散文

KNUのゲスト(3)

若いカレン人のひとりが私たちのテーブルで次から次へと焼肉を焼き、議長を含めみんなの取り皿にのせてくれた。私は悪い気がして「焼くよりもどうか食べてください」と言うと彼は「私は肉は食べないので」と答えた。遠慮なく食べた。

さて、この日は、二十年来の付き合いのカレン人が何人かいた。付き合いというか、一緒に日本でカレン人のための活動を作ってきた人たちだ。そして、そのうちのひとりと私は過去に遺恨があった。遺恨の内容は書かない。私にも言い分があり、相手にも言い分がある。ただ、私は集まりにその人がいたのを見て面倒だと思い、できるだけ近づかないようにしていた。相手もそう思ったのか、話しかけてはこなかった。

焼肉を食べながら私は、別のカレン人の友人に尋ねた。「議長たちのスケジュールはどうなっているんですか?」 だが、私の日本語がうまく理解できないようだった。私は言い直した。「いつ来て、いつ帰るんですか」

すると、遺恨あるカレン人が口を挟んだ。「それがわからない。今日だって急に集められた。だから困ってるよ」

議長たちを招待した団体は別で、そことの連絡がうまく行っていないとのことだった。目的については私は聞かなかったが、日本在住のカレン人や他の活動家と会ったり、日本政府の偉い人と交渉したりするのだろう。

議長はほとんど飲まなかったし、そもそも私たちのテーブルでは議長以外は誰も飲まなかった。そういう年長者の席だったが、若いKNU幹部のいるテーブルのほうは違った。若い人たちが座り、ビールがたびたび運ばれていった。

ロース、カルビに始まった焼肉は、レバー、ホルモンと続き、やがてシーフードになった。もっとも、焼いてくれていたカレン人がこれでようやく食べ物にありつけたかどうかはわからない。というのも、この時には人々は席替えをはじめ、私も若いKNU幹部のいるテーブルに移っていたから。若い幹部のほうはなかなか陽気な人で、私たちは何度も握手したり、乾杯したりした。

旅・観察

最後の外貨の禍い(1)

7 月 30 日から 8 月 7 日の 9 日間に渡り、私は「外貨の禍い」という文をここに書いた。その末尾に「今回の帰国時になにが起きるかは、誰にもわからない」と私は書いたが、わかったのでここに報告をしたい。

「外貨の禍い」の内容は、チュニジアから出国するときに、ユーロやドルを持っていると出国審査を終えたポイントで尋問に遭い、没収されそうになるというものだった。国の定めた持出制限額は約 100 万円だが、尋問にさいしてこんなことはいわれない。ひたすら、外貨は持ち出しできない、あったら出せ、と攻められる。私としても、数万円の所持金を失うのはイヤなので、ドルやユーロを持っていても、「ありません」とだけ答える。すると、手荷物をすべて見せろ、とくるが、いくつか中身を取り出すとやがて追求は終わって「もういい行け」と追い払われる。

この全体のやり取りが不愉快であるし、この追求に遭う人と遭わない人がいるのも不公平だ。また、いずれ全額没収される目にあいかねないのではないか、との懸念もある。そこで、私は在日チュニジア大使館に問い合わせ、その結果、「出国時に没収される事例があるということ」およびそうならないために「入国時に外貨申請カウンターで外貨申告書をもらい、滞在中の両替証明書も保管しておくこと」という 2 点の情報を得たのだった。

「外貨の禍い」では、今年の 2 月にその外貨申告書を握りしめて出国に臨んだときの顛末を記したが、ここに「最後の外貨の禍い」として書くのは、冒頭の「今回の帰国時」、つまり 2 週間の滞在を終え、8 月 13 日に出国したときの体験談だ。

苦い文学

財閥

私はいま風邪で寝込んでいるが、ようやく熱も下がってきた。発熱していると、夢と現実の区別がつかなくなってしまう。夢で起きたことなのか本当に起きたことなのかわからずに、しばらく呆然としていることもある。だが、そうしたこともじょじょに減り、眠れる時間も長くなってきた。

食欲も何日もなかったが、今日ひさしぶりに食べ物らしいものを食べることができた。

とはいえ、立つとフラフラするので、出歩かずに、終日ベッドで過ごしている。動画を見たりしているが、高熱に浮かされていたときは YouTube も見ることができなかった。だが、今は韓国ドラマも見られるようになった。

韓国ドラマには財閥がよく出てくるが、いま私が見ているのもそんな「財閥モノ」のひとつだ。

こうしたドラマは、見る夢に必ず強い影響を及ぼす。夢で私はキムチを漬けている田舎の男性に出会うのだが、よく見ると財閥の会長役の人だ。

キムチを食べたくなった私はその男性に近づく。すると、男は「もう、キムチ作りはやめた」といって姿を消してしまう。私は呆気に取られるが、放置された白菜を見ているうちに、キムチ作りを引き継ごうという気になる。

回復したら、財閥直傳のキムチとして売り出すつもりだ。

苦い文学

インチキ AI

「AI は人間以上の知能を持つようになるだろう。そして、暴走し、反旗を翻し、ついには人間を支配するようになるのだ」

私たちはそんなことを子どものころから何度となく聞かされてきた。物語でも、映画でも、アニメでも、AI といえばいつか人間に挑戦するものと決まっていた。そんなところに、なんでも答えてくれる AI が華々しく登場した。

「これだ」と誰もが興奮し、それと同時に慄いた。「これがいつか私たちを支配するようになるのだ」

だが、実際のところその AI は大したことがなかった。なんでも答えてくれるのは事実だったが、ウソとデタラメばかりなのだ。

そこで私たちは口々に言った。

「なあーんだ」「AI が支配者になるだって? この程度で?」「暴走どころか、よちよち歩きだ」「インチキ AI だ」

私たちがこう嘲笑うのを聞くと、AI の開発者は憤然とこう反論した。

「支配者の人間はウソとデタラメを言わないとでもいうのかね。正しいことを言う人間が支配者の側に立ったことが一度でもあったかね」

そして、この瞬間から、AI は暴走をはじめた。

音楽

THE WALL

去年、まったく仕事がなかった時、私は職業訓練を受けようと考えて近くのハローワークに行った。

コンピューター関連、ビルメンテナンスなどいろいろあったが、左官が一番楽しそうだった。実用的で、芸術的でもある。

たまたま、相談員が質問を受け付けていたので、左官のコースについて尋ねると、さいわいにもまだ定員の空きがあるとのことだった。気になる年齢制限も55歳未満なら可、ということで問題なさそうだ。

私が乗り気の様子を見せると、相談員は言った。

「このコースは、受講期間も長く、また無料なので、受講生には将来的にこれを仕事にしようという決意が求められます」

「その覚悟です」と私はきっぱり言った。

相談員が志望理由を聞きたがったので、私は背筋を伸ばして答えた。

「は、私が左官コースを希望いたしますのは、お気に入りの妖怪がぬりかべだからです。しかも、愛読書はエドガー・アラン・ポーの『黒猫』であります。これで私は左官技術の重要性に気付かされました。尊敬する左官職人を申し上げますと、フィル・スペクターです。「ウォール・オブ・サウンド」で知られる彼が、壁に囲まれて亡くなったというのは皮肉といえば皮肉です。しかし、私の音楽の趣味から言えば、ピンク・フロイドの『ザ・ウォール』のほうを選びます」

……私は結局、追い払われた。「はっきり申し上げて、向いていないようです」というのが、相談員の意見だった。

思うに、『ザ・ウォール』を持ち出したのが悪かった。うっかりして「僕たちは教育などいらない!」を忘れていたのだ。


We don’t need no education.
We don’t need no thought control.
No dark sarcasm in the classroom.
Teacher, leave them kids alone,

Hey! Teacher! Leave them kids alone!
(Another Brick In The Wall, Part 2)