散文

笑い話の解説(3)

笑い話を理解するための次のポイントは、標準アラビア語と方言の違いだ。もっとも、説明する私にとってさいわいなことに、笑い話に関係するのは「雌牛」という単語だけだ。

標準アラビア語では「雌牛」は baqara という。チュニス方言では bagra だ。あまり大きく違わない。ただし、使い方の点では大いに異なる。標準アラビア語には格変化がある。格というのは、日本語の助詞「〜が」「〜を」「〜の」の役割に似たもので、この役割に合わせて語尾が変化する。具体的には次のとおり。

baqarat-u-n「ある一頭の雌牛が」
baqarat-a-n「ある一頭の雌牛を」
baqarat-i-n「ある一頭の雌牛の」

ここで「〜が」「〜を」「〜の」の違いに対応しているのが -u、-a、-i だ。末尾の -n はここでは「ある」に対応し、英語の不定冠詞の a に似ている。ちなみに方言では「〜が」だろうが「〜を」だろうがなんだろうが、いつも bagra だ。つまり格変化はない。

なお、この格変化は、アラビア語を学ぶ気のない人は覚える必要はない。また、アラビア語を学びたいと思っている人も覚える必要はない。なぜなら、アラビア語入門の最初の授業で学ぶことだから。-un が、いかにも標準アラビア語らしい語尾だということがわかれば十分。

だが、もうひとつ大事なポイントがある。baqara の後にいきなり出現した t だ。これは、この名詞の後に格語尾がついたり、別の名詞が続いたりすると出てくるものだ。この t にはいくつか意味があるが、ここでは女性名詞の印だとしておくと、次のポイントに進みやすくなる。

なお、この t は、方言の bagra にも隠れている。とはいえ、こっちのほうは笑い話には関係はない。

旅・観察

カレン人の教会(3)

通訳の方のおかげで、礼拝の中身についても若干の記録ができるわけだが、集まった人は 40 人ぐらいだろうか。その中には、カレン人の牧師、副牧師、そして日本人の牧師もいた。詳しくは知らないが、カレン人の礼拝を支援している人だと思う。

そのほかは一般の信徒だ。ほとんどがカレン人だが、礼拝はビルマ語だ。なぜかというと、カレン語には大きく分けるとスゴー・カレン語とポー・カレン語の2種類あって、互いには通じないからだ(カレン語には他にもたくさんある)。

年齢層は、日本の教会とは違って、20 代 30 代の人も多い。こうした若い人々は礼拝や献金の間、前に出て何か歌を歌ったり、キーボードやギターを演奏したりする役目を担っている。

プロテスタント系の礼拝というと、お祈り、讃美歌、説教、献金、最後の祝祷、礼拝後の諸報告からなる。これは、カレン人の礼拝も同じだ。

ひとつ特別な企画としてあったのが、教会のリーダーが若者を何人か前に呼んで、問答をするというものだ。これは、若い人に聖書を読んでほしい、そして、これからの教会を引き継いでほしい、という思いから行われたとのこと。

それは「イエスを信頼すれば成功するという考えには賛成ですか、反対ですか」という質問をリーダーが若者に問いかけて、それぞれが思うところを述べる、というものだ。

これは信仰上の質問だが、他には「聖書には政府には逆らってはいけないと書いてあるという人がいるが、どう思いますか?」というビルマならではの政治的な質問もあったり、また「YouTube で『自分には神の力が宿っている』とか『神の言葉を語ることができる』と主張する人々の動画がありますが、どう思いますか」などという、メディアリテラシーに関する質問があったりして、興味深かった。

礼拝には説教がつきものだが、それについても簡単に記す。今回の説教はこの教会の牧師ではなく、タイからやってきたカレン人の牧師によるものであった。私の友人であり、それで私も礼拝に出席することとなったのであるが、その説教の時間が来て、彼が説教台に登った。

そのとき私は、彼がコーヒーカップを持っているのに気がついた。私は急いで教会にやってきたので飲み物を買う余裕がなく、喉が渇いていたのだが、礼拝が始まってしまったので、どうすることもできなかった。なので、彼がコーヒーを持って説教台に立ったとき、大いにうらやましく思った。

だが、これはコーヒーではなかった。欲が私の目を曇らせたのである。

苦い文学

夏の虫取りおじさん

夏休みに入った子どもが虫取りをしたいというので、朝早く近くの林に行った。カブトムシやクワガタがいないかと、木の幹を見て回るが、正直いって私は虫のことなどなにもわからない。このまま収穫なしで帰るほかあるまいと思っていたら、子どもが叫んだ。

「あ! クワガタ!」 子どもが虫取り網を振り上げる。そのとき、別の網が木の幹を叩いた。驚いたクワガタはどこかに逃げてしまった。

私はその網の持ち主をにらんだ。それは垢まみれの服を着た男で、私たちのことなど目に入らないふうで「あー、逃げられた。ちくしょー」などとぶつぶつ言って、頭を振っている。

私が抗議すると、「おお、すまん、すまん。てっきりゲンザイかと思って、こりゃ悪かった。で、どこだどこだ、ゲンザイのやつ」と男は見まわした。

私は子どもに言った。「さあ、別の場所に行こう」 だが、子どもはこの挙動不審な男に魅入られたように動かない。子どもが男を呼んだ。「ねえ!」 男はといえば、虫取り網を抱え、小刻みに体を揺すりながら、緊張した顔で木々を探っていた。

子どもは尋ねた。「ゲンザイってなんの虫?」

男は一瞬とまり、口をしばらくモゴモゴさせる。「それは虫じゃないよ。すばしっこくて絶対に捕まらない。ヒラヒラってすぐ逃げてしまう。捕まえなきゃ、いや、捕まえるんだ」

「どうしてそんなに捕まえたいの?」と子ども。

「だって、おじさんには、ひどい過去とひどい未来しかないんだ! だから現在を捕まえるしかないっ!」

「……あ、たしかあっちにカブトムシの大群がいたな……」と私は子どもをひっぱって立ち去った。

苦い文学

サブスク詐欺

SNS で有名人の名を騙り、虚偽の投資話を持ちかけて現金 100 万円をだまし取ったとして 15 日、詐欺の疑いで池袋の自称ミュージシャン、山本足朗(たすろう)容疑者(23歳)が逮捕されました。

警察によりますと山本容疑者は今月、都内の 70 代男性に対し SNS のダイレクトメッセージで、シンガー・ソング・ライターの山下達郎さんを名乗り「世界中のシティ・ポップのブームに合わせて、近々サブスクリプション・サービスで自分の曲の配信を始める予定です。配信解禁前に出資してくれれば、印税の1%をお渡しします」などと嘘の投資話を持ちかけました。

男性は現金 100 万円を振り込みましたが、その後、予定された配信解禁日になっても、山下達郎さんの曲が配信されなかったため、警察に被害届を出しました。

被害にあった男性は「待てど暮らせど曲が配信されないため、がっかりしてサブスクにある竹内まりやさんの「元気を出して」を聞く毎日でしたので、犯人が逮捕されてホッとしております」と語りました。

警察の取り調べに対し、山本容疑者は「私の逮捕は不要でしょう」などと語り、容疑を否認しています。

苦い文学

独り言

電車に乗っていたら、ぶつぶつと独り言を言っている人がいた。

「ぶつぶつ……ぶつぶつ……」

「おい、うるさい」

「ぶつぶつ……」

「うるさいぞ!」

「ぶつぶつ……ぶつぶつ……なんですか、独り言ぐらい言っていいじゃないですか」

「いや、それがダメなんだよ! この車両は俺のナワバリなんだ」

「独り言いうのにナワバリもクソもあったもんじゃない」

「だから、それがあるんだ。この車両で独り言を言えるのは俺だけなんだ」

「えええっ、そうなんですか。そんな決まりがあるんですか」

「そうだよ、お前。同じ車両に二人も三人も独り言を言うのがいたら乗客だって困っちゃうよ」

「そんなにいうんなら、じゃあ、いいですよ。隣の車両に行って思う存分独り言を言いますから」

「ちょ、ちょっと待った。隣の車両はガナリの政のナワバリだ」

「じゃあその隣の車両は?」

「つらみのつね子だ。いや実際、この電車はもう空きがないのだ」

「じゃあ、どうすればいいんです」

「ちょっと待て、今調べてやる。そうだな、始発の6両目が今なら空いてるぞ」

「始発!」

「しかたがない。俺が独り言を始めた時は、夏の臨時列車だったわい」

「わかりましたよ。明日、早起きしますよ」

「そうそう、そのうちいい時間帯のいい車両に空きが出るさ。頑張れよ! 若いの!」

……というような内容を一人二役でぶつぶつ言っていた。