風刺・戯文

無料ニュース勢

木鐸というのは、むかし中国で法令などを人民に触れて歩くときに鳴らした鈴のことで、ここから「社会の木鐸」という言葉が生まれた。これは、世の人々に警告を発し、正しい方向へ教え導く役割を担う報道機関や記者のことを指す言葉だ。

現代のネット上の報道は無料と有料の2種に分かれている。世界を知るための重要なニュースや、鋭い分析記事、深い評論・コラムなど、私たち民草を教導するような記事はまずまちがいなく有料だ。つまり、社会の木鐸も富裕層の耳にしか届かなくなってしまったのだ。

そして、無料ニュースはといえば、ほとんどが有名人の顔に関わるものだ。顔に違和感、顔に絶賛の声、顔に指摘、顔が物議……、ニュースにお金を払う余裕のなく、木鐸の音などついぞ聞いたことのない私たちにとっては、それでもう十分過ぎるほどだ。

ところが、最近、無料ニュース界に新たな動きが生まれた。中国のメディアが日本のために日本語で中国のニュースを無料で流してくれるようになったのだ。中国の古代遺跡の発掘、ウイグルの発展、人民を潤す善政の数々……「顔」のニュースに倦み疲れていた私たちにとってはまさに朗報。中国のメディアは、ケチな日本のメディアと比べてなんと太っ腹なのだろう。これも中国政府が後ろについているおかげだ。本場の木鐸は政府謹製でタダだったのだ。

私たち無料ニュース勢は、富裕層御用達の日本のメディアなどもう見捨てた。いずれ私たちは、日本のことを中国の報道機関を通じてだけ知るようになるだろう。そのとき、日本の首相がどんなに喚いたって、私たちには隣の国のことのように思えるだろう。

風刺・戯文

海外のニュース

国内のニュースで悲惨な出来事、たとえば幼い子どもが犠牲になった犯罪や事故のニュースを見ると、私たちは心を痛め、悲しい気持ちになる。それどころか、いてもたってもいられなくなり、激しい怒りを感じる。そして、ときには私たちの怒りの矛先は、事態をそこまで放置していた地方行政や、政府に対して向かう。

ところが、海外のニュースは違う。子どもたちが犠牲になっても国内のニュースほどには心は動かない。アメリカでどんな衝撃的な銃撃事件が起きても、もう飽き飽きしてあまりピンとこない。ウクライナでたくさんの子どもたちがロシアに誘拐されても、ガザでたくさんの人々が飢えに苦しんでいても、遠い出来事なのでけっこう平気でいられる。

私たち日本人のこうした性質に配慮したせいか、最近では海外のニュースにこんなものまで入れられるようになった。

「日本に逃げてきた難民が直面する差別」
「日本生まれの子どもが日本語しか話せないのに強制送還」

私たちはこんなニュースを見ても、ちっとも悲しかない。なぜなら遠い海外のニュースだからだ。そのうち、日本で外国人が殺されたり、日本で外国人を標的にしたテロが起きたりしても、海外ニュース扱いになるだろう。

いや、日本が外国と戦争しても、海外ニュースになるだろう。そのとききっと、国内ニュースは楽しいことばかりにちがいない。

風刺・戯文

アンガー・マネジメント

ロシアがウクライナに侵攻し、ガザではイスラエル軍による攻撃が続き、アメリカはベネズエラに押し入り、日本がたった一言でアジアを不穏な空気にするこの世界で、ますますアンガー・マネジメントが重要になりつつあります。

アンガー・マネジメントとは、国民の怒りの感情を管理・コントロールするスキルです。このスキルを用いれば、国民を特定の対象に向けて怒らせることができ、戦時の動員は思いのままとなります。今や、アンガー・マネジメントなしには、弱肉強食の国際社会で生き残ることは不可能だといっていいでしょう。

【アンガー・マネジメントの目的】
・偏向した教育・報道を通じて、国民を怒りの感情で振り回し、冷静な判断ができないようにしましょう。
・社会を怒り化することによって人間関係を破壊すれば、分断統治の達成です。
・ストレスフル・エコロジーにより国民を疲弊させると、自ずと服従以外の選択肢がなくなります。
・国民の怒りを安価な労働力に転化し、生産性の向上と軍事化を!

【アンガー・マネジメント・テクニック】
I(アイ)メッセージ:「私は正しい」と常に発信する政府は無敵です。
ラベリング:国民の怒りを掻き立てるために、「敵」というラベリングを活用しましょう。
思想の転換:正しい政府に従わず、怒らない国民こそ国家の敵! 思想の転換を迫りましょう。
6 秒ルール:どうしても怒り出さない国民には、6 秒の猶予を与えてあげて! 怒れば釈放、さもなければ政治囚!

アンガー・マネジメントで、美しくて強い国づくり!

風刺・戯文

テンプレ化

YouTube 初期に活躍したネット思想家、アンドリュー・モールディング(1969-2016)は、2012 年 12 月に投稿した動画「The Templation of the Net Age」で、私たちの世界がテンプレ化しつつあることを初めて指摘した。

モールディングは、世界中で語られる言葉が、ネット世界の言語空間に吸収され、いずれテンプレ化していくだろうと予測し、この現象を Templation(template と temptation の合成語)と名付けたのであった。このテンプレ化について彼が動画で取り上げた以下の例は特に有名なものだ。今ではネット・リテラシーの教科書の定番ともなっている(もともとは英語だが、日本語版から引用)。

現在の私たちは亡き人に対する追悼として「心から冥福をお祈りいたします」などと語るのが普通である。だが、ネットが人間を支配し、テンプレ化が進んだ世界ではこの言葉は次のような形で流通するようになるだろう。

「心から冥福をお祈りいたします」

そして世界はモールディングが予言したようになった。今年 2026 年は、この不世出のネット思想家が世を去って 10 年という節目の年だ。テンプレ化について語った記念碑的動画は、色褪せるどころか、今なお視聴者を惹きつけているようだ。最新のコメントには、

「2026 anyone?」

とあった。

風刺・戯文

熊の拡散

日本漢字能力検定協会は 12 月 12 日、令和 7 年の世相を漢字 1 文字で表す「今年の漢字」が「熊」に決まったと発表しました。今年、各地で熊の出没が拡散し、人身被害が過去最多となったことがその理由です。

そんな中、熊のいない県として知られる千葉県の観光業者が都内でイベントを開催しました。その名もなんと「熊なし県にYOKOSO!」。

主催者「ぜひ年末年始には『熊なし県』千葉にお越しくださって、熊のいない安全を楽しんでいただこうと企画しました」

会場となった公園には大きなドームが設置され、中では県内で採れた新鮮な魚介類や野菜、ピーナツなどを味わうことができます。

訪れた参加者「熊襲撃の危険なしだと味わいも増しますね」

しかし、本当に千葉県には熊が来るという危険はないのでしょうか。

主催者「まったくありません。もしいるとしたら、東京ディズニーランドだけでしょうね。くまのプーさんがいますから! ハハハ!」

実行委員会は、『熊なし県』千葉のブランド向上のために、利根川からの熊の侵入を防ぐ警備隊の創設と防御壁の建設、さらにアクアライン通過時、熊に類似した人に「熊でない証明書」の提示を求めるなどの防御体制を実現すべく、熊谷俊人千葉県知事に対応を求めていく方針です。

風刺・戯文

電車の広告

電車にはいろいろ広告が貼られているが、最近よく見るのが、何かの支援団体が寄付を呼びかけるものだ。女性の顔が大きく中央に配置され、こんな言葉が書いてある。「娘を持つ母親として、女の子に教育を受けさせない地域があってはいけないと思って寄付しました」とか「生理になると女の子が隔離され、学校にも行けない地域があるなんて信じられない」とか、語っているのだ。

私はこうした広告戦略はあまりよいとは思わない。問題となっている地域の背景を抜きにして語ることの乱暴さ、そして、女性の「善意」が利用されていることの不快さ、さらに、その地域の女性とそれについて語る女性という二重の女性性を男性の目を惹きつけるのに利用する狡猾さ……

そして今日、ぎゅうぎゅうの満員電車の中、ようやく頭を上げた瞬間に目に入ってきたこの広告を仰ぎ見ながら、私は思わずにいられない。今にも窒息しかけたり、パニックを起こしかけたりしている私たちについて、この広い世界のどこかで、今も電車の広告が「仕事に行くのに電車の中で押しつぶされて死にかけている人々がいるなんて、と思って寄付しました」と語っていることだろう、と。

風刺・戯文

哀悼せざる者たち

どこかの街で大きめの事故が起き、犠牲者がでた。芸能人たちが哀悼のメッセージを SNS にあげるなか、一部の芸能人がインスタに、顔の膨れた自撮り写真や、輝く海鮮丼の写真をバカのようにあげているのに一般人たちは気がついた。

一般人たちは指摘に急行した。「不謹慎だ」「ファンやめた」「不買運動だ!」

火の回りの速さに、芸能人たちは、あるものは謝罪し、あるものは謹慎し、あるものは引退し、あるものはボランティアを始めた。

これ以降、一般人たちは、芸能人の哀悼に目を光らせるようになった。それで芸能人たちはどんな事故・事件・災害があってもすばやく哀悼の意を表明しなくてはならなくなった。だが、哀悼向けにできていないのが芸能人だ。哀悼案件が起こる前になされる「うっかり哀悼」事案が相次ぎ、さらなる炎上を招いた。

芸能人を複数抱える芸能事務所ももはや対応しきれなくなったとき、関係者たちは芸能人が効率よく哀悼を発信できるように、哀悼を取りまとめる機構を創設した。芸能人はついに絶え間ない哀悼表明から解放され、こころ安らかに眠ることができたし、一般人たちも、立てる目くじらもなく眠れるようになった。

哀悼の取りまとめは徹底していた。なぜならそうでなければ炎上は防げないから。そんなわけで、一般人たちは哀悼の流れを追うだけで、世の中の動きがわかるまでになった。もう新聞もニュースも要らなかった。タイムラインの哀悼にときおりブレイキング哀悼が流れた。

あるときひとりの芸能人が事故死し、その哀悼が発信されなくなった。たまさか生じたその哀悼の隙間も、機構が感知する間もなく、たちまち他の哀悼が押しつぶしてしまった。

風刺・戯文

熊の郷

熊が人里に降りてきて、人々に乱暴を働きだしたとき、私たちはこう考えた。

「熊に人間の食べ物を食べさせなければこなくなるだろう」

だが、もはや「食べさせない」が通用する段階ではなかった。熊はすっかり味をしめていたのだった。そこで、私たちは熊を全滅させる計画を立てたが、熊権派の活動家たちが余計な告発をしたせいで、裁判所は全滅差し止め命令を下した。

「ならば、熊が絶対に人里に降りてこないようにしてやろう」

私たちは山奥に侵入すると、密かに広大な囲いを建設し、そこに熊を閉じ込めた。そして、囲いの中に熊の好きなハチミツパンやアップルパイ、マロンケーキをいくらでも作り出す装置を設置した。これには食通の熊たちも唸りっぱなしだった。

そればかりではない。私たちはこの「熊の郷」にずっと熊がいたくなるように、毎日、愉快で楽しい熊向けの動画を無料配信するサービス「ネットフリックマ」も開始した。

そこはまるで熊の楽園だった。熊はもはや人里に姿を見せなくなり、傷つけられる人もいなくなった。ついに成功かと思われた。だが、しばらくして、私たちは再び熊が山から降りてくるのを目撃した。

「なにごとか」と私たちが慌てて熊の郷の囲いの中に入ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。侵入者たちが住み着き、熊たちを追い出していたのだ。侵入者たちは木陰でアップルパイをほおばりながら、ネットフリックマを楽しんでいた。その顔はまるで蛇のようだった。

楽園を追い出された熊は、もはや人を襲わなくなっていた。愉快で無情な配信動画が熊の野生と暴力を吸収してしまっていたから。サブスクリプションは無料にかぎり呪いとなるのだ。

今や、熊たちは町外れのキャンプで、UNHCR の支援を待っている。その様子を私たちは配信動画でときどき見る。

風刺・戯文

新たなプラン

私は今、2 つの動画配信サービスに加入している。とはいえ、最近はあまり見る時間がない。また、見る時間があっても、数ある映画やドラマの中からどれを見ようか迷ったり検索したりしているうちに、ドラマ 1 本分の時間が過ぎ去ってしまう。

この現象は、私ばかりでなく、多くの人が経験しているようだ。その原因のひとつとしてよくいわれているのは、作品が多すぎる、ということだ。選択肢が多すぎるとかえって決められないというのは、動画選びに限らずよくある話だ。

もうひとつの原因についてもすでに指摘されている。それは、映画なりドラマを見るのは実際には体力がいる、というものだ。要するに「気持ちは見たくても、体がついていかない」ので結局、動画配信サイトのホーム画面をスクロールするだけで、終わってしまうのだ。

そこで、私は考えるのだが、動画配信サービスには、ファミリープランや、画質のいいプラン、広告つきの安価なプランなどいろいろなプランがあるが、いっそのこと、ホーム画面だけが見られるというプランも作ったらどうだろうか。

もちろん、映画やドラマは見られない。だが、動画を見ない人にとってはこれ以上にコスパがよくて、うれしいプランはないと思う。

風刺・戯文

じわりジャーナリズム

国際関係のニュース、政治のニュース、経済や株価、エンタメ、科学、スポーツなどのニュース、ニュースにはいろいろあるけれど、私が関心があるのは「じわりのニュース」だ。

このニュースはどんな話題よりも頻繁に報道されるので、とてもカバーできるものではないが、それでも私はできるかぎり追っかけている。

「じわりのニュース」は外国には見られないものだ。外国のジャーナリストは、政府の不正を報道したり、戦場に潜入するのに忙しくて、「じわり」になど興味ないのだ。この点、我が国のジャーナリストは違う。毎日せっせと「じわり」を記事にしてくれるのでありがたい。今、少し検索しただけでこんなにも「じわり」のニュースが出てくる。

*円安関連倒産、8 月は半減 トランプ関税の影響じわり(ITmedia ビジネスオンライン)」
*「最も危機感を持つのは中堅・若手」自民で臨時総裁選求める声じわり「党勢回復の機会へ」(産経ニュース)
*自民党総裁選、前倒しに賛同じわり 小泉農相「一議員として」発言に憶測も(カナロコ)
*「石破降ろし」党内外に温度差 じわり擁護論、ブーメラン効果も(時事ドットコム)

こうしたじわり報道からわかるのは、日本におけるじわりの動向だ。現在のところ、日本でもっともじわりとしているのは政界のようだ。近づかないほうがいいかもしれない。