ライブ

クマ・サガル LIVE IN TOKYO (2)

現在、ネパールの歌手、KUMA SAGAR が、バンド The Khwopa とともに来日中だ。私が行ったのは、5月4日の東京公演で、大阪公演がこれから5月9日に開催される。まだあるようなので、ぜひチケットを買って行ってほしい(ticketkhai.com)。

クマ・サガルとは? という人には、サイトこんなことが書かれているので紹介したい。

A fusion band that blends traditional Nepali music with contemporary elements, preserving the country’s cultural heritage.

要するに、ネパールの伝統音楽をロックやフォークのテイストで演奏するフュージョン・バンドだ。こういうバンドが KUMA SAGAR の曲を演奏するということだ。

さて、私の5月4日のライブのチケットを見ると、午後4時開場、5時開演とある。ライブとしてはやや早い時間だ。会場は新宿駅前のカレイドビル7階の「T2 SHINJUKU」。よく知らないが、「日本国内最大規模ナイトクラブ」という触れ込みだ。

そこで、4時前にこのビルに行くと、狭い歩道にネパール人たちが集まっている。開場を待っているのだ。入り口を首からパスをぶら下げたネパール人スタッフが行ったり来たりしている。私はしばらく歩道の脇で待っていたが、何人かの人が緑色のチケットを手にしているのを見かけて、不安になった。オンラインでチケットを買ったので、紙のチケットはなく、ただ QR コードが送られてきただけだ。

そこで、入り口に行って、「ボランティア」と書かれたパスをぶら下げた人に話しかけて、QR コードを見せた。するとネパール語で答えたのだが、手振りから「上で見せろ」と言っているのがわかった。私はそのまま入り口で待つことにした。

しばらくそのままでいると、黒い T シャツを着た屈強な男たちが入り口にやってきた。背中には白字で「SECURITY」と書かれている。これらはネパール人ではなく、会場側のスタッフだ。

「歩道に並ばせよう」

私はセキュリティが日本語でこう言うのをいち早くキャッチして、他のネパール人たちが動き出す前に、セキュリティが列を作ろうとしている場所の先頭に潜り込んだ。

ライブ

クマ・サガル LIVE IN TOKYO (1)

クマ・サガル(KUMA SAGAR)はネパールのミュージシャンだ。私はネパールのことも、その音楽のこともよく知らないが、有名な曲がいくつもあるらしい。その音楽はというと、ネパールの伝統音楽を今風にアレンジしたもののようだ。

そのクマ・サガルがバンドを引き連れて日本に来てライブをするという。福岡、大阪、名古屋、東京と全国を回るらしい。東京は5月4日だ。

これを教えてくれたのはネパールの学生で、学生割引の席と VIP 席があるとのこと。調べてみると、ぴあや e+ では扱っていないようだ。さらに調べてみると、ticketkhai というサイトで買えるとわかった。他にどんなライブを扱っているのか見てみたが、クマ・サガルの東京・大阪公演しかない。もしかしたら、このツアー専用のサイトかもしれない。日本在住のネパール人向けの公演なのだ。ちなみにクマ・サガルに言及した日本語のニュースなどもないようだ。

サイトを見ると、一般が 6000 円、VIP 席が 15,000 円。Early bird ticket(早割チケット)は売り切れとあるが、これが「学生割引」といっていたものだろう。しかし、一般の2倍以上する1万5千円の VIP 席(フリードリンク付き)とはどんな席だろうか。

ネパールの人気ミュージシャンの来日と4大都市ツアー、なのに日本ではネパール人以外ほとんど知られていない。さらに、謎の VIP 席……。興味をそそられた私は行くことにし、チケットをオンラインで購入した(もちろん一般)。

数日後、このチケットサイトを覗いてみると、VIP 席以外はもう売り切れていた。

旅・観察

危険な川遊び

演歌でも有名な「矢切の渡し」は東京の柴又と千葉の松戸をつなぐ江戸川唯一の渡しだ。ちなみに演歌では「やぎり」だが地名は「やきり」だ。

柴又といえば「男はつらいよ」だが、その1作目の冒頭で、故郷に帰還する車寅次郎が乗っているのがこの渡し舟だ。

渡賃は大人200円(「男はつらいよ」当時は大人30円)。夏期は毎日運行していて、冬期は休日だけ、荒天の場合は欠航だそうだ。乗り場は帝釈天の近くだ。だが松戸側は松戸駅から遠く、バスを使うしかない。

この間、帝釈天に行ったとき、私はこの矢切の渡しに乗ってみることにした。

江戸川の乗り場に行くとすでに何人かの乗客が並んで待っていた。舟は松戸側の対岸でちょうど人を下ろしたばかりのようで、しばらくするとゆっくりこちら側に戻ってきた。舟が桟橋に着くと、船頭の男性が、明るいがクセのある声で乗客たちに声をかけ、次々と乗せていった。渡賃はこの時に支払う。

舟が岸を離れ、対岸に向かう。すると、予想外のことが起こった。船頭の方がそのクセのある声で、独自の漫談を始めたのだ。私はその漫談を聞いて、ヒヤリとした。

江戸川の流れは静かで、風も穏やかだったが、どんな激流川下りよりもハラハラさせられた。

機会があれば、ぜひみなさんも体験してほしい。

散文

義太夫一日体験教室(語りコース)

午後の語りコースは、竹本越孝先生で、題材は『卅三間堂棟由来(さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい)』の「木遣音頭の段」。「命の恩人平太郎と夫婦になった柳の精お柳の子別れを描く」というもので、私は知らなかったが、有名な場面らしい。

はじめに先生が、鶴澤駒治先生の三味線をつけて、語ってくださったが、さすがに迫力のある声だ。この段を、参加者全員で先生の真似をしながら少しずつ実際に語っていく。正座してお腹に力を入れ、声を正面に「ぶつける」要領ということで、みんな大きな声を出したが、お腹で出すというのが難しく、私は咳き込んでしまった。

語りは、詞(人物のセリフ)、地合(メロディ)、イロ(詞と地合の中間)からなり、その区別が重要だ。さらに、詞なら人物に合わせた口調もじっくり考えなくてはならない。また、地合の調子というか、伝統的なリズムも、今の音楽の感覚でやると、すぐに先生のお手本とずれてしまうので難しい。この義太夫のリズム感覚を身につけるのはそうとう大変そうだ。

私は浄瑠璃というとほとんど読むばかりだが、こうやって自分でやってみると、読むだけではわからないことがたくさんあることに気づかされ、面白いと思った。

あと、楽しかったのは、ときおり先生が、芸についての話をされたことで、鶴澤駒治先生が血を流しながら練習していたとか、八十を超えて体力的に衰えた師匠でも義太夫を語ると元気になって食欲が出てくるとか、義太夫でもなんでも日本の伝統音楽は正座でないと力が入らないとか、同じ正座でも語る方は姿勢を変えたりすることもあるが、三味線の方はずっと同じ姿勢なので大変だとか、こういう話は実際聞いていて飽きないが、これもよかった。

さて、体験コースの後は、5月から全8回の入門コースもあるということで、私もいちおう申し込んである。

散文

義太夫一日体験教室(三味線コース)

正座のことばかり書いて、肝心の内容についてはほとんど触れなかった。

義太夫一日体験教室は三味線コースと語りコース、各90分の2コマからなり、お昼を挟んで午前と午後に分かれる。参加者の定員は各コース12名程度で、私のように両方出る人もいる。性別・年齢もさまざまで、演劇関係の人もいるようだった。

三味線コースは、実際に正座をして三味線をもち、演奏を体験することができる。教えてくださるのは、鶴澤駒治先生で、そのほかに、二人のアシスタントがそれこそ手取り足取り教えてくれる。初めて三味線を持つ私は、バチの握り方もわからない。そういうのも、アシスタントの方が教えてくれる。また、先生が目の前で実際に演奏してくれるのもとてもよかった。

自分で弾いてみて三味線がそれなりに音を出してくれるのにも感動した。とはいえ、爪で押さえるべき弦を、私はギターのようについつい指の腹で抑えてしまい、なかなかいい音が出なかった。

練習したのは「ソナエ」という出だしのフレーズ、「三重」という語りの終わりなどに出てくるフレーズ、場面の変わり目に出てくる「ヲクリ(の一部)」で、初めは簡単そうだが、だんだんと難しくなってくる。最後の方は混乱したが、あくまでも「体験」なので私としては気分が味わえればいいという感じだ。(つづく)

散文

新男の正座

義太夫一日体験教室の会場に入ると、「三味線コース」用の三味線と座布団が並べられていた。座布団があるのは心強い。先に来ている参加者はみな正座をして待っているようだったが、私はできるだけ正座を始める時間を先延ばしにしたかったので、座布団の上であぐらをかいた。しかし、それでもしばらく座っていると、足が痛くなり、痺れてきた。正座以前の問題であった。はたして90分耐えられるのか、不安になってきた。

だが、結局のところ、私は耐えしのぐことができた。もちろん急に正座ができるようになったわけではない。ひとつには、講師の先生が、現代人の足事情を十分に斟酌した上で、こまめに足を伸ばす時間を与えてくれたことによる。そしてもうひとつは、他の参加者にとっても正座はやはり苦痛だったことが大きい。私ばかりではなかったのだ。

そして、他の人々のつらそうな声や足を伸ばしたときの安堵の声を力に私は、足の指を立てて尻を浮かせたり、少し足を崩したりして、できるだけ楽な姿勢をとることができたのであった。

午後は「語り」コースで、このときは、持ってきたクッションを使って、さらに楽な姿勢で過ごすことができた。だが、休憩で足を伸ばしたとき、私は思わず苦悶の声を上げた。左足の内腿がつってしまったのだ。

私はかなり慌てた。左側の内腿がつると、必ず右側の内腿がつる。そうなると、もう身動き取れなくなり、苦しみながらのたうち回ることになる。この場でそんな醜態は晒せない。

しかし、不思議なことに、左内腿の痙攣は伝播せず、しばらくすると落ち着き、再び正座ができるようになった。まさしくおみくじの「くるしみありたる後次第によろしきかたちなり」どおりの成り行きで、私は帰るときに感謝の印としてお賽銭でも入れようかと思ったが、忘れてしまった。(おわり)

散文

続々男の正座

義太夫一日体験教室の会場は、赤坂見附にある豊川稲荷東京別院の文化会館だ。体験教室はお昼を挟んで開催されるので「軽食を用意してきてください」と書かれていた。

そして、私がお昼のために持ってきていたのが、前日買ったお稲荷さんの残りだった。これはいかなる神慮によるものであろうか。正座と足の痺れを恐れていた私にとって吉兆というべきであろう。

時間があったので、私はおみくじを引くことにした。百円を木箱に投入し、木の筒を振り、みくじ竹を出す。二十二番だ。棚から該当するおみくじをとる。

「第二十二番 吉 このみくじにあたる人は、こゝろ正直にして人のいつはりにのりて云々」

ざっと読んだが、正座については一言も触れられてはいなかった。だが、託宣というものはそう簡単にはわかるものではない。私はもう一度じっくり読む。

「くるしみありたる後次第によろしきかたちなり」

「よろしきかたち」とは正座のことだろうか? だが、そのとき、別の言葉が目に飛び込んできた。

「待ち人おそし」

これだ。

長いあいだ待つということは、痺れを切らすということだ。私の運命は正座で痺れるに定まった。(つづく)

散文

続男の正座

数日後、正座器が届いた。「正座による足への負担を軽減する」という触れ込みの利器だ。レビューでは「凄く楽でした」「足が痺れません」と期待をもたせる。

さっそくそれをお尻の下に置いて正座してみた。すると、低い、低すぎる。私の足首は硬くて伸びず、平たくならない。それで、その分お尻が高くなり、正座器の座面から浮いてしまうのだ。これでは「足の負担」は軽減しない。もっとも、悪いのはこの製品ではなく、私の硬すぎる足首だ。なんにせよ、もっと高さのあるものを買わなくてはならない。

そこで、再び Amazon を検索した。正方形のクッションタイプのものが高さがありそうだったので、今度はそれを購入した。届く。すぐに試す。私の足首は、ガンとして伸びるのを拒否した。

無駄な買い物をしたと悔やんだが、せめてもの救いは、お昼寝の枕にも使えそうなこと……。だが、前日になって私はふと思いついて、このクッションを座布団の上に置いて正座してみた。すると、足首の痛みも多少和らぎ、短時間であるが正座の形を保つことができた。

これだ。

座布団はきっとある、と願いつつ、私はこのクッションを大きなカバンに入れて、義太夫体験教室に向かった。

散文

男の正座

毎日することがないので、義太夫一日体験教室に行ってみることにした。義太夫節は「語り」と「三味線」からなるが、それぞれ90分のコースがある。私はそのどちらにも申し込んだ。2月のことだ。

3月の終わりに、案内のメールが送られてきた。私はそのメールを見て驚き、己の迂闊さを嘆いた。

「正座をしていただきますので、脚に負担のかからない服装でお越し下さい」

正座のことをすっかり忘れていたのだ。そのような座り方は自分の人生から追放したはずだったのだが……と悔やんだがもう遅い。正座して1時間半×2受講しなければならない、そう思うだけで緊張してきた。

しかし、メールを読み進めると、こんな一言にでくわした。「正座器などをご使用いただいても結構です」

これだ。

さいわい、体験教室にまでまだ三週間あったので、私はさっそく Amazon で、正座器というものを探してみた。私と同じ恐怖を抱いている人はたくさんいるようで、いろいろな種類があった。なかでも、折りたたみ式で、お尻をしっかり持ち上げてくれるタイプのものがよさそうだった。私はすぐにそれを注文した。(つづく)

ライブ

さとうもか@LIQUIDROOM

さとうもかのライブに行ってきた。

1 月から始まった弾き語りの全国ツアーの最後ということだが、今日は岡山時代からの友人のバンド、スピーチバルーンがサポートする「バンドセット」でのライブだった。

昨年の 11 月にもやはりバンドセットでライブをしていて、私はその時にも行っているが、ずいぶん演奏が軽やかで、ダイナミックになったように感じた。こういう音を出すのか、と感心する瞬間もあった。これはもちろん、私が二度目ということもあるかもしれないが、楽しめた。

セットリストは 11 月のように新譜「ERA」からの曲もあったが、私としては、2020 年のアルバム「GLINTS」からの曲(特に「GLINTS」「オレンジ」「愛ゆえに」)が、コロナの不安なときに繰り返し聞いていただけに、とくに感慨深かった。

「失恋」がテーマの曲が多いさとうもかだが、そのような曲のひとつである「Dear Stranger」(「ERA」収録)の前に、「失恋している人!」と客に呼びかけた。

何人か手が挙がったようだが、私は自分がそうではないのを残念に思った。恋愛に興味はないのだが、それでも失恋は可能だろうか、と考え、答えが出ないうちに、曲が終わってしまった。大きな宿題をいただいたというべきであろう。