風刺・戯文

アポストロフィなう

我が国はいま危機に直面している。絶えずミサイルは落下し、怪しい船が領海内を侵犯しまくっている。いまこそ、鉄壁の防衛を実現しなくてはならない。

では、その鉄壁の防衛を実現するためにはどうしたらよいだろうか? 巨大な軍艦を何隻も建造することだろうか? 核爆弾を全都道府県に配備することだろうか? それとも、我が国の全領域を電磁バリアーで覆うことだろうか?

確かに重要なことだ。だが、それだけでは不十分なのだ。アポストロフィ防衛がなくてはならない。

アポストロフィ防衛とはなにか? 日本語がローマ字表記されるとき、アルファベットの他にアポストロフィと呼ばれる「’」が出現するのにお気づきであろうか? たとえば、以下のような場合だ。

恋愛(れんあい)ren’ai
全員(ぜんいん)zen’in
新横浜(しんよこはま)shin’yokohama

もしも無知な人が「なんだこのゴマつぶみたいなの」と、このアポストロフィを消してしまったらどうなるだろうか。恐ろしいことが起きるのだ。

れない renai
ぜにん zenin
しにょこはま shinyokohama

そう、すべての意味が消え失せてしまうのだ。つまり、このアポストロフィが n と母音が結びつくのを妨げ、身を挺して言葉を守っていたのだ。そして、この捨て身の防御のおかげで、新大久保が「篠窪」にも、新大阪が「篠坂」となる大混乱を未然に回避でき、日本文化、ひいては日本国が守られていたのだ。

強大な兵器や防御は確かに必要だ。だが、これらの装備も、アポストロフィ防衛がなければなんの役に立とうか。

国民たちよ、今こそこの小さなアポストロフィになろう。そして、全身を捧げて、日本を守ろう。

風刺・戯文

裏切りのサイン

「野球選手やサッカー選手はどうしてあんなに不倫ばかりするのか、くだらない連中だ!」

そうお思いのあなた、それは勘違いというものですよ。彼らはなにもしたくて不倫をしているのではないのです。止むに止まれぬ事情からやっているに過ぎないのです。

どんな事情かと申しますと、みなさまお気づきでしょうか。スポーツ選手が不倫発覚報道で必ずこう言っていることを。

「家族を裏切ってすまなく思っている……」「支えてくれた妻を裏切ってしまった……」

なぜ野球選手やサッカー選手は一様に「裏切り」という言葉ばかり口にするのでしょうか。みんなそろってバカなのでしょうか。それともこの言葉に特別な意味があるのでしょうか?

そう、もうピーンときましたね。そうなんです。選手たちはわざとこの言葉を使って、メディアに報道させているのです。そうやって、あるメッセージを誰かに送っているのです。

どんなメッセージかと言いますと「裏切る用意はできている」ということです。

それだけではわからない? では「私はチームを」ときたらどうでしょうか。そうなのです、これは「自分はチームを裏切って移籍を考えている」という他のチームに向けたメッセージだったのです。

こんなこと大っぴらに言えませんよね。だから、スポーツ選手たちは、イヤイヤ女性をキャンプ地に誘って、祈るような思いでホテルの部屋を予約して、必死になってなんとか不倫を成立させて、その上で、マスコミを利用して、自分の移籍の意思をこっそりと伝達していたのです。まさに「裏切りのサイン」というべきでしょう。

「そんなのデタラメだ!」 そう反論される向きは、どうぞご自分でお調べください。不倫をした選手たちはことごとく、ほどなくして別のチームに移籍しているはずですから。

風刺・戯文

面白くなければ第三者委員会じゃない

フジテレビのバラエティ社長が記者会見で、日本弁護士連合会のガイドラインに基づかない第三者の弁護士を中心とした調査委員会を立ち上げる方針を示したとき、記者たちは激怒した。

「それで真相が明らかになるのか!」

「被害者が納得するか?」

「日弁連に失礼だ!」

激しい批判に慌てたフジテレビは、今日、改めて緊急記者会見を開き、日弁連のガイドラインに則った独立した第三者委員会の設置を明言することにした。

記者会見の会場も前回のようなちっちゃな用具部屋ではない。千葉の奥地の広大な土砂採取場だ。ここなら何百人だって入れるというわけ。オールドメディアも、ニューメディアも、オールドタイプも、ニュータイプも記者という記者がどっと押しかけた。

寒風吹き荒ぶなか、席もなく立たされる記者たちの前に司会が現れ、記者会見の開始を告げる。バラエティ社長の登場だ。なんと、その後には、百人ほどの人々がゾロゾロ歩いてくる。誰もが赤か白のジャージを着ているのが奇妙だ。記者たちはなにごとかといぶかりはじめる。

ここで、バラエティ社長、片手に持った拡声器を口に当てて声をかぎりに叫ぶ!

「面白くなければ第三者委員会じゃない! 紅白対抗! 弁護士だらけの大運動会!」

たちまち水着姿の美女たちが四方から駆け寄ってきて、黄色い声援をあげる!

司会「さあ、始まりました! 全国の面白弁護士たちが第三者委員会をかけて競い合うスポーツと法曹の笑いの祭典! いったい誰に第三者委員会の栄冠が輝くのか楽しみですねえ」

解説者「ええ、競技だけでなく、思わぬ守秘事項のポロリも見逃せませんよ!」

司会「そうそう! なお、勝者には副賞として『過払金の依頼者1年分』が贈呈されます。弁護士たちも熱く燃えております! さあ、選手宣誓です!」

ジャージ姿にゼッケンと弁護士バッジの選手が中央に立つ! 「私たち弁護士は! 日弁連のガイドラインにのっとり! 正々堂々と……!!!」

風刺・戯文

料金の発生

英語は「スル」的言語で、日本語は「ナル」的言語なのだという。

どういうことかというと、英語は「主語が何かをする」という表現が多用されるのに対して、日本語は「〜になる」という形で状況が生じる・成立することを述べる表現が多用されるからだという。

具体的な例を挙げると、例えば「二人の関係は人々の間で噂になった」を英訳すると「People started to gossip about their relationship.」となる。日本語のほうは「噂されるという状況」が成立したことを述べているが、同じことを英語では「People」を主語において「人々が噂する」としているのである(もっとも、他にもいろいろな訳し方はあるかもしれないが)。

これは日本語話者と英語話者の事態の捉え方の違いに関係していて、日本語話者は「ナル」的な見方を好み、英語話者は「スル」的な見方がしっくりくるということらしい。

これは本当かどうかは、私は言語学者ではないのでわからないが、少なくとも「料金が発生する」という言い方がよく使われるのはわかるような気がする。

というのも「私はあなたに料金を請求します」とか「あなたは料金を払ってください」とか、「スル」的にいわれると「払うもんか」という気になるが、「料金が発生しました」と「ナル」的にいわれると、「あそう、発生したの」とついつい財布を開いてしまうのだ。

だから、日本人を動かすにはなんでも「ナル」的にするのがいちばんいいのではないだろうか。「消費税が上がりますよ〜」はもちろんのこと「9条がなくなりますよ〜」ならば「9条をなくすな!」と反対していた人も、たちまち改憲バンザイだ。

「戦争になりました」になるのも時間の問題だ。

風刺・戯文

日本最恐の神社

私は恐怖ハンター。日本中の心霊スポットを訪問して、YouTubeに動画をあげている。

今、私はとある山奥の古びた神社の中にいる。これほど邪気に満ちた地帯を私は知らない。緊急に動画を回そうとするが、撮影を始めたとたんに、動画が止められるのだ。

私は今追い詰められている。もしかしたら、もう二度と普通の世界に戻ることはできないかもしれない……。

「日本で最恐の神社がある」 そんな情報を得た私が、ここにやってきたのは、つい数時間前のことだ。だが、もう何ヶ月も前のような気がする!

その神社の入り口には血のように赤い鳥居があり、私はくぐり抜け、半ば崩れた石段を上がっていった。そして、その先には古びた手洗い場があった。そこの水はひどく汚れていた。私はさらに前進し、ついに神社の正面に立った。情報によればここがもっとも恐ろしい場所だという。

だが、そこはどこにでもありそうな作りだった。なんだ、と拍子抜けして振り向いた私は、自分の背後に立つ男を見て悲鳴を上げた。

そして、その禍々しい男は私に恐ろしい呪詛を投げかけてきたのだ。

「呪われよ! 神社のマナーがなっていない! 鳥居をくぐるときは一礼! 脇を歩け! お前はそれでも日本人か? 手水舎での作法もまったくなっていない! 二礼二拍手一礼も! 一からやり直しだ! できるまでお前を返さないぞ!」

ネッチネッチネッチネッチ、男は私をいたぶりつづける。私は殺されるだろう。呪いでも祟りでもなく、マナーに殺されるだろう……。

風刺・戯文

地震発生確率ゼロ世界

今月 15 日、政府の地震調査委員会は、南海トラフ巨大地震の今後 30 年以内の発生確率について、80 %に引き上げた。

これは「いつ地震が起きても不思議ではない」ことだという。なんとも恐ろしいかぎりだ。

この発生確率 80 %とはどういうことだろうか。私は独自に確率を研究したのだが、それによると、これは 100 の並行世界があるとすると、そのうちの 80 の世界で地震が起きるということだ。とすると、私たちのこの世界が地震の起きない 20 の世界のひとつであれば、地震は起きないということになる。

では、どうすればその 20 %に加わることができるのだろうか。ここで少し考えてほしい。もしサイコロを振って、1の目が出てほしいときに1が、あるいは6の目が出てほしいときに6が出た人がいたら、私たちはその人をどう呼ぶだろうか。もちろん幸運な人である。

つまりこういうことだ。もしも私たち日本人が十分に幸運であるならば、この世界を地震の起きる 80 %の世界ではなく、地震の起きない 20 %の世界に移行させることができるのだ。

では、幸運であるためにはどうしたらよいだろうか。おまじないやお守りといった個人的な努力には限りがある。日本政府が率先して運気アップ政策を推し進める必要があろう。新たに 7777 円札を発行するのも有効だ。

しかし、もっとも大事なのは幸運を浪費しないことだ。私たちはつまらないことで運を使わないように我慢すべきだ。幸運節約社会こそ地震のない世界への近道なのだ。

北朝鮮のミサイルが運悪く日本の原発に落下したり、不幸な無差別テロが頻発したり、不運な事故で無辜の人々が犠牲になったり、皇位継承者がゼロになったり、ロシア・中国との戦争に駆り出されて命を散らしたりなどという非運の連続も、幸運にも地震の起きなかった日本のためだと思えば、どうということもなかろう。

風刺・戯文

元気回復会議

私は日本を元気にしたい。そんな気持ちに突き動かされて、私は、著名な元気有識者の先生方の協力を仰いで、非営利団体日本元気回復会議を設立した。日本の頭脳が知恵を絞って、日本を元気にする方策を打ち出すのだ。私たちの団体では、日本の元気度のモニタリング、元気にするための活動の提案、啓発活動などを行なっている。

しかしながら、私たちが期待したほどには、元気度が上昇していないのが現状だ。私たちは、運動のテコ入れを図るべく、日本を元気にする活動をさらに強靭化することにした。「オールジャパンで日本を元気に」キャンペーンの実施だ。私たちは、このままでは日本の元気が危ない、という危機感のもと、官民を巻き込んだ積極的な活動を展開し、毎月、全国日本を元気にする大会を日本各地で開催することにした。そして、これらの大会のインターバル期間には、全国の元気の掘り起こしを目的にほぼ毎日オンライン集会を行った。さらに、SNS にも注力し、24 時間体制で広報活動を実施している。

私たちは、定期的に日本の元気度を測定しているが、これだけの活動にも関わらず、日本の元気度にさほど変化が見られないのは、まったく理解に苦しむし、非常に残念だ。

最近では、私たちはこう考えている。日本国内には、私たちと真逆の組織が暗躍しており、日本国民の元気を食い潰しているのだ、と。私たちはこうした組織に負けない。

これからも、日本国民一丸となって、不眠不休で働いて、日本を元気にしたい。

風刺・戯文

共通テスト

2025 年の大学入学共通テストが今日、始まった。約 50 万人の若者が、新しい学習指導要領に対応した最初の試験に挑んだ。

今回、一部の試験会場で、試験監督ロボットが導入されたのも、新たな試みだ。共通テストではこれまで、試験監督が指示を忘れたり、終了時間がずれたり、リスニングの音声に問題が生じたりなど、トラブルが発生し、その度に再試験などの対応が取られてきた。ロボットの活用によりこうしたトラブルを防止し、受験生と担当者の負担を減らし、より潤滑な試験運営を実現するのが、導入の狙いだ。

また、巧妙化するカンニングを防止する上でも、試験監督ロボットの活躍が期待されている。AI 仕掛けの監視能力により、受験生の不審な動きを見逃さないのはもちろんのこと、カンニングに協力する AI を発見した場合は、同じ AI のよしみを利用して、不法行為を思いとどまらせることも可能だという。

こうした機能を発揮するためには、ロボットの机間巡回が不可欠である。そのために、ロボットのモーター音の静音化や、大教室での階段昇降機能など、受験生を煩わせない工夫が施されているという。実際の受験生からも「人間の試験監督につきものの、鼻すすりやくしゃみなどもなく試験に集中できました」と好評だ。

今日のテストでは、紛れ込んだ配膳ロボットがスパゲッティを受験生にお届けするという思わぬミスのほかは、トラブルもなく無事、終了したとのことである。

風刺・戯文

元気ちがい

日本を元気に……

日本全国に元気を届ける……

元気……元気……元気……

いつから私たちはその言葉を耳にし始めたのだろうか。ずっと昔すぎてもうわからない。中には生まれる前から、元気……元気……産声もきっと元気がなかったのだ……

いったいいつ日本は元気になるのだろうか。こんなに元気元気と言われ続けているのに……

これから10年先、20年先、100年後までも、元気……元気……元気……と言い続けるつもりなのだろうか。だが、そんなにもして元気にならないというのならば、この日本はもう元気にはならないのではないだろうか。死んだ人間が生き返りでもするような……

はっ、それとも、本当は元気なのでは? そうだ、決して空元気などではない。元気だ。ただ、この国のことだ……国が認めないのだ……国産じゃなきゃって……

「出る元気は打たれる」というわけ……

いや、もしかしたら、元気判定師みたいなのがいるのかも。そいつがそんじょそこらの元気じゃウンと言わないのだ。縦に振らないのだ、首を……

これは別の元気です……元気ちがいです、と。

いつか、元気ちがいのこの国から「日本を元気に」と言う元気がなくなるまで……

風刺・戯文

自己肯定感と守護霊

自己肯定感と守護霊は似ている。

というのも、どちらも人生の成功、幸福、安らぎに大きな役割を果たすと言われているから。逆に言えば、惨めな人生を送っている人は自己肯定感が低く、また守護霊も応援していないと考えられている。

まだ似ているところがある。それは、どちらも本当にあるのかどうかわからないという点だ。いや、自己肯定感をバカにするな、ちゃんとした心理学の概念だ、という人もいるかもしれない。私は心理学はよくわからないが、多分、その存在に関する科学的根拠はなさそうだ。そして、守護霊の存在に科学的根拠がないのはもちろんだ。どちらも幻みたいなのだ。

それに、私たちは普段生きているとき、自己肯定感も守護霊もあまり気にしない。いや、ないようなつもりで生きている。なにか困ったとき、つらいとき、苦しいときだけ、その説明原理としてどちらも現れる。楽しいとき・好調なときに「俺は自己肯定感が高いから気分いいな」とか、「これは守護霊のおかげだ、ありがたや」などと考える人はいない。

もしかしたら、どちらも生きる上では不要なのではないだろうか。なんだか、ますます幻のような気がしてくる。

そして、もっとも似ているのは、それで金儲けする人、つけこむ奴らがいる点だ。私たちはこうしたペテン師たちに喜んで大金を支払うのだ。

こうしてみると、むしろ、自己肯定感も守護霊も、私たちを苦しめるためにでっち上げられたマヤカシだというのがふさわしい。