散文

引き波

「東京に住んでいるかぎりは、それほど津波の心配をする必要はありません」と教室に入ってきた教員は、教壇の前に立って見回すと、おもむろに留学生たちに語りはじめた。「もちろん、海の近くに住んでいる場合は注意が必要ですが、東京湾があるおかげで、津波の勢いがある程度弱まるのです」 教員は東京湾の図を書いて、千葉と神奈川が波を受け止めている様子を示した。

「でも、そうはいっても、東京以外の場所、特に海の近くにいるときに、地震が起きないともかぎりませんね。ですから、地震の後に津波がどんなふうに起きるかを知っておくのは大切です。私たち日本人がよく知っているのは、津波が来る前に、海が遠くに引いていくという現象です。これは……」と教員はボードに文字を書いた。

「『引き波』と呼ばれています。もっとも、引き波がなくても津波が来ることがあるそうなので、いつも確実というわけではありませんが。さて、こんなことをいきなり話したのは」と教員は教壇に立ったまま、広い教室を見渡した。ずっと後ろの方で、学生たちがばらばらに座り、彼のほうを不思議そうな表情で眺めている。

「まるで、みなさんが、引き波のように見えたので……」

学生たちはつまらなそうに鼻で笑い、教科書を広げた。教員は、かすかに引き波の音を聞きながら授業をはじめた。

風刺・戯文

無料ニュース勢

木鐸というのは、むかし中国で法令などを人民に触れて歩くときに鳴らした鈴のことで、ここから「社会の木鐸」という言葉が生まれた。これは、世の人々に警告を発し、正しい方向へ教え導く役割を担う報道機関や記者のことを指す言葉だ。

現代のネット上の報道は無料と有料の2種に分かれている。世界を知るための重要なニュースや、鋭い分析記事、深い評論・コラムなど、私たち民草を教導するような記事はまずまちがいなく有料だ。つまり、社会の木鐸も富裕層の耳にしか届かなくなってしまったのだ。

そして、無料ニュースはといえば、ほとんどが有名人の顔に関わるものだ。顔に違和感、顔に絶賛の声、顔に指摘、顔が物議……、ニュースにお金を払う余裕のなく、木鐸の音などついぞ聞いたことのない私たちにとっては、それでもう十分過ぎるほどだ。

ところが、最近、無料ニュース界に新たな動きが生まれた。中国のメディアが日本のために日本語で中国のニュースを無料で流してくれるようになったのだ。中国の古代遺跡の発掘、ウイグルの発展、人民を潤す善政の数々……「顔」のニュースに倦み疲れていた私たちにとってはまさに朗報。中国のメディアは、ケチな日本のメディアと比べてなんと太っ腹なのだろう。これも中国政府が後ろについているおかげだ。本場の木鐸は政府謹製でタダだったのだ。

私たち無料ニュース勢は、富裕層御用達の日本のメディアなどもう見捨てた。いずれ私たちは、日本のことを中国の報道機関を通じてだけ知るようになるだろう。そのとき、日本の首相がどんなに喚いたって、私たちには隣の国のことのように思えるだろう。

風刺・戯文

和ステナブル

世界でも日本人だけが、虫の音を味わいのある音として聞き取ることができるということは、古くから知られていますね。これは日本人だけが持つ特殊な脳の構造によるものなのだそうです。

日本人独特のこの脳の構造に、またまた世界でも稀な新たな現象が発生していることが、最近の研究で明らかになりました。日本人ならではの斥力です。

具体的な科学的プロセスは次のようなものです。

日本人が「外国人」と聞くと、脳内に斥力が生まれます。この斥力は脳内に位置する理性や思いやりを弾き飛ばそうとします。ですが、脳は頭蓋骨で保護されているから、実際には分離することはできません。すると、行き場を失った斥力が熱に変換され、日本人の脳内がカッカし始めのです。

脳は高温には耐えられませんから、熱を外に逃がそうとします。熱は、頭蓋骨から首を経て放出され、末梢部、つまり指先に流れ込みます。この熱によって指が自然に動き出すのです。もしこのとき、指の下にキーボードを置くと、タイピング運動と呼ばれる現象が観察されます。素晴らしいヘイトスピーチが X(元 Twitter)やヤフコメへと拡散されていくのです。

日本ならではのこの自然現象に関心をもったある科学者が、このプロセスを代替エネルギーとして使えないかと研究をはじめました。そして今日、ついに大規模な実証実験が都内で行われました。

広大なホールに、机と椅子とが並べられ、そのひとつひとつに日本人が着座しています。日本人の手元にはキーボードが置かれ、そのキーボードからはケーブルが伸びています。すべてのキーボードのケーブルは、ホールの中央の装置に集められ、その装置の上には豆電球がひとつ置いてあります。

実験が始まりました。ホールに設置されたスピーカーから、外国人犯罪のニュースを読み上げる声が朗々と聞こえてきます。日本人たちはじっと耳を傾けています。このとき生じている脳内の変化は観察することはできませんが、次第に日本人たちの顔が赤くなってきたのがわかります。カッカしているのです。

そして、ついにタイピング運動が始まりました。みな思い思いのヘイト発言を、慣れた指遣いで手元のキーボードに入力しています。

カチカチカチカチ! カチカチカチカチ!

それぞれのタイピングによって生まれた微弱な電流が、ケーブルを通じて中央の装置に流れ込みます。

「や、点いた! 豆電球が! 成功だ!」

日本人独特の斥力が、実用可能でクリーンなエネルギーへと変換された瞬間でした。

サステナブルなエネルギーの実現するサステナブルな社会、もうそこまできてますよ。

音楽

保留音楽

私の友人が監修を務めた『保留音楽全集』というコンピレーション・アルバムがある。「保留音楽」というのは、電話を保留中のときに流れる音楽のことだが、ご存知の通り、電話で聞かされるものだから、音質も最悪、まともな音楽好きならば、耳を塞ぎたくなるような代物だ。

だが、音楽に関して他人とは異なる感性を持っていた友人は、この「保留音楽」の虜となり、ありとあらゆる銀行、役所、カスタマーサービス、商店、0120 に電話して、その音源の収集に打ち込んだ。そして、膨大な「保留音楽」コレクションの中から、もっとも異常で、一聴するや精神を追い詰めずにはいない楽曲を集め、アルバムとして世に出したのだった。

「保留音楽」というと、まず思い浮かぶのは、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」(モーツァルト)や「エリーゼのために」(ベートーヴェン)といったクラシックの定番曲だ。『保留音楽全集』にも当然収録されているが、普通のバージョンだと思ってはいけない。保留音楽として数限りなく再生された結果、音質が劣化し、もはや判別ができないくらいに分解された「雑音」なのだ。

例えば『全集』には「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」が 4 バージョン収録されているが、ひとつは鋭い高音のみに純化されて、聴くや耳が切り裂かれそうになる。また別のものは音像が崩壊した結果、NASA が録音した土星の輪の音とそっくりだ。

「エリーゼのために」は 6 バージョン。そのうちのひとつは、音源が最大限に間延びした結果、「テトテトテトテトテン」という冒頭の有名なメロディが、第 1 音の「テ」が鳴ったっきり、いつまでたっても次の音が出てこない。かと思うと、別の「エリーゼのために」は異常な速度で再生され、さらに奇妙なエフェクトがかかるものだから、すべての音がまるで銃弾みたいに聞こえ、やがては脳を蜂の巣にするのだ。

『保留音楽全集』には、これ以外にも、ジャズやイージーリスニング、ポップスの名曲が勢揃いしているが、どれも聞けばわかるように、音は潰れ、ギザギザで、不快と苦痛を与えるノイズに仕上がっている。もしも通話相手が保留中にこれをあなたに流したら、即刻、切ること間違いなしだ。

この『保留音楽全集』、2006 年に発売され、今では幻の名盤としてプレミアがつくほど。そんなレアな音盤が、この度めでたくも再発されるという。

しかも、リマスター盤だということだ。

風刺・戯文

歴史の試練

僕たちが恐れていたことが、現実になろうとしていたんだ。

2025 年 12 月、アメリカのトランプ大統領はびっくりするような行動に出た。ナイジェリアのイスラム過激派に、キリスト教徒が迫害されているといって、空爆を実施したんだ。大統領は、キリスト教徒を守るためならば、軍事行動だってやるぞ、と世界に睨みを効かせてる。

このニュースを見て、僕たちは本当に心配になったんだ。トランプ大統領は、次に僕たちのこの日本を攻撃するに決まっているから。

だって、トランプったらこんなふうにいったっていうじゃないか。

「Run of Shimabara(島原の乱)!」

僕たちは、アメリカの飛行機が日本中を飛び回って、爆弾を落としまくる様子を想像して、震え上がった。おしっこも漏らした。キリスト教徒の怒りの焼夷弾で黒焦げになるのが、僕たちの運命だったとは。

だけど、そんなとき、僕たちの素晴らしい首相が立ち上がった。彼女は勇ましくアメリカに飛んで行って、トランプ大統領に恭しくひざまづいていった。

「閣下、島原の乱は、キリスト教徒とは関係ありません。極左の暴動に過ぎません」

そして、首相は大統領に、日本の歴史の教科書(検定合格)を見せたんだ。確かに、島原で暴れ回っていたのは、みんな民主党みたいな顔をしてたんだ。それで大統領はいったんだ。

「善哉善哉、それでこそ同盟国じゃ」

僕たちは、首相が彼女で本当に良かったと、胸を撫で下ろした。首相にかかっちゃ、歴史の改竄なんて朝飯前なんだ。

散文

闘志の燃やし方

私は今、ある厄介な法律トラブルに巻き込まれている。もっとも、弁護士が出る段階にはないが、いずれは出さねばならないかもしれない。

問題は複雑怪奇だ。私は法律のことはよくわからないから、AI に相談している。いろいろと尋ねてみたが、AI によれば、どうやら勝ち目があるのは私のほうらしい。これは心強い、と思っていたが、疑念が萌してきた。

この AI は私が贔屓にしているマシンだが、もしかしたらそのせいで、私に都合のいい返事をしているのでは? そうなら大問題だ、私が欲しいのは太鼓持ちではない、厳格な法的アドバイザーなのだ。

そこで、私は自分の敵対者として AI に助言を乞うてみた。もし、これで AI が厳しめの答えを出すならば、私は勝てるかもしれない。

そして、果たして答えは、敵対者にとって厳しいものだった。「だが」と私は考えた。「これで安心してはいけない。私はもっと、この憎むべき敵対者になりきって、相手を倒すための秘策を AI から聞き出さねばならない。そして、もしこの秘策がなければ、それこそ安全なのだ。AI よ! どうにかしてこいつをやっつけてくれ!」

私は憎むべき敵を倒すのに熱中し、悪辣のかぎりを尽くした。自分の弱点を残酷に告発し、凄惨な罵詈雑言を浴びせた。そしてついに! AI が法という法の穴を潜り抜けて、私を打ち負かすシナリオを見つけたのだった。

「やった! でかしたぞ!」

私はチャットを打ち切った。興奮冷めやらぬ私の胸の奥には、いつの間にか闘志がメラメラと燃え盛っていた。私は、この闘志があるかぎり、法律トラブルを戦い続けるだろう。そして、挫けそうなときには、再び闘志を掻き立てるために、私を敵にしてやっつけることだろう。

タグ:
風刺・戯文

語れるゴミ

ごみ出しルールを守りましょう!!

ごみを出す際は、「出し方」「収集場所」「収集日」(朝8時30分まで)を守り、決められたルールで出しましょう!

ルールが守られていないごみは収集されませんので、ご協力をお願いします。

【語れるゴミ】成長の法則、成功プラン、世界の真ん中で咲き誇る日本、恋愛成就のパワースポット、言語化で人たらし、富裕層の習慣、外国人の日本賞賛、引き寄せ力、日本人の子どもの虐待死、魂の救済など。

【語れないゴミ】無意味な努力、貧乏人のアドバイス、狂人の長広舌、外人の日本語、犯罪者の正論、外国人の子どもの虐待死、知らない民族の大量虐殺など。

【資源ゴミ(「リサイクル」と書いてお出しください)】ヒーローのピンチ、恋人の難病、実は御曹司、敵が生き別れの兄、努力は裏切らない、庶民はしたたか、開けない夜はない。

【粗大ゴミ(回収は有料です)】無名の人の一生

【有害ゴミ(中身が見えない袋に入れてください)】リベラルの言説

【回収できないゴミ】国旗

*分別基準は選挙の結果により変わることがあります。

散文

ぜんぜん

私たち日本人にとって「全然」は心の支えだ。なぜなら、この言葉ひとつで、自分の自尊心を高めることができるからだ。

というのも、日本人の頭の中では「全然」はいつも「ない」と結びつくものと決まっていて、「全然ある」など間違った日本語を使う人間を、気持〜ちよく批判させてくれるからだ。なので、日本人はいつも「全然」の使い方に注意を怠らない。

しかし、「ない」でない「全然」はかなり昔から用例があると言われている。なので、間違いとは言い切れない。しかも「全然ある」という言い方にも、ちゃんと否定の論理が働いている。つまり「全然ある」などの表現は、たいてい「(あなたの思っていることは)全然(あり得ない、むしろ)ある」という文脈で用いられる。「全然」は相手の頭の中の想定について「ない」と言っているのだ。だから「全然ある」とか「全然食べるよ」とかは全然間違いではない。

ところで、私は一昨年、タイからビルマに入国して、カレン人の紛争地域を旅した。同行してくれたのは在日カレン人だった。その彼と今日、会ってご飯を食べた。彼は一昨年訪問した場所について日本語でこういった。

「あそこはあの時は行けたけど、今はもう戦争で、全然あぶないよ」

私たちの否定じゃない「全然」が外国人の日本語でも活躍してた。全然いい。

風刺・戯文

中国の漢字

最近、私は YouTube などで、日本語の字幕の漢字が中国の漢字になっているのに気がついた。例えば「直」だ。この漢字が、左側の縦棒がなくなり、さらに、下の横棒が上の「目」の下辺と一体化してしまうという中国の漢字なっているのだ。また、糸編もそうだ。下の「小」の部分が3つの点になってしまう。これも中国の書き方だ。

よく考えたら、これは怖いことではないだろうか。なぜなら、中国が日本に侵入してきている紛れもない証拠だからだ。私がこういうと、こんなふうに反論してくる人がいる。

「いえ、それは中国のせいではなく、パソコンや携帯の設定のせいですよ。設定を変えれば日本の漢字が表示されるようになるんじゃないですか」

いや、たとえそうだとしても問題は、そのまま使っている人がたくさんいるということなのだ。こうしたいいかげんな人々のせいで、中国の漢字がもう取り返しのつかないほどまん延してしまっているのだ。

「まさか」と思う人もいるかもしれない、だがまさかどころではない。例えば、「一」をみてほしい。果たしてこれは日本の漢字だろうか。いや、すでに中国の「一」が日本の「一」になりすましているのではないか。こう考えると、私はもうなにもかもが疑わしく思えてくる。もはや「日本人」も、実は中国人なのではないか?

いや、それどころか、この「私」も?

散文

見えないカッコ

私はビルマ語は読めないが、一時期、ビルマの難民関係の必要で、ビルマ語で書かれた文書をたくさん見る機会があった。それらは、政治団体の声明や論説であったり、手書きの記録だったりした。そのとき気がついたのは、しばしば数字が( )に入れられていることだった。ちなみに、ビルマ文字には、アラビア数字とは違う数字があって、カッコに入っているのはそれだ。

日本語でも、(1)、(2)、と項目の番号をつけるときや、名前の後に年齢を入れるときなどにカッコが使われるが、ビルマ語ではそれだけではないようで、「(10)周年」などと書いてあることもある。

私はビルマ語の書記法はわからないが、こうしたカッコの使い方は義務というわけではなく、数字の視認性を高めるため、それほど公的ではない文書や手書きなどで使われているようだ。

さて、私の知り合いのビルマ人が、私に日本語で書いた文を見てほしいと言ってきた。見ると、数字がカッコで囲まれている。私は笑いながら「これはビルマ語のやり方では?」というと、相手はピンときていない様子だ。

そこで、私は紙に「(6)」と書き、「ビルマ人はよくこう書くけど、日本語ではこう」と「6」と書いた。相手はそれでもピンときていない。

「だから」と私は紙に書いた「(6)」の両脇の「( )」に線を引いて消してみせた。「こういうこと」

相手はようやく理解したようだった。そして、私と一緒に笑ったのだった。

つまり、このとき知人のビルマ人は、私がカッコをペンで消してみせるまで、「( )」の存在に気づかず、「(6)」も「6」も同じように見えていたのだ。だが、この見えないカッコは、私がその人の目の前で消してみせることで初めて姿を現したのだ。

これはビルマ人の習慣の話であるけれど、私にもきっとあるのに見えていないものがあるはずで、誰かがそれを消してくればいいと思う。