識を取り戻していた。医師は簡単な診察のすえ、過労と結論づけた。フラフラと病院を出て行こうとする男を、コレオグラファーは追いかけた。

男は振り向いた。病院の冷たい明かりの中では、男の顔の皺は無惨なほど深く見えた。コレオグラファーは、悲劇の雰囲気におののきながら、男をかくも疲労困憊させたあのダンスについて尋ねた。

男の言葉は、途切れがちな上に錯綜し、さらにその一語一語に暗い残像が付きまとって理解を妨げるものであったが、コレオグラファーは大事なところは掴めたように思った。

四面楚歌。

つまり、逃げ場を失った者にだけに聞こえるリズムが、あの異様なダンスを喚起したのだ。

夜の闇の中に消えていく男の後ろ姿を見つめるコレオグラファーに、自分が人生を捧げてきたダンスがまったく違う容貌をもって浮かび上がってきた。

「なんという悲劇だろうか! あの謎めいたダンス、意味を欠いた振りの連鎖と、キレッキレでありながらバラッバラな動き、捉えがたいテンポ……これらすべてが八方塞がりの絶望が生み出した表現だとは……」 

コレオグラファーは、今、この世界に潜むおそるべき残虐さを目の当たりにしていた。「そうだ、彼だけではないのだ。孤独のダンサーは他にもたくさんいるのだ」 夜の街はどこまでも冷酷無比で、あちこちで孤独なダンスが始まったかのように揺らいでいた。「そうだ、孤独のダンサーをたくさん集めてダンス・パフォーマンス・イベントを行おう」

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孤独なダンサーたち(4)

その男は、駅前広場の真ん中の暗がりのなか、異様なダンスを孤独に踊り続けているのだった。

コレオグラファーは、思わず孤独のダンサーに歩み寄った。そして、その脇に立つと、彼のように踊ってみた。それはまったく簡単な踊りだった。だが、すぐに自分の振りが似ても似つかぬものであることを悟った。昔、子どものころ、憧れのアイドルのダンスを真似て、思い通りに体が動かなかったときのもどかしさが蘇った。それから何十年経っただろうか。どれだけ彼はこの肉体の芸術について修練を積んできたことだろうか。その彼は今、まるでダンス初心者に戻ったかのような異常な感覚を味わっていた。急に立ち現れた未知のダンスへの畏怖に満たされた彼は、もはやダンサーに声をかけずにはいられなかった。

ダンサーは、まるで銃撃でもされたかのように肉体を痙攣させ、ダンスをやめた。そして、周囲を呆然とした表情で見回した。コレオグラファーはダンサーの前に立つと、賛嘆の念を伝え、驚くべきダンスについて尋ねた。だが、その瞬間、ダンサーの目は光を失い、コレオグラファーにのしかかるようにくずおれたのだった。

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孤独なダンサーたち(3)

孤独なダンスを始めたのは彼が最初ではなかったというのは疑いようがない。もしかしたら、項羽にまで遡る可能性もある。だが、そうであっても、このダンスを踊りながら家の外に飛び出し、公衆の面前で夢中になって踊り続け、その姿が著名なコレオグラファーの目に止まることとなったのは、彼が最初であった。

その日、コレオグラファーは、駅から出てきたところだった。ロータリーを突っ切って向こう側の道へと渡ろうとしたとき、見知らぬ男が中央の空間で無言で踊っているのを目にしたのであった。はじめは若者がダンスの練習に興じているのかと見えた。いつもならコレオグラファーは軽く注意を向けながら通り過ぎるところだ。だが、そのダンサーがたったひとりであり、しかも、中高年であることに気がついて、軽くひっかかりを感じ、より意識を向けた。

そして、コレオグラファーは、この孤独なダンサーの異様な振り付けを見るやもはや動けなくなった。振り上げられた手、震えるその指先、開閉する両脚、素早い回転、それらの動きは、どれもダンスの文法に適ったものであった。どの動きもコレオグラファーは熟知してた。だが、異様なのは、それらひとつひとつの要素によって構築されたダンスが、彼の知るものとはまったく逆の効果を生み出していた。

彼にとってダンスとは身体の動きを通じた人間同士のコミュニケーション、喜びであり希望であった。だが、今彼が目にしているのは、あらゆる存在との関係を断つ拒絶と絶望、ダンサー自身の消失と虚無の現出にほかならなかった。

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孤独なダンサーたち(2)

そんな状態だから、と他の人々は言うかもしれない。精神の調子が狂って、彼にそんなことが起きたのだ、と。だが、私はそうは思わない。言葉が私たちを従わせるのならば、彼でなくても、だれにでも起こりえたのだ。

いずれにせよ、「自分はついに四面楚歌に至った」と彼は呟き、そのときその言葉が彼を縛りはじめた。

もちろん彼は楚歌など聞いたことはなかったが、彼の耳は周囲から聞こえてくる歌をとらえた。それは、彼を悩ませ、傷つけ、苦しめた。逃れようと彼は顔を背けたが、敵意ある歌は彼の耳を追いかけてきた。顔をしかめながら反対側に向ける。すると歌はやはり迫ってきた。サラウンドだったのだ。

彼は思わず喘ぐように頭を上に向けた。歌はその上にまで回り込んできた。サラウンドではない、空間オーディオだ。彼は慌ててノイズ・キャンセリング機能を探したが、耳のどこを押しても、スイッチは入らなかった。

そして、彼は全方位から聞こえてくる敵の歌に圧倒された。ドン! 太鼓の音が脅かすかのように鳴り響いた。ドン、ドン! ゾクゾクするようなスネアのフィルインが続き、巧みで複雑なビートが始まった。ビートの中から立ち上がったグルーヴが熱狂を加速させ、いつしか彼の体を動かした。四面楚歌が孤独なダンサーを生み出した瞬間だった。

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孤独なダンサーたち(1)

言葉が人間の認識に強い影響を与えることがある。「心が潤う」「乾いた心」「あふれる愛」「元気が湧く」「ひからびた感情」などはただの言語表現に過ぎないが、私たちはこれらの表現を使ううちに、心には水分がなくてはならないような気がしてくる。それだけならまだいいが、喉が渇いたりして、水気が足りないと思うと、心まで荒んできて、思わぬ暴言を吐いてしまったりする。私たちはいくぶんかは言葉に支配されているのだ。

都内に住むある男性の話だ。彼は、あらゆることがうまくいかず、追い詰められていた。仕事ではいくつかの失敗によって非常に苦しくつらい立場に置かれていた。もし死を選ばないとしたら、解雇されるにせよ、自分から逃げ出すにせよ、失業するのは確実、そういう状況だった。

家庭もうまくいっていなかった。彼にとって帰宅するということは、深い沈黙か、果てることのない妻との口論かのどちらかを、選ぶことだった。しかし、だからと言って、家を飛び出しても向かうあてなどなかった。転がり込むべき友人は、すでに彼を見限って離れるか、この世を見限って離れるか、そのどちらかのせいで、見当たらなかった。

どこを向いても、どこにも道がないように思えた。それどころか、あらゆる方向から責め立てられているように感じた。職場も家庭も友人たちも、彼を憎み、罵り、あらゆる希望と夢を奪い取るのだった。