散文

KNUのゲスト(3)

若いカレン人のひとりが私たちのテーブルで次から次へと焼肉を焼き、議長を含めみんなの取り皿にのせてくれた。私は悪い気がして「焼くよりもどうか食べてください」と言うと彼は「私は肉は食べないので」と答えた。遠慮なく食べた。

さて、この日は、二十年来の付き合いのカレン人が何人かいた。付き合いというか、一緒に日本でカレン人のための活動を作ってきた人たちだ。そして、そのうちのひとりと私は過去に遺恨があった。遺恨の内容は書かない。私にも言い分があり、相手にも言い分がある。ただ、私は集まりにその人がいたのを見て面倒だと思い、できるだけ近づかないようにしていた。相手もそう思ったのか、話しかけてはこなかった。

焼肉を食べながら私は、別のカレン人の友人に尋ねた。「議長たちのスケジュールはどうなっているんですか?」 だが、私の日本語がうまく理解できないようだった。私は言い直した。「いつ来て、いつ帰るんですか」

すると、遺恨あるカレン人が口を挟んだ。「それがわからない。今日だって急に集められた。だから困ってるよ」

議長たちを招待した団体は別で、そことの連絡がうまく行っていないとのことだった。目的については私は聞かなかったが、日本在住のカレン人や他の活動家と会ったり、日本政府の偉い人と交渉したりするのだろう。

議長はほとんど飲まなかったし、そもそも私たちのテーブルでは議長以外は誰も飲まなかった。そういう年長者の席だったが、若いKNU幹部のいるテーブルのほうは違った。若い人たちが座り、ビールがたびたび運ばれていった。

ロース、カルビに始まった焼肉は、レバー、ホルモンと続き、やがてシーフードになった。もっとも、焼いてくれていたカレン人がこれでようやく食べ物にありつけたかどうかはわからない。というのも、この時には人々は席替えをはじめ、私も若いKNU幹部のいるテーブルに移っていたから。若い幹部のほうはなかなか陽気な人で、私たちは何度も握手したり、乾杯したりした。

散文

KNUのゲスト(2)

だが、断るわけにはいかない事情があるのに気がついた。

というのも前日の日曜日、カレン人の大事なイベントがあり、私はそれも誘われていたのに断っていたからだ。イベントにはKNUのゲストが出席することも知らされていたし、友人が誘ってくれたのは私を紹介したいからだということもわかっていた。結局のところ、私は行くと返事をしたが、それは、むしろこの友人の厚意を二度も断りたくなかったからだ。

そして、池袋の焼肉屋に集まったのは、十三人の在日カレン人と私。しばらくすると友人が、近くのホテルからKNUのゲストを連れてきた。若いカレン人たちが入り口に立って、歓迎の花束を渡した。

会場は広めの個室で、お店も少しだけ高めだ。この店の系列店で働くカレン人がセッティングしてくれたのだという。

ゲストはKNU議長と若い幹部で、二つある大テーブルに別々に座った。私は議長の近くに座らされた。やがて、肉が出てくる。議長は日本酒を飲んでみることにしたようだった。

私は名前ぐらいは伝えたが、実際には議長と話すことはない。私は最近のビルマの状況については疎いので、あまりくだらない質問をしたくはなかった。

また、私はKNUの人を何人も知っていたが、そこで、あの人知ってる、この人知っている、KNUについてこんなこと知ってるなどと、KNU議長相手に釈迦に説法をおっ始めるほどバカではない。

それに、KNU内部にもいろいろな考えと立場がある。私を助けてくれた人が、別の人にとっては裏切り者だったりする。だから、余計なことは言わないのがいちばんだ。

そして、私については自分で言わなくても周りのカレン人がどんどん説明してくれた。これで十分だし、そもそもゲストと話すべきなのは、私ではない。他のカレン人、特に若い人たちだ。

そういうわけで私は、焼肉を食べるのに集中した。

散文

KNUのゲスト(1)

日本にはビルマから来たカレンの人々がいる。カレンの人々のすべてかどうかわからないが、多くがビルマ政府の迫害を経験し、難民として日本に逃れてきた。

ずいぶん昔にカレン人の政治団体がビルマで結成された。日本語でカレン民族同盟(KNU)という。ビルマは現在、さまざまな民族と内戦中だが、KNUはその中でも古株だ。もっとも、KNUは政府のようなもので、戦うのはその下にあるカレン民族解放軍(KNLA)だ。KNUは、他民族との協力・調整、ビルマ政府との交渉、日本政府などとの協議を行うほか、カレン難民の救援などいろいろな活動を行っている。

日本にいるカレン人の多くは、もちろん人によると思うが、KNUに対しては原則的には肯定的に捉えているように思う。というのも、カレン人の利益と希望を代表するもっとも大きな組織だからだ。また、身近な人がKNUの関係者や軍関係者であったりすることもある。ただし、KNU自体も長い歴史のあいだ大きな間違いを犯してきた。なので、多くの人はKNUを頼みの綱とするが、無条件に信頼しているというわけではない。その内情や行動についてはかなり厳しい目で見ているように思う。

私は日本のカレン人とのつき合いも長く、タイ・ビルマ国境の難民キャンプやビルマ国内のカレン人地域にもずいぶん行ったことがある。その過程で、KNUのさまざまなレベルの人々と会い、話す機会を持った。KNUの歴代の議長にも会ったことがある。もっとも、私は偉い人の前だと緊張してしまうので、ほとんど話さなかった。

カレン人地域に行ったのは二〇二四年二月が最後だ。この時は友人のカレン人とともにタイ側から国境を越えてビルマの紛争地域に入った。近くで鉄砲の音が聞こえるような場所だったが、私たちはわりに呑気に過ごした。その時も、友人の親戚のKNU兵士と一緒に行動した。

最近の私は在日カレン人の集まりにあまり顔を出してはいないが、この月曜日、友人から急に連絡が入った。

「今夜、KNUの議長たちと池袋で焼肉を食べるから来てくださいね」

急に言われても困るので私は断ろうと思った。