旅・観察

ベルベル語の調査とその後(5)

異邦人には暮らしにくいラマダーンのさなか、寒さ、尿意、空腹に耐えながら、私は調査を続けた。だが、そんな殊勝な私にさらなる追い討ちがかかった。

ホテルで盗難に遭ったのだ。

お金がなくなっていることに気がついたのは 3 月 5 日の午後のことだった。詳しい事情は省くが、私はその翌日、警察署に行かねばならなくなった。海外旅行保険を使うためには、どうしても盗難証明書が必要だったのだ。この日の午前、私は最後の調査を予定していた。朝イチに行けば、約束の時間に間に合うだろうと考えていたが、警察には警察の事情があるようだった。結局、3 月 6 日の調査をキャンセルせざるをえなかった。

思わぬ事件のために、貴重な一日が飛んだわけだ。だが、そのおかげで私は、チュニジアの社会を別の側面から観察する機会を得た。もっとも、さいわいなことに、私はこの学びの機会に授業料を払わされはしなかった。海外旅行保険に感謝したい。

私はこれまでいくどもチュニジアを訪問し、いろいろなホテルに滞在してきた。立派なホテルで素晴らしい朝食を楽しんだこともあれば、シャワーもエアコンもない部屋で手負いの狼のように寝たこともある。だが、お金を盗まれたのは初めてだ。チュニジアの観光業の名誉のために、つけ加えておきたい。

その翌日、3 月 7 日は午後の便で帰国する予定だったので、もともと調査を入れていなかった。だが、S さんは、私を不憫に思ったのか、それともチュニジア人として放っておけないと思ったのか、午前中に時間を作ってくれた。私たちは例の寒い場所で 2 時間半ほど調査を行い、再会を約して別れた。

(写真:カフェの様子)

苦い文学

新男の正座

義太夫一日体験教室の会場に入ると、「三味線コース」用の三味線と座布団が並べられていた。座布団があるのは心強い。先に来ている参加者はみな正座をして待っているようだったが、私はできるだけ正座を始める時間を先延ばしにしたかったので、座布団の上であぐらをかいた。しかし、それでもしばらく座っていると、足が痛くなり、痺れてきた。正座以前の問題であった。はたして90分耐えられるのか、不安になってきた。

だが、結局のところ、私は耐えしのぐことができた。もちろん急に正座ができるようになったわけではない。ひとつには、講師の先生が、現代人の足事情を十分に斟酌した上で、こまめに足を伸ばす時間を与えてくれたことによる。そしてもうひとつは、他の参加者にとっても正座はやはり苦痛だったことが大きい。私ばかりではなかったのだ。

そして、他の人々のつらそうな声や足を伸ばしたときの安堵の声を力に私は、足の指を立てて尻を浮かせたり、少し足を崩したりして、できるだけ楽な姿勢をとることができたのであった。

午後は「語り」コースで、このときは、持ってきたクッションを使って、さらに楽な姿勢で過ごすことができた。だが、休憩で足を伸ばしたとき、私は思わず苦悶の声を上げた。左足の内腿がつってしまったのだ。

私はかなり慌てた。左側の内腿がつると、必ず右側の内腿がつる。そうなると、もう身動き取れなくなり、苦しみながらのたうち回ることになる。この場でそんな醜態は晒せない。

しかし、不思議なことに、左内腿の痙攣は伝播せず、しばらくすると落ち着き、再び正座ができるようになった。まさしくおみくじの「くるしみありたる後次第によろしきかたちなり」どおりの成り行きで、私は帰るときに感謝の印としてお賽銭でも入れようかと思ったが、忘れてしまった。(おわり)

苦い文学

宇宙飛行士

JAXHA(宇宙航空消耗蕩尽機構、Japan Aerospace Exhaustion Agency)は、櫻井カズヤさん(56)が宇宙飛行士として選ばれたことを発表しました。弱者男性としては初の宇宙飛行士となります。

女性専用車両で妨害を繰り返し、在日特権などという陰謀論を拡散し、ヤフコメにバカ丸出しのヘイトを書き込むという、よりすぐりの弱者男性15名の候補の中で、櫻井さんがあらゆる点で最弱だったことが、今回の選考の決め手となりました。

今後、1か月ほどのやさしい訓練を経て、櫻井さんは宇宙に飛び立つ予定です。ただし、無職という個性を宇宙で最大限に発揮してほしいことから、JAXHAは櫻井さんとは雇用関係を結んでおらず、密航者扱いとなります。

宇宙空間では櫻井さんは、無重力が弱者男性の偏狭な脳にどのような影響を与えるかについて、自らに計測と実験を実施するという、重要なミッションに挑みます。

関係者は、宇宙から青く美しい地球を眺め、そこここで悲惨のかぎりを尽くした戦争が行われていることを目の当たりにすれば、弱者男性もさすがにたわごとを引っ込めるのでは、と期待を寄せています。

苦い文学

文学解釈と想像力

はたらけど、はたらけどなお、わが生活楽にならざり、ぢつと手を見る

この短歌は、石川啄木が作った歌です。たぶん、みなさんもご存知だと思います。

石川啄木という人は、とても貧しい生活をしていました。貧しいというのはお金がないことですから、お金を稼ぐために一生懸命働かなくてはなりません。それで、石川啄木はがんばって働いたのですが、それでも生活は楽になりませんでした。

「こんなに働いているのにどうして自分の暮らしはいつまでも厳しいのだろう」 そんな気持ちがこの歌の前半で描かれています。

その後に、石川啄木は「ぢつと手を見る」と続けます。どうして彼は「ぢつと手を見」たのでしょうか? ここはちょっと難しいところです。ぜひ、想像力を働かせてください。文学を読むときは想像力がなによりも大事です。

みなさんもいろいろ想像されたかと思いますが、私の考えを述べさせていただきます。彼が自分の手を見たのは、そこに「気づき」があったからです。

つまり、石川啄木はどうして自分の暮らしがこんなに厳しいんだろう、と悩み、ふと自分の手を見た瞬間に、その理由に気がついたのです。それで、思わずじっと見つめてしまった、そんな驚きと感動がこの短歌の表現の核といえます。

では、彼は自分の手に何を見出したのでしょうか。それは実際のところわかりません。彼は何も書いていないのですから。

ですが、ここでも想像力がものをいいます。

手にあったものとは、おそらく、現代でいうならば、パワーストーンの指輪のたぐいではなかったでしょうか。

彼の手は、指輪だの数珠だの高価な開運アクセサリーでいっぱいだったと考えられます。そんなものにお金を使っていたのでは、暮らしが楽にならないのも当然といえば当然ですね。

苦い文学

忘れられた神々

ローマ神話というと、ユピテルやユノー、ウルカヌスなどメジャーどころが思い浮かぶが、これ以外にも、マイナーな神々も数多く存在し、古代の人々に信仰されていたことが知られている。

もっとも、これらの神々はほとんど文献に記録されず、墓碑銘、神殿や民家の装飾、粘土製のマスコットなどからわずかにその存在が知れるのみだ。

比較的有名なのは、ローマ近郊の港湾都市の古オスティアの複合的宗教遺跡から発掘された五柱の神像だ。幸運にも、その台座部分にはいくばくかの碑文が刻まれていた。そのおかげで、我々は、さもなければ失われていた古代ローマの民衆信仰の一端を窺い知ることができるのである。

これらの神々は、碑文によればそれぞれ「イカリイェヌス」「カトゥッルス」「ブー」「ナクヮモードゥス」「シムロー」という名で呼ばれていたようである。

これらのうち主神として崇められていたのが「イカリイェヌス」で、もっとも長身である。膨れた下唇が特徴であるが、これは発言力の大きさと権威の象徴であろう。

禿頭で酒瓶を抱えた「カトゥッルス」は酩酊の神であり、ギリシア神話のディオニュソスに比すことができよう。その禿頭はまた好色な一面を表している。おそらくなんらかの性的な秘儀と関連づけられるのではあるまいか。

「ブー」はでっぷりと太った神であり、小型のキタラ(弦楽器)を携えている。その胴体に描かれたジグザグ模様から、雷神と推定する研究もある。

「ナクヮモードゥス」は異様な目をした男性の像であり、現代の我々にはまるでメガネをかけているように見える。その神格については碑文の欠損のためはっきりとはわからない。

五神のうちもっとも興味深く、そしてもっとも謎めいているのは「シムロー」である。滑稽な表情で顎を突き出しているこの神は、トリックスター的な存在であったと考えられている。そのいっぽう、台座には病に関する誓文が刻まれており、疫病よけの神としても崇拝されていたようだ。

これら五神の祭儀がいかなるものであったのかは、いっさい不明であるが、少なくとも果物などが奉納されていたらしい。これは、神像、とくに「シムロー」の周囲からスイカと見られる種子の痕跡が多数発見されていることからの推測である。

散文

いっそのこと出しちゃえば

 4月14日、品川入管から電話がかかってきた。

 私が身元保証人をしているあるビルマ人のことで、電話をかけてきたのだ。

 収容されたか、と思ったが、入管はそんな時に電話してきてご報告に及んだりはしない。なにか問題が発生した可能性が高い。

 例えば、彼が仮放免延長許可申請書の私の署名を偽造したとか……。だが、用件はそうではなかった。

 仮放免許可を受けている人は、身元保証人の署名をもらって、定期的に入管に出頭しなくてはならない。どれくらいの間隔かというと、現在では1ヶ月ごとというのが多いのではないだろうか。2週間ごと、なんてこともあると聞いた。出頭する人にとっても、対応する職員にとっても、大変だ。

 それはともかく、入管の職員が電話で言うには、現在のコロナの状況を鑑み、出頭日に来なくてよい、という。新しい出頭日は「追って沙汰あるまで待て」なのだそうだ。

 この電話があってしばらくして、というか、昨日、4月21日、また入管から電話がかかってきた。私が身元保証人している別のビルマ人についても、今週予定されている出頭日には来なくていい、という。そして、その人に伝えて欲しいと頼まれた。

 私はただちにそのビルマ人に電話して、出頭日が延期されたことを伝えた。すると、彼も、周りのビルマ人がみんな同じような連絡を受けているので、予期していたそうだ。

 現在の状況では、延期というのも仕方がないと思う。しかしその分だけ、入管の仕事もいろいろ増えてしまうのではないだろうか。そして、仕事が増えるということは、コロナの危険にさらされることでもある。

 私は心配だ。

 だから、出頭日を延期するなら、10年後とかにしてしまったらいいのではないでしょうか。

 いや、もういっそのこと、ビザ出しちゃえば。