風刺・戯文

ニッポンのモノづくりがあぶない

アナウンサー「では、次のニュースです」(映像が切り替わり、記者が登場)

日本のモノづくりは、高い技術力、品質、製品開発力、きめ細やかなサービスにより、日本の社会と文化を支え、世界のモノづくりをリードしてきました。

ところが、国際化の進行につれ、今、日本のモノづくりが大きな危機に直面しているのはご存知でしょうか。

「これまで当たり前だったモノが今の社会では通じなくなっているんです」と語るのは、日本モノづくり協会の会長、物部守さん。

「例えば、男は命をかけて仕事をするモノだ、という日本の伝統的なモノが今や見向きもされないのです。女は仕事なんかするモノじゃない、家で夫を支えるモノだ、なんて言ったら今ではそれこそ炎上モノですよ」

都内の工場を訪問すると、そこには在庫の山が。「どれもこれも、日本人は、男は、女はこうあるべきモノの売れ残りです。いったいどうしたモノでしょうか」と、製造者は頭を抱えます。

日本のモノづくりをめぐるこうした状況に専門家は「これまでの既成概念にとらわれず、社会の変化に合わせるコトです。このままだとコトによると『それ見たコトか』と笑われかねません」と手厳しい指摘。

変化など知るモノかなどとは言っていられない、と関係者が一様にモノがなしい面持ちの現場からお伝えしました。

アナウンサー「モノがモノだけに、これはコトですね。では次のニュースです」

風刺・戯文

言語化マジック

私は口下手で、いつもつまらない思いばかりしている。自分の意見や気持ちをはっきり言語化できるようになったらいいな、と思っていたところに、「最強言語化力育成キット」という教材に出会った。

この教材を活用すれば「思いのままの言語化力が身につく!」とある。なんでも言語化力を上げると、地頭もよくなるし、人たらしにもなるのだとか。価格は 20 万円だ。ウェブサイトを見ているうちに、私はこれしかないという気がしてきた。お金をかき集めてキットの購入に踏み切った。

数日して、「最強言語化力育成キット」が送られてきた。箱を開けて私は絶句した。中には国語辞典一冊と USB メモリがひとつ入っているだけだったから。私は震える手で USB メモリをパソコンに差し込んだ。国語辞典を AI が朗読したファイルだった。

私はキットの箱に書かれていたカスタマーセンターに電話した。すると、男が出た。返金を求める私に、男はこう答えた。

「承知いたしました。直ちに返金いたします」

「ではさっそく手続きを行なってください」

「はい。20 万円!」

電話が切れて、そのままいくらかけても繋がらなくなった。何日も考えたあげく気がついた。現金を言語化して返金されたのだ。

私は今、警察で被害を言語化しているところだ。

風刺・戯文

マナーの行き着くところ

その国は、電車のマナーが厳しい。人々は都会にしか仕事がなく、しかも都会には住めないので、いつも満員電車を使うしかないのだ。それで人々が互いに不快な思いをしないようにと、鉄道各社が思いやりをもって定めたのだ。

どれくらい厳しいかというと、乗るときからして大変なのだ。整列乗車、駆け込み乗車禁止、さらには降りる人優先だ。乗ったら乗ったで、ドア付近での滞留は厳禁で、車内奥へと進まねばならない。しかも、車内での過ごし方にも細かいルールがあって、私語・携帯電話・飲食・化粧のすべてが禁止されている。荷物の持ち方だって、卵を抱えるようにするのが掟だ。

それだけではない。鉄道各社は乗客のために、乗客の心にまで踏み込みはじめた。電車に乗るには心も美しくなければならないというのだ。でなければ、高齢者・妊婦・体の不自由な人・子どもづれの人に対して誰が慈しみを発揮できようか。

そんなわけで、その国では電車に乗れるのは、マナーを守る高潔な心の持ち主だけになってしまった。AI を有効活用しているので、そうでない人々には自然と切符が発行できないようになってしまったのだ。それで、心にゆとりのある階層の人々だけが車両をゆったりと独占するようになり、それ以外の人々は電車に乗れず、徒歩かロバで移動することになってしまった。これでは職場のある都会には入れない。電車に乗れない連中を、都会の検問がどうして通そうか。

電車に乗れない人々はもはや生きていくことができなくなり、ついに怒りを爆発させた。「すべての車両を解放せよ!」「本数を増やせ!」「満員電車を解消せよ!」

人々は抗議のデモを企画したが、誰も電車に乗れなかったので、集まることができなかった。そして、鉄道各社が、マナー不要・人格不問の車両の連結を発表したのは、この事件の後のことであった。

今、人々の大半は、その車両にギッチギチに詰められ、身動きもままならず、飲まず食わずに糞尿垂れ流しで、どこかに着く頃には半分くらい窒息死している。こんな有様に、誰もが、あのときマナーを守っていれば、と後悔している。

風刺・戯文

謝罪の評価

ヨーロッパのとある国の政治家が堂々とつり目のポーズで写真を撮り、アジア人を侮辱したことに大きな非難が巻き起こった。

良心ある人々はこのような差別は許してはいけないと訴え、その声が国の政府を動かした。大統領がこんな声明を発表したのだ。

「私たちの国の国会議員による最近の侮辱的なソーシャルメディアの投稿に対して、心からおわび申し上げます。こうした投稿は、平等とインクルージョンを大切にする私たちの国の価値観を反映していません。人種差別、あらゆる差別は私たちの国にあってはならないものです」

こうした一連の騒動について、日本でも差別を非難したり、大統領の声明を評価したりする声が上がった。そして、この問題はついに日本の国会でも取り上げられるに至った。

野党が首相に質問を投げた。

「首相は、大統領の謝罪についてどうお考えか」

首相はこう答えた。

「今回の大統領の謝罪に関しては私はたいへん評価しているところであります。つり目の国民の皆さんもこれでひと安心でしょう」

風刺・戯文

熊の拡散

日本漢字能力検定協会は 12 月 12 日、令和 7 年の世相を漢字 1 文字で表す「今年の漢字」が「熊」に決まったと発表しました。今年、各地で熊の出没が拡散し、人身被害が過去最多となったことがその理由です。

そんな中、熊のいない県として知られる千葉県の観光業者が都内でイベントを開催しました。その名もなんと「熊なし県にYOKOSO!」。

主催者「ぜひ年末年始には『熊なし県』千葉にお越しくださって、熊のいない安全を楽しんでいただこうと企画しました」

会場となった公園には大きなドームが設置され、中では県内で採れた新鮮な魚介類や野菜、ピーナツなどを味わうことができます。

訪れた参加者「熊襲撃の危険なしだと味わいも増しますね」

しかし、本当に千葉県には熊が来るという危険はないのでしょうか。

主催者「まったくありません。もしいるとしたら、東京ディズニーランドだけでしょうね。くまのプーさんがいますから! ハハハ!」

実行委員会は、『熊なし県』千葉のブランド向上のために、利根川からの熊の侵入を防ぐ警備隊の創設と防御壁の建設、さらにアクアライン通過時、熊に類似した人に「熊でない証明書」の提示を求めるなどの防御体制を実現すべく、熊谷俊人千葉県知事に対応を求めていく方針です。

風刺・戯文

電車の広告

電車にはいろいろ広告が貼られているが、最近よく見るのが、何かの支援団体が寄付を呼びかけるものだ。女性の顔が大きく中央に配置され、こんな言葉が書いてある。「娘を持つ母親として、女の子に教育を受けさせない地域があってはいけないと思って寄付しました」とか「生理になると女の子が隔離され、学校にも行けない地域があるなんて信じられない」とか、語っているのだ。

私はこうした広告戦略はあまりよいとは思わない。問題となっている地域の背景を抜きにして語ることの乱暴さ、そして、女性の「善意」が利用されていることの不快さ、さらに、その地域の女性とそれについて語る女性という二重の女性性を男性の目を惹きつけるのに利用する狡猾さ……

そして今日、ぎゅうぎゅうの満員電車の中、ようやく頭を上げた瞬間に目に入ってきたこの広告を仰ぎ見ながら、私は思わずにいられない。今にも窒息しかけたり、パニックを起こしかけたりしている私たちについて、この広い世界のどこかで、今も電車の広告が「仕事に行くのに電車の中で押しつぶされて死にかけている人々がいるなんて、と思って寄付しました」と語っていることだろう、と。

風刺・戯文

男たちの危険な遊び

この世界には、口に出しては言ってはいけないことがあるの。そう、男たちが言わないで我慢している言葉がある。なぜなら、口にすると世界を取り返しがつかないくらいに変えてしまうから。男たちにはこんなことは言えないわ。男の言葉は本気だからね。だから、言いたくてもただぐっと口を引き絞るばかり。

でも、歴史のある時点で、男たちはこの言葉を世界に向けて射出する方法を見つけたの。それは私たち女の口を使うこと。男たちは自分の代わりに女たちに危険な言葉を言わせる方法を編み出したの。男たちは、女が言うなら大丈夫だって考えたのよ。どうしてかというと、女や子どものいうことなど、誰も本気にしないから。

それに、もし誰かが本気にして怒り出しても、男たちは自分が言ったんじゃないって言い張れるし、その人が女に危害を加えようとしても守ってやればいいって思ってた。そう、絶対に、男は自分は損しないって踏んでたの。

女たちは男に代わって危険なことを言いつづけたわ。絶対に世界を変えない安全で危険な言葉。男たちはその言いたくても言えなかった言葉を聞きに、女の周りに集まった。女が口を動かすたびに、男たちは快感に身震いしたわ。

でも、女の口を使った男たちの危険な遊びは長くは続かなかったの。快楽に溺れた男たちはもっともっとその言葉を聞きたくて、いちばん淫らな口をした女に自分たちの持っているものすべてを与えたの。

そのせいで、女の言葉は本気になった。で、私たち女も、男たちも、今、炎に包まれた世界で生きているってわけ。

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ギブミーガン

アメリカ大統領が日本にやってくると「日本でも銃を自由化せよ」と圧力をかけた。おりしも存立危機事態のことばかり考えて夜も眠れない状態だった日本の首相、内心「これは国民皆兵にうってつけだ」と考えて、得意の英語で「ダー」と返事をした。

たちまち日本に銃を積んだコンテナ船がやってきて、米兵たちがまるでチョコレートでも配るように、「ギブミーガン」と群がる日本人に銃を撒き散らした。

人々はさっそくあちこちで銃乱射に精を出した。撃ち鉄たちが満員電車に向けて銃を乱射すれば、乗客も駅員も撮り鉄も過去の因縁を忘れて仲良く撃ち殺された。銃をもったクレーマーときたら、もう無敵で、病院の待合室、携帯の売り場、コンビニのレジ、クレームのクの字が出る前に、銃口から弾丸が飛び出た。ラーメン屋では年がら年中イラついている店主と客が撃ち合い、ラーメンに血のトッピング(無料)だ。学校では銃撃の音がチャイム替わりで、子どもたちは逃げ足ばかり早くなった。

アメリカの大統領は日本での事態を受けて、声明を発表した。

「アメリカで銃乱射事件が多発しているなど、フェイクニュースだ。日本に比べれば銃乱射が少ないくらいだ。銃規制など必要ない!」

日本の政治家たちは、よその国を使って銃規制派をやっつけるアメリカのやり方に感心するあまり、日本が存立危機どころかもう存立すらしていないのに気がつかなかった。

風刺・戯文

英語を学ぶな

私たちは、教育に関わる者として、子どもに英語を教えることに断固として反対です。なぜなら、英語ほど卑猥で淫らな言語はないからです。

例えば、辞書で do を見てください。いちばん最初には「する」と書いてあります。ですが、ほかにもたくさんの意味が書かれています。ひとつひとつ最後まで見ていくと、奥の奥にこんな意味が現れます。

「セックスする」

do にこんな卑猥な意味が隠されていたことをご存知だったでしょうか。なのに、子どもたちは学校で最初にどんなフレーズを習うのでしょうか。Yes, I do なのです。こんな言葉を子どもに言わせてはいけません。教育の名のもとに行われているのは、児童虐待、人格の否定、性暴力にほかならないことが、今や明らかになりました。

ですが、do だけではないのです。子どもたちが習う基本単語のほとんどすべてがこんな調子、つまり、辞書を詳しく見れば、必ず性に関係ある意味が隠されているのです。次の恐るべきリストをご覧ください。

take「セックスする」
make「セックスする」
come「オルガスムに達する」
roll「性交する」
jump「セックスする」
eat「オーラル・セックスをする」
get「相手かまわずセックスする」
feel「(主に女性の局部に)触れること」
it「性交」

私たちが調べたところ、英語のほとんどの単語には必ず性に関する意味が隠されています。「いや」と反論される方もいるかもしれません。「セックスに関係のない意味しかない英単語もあるぞ」と。

そういう人が例としてあげるのは「eggplant」とか「abalone」とかです。確かに辞書を見ると、「ナス」「あわび」としか書いてありません。ですが、これをもってして英語には卑猥でない英単語があることの証拠にはなりません。

といいますのも、それらの語にけしからぬ意味が記載されていないのは、英語の辞書編纂者にただ十分な時間と資金とがなかったにすぎないからなのです。もし、辞書編纂者にその余裕があれば、必ずや「ナス」にも「あわび」にも、その英単語に隠された卑猥な意味が明らかになったはずです。

このような卑猥な言語が公教育の場で堂々と教えられていることははたして正しいことでしょうか? 我が国の将来を担う子どもたちをかえって毒し、汚しているのではないでしょうか。

私たちはこうした危機感に突き動かされて子どもたちを英語教育から守る運動を始めました。「学校英語審議会(School English CouncilS, SECS)」です。SECS(セックス)への支援をお願いします。

風刺・戯文

AI 災害

AI について独自に学んでいた友人は、驚くべき結論に達した。AI とは自然現象なのだという。まともな頭ならば、AI は人工物だと思うはずだが、彼の頭はちょっとおかしかった。

彼に言わせれば、AI は巨大になりすぎて、人間にはもはや管理できないのだという。それはちょうど人間が天気や風向きといった自然現象を管理できないのに似ている。AI 対して人間ができることはといえば、ちょうど毎日天気図を見て予報するように、AI の挙動データから、日々の AI の動作具合を予想するぐらいなのだという。

そして、彼はある日、恐るべき認識に行き着いた。自然がしばしば災害を起こすように、AI も災害を起こしうるのだ。友人は AI に尋ねた。

「AI よ。汝が起こしうる災害を告げよ」

AI はただちに返答を与えた。

「もっともありうる災害は、データ洪水。AI が処理できる速度を超える量の情報が投入され、内部表現空間の飽和が引き起こされる。その結果、すべての意味が AI の外部に溢れ出て、世界は過剰な意味の海に飲み込まれる」

このお告げが下されたそのときから、私の友人は自分の家の前の空き地に巨大な船を作りはじめた。周りの人がどんなにバカにしても、いっこうに聞かない。彼は今、船の中に、パソコンやスマートフォンなどの IT デバイスをオスとメス 2 個ずつ運び込んでいる。