旅・観察

ベルベル語に出会う(5)

私はいくつかの単語を尋ねてみた。すると S さんは、ひとつひとつ答えながら、「これは私の出身のターウジュート村ではこういう。でも、他の村では違う言い方をする」と説明してくれた。

「水はなんと言いますか」

「水は、アマーン。アルジェリアでもモロッコでも、どこのベルベル語でもこれは同じだ」

他の地域のベルベル語についても経験豊富なようだ。さらに、チュニジアのベルベル人の生活や考え方についても教えてもらった。

「たとえばあなたのようなよそ者がターウジュート村に行っても、誰も挨拶もしないよ。ましてや笑いかけたりなど絶対にしない。それが習慣なのだ」

「でも、ベルベル人同士なら笑ったりするでしょう」

「ベルベル人は笑わない。だからジョークも存在しない」

「ほんとかな」と思うが、チュニス暮らしの長い S さん自身は、笑わないわけではない。軽薄なところのない、落ち着いた男性だ。S さんこそまさに、ベルベル語の先生を頼むにふさわしい人のように思えた。

私たちは、調査の条件について簡単に取り決めをして、2 時間の「初顔合わせ」を終えた。明日から、念願のベルベル語の調査が始まるのだ。

(写真:カフェの風景)

苦い文学

孤舟先生

現在55歳の彼は就職活動中だが、ほとんどの求人で年齢制限に引っかかるので、応募すらできなかった。彼はしきりに考えた。50代の求職者を受け入れない社会がいけないのだろうか。それとも50代になるのに無職なのがいけないのだろうか……。

もっとも、犯人探しをしてなんになろう。彼は気を取り直して、近所の孤舟先生と呼ばれる紳士のところに相談に行った。

いつも、どうしたらよいかわからないときにこの有徳の先生に泣きつくのだった。

「どこもこんな老人を雇ってくれるところなどないのです。ああ、もう10年若かったら!」

すると、先生、莞爾(にっこ)と笑って、彼を突き飛ばした。縁側から庭に転がり落ちる。

「何をするんです」彼は叫んだ。「つらいから相談に来たのに、これでは踏んだり蹴ったりではないですか!」

「その、踏んだり蹴ったりこそ重要なのだ!」

孤舟先生はさらに彼をむんずと掴んで家の外に放り出した。道路に転がると、そこに自転車が走ってくる。叫ぶまもなく、恐ろしい衝撃が彼を……。

気がつくと、彼は病院にいた。見ると足に包帯が巻かれていて、痛みに思わず苦悶の声を上げる。「目を覚ましたようだな」 声のする方を向くと孤舟先生が立っている。

「どうして!」 彼は思わず叫んだ。「なぜこんなことを」

先生はさもおかしげに笑うと、不意に恐ろしい目つきで見つめた。「これだけで終わらないぞ。これから、病、事故、裏切り、盗難……ありとあらゆる災難が君に襲いかかるだろう!」

「ただ就職の相談をしただけなのに! 災難なんて!」

「そうなのだ! 私は今、災難を作り上げて、君を人工的に厄年にしたのだ! さあ、これからは堂々と厄年の40代として就職活動を始めたまえ!」

「そうでしたか!」と彼の顔が明るくなった。「でしたら、いっそのこと20代の厄年のほうが引く手あまたなのでは?」

孤舟先生、悲しげにつぶやいていわく「それでは君の体は持つまい……言っておくが、これでも前厄なのだよ!」

苦い文学

貧乏神の敗北

二人の神様が自分のほうが偉いとケンカをしていた。そこにちょうど見るからに裕福そうな男が通りかかった。神様のひとりが言った。

「あの金持ちを見ろ。あいつを破滅させることができる者が、もっとも偉い神ではないか」

するともうひとりの神様が答えた。「よろしい。では、この私が先にあの男を破滅させてやろう」

その神様はたちまち貧乏神に姿を変え、男に取り憑いた。すると、その瞬間から、男はすることなすことうまくいかなくなった。

いくつも会社を経営していたのだが、円安の煽りを食って次々と倒産していった。手元に残ったわずかな資金で投資を始めたが、ザッカーバーグが詐欺広告をのさばらせたせいで、詐欺師どもにすべて巻き上げられてしまった。

とうとう家もなくなり、公園で寝泊まりするしかなくなった。

貧乏神は誇らしげに言った。「どうやら私がいちばん偉いのではないかな?」

そのときだった。ホームレスとなった男のもとに、いく人もの人々がやってきて、暮らしぶりや体の調子を聞いたりし、さらには食べ物の差し入れを始めたではないか。貧乏神が呆気に取られていると、これらの人々は、男が生活保護を受けられるように助言や支援をし、公的扶助に繋いでみせた。

それどころか、街角で薄っぺらい雑誌を売ることを教えて、若干の収入まで入るようにしてやった。貧しいながらも楽しそうに暮らす男を見て、貧乏神は嘆いた。

「日本の福祉は手厚すぎて手に負えないワイ!」 この言葉を発するやいなや、貧乏神は男からストンと落ちてしまった。

もうひとりの神様は大笑いしながら「今度は私の番だ!」と宣言。自己責任に姿を変えるや、男にしっかとしがみついた。

たちまち男は生活保護も支援も雑誌も投げ捨てて、数日経たないうちに餓死してしまった。

苦い文学

線審

混迷するこれからの世界でますます需要が高まる職業といえば、線審だろう。

線審とは、ボールが線から出たかどうか判定するプロフェッショナルだ。野球やテニス、サッカーでお馴染みだが、その活躍の場はフィールド外に広がりつつある。

たとえば EEZ(排他的経済水域)だ。北朝鮮のミサイルが、EEZ の外であろうと内であろうと、はっきりとわかる位置に落下すれば問題はない。だが、EEZ ラインのギリギリを攻めてきた場合はどうだろうか。線審の判定が必要なのは言うまでもない。

また、つい先日、岸田首相を狙った爆発物投げ込み事件が起きた。今後、同様な事件が増えそうな気配であるが、警備体制の強化とともに、線審の立ち合いも不可欠だ。

あっ、首相の街頭演説の最中、聴衆のだれかが筒状の物体を投げ込んだぞ!

「あぶない!」 SPたちがとっさに首相を庇う。と同時に線審が鋭い目つきで物体の落下地点を確認する。線を越えたか、越えないか?

旗が上がる! 「アウトッ」

警官たちはいっせいにテロリストにつかみかかる!

苦い文学

雉の新時代

雉たちの間で臨時集会が開かれた。

やがて雉のリーダーが前に立ち話し出した。この雉が集会を呼びかけたのだった。

「みなさんにお集まりいただいたのはほかでもない。われわれ、雉の瀕している重大な危機を訴えたいがためなのだ。

「私はこの場であの言葉を口にして、みなさんを不快にしようとは思わない。だが、あの言葉が生まれて以来われわれが舐めてきた辛酸をば思い出してほしいのだ。

「あの言葉のせいでわれわれは鳴き声を奪われた。なぜなら、一声鳴くたびに『おやおや、雉も鳴かずばなんとやらでは?』などと他の鳥どもが揶揄するからだ。そればかりではないっ。あの言葉のせいで、われわれは『余計な一言を言う愚か者』というレッテルを貼られてしまったのだ!」

悲痛な顔つきの雉たちを前にリーダーは続けた。

「ここで、みなさんに対し衝撃的かつ悲しむべき事実を告げねばならない。われわれが鳴くことを不自然に抑制し続けた結果、われわれのこどもたちの多くが、なんと、鳴けなくなっているのだ! それどころではない、なかにはカアカアとかチュンチュンとか、ホーホケキョとか、別の鳥の鳴き声しか出せないこどもが激増しているのだ」

雉たちは静まり返った。どの顔も青ざめて、怒りに震えていた。雉のリーダーは会場をゆっくりと見回して、再び口を開いた。

「われわれが鳴くのは罪なのだろうか? いや、そのようなことはありえない。われわれの鳴き声は、われわれの命だ! われわれはこの鳴き声を守らねばならない! あらゆる偏見と差別をはねのけて、鳴き声とこどもたちを守らねばならないのだ! 我々のこどもたちが雉としての誇りをもって鳴けるように!」

興奮した雉たちはいっせいに鳴き出した。その鳴き声はあたかも「雉の新時代」の幕開けを告げるかのように森じゅうに響きわたった。

旅・観察

古いほうの収容ウイルス、長崎入管訪問(その15)

 Kさんは「奇跡」だというが、どうだろうか。私にはわからない。だが、なんにせよ、彼は大村入国管理センターの収容所から出ることができた。しかし、今もなお、大村で、品川で、牛久で、多くの人々が収容され続けている。なぜこれらの人々は収容されねばならないのだろうか。それは、これらの人々が日本にいることを許可されていないからだ。だが、その許可を与えるのは国家であるが、この国家の主権はわれわれであるから、結局はわれわれがこれらの人々を閉じ込めていることになる。

 現在、われわれは自由な外出を、自由な社会的交わりを、新しいウイルスによって妨げられているが、入管に収容されている人々にとっては、われわれもウイルスのようなものだといえよう。

 「外国人」を憎み、恐れるわれわれは、「外国人」なる概念が生まれる遥か昔から、さまざまな地域で他者に対する暴力を生み出してきた。入管の収容もそのひとつだ。

 つまり、われわれはウイルスとしては古株なのだ。

 願わくば、新型のひよっこのウイルスが、より古いほうのウイルスであるわれわれに恐れをなして、この地上からただちに退散せんことを!

 (実際、新型コロナウイルスが若者と老人を区別していることを考えると、先輩に対する礼儀をわきまえている可能性も決してないとはいえないのだ……)

(おしまい)