旅・観察

ベルベル語の調査とその後(4)

凍えるほど寒い古い建造物の一角でベルベル語の調査をしながら、私がひしひしと感じていたのは、尿意だった。体力を削るという点でも、人間の尊厳を奪うという点でも切ない尿意だった。

ラマダーン中だから、私たちのいるカフェは開いていなかった。だから、トイレは使えなかった。建物の外に出ても開いている店はない。つまり、私は調査の間中、トイレに行くことはできなかった。

建物の底冷えが尿意とタッグを組んだこの状況は、私の調査に影響を与えた。ホテルからこの調査場所まで徒歩で 15 分、つまり、往復で 30 分だ。移動に要する時間と私の膀胱のサステナビリティからすると、調査に許された時間は 3 時間というところだ。

これを短いと思う人は、膀胱がまだ柔軟なのだ。とこしえにそうあれかしと願うばかりだ。

なんとか調査を終えた私は、毎日、ホテルまでの帰路を急ぐ。だが、ここに陥穽がある。あまり急いではいけないのだ。なぜなら、焦りはかえって尿意を目覚めさせてしまうから。

「今日はいい天気だな。途中で本屋に寄ろうかな……」などと、尿意をときには欺き、ときにはあやしながらチュニスの大通りを歩く。ホテルに着く。ドアを押し開け、鍵を受け取り、階段をゆっくり登る。部屋の前に立ち、鍵を鍵穴に差し込む。しゃにむになってガチャガチャしだす……。

私が言語学の概説書を書くとしたら、この問題にまるまる 1 章さくことだろう。

(写真:猫たち)

苦い文学

続々男の正座

義太夫一日体験教室の会場は、赤坂見附にある豊川稲荷東京別院の文化会館だ。体験教室はお昼を挟んで開催されるので「軽食を用意してきてください」と書かれていた。

そして、私がお昼のために持ってきていたのが、前日買ったお稲荷さんの残りだった。これはいかなる神慮によるものであろうか。正座と足の痺れを恐れていた私にとって吉兆というべきであろう。

時間があったので、私はおみくじを引くことにした。百円を木箱に投入し、木の筒を振り、みくじ竹を出す。二十二番だ。棚から該当するおみくじをとる。

「第二十二番 吉 このみくじにあたる人は、こゝろ正直にして人のいつはりにのりて云々」

ざっと読んだが、正座については一言も触れられてはいなかった。だが、託宣というものはそう簡単にはわかるものではない。私はもう一度じっくり読む。

「くるしみありたる後次第によろしきかたちなり」

「よろしきかたち」とは正座のことだろうか? だが、そのとき、別の言葉が目に飛び込んできた。

「待ち人おそし」

これだ。

長いあいだ待つということは、痺れを切らすということだ。私の運命は正座で痺れるに定まった。(つづく)

苦い文学

羊文学@横アリ

今日、3人組のバンドの羊文学のライブが、横浜アリーナであったので行ってきた。

これまでとは違う大きな会場ということで、ボーカルの人が感激して「今日のことは忘れない」というようなことを言っていた。

羊文学がこれだけの会場でできるようになったのは、『呪術廻戦』のエンディングをやったことが大きいに違いない。だが、それだけではなく、いい作品を出してもその次で失速するバンドもあるなか、着実によい作品を積み重ねていることが、この結果につながったのだろう。

ただし、大きな会場でライブをするということには慣れというのも必要なようだ。なんだか、バンド側も観客側も少し戸惑っているような感もあって、それもまたいいのだが、私としては以前のより小さな会場のほうがより自然に感じられた。とはいえ、そういう会場につきものの「ドリンク付き」という強制購入がないのは面倒くさくなくてよい。

演奏では「光るとき」が圧巻だった。もっとも、他の人は他の曲を挙げるに違いない。

ところで、アンコール前に観客たちが手を叩いて、ミュージシャンを呼ぶという慣習があるが、私は面倒なのでいつも叩かない。「君たち、私の分もやってくれたまえ」という感じだ。

ある人に言わせれば、手を叩いた人だけにアンコールを楽しむ権利があるのであり、そうしないのはアンコールの演奏を「ただ聞き」する窃盗なのだそうだ。

今回も私は、大観衆のただなかでアンコール曲をまんまと盗んだことをここに告白したい。

苦い文学

石打ちの認証

《ヨハネによる福音書第8章より》

……律法学者たちやファリサイ派の人々が、姦通の現場で捕らえられた女を連れて来て、真ん中に立たせ、イエスに言った。

「先生、この女は姦通をしているときに捕まりました。こういう女は石で打ち殺せと、モーセは律法の中で命じています。ところで、あなたはどうお考えになりますか」

イエスを試して、訴える口実を得るために、こう言ったのである。

イエスはかがみ込み、指で地面に何か書き始められた。 しかし、彼らがしつこく問い続けるので、イエスは身を起こして言われた。

「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」

そしてまた、身をかがめて地面に書き続けられた。

これを聞いた者たちは集まり、イエスが地面に書かれたものを見て驚いた。そこにはこう書かれていたからである。

⬜︎ 私は罪人ではありません。

人々がチェックボックスにチェックを入れると、画像認証に変わった。

「石の画像をすべて選択しなさい」

人々は画像を選択して確認ボタンを押したが、何度やっても先に進むことはできなかった。どの画像もぼやけていたのである。

苦い文学

月夜の不眠

愛国者による天文研究振興を目的として設立された日本星辰発揚協会が年次大会を先日開催し、そこで発表されたある発見が、愛国者に動揺を引き起こしている。

同協会の月面探査部門が月の表面を観測した結果、これまで報告されたことのない構造物が確認されたのだという。

ただちに画像の詳細な分析が行われ、その結果、驚くべき事実が明らかになった。

月面に慰安婦像が建てられていたのである。

同協会はただちに「反日勢力の憎むべき陰謀」と断定し、慰安婦像粉砕ロケット開発ためのクラウドファンディングの開始を公表した。

とはいえ、この事実が愛国者に与えた衝撃は大きく、関係者によれば「月夜に眠れなくなった」「月のうさぎまで慰安婦像に見えてきた」「月光を浴びると肌にかゆみが」などとの訴えが同協会に殺到しているという。

同協会は、慰安婦像が撤去されるまでの間、この「反日月」をいっさい見ないようにと、すべての愛国者に強く呼びかけている。

いっぽう、同協会は、対抗措置として月のクレーターを旭日旗模様に早急に改造するよう、日本政府とNASAに強く求めていく方針だ。(サンケー通信社)

旅・観察

大村入国管理センター待合室内掲示の記録(4)

No.7. A4の紙


         2019年3月11日
        お知らせ

   金属製及びガラス製の容器に入った
  飲食料品については,差入れを希望さ
  れたとしても,「未開封」の状態でな
  ければ,被収容者に対する飲食を認め
  ることができませんので,皆様の御理
  解と御協力をお願いします。
   なお,御不明な点等がございました
  ら,係員にお尋ねください。

         大村入国管理センター

No.8. A4の紙


    新型コロナウイルス感染症
     に係る御協力のお願い

   新型コロナウイルス感染症による肺炎の
  流行が報道されております。
  面会にあたり令和2年3月2日から当面
  の間,面会来庁者の皆様に検温等の御協力
  をお願いしております。

   発熱等の症状が確認された場合や,検温等
  のご協力をいただけず,衛生面での確認がで
  きない場合は,感染防止の観点から,面会を
  御遠慮いただく場合がございます。

   面会室入室の際は,マスクの着用等につい
  ご協力をお願い致します

   大変ご迷惑をおかけしますが,御理解・御
  協力をお願いいたします。
     令和2年3月4日
        大村入国管理センター処遇部門