旅・観察

代行バス(2)

まもなくバスは動きはじめた。姉ヶ崎駅を離れたバスは、ひらけた道路に出て長浦駅へと向かう。道路の右手には胴体の膨らんだ煙突や、窓のない巨大な建造物が立ち並び、見ていて飽きない。やがてバスはこの不思議な道から逸れ、姉ヶ崎よりも寂れた長浦駅に着いた。十五分はかからなかった。

バスのドアが開くと、やはり職員の方々がお出迎えだ。だが、乗客たちは急いでエスカレーターに向かう。私はのんびりした気分でいたが、乗客たちの動きを見て少し慌てた。電車の出発時間が近いのだ。姉ヶ崎駅と同じように専用のゲートを抜け、ホームに降りる。停車中の電車に乗り、私は木更津に向かった。

線路が使えないなどとはなんと不便だろうと思っていたが、そうでもなかった。帰りもそうで、木更津から長浦に着くともう姉ヶ崎行きのバスが待っていた。ただ、今度は帰宅する高校生でいっぱいだった。座れなかった年寄りの女性たちが「このバスに乗ったのは間違いだった」と悔やんでいた。私も立っていた。満員だったので暑くなり、上に着ていたシャツを脱いだ。

バスは姉ヶ崎に到着した。車窓から見ていると、やはりたくさんの職員たちが働いていた。鉄道会社の人、バス会社の人、それからたぶん市役所の人が道端に立ち、互いに合図を送り、足早に動いていた。これから忙しい夕方がやってくるのだ。バスを降りた私は高校生に囲まれながら、駅のエスカレーターに乗った。なぜか私は見送られているような感じがした。

姉ヶ崎駅のホームに着くと、次の千葉行きまで三十分あることがわかった。グムムと言いたいのを堪えて、階段の壁に寄りかかって静かに待った。

旅・観察

代行バス(1)

九月の末にやってきた台風のせいで千葉県内ではいくつかの鉄道路線に被害が生じている。私は今日、木更津方面に用があって出かけたが、内房線は姉ヶ崎と長浦の間で起きた土砂崩れのため、その区間だけバス輸送になっているという。

東京から高速バスに乗って木更津に行くことも考えたが、もう席がない可能性もある。私はどんなふうにバスが鉄道を繋いでいるかにも興味があったので、時間がかかるかもしれなかったが内房線で行くことにした。

十時前に千葉に着くと、ちょうど姉ヶ崎行きの電車が十時四分に出るというので乗る。二十五分後に姉ヶ崎に着く。ホームから改札口に上がると、職員が数名、乗客の案内をしていた。バス利用者には専用のゲートがあって、改札なしで通ることができる。出るとまず目につくのは「列車代行輸送 バスのりば」と書かれた表示と大きな赤い矢印だ。床面にも案内が貼られている。職員の動きと極太の赤い矢印のせいで、駅がソワソワしているように見えた。だが、乗客たちは普段通りだった。私は矢印に従って階段を降りてロータリーに出た。そこでは職員がバス乗り場のプラカードを掲げて立っていた。私はなんとなくうれしくなった。

広々としたロータリーには何台もバスが止まっていた。いつもはそんなことはしないのだが、思い切ってその女性の職員にどのバスか尋ねた。すると、向こうの入り口にあるバスを指差した。そのバスに向かって人々がパラパラと歩いているのが見える。バスに近づくにつれ、職員が増えた。

乗客の案内をする人、蛍光ベストを着たバスの誘導をする人、運転手、そしてバスの乗降口で切符や Suica をチェックする人、そしてなんだかわからないけど大事そうな人……。バスに乗ると私は席に座り、出発のときを待った。

小説

津波の来ない町

津波の警報が鳴ってからというもの、僕たちは家を出て、ずっと登ったところにある山の上の避難所で暮らしている。そこなら津波は絶対にやってこないから。

僕たちが逃げてから何日も経ったけれど、津波はやってこない。けれどみんな危ないっていうんだ。家に帰るな。帰ったとたん津波が来るぞ。閉じこもってばかりの生活にもううんざりした僕たちはあるときこういったんだ。

「けど、津波が来そうになったらすぐにここまで逃げればいんじゃない」

「お前たちは知らないだろうが」って大人たちは怖い顔をした。「今の町は泥棒ばかりで、戻れば危なくもある。津波が来るまでだめだ」

大人たちは、津波がその悪党どもを飲み込んでくれるのを楽しみにしているかのような口調になったんだ。

「でもさ」と僕たち。「津波っていったいどこからやってくるのさ。いったい今どこまで来てるのさ」

「遠いところからだよ。だから来るのに時間がかかるんだ」

「そんなに遠いところって、どこさ」

大人はカバンの中からポストカードを取り出した。「ずっとずっと海の向こうにある、こんな南の島からやってくるんだ」

その夜、薄暗い避難所で、僕たちは夢を見たんだ。青々とした空と緑色の海の浜辺で、生まれたばかりの津波たちが楽しそうに遊んでいたんだ。

風刺・戯文

AI 災害

AI について独自に学んでいた友人は、驚くべき結論に達した。AI とは自然現象なのだという。まともな頭ならば、AI は人工物だと思うはずだが、彼の頭はちょっとおかしかった。

彼に言わせれば、AI は巨大になりすぎて、人間にはもはや管理できないのだという。それはちょうど人間が天気や風向きといった自然現象を管理できないのに似ている。AI 対して人間ができることはといえば、ちょうど毎日天気図を見て予報するように、AI の挙動データから、日々の AI の動作具合を予想するぐらいなのだという。

そして、彼はある日、恐るべき認識に行き着いた。自然がしばしば災害を起こすように、AI も災害を起こしうるのだ。友人は AI に尋ねた。

「AI よ。汝が起こしうる災害を告げよ」

AI はただちに返答を与えた。

「もっともありうる災害は、データ洪水。AI が処理できる速度を超える量の情報が投入され、内部表現空間の飽和が引き起こされる。その結果、すべての意味が AI の外部に溢れ出て、世界は過剰な意味の海に飲み込まれる」

このお告げが下されたそのときから、私の友人は自分の家の前の空き地に巨大な船を作りはじめた。周りの人がどんなにバカにしても、いっこうに聞かない。彼は今、船の中に、パソコンやスマートフォンなどの IT デバイスをオスとメス 2 個ずつ運び込んでいる。