風刺・戯文

ハチ公と銅像たち

渋谷のハチ公の銅像が逃げ出した。ある朝、台座の上が空になっていたのだ。私たちは大騒ぎだ。「ハチ公がいない!」 世にも稀な忠犬との写真撮影のためにはるばるやってきた外国人観光客も叫ぶ。「No Hachi!」

「犬の足だ、そう遠くは行っていないだろう」 私たちは夢中で探し回った。109 にもいない。さては PARCO に? いや東横のれん街に迷い込んだのだ! だが、必死の捜索もむなしく、私たちは途方に暮れるばかり。「どうしてリードをつけておかなかったんだ!」 誰かが腹立たしげに言った。

別の誰かが悲しげに言った。「きっと、待ち続けるのにくたびれたのだろう」「そうだ、連日、外国人観光客にああいじられては逃げたくもなる」「いや、銅像になるほどの忠犬がどこに逃げるものか」「つらいときは逃げたっていい」「そんなの忠犬じゃない」「何を!」

カッカしている私たちに誰かが言った。「待て、探す必要などないぞ! 犬は家に帰ってくるというではないか!」「そうだ、もといたところだ!」

私たちは元ハチ公前に集まった。それ以来、私たちは渋谷駅で待ち続けている。今では、犬を待ち続ける私たちを目当てに外国人観光客がやってくるまでになった。

私たちが銅像になる日も近い。

ライブ

Homecomings@Shibuya WWW

整理番号が260番で、少し早めに会場前に着いていたものだから、この寒いなか入場までそうとう待つことになった。

シベリアばりの寒気に気が遠くなって、外から地下への階段へと入るのを許されたころには、頭の中ではラーゲリとか、イワン・デニーソヴィチとか、そんなことがちらつきはじめていた。

さすがに Homecomings もこのロシアの大地的な凍つきには歯が立つまいと思われたが、2時間強のライブの陶酔と熱がすっかり溶かしてくれたのだった。

今回は Homecomings の新譜のツアーの追加公演で、去年の12月28日の本公演の音がとても気持ちよく、そして激しかったので、また行くことにした。

Homecomings をはじめて聞いたのは去年、Say Sue Me のオープニングアクトで、そのとき聞いた一曲が印象に残った。去年の12月でもその曲をやったが、事前にほとんど聞かずに行ったので曲名がわからなかった。

今回再び行くにあたり、ちゃんと予習して、私はようやく曲名を知ったのだった。

その曲は「US」。このバンドの代表曲で、それすら知らずに、ライブに行くというのも我ながら情けないが、すばらしい曲なのでぜひ一度聞いてほしい。

風刺・戯文

フローレス原人

今日、人類学の泰斗、ジェイムズ・シェルドン博士が来日した。博士は、フローレス原人(ホモ・フロレシエンシス)研究の世界的権威として知られる。

フローレス原人とは、インドネシアのフローレス島で化石が発見された小型の人類だ。推定によれば、身長は1メートル余りだったとされ、その発見は世界を驚かせた。

フローレス原人をめぐる最大の謎は、もともと小型の人類であったのか、それとも現生人類と同じサイズだったのが、フローレス島という特殊な環境により小型化したのか、という問題だ。後者の小型化説を主張するもっとも有力な研究者であるシェルドン博士は、都内のスーパーやコンビニを巡って、さらなる証拠集めを行う計画だ。

「ほら、見てください」とコンビニを訪問した博士は商品棚からシュークリームを取り上げる。「私は、約10年前にも来日したのですが、その頃より半分の大きさになっています。さらに(と精算前のシュークリームを半分に割る)内部のカスタードクリームは半分どころか3分の1になっているのです。もちろん、これだけではありません。ピザ、ドーナツ、パン、あらゆる食品がそうなっているのです」

博士は精算前のシュークリームに齧りつくと顔をしかめながら話を続けた。

「もし、経済的衰退により、商品の小型化が進み、それを摂取する日本人も環境の変化に適応して小型化しているとしたら、フローレス原人にも同じことが起きた可能性があるといえないでしょうか」

博士は今後、都内のコンビニやスーパーの店内に生息する日本人を捕捉し、体長の測定を実施する予定だ。

ライブ

青葉市子@東京オペラシティ

3回抽選に外れて、ようやく青葉市子のコンサートに行く機会を得た。

15 周年記念コンサートの追加公演で、 1 月 23 日、東京オペラシティで開催された。それほど曲を知っているわけではないが、「いきのこりぼくら」だけでも十分聞く価値はある。ほかにもいい曲があった。

ステージはギターだけで、数曲、キーボードで歌った。スペシャルゲストは大貫妙子で、これは本当に特別な感じがしてよかった。

外国からと思しき観客も多かった。Apple Music のプレイリスト「インディーフォーク」にアメリカのミュージシャンたちにまじって曲が入っているくらいだ。不思議はない。また、4 月からワールドツアーもはじまるそうだ。

東京オペラシティのコンサートホールに行くのは初めてで、ライブハウスと違うので緊張した。音が響くので余計な音を立てないように注意していたが、急に喉に刺激を感じ、咳がしたくなって、大いに苦しんだ。これがオーケストラだったら、誤魔化しようもあったかもしれなかったが、ギター一本だけなので、逃げ場がなかった。

隣の人のお腹が鳴るのが聞こえるくらい静かな会場で、演奏中、ときどき、客席の中から「バターン!」と響く音が聞こえた。あちこちから同じ音が聞こえるのだ。初めはわからなかったが、たぶん携帯を落とした音だろう。

小説

せんべろ以上

「二百べろですって?」と私は叫んだ。

「ええ、二百べろが可能なのです」

「なんと酒呑みにやさしいではないですか」 私は思わず興奮してしまった。「なにしろ、失業中の身には千円でもつらいですからね……あ、いや、昔はこれでもせんべろで酔っていた身分でした」

「かつてはずいぶん羽振りが良かったのですね」

「お恥ずかしい話で……で、その二百べろはどこにあるのです」

「なに、すぐそこでですよ……」 そういう彼は私を上野駅に連れていった。「なるほど、上野ですか。確かに安く酔える店がありそうです。で、どんな店なんです」

「まあ、お待ちなさい」と彼は駅の売店でガラスカップの酒を2個買った。200 ml 入りで、200 円。その酒をどうするかと思っていたら、私に1個渡すではないか。「ひとつぐいっとやってください」

私は腹を立てた。「なんだ、その手には乗りませんよ。確かに 200 円かもしれませんが、そんなもんじゃべろべろのべの字にもなりませんよ。5本飲んで、ようやく酔いが回るくらいですよ」

すると彼は「まあ、まあ、私の言うとおりになさい」とスタスタ歩いていくではないか。慌ててついていくと、私たちは中央連絡通路に出た。この通路は、上野駅中央改札口と常磐線、山手線・京浜東北線などを繋ぐ通路だ。

「この中央連絡通路は、日本でいちばん天井が低い通路なのです。しかも、天井から突き出た梁の部分を見てください。黄色いクッションが取り付けられているでしょう。あそこがもっとも天井が低いので、頭をぶつける人が続出するため、あんなふうに保護しているのです」

「それが二百べろとなんの関係があるのです?」

「見ててごらんなさい。ほら、あの人」と彼はひとりの千鳥足の男を指差した。「彼は私たちの仲間ですよ!」 

私が見ていると、その男はふらふらとよろけて、黄色いクッションに頭をぶつけた。「あっ」 私が叫ぶと彼はほほ笑んだ。「大丈夫ですよ。あれはわざとぶつけているのです」

「なんでですか?」

「なんでって、酔いのまわりをよくするためですよ!」 こう話している間に先ほどの千鳥足の男はまた別のクッションに頭をぶつけた。ぶつけるたびに足元がいっそうおぼつかなくなるようだった。

「私のみるところ、あの友人は10回ほど頭をぶつけていますね。二百べろ達成ですよ!」

私はもう我慢できなくなった。もらったカップを開けると一気に飲み干し、天井の低い通路に飛び込んだ。さっそく一回頭をぶつける。

彼が叫んだ。「その調子! 今の感じだとまだ九百べろですね! 二百べろにするためにもっとたくさん頭をぶつけるのです!」

私はいくども頭を打ちつけ、次第に酔いがまわりべろべろになっていった。朦朧とした頭の中で、私はこの中央連絡通路にあの千鳥足の男だけでなく、他にもたくさんの酔漢が足をくねらせながら、頭をぶつけているのを見た。ここは酒場だったのだ!

いつのまにか、私の友人も加わっていた。頭を血まみれにした彼は、上機嫌に笑っていた。「これぞ酒呑み天国だ!」 「そうだ!」 私たちは勢いよく互いに頭をぶつけ、そのまま昏倒した。

ライブ

Homecomings@Zepp Shinjuku

Homecomings は 3 人組のバンドで、もともとはドラムがいたが今年の初めに抜けたそうだ。私はこのバンドについてあまりよく知らないが、10 月 25 日の Say Sue Me のライブでオープニングアクトを務めていて、それが良かったので、12 月 28 日に Zepp Shinjuku で行われたワンマンライブツアーの最終公演にも行くことにした。

新しいアルバム(see you, frail angel. sea adore you.)が 11 月末に出たばかりだったが、私はうかつにもほとんど聞かずに行った。10 月 25 日のときはギターバンドという感じで、それが気に入ったが、今回は新譜を中心にひたすら気持ちのいい音と曲を演奏し続けるというものだった。

MC もライブの半ばに 1 回だけ、アンコールもなし、というスタイルで、とにかく自分たちの音の世界を途切れなく提示することに集中したステージだった。照明の演出も非常に巧みで感心させられた。会場の後ろのほうだったので、あまりステージは見えなかったが、音の空間を味わうには十分だった。

たった 1 回の MC では、アルバムの制作の大きなきっかけが 1 月の能登半島地震であったことや、好きなことをとことんやった、というようなことを言っていた。社会問題に対する関心も曲作りに反映されているようで、そういえば 10 月 25 日のステージには「いますぐパレスチナ停戦と解放を!」みたいなボードがさりげなくアンプの下に立てかけられていた。

終演後、東京追加公演が 2 月 19 日に渋谷で開催されることが発表された。私はさっそく抽選に申し込んだので、運がよければまた行けるだろう。

風刺・戯文

スクランブル交差点

「世界でもっとも有名な交差点」とも言われ、世界中から観光客が押し寄せる渋谷スクランブル交差点をなんとかしようと、「新しい日本を考える男たちの会」が立ち上がった。

「もしハチ公がご存命ならば、外国人たちに吠えかかりいの、ガブリと噛みつきいので、追っ払っていたことでしょう」と公言してはばからない男たちは、その晩、混雑したスクランブル交差点を占拠して叫んだのだった。

「俺たちの目が黒いうちは、何人たりともこの道渡るべからずだ!」

「ははーん、真ん中を通ればいいのさ!」と叫んで渡ろうとした歩行者を男たちはボコボコにした。人々は震え上がった。「これはとんちじゃない! 現実なんだ!」

列になった男たちは、どっかりと地面に腰を下ろした。「俺たちは観光公害から渋谷を守る!」 もうテコでも動かない構えだ。

道が渡れなくなったので、交差点周囲はたちまち人でいっぱいになった。その上、駅から絶えず人が吐き出されてきて、押し合いへし合い、もう身動きもできない。群集事故発生かと思われたところ、警官の車両が駆けつけた。

「座っている男たち、直ちに立ち上がって立ち去りなさい!」 スピーカーが大音量で繰り返す。「男たちよ、立ち上がるのだ!」

群衆に巻き込まれた外国人観光客たちは、ポリスがなんと言っているのか知りたくなった。みんなほとんど同時に自動翻訳機にかける。その瞬間、外国人たちの間に衝撃が広がった。

“Japanese Gentlemen, Stand Up Please!”

YMOだ! 私たちは、俺たちは、この3人がいなければ、日本のことなど知りもしなかったろう! そうだ、今こそ、声を合わせて歌うときだ! もう叫ばずにはいられない!

“Do the Tighten Up!” 

“Japanese Gentlemen, Stand Up Please!”

“Do the Tighten Up!”

外国人も、日本人も関係ない! 音楽に交差点はない! 渋谷中がまるで爆発したみたいに振動し、酒飲め SAKAMOTO のらんちき騒ぎが始まり、狂乱の夜は果てることなく……永遠に……………………

………Here We Go Again?

ライブ

さとうもか@渋谷WWW

コロナのとき、さとうもかの『GLINTS』(2020)をたまたま聞いて気に入ったので、このアルバム、そしてその次に出た『Woolly』(2021)もよく聞いた。そして、この10月31日に新しいアルバム『ERA』が発売され、そのツアーがあるというので、今日11月10日、渋谷WWWのライブ「さとうもかBand Set」に行った。

さとうもかは、わりと若い女性が聞くようなイメージがあるので、やや心配だったが、男性も多かったし、私と同じ年代の人もいた。

さとうもかの声もいいが、私が好きなのはメロディに「さとうもか節」とでもいうようなクセがあることだ。そんなわけでどの曲も違うのだが、同じように聞こえることもある。また、明るいポップな曲(「Glints」)やユーモラスな曲(「Peach Perefect」)もいいが、「切ない」とは違う、どこか悲壮で張りつめた感じの曲が持ち味だ。新曲の「Dear Stranger」や代表曲「melt bitter」、そして今回は演奏しなかった「ながれぼし」などがそれにあたる。

これらの曲もそうだが、失恋の歌が多いので「失恋の女王」と呼ばれているのだそうだ。もっとも本人は MC で「失恋もそれほど経験はないし、恋愛もそれほどない」と言っていた。

さて、Band Setというのは、バンド付きのライブということで、これがとてもよかった。バンドはスピーチバルーンという岡山のバンドで、さとうもかとかつて岡山で一緒に活動していたとのこと。スピーチバルーンの曲も1曲(「Night Flight」)演奏され、これもよかった。

ライブ

Say Sue Me と Homecomings

Say Sue Me は韓国は釜山出身のインディーバンドで、現在は世界的に活躍しているバンドだ。だが、インディーバンドの世界的活躍といっても、aespa や Stray Kids などの K-POP スターとはちがい、規模も動員数もたかがしれている。そんなわけで、昨日(10 月 25 日)、渋谷 CLUB QUATTRO で行われた日本ツアーの初日、私は最前列で演奏を楽しむことができた。

オープニングアクトは、Homecomings で、私は名前を知る程度だったが、ギターの音もいいし、演奏もかなり決まっていてよかった。9月にミツメのライブにはじめて行って、次にライブがあったらまた行くぞと思っていた数日後に活動休止の知らせを受けた心の傷を十分に癒してくれた。

Say Sue Me は Homecomings に比べるとシンプルで、わかりやすいギターのリフと肩肘張らない演奏で、楽しい。コード進行もおそらくそれほど複雑ではないが、その分、過去のいろいろな洋楽もかすかに聞こえるようで、これも楽しい。

未発表曲も演奏したが、これは来年出すつもりのようで、観客に「何月に出したらいいですか」などと日本語で聞いていて、「5月!」とか「8月!」とかのやり取りもあった。

アンコール後に、去年出た「Mind Is Light」をやってくれたが、これは後半の演奏がとてもよいので楽しみにしていた曲だ。

2022 年 12 月の来日時もそうだったが、終演後はグッズを買うと、サインをしてくれる。前回はTシャツだったが、今回は、ポスターにサインしてもらった。

風刺・戯文

ヒトが木から降りたワケ

《人類が地上に降りた理由、新説発表》

初期人類がどうして木から降りて地上で暮らし始めたのか、霊長類文化リサーチセンターの吉田三郎博士が新説を発表した。およそ 900 万年前にアフリカ熱帯林で木の形態に生じた変化が、地上に降りたきっかけとなったことを、樹木の化石の分析によって裏付けた。研究内容は、今日にも学術誌『サイエンティフィック・ベンチマーク』に掲載される。

ヒトがいつ地上で二足歩行の生活を始めたのかは、これまでもさまざまに議論されてきた。吉田博士は、「そもそもなぜ樹から降りたのか」という疑問を解明するため、900 万年前の樹木の化石を比較検討し、樹木に生じた形態的変化が、ヒトを樹上生活から「排除」したことを明らかにした。

「これらの化石からわかるのは、当時の樹木が、わざとらしく突起に覆われていたり、取ってつけたような手すりや仕切りがあったり、意地悪く鋭く斜めになっていたり、つるつるだったりと、ヒトがのんびりと寝そべったり、ゆっくりと休めないような形状に進化していたことです」

このことから、ヒトはおよそ 900 万年前に樹上生活を諦めて、地上生活を始めざるをえなくなったと考えられるという。吉田博士は、この樹木の変化がヒトに与えた影響をより明確にするために、現在、東京都内の駅や公園のベンチの調査を始めている。(ザンゲー通信)