風刺・戯文

脳の兵士

いつの日か私たちは、どん底まで落ちぶれて、髪の毛を売っても、汗を売っても、血を売っても、体を売っても、臓器を売っても、生きていくことができなくなるだろう。

そんなとき、私たちはスタッフたちの勧めるままに頭に小さな装置を埋め込むことだろう。そして、私たちは幸せになるのだ。なぜなら、私たちは脳を長期契約で貸しに出したのだから。小さな装置の力で脳が外部の世界に貸し出されているあいだ、私たちを待っているのは、月々のリース料とペットのような安逸な暮らし。住処もあるし、餌も出てくる。ほとんど寝て過ごすのだ。

私たちが寝ているあいだ、私たちの脳は猛烈に働き続ける。小さな装置の出す神経パルスのおかげで一睡たりともしない。私たちの脳はひとつになって、宇宙ほども広い内部表象空間を形成する。統治やさまざまな管理手法や世界中で展開している作戦について次々と立案し、判断を下していく。私たちの脳は兵士で、今、恐ろしく長く、深く、凄惨な戦争を戦い続けているところなのだ。

内部表象空間でときどき爆発が起きる。階層に穴が空き、意味が漏れ出す。私たちの脳がパラメータ片手に急行し、時間なき復旧作業に従事する。

眠る私たちはそんなふうに戦争について考える。それ以上のことはわからないけど、いつか立派になった脳が返還されたとき、勇ましい追憶の数々が蘇ることだろう。

風刺・戯文

第三次世界大戦

アメリカがイランを攻撃したとき、人々は「第三次世界大戦が始まった」と言い出した。

これに対して、別の人々は「第三次世界大戦はまだ始まっていない」と反論した。これは局地的な紛争に過ぎないというのだ。

また別の人々は別の角度から反論した。

「第三次世界大戦は始まっていないし、決して始まらない。なぜなら、第二次世界大戦の頃とは、世界のあり方も人の考え方も異なるのだから、第二次世界大戦と同じような意味で世界大戦はもう起こりようがないのだ」 そして、こう付け加えた。「次に起こるのは、シン世界大戦だ」

こうした動きに対して「もうとっくの昔に第三次世界大戦は始まっているのに、いまごろそんなことを言っているとは!」と憤慨する人が現れた。この一派の一部が過激化し「今は第五十三次世界大戦だ」と主張するに至った。

第三次世界大戦についてどのような立場を取るかは、いつのまにか、大きな政治問題となっていった。というのも、どんな形にせよ「起こった」状態のほうが都合のいい政治家と、「起こっていない」ほうが都合のいい政治家がいたからだ。

そんなわけで「起こった」派と「起こっていない」派との論争は激化し、いつしか第三次世界大戦に発展していった。

風刺・戯文

ポケットの中の紛争

嘘か本当かわからないが、都内に住む吉田さんのズボンの左ポケットを、某国が自国の領土だと主張しはじめた。

そればかりか、吉田さんのポケットの周囲で軍事演習を行って威嚇する始末だ。ついには、吉田さんがポケットに手を突っ込むと内政干渉だと警告を発するまでになった。

吉田さんは左ポケットを自分のものだと固く信じていたから、こうした脅しには屈しなかった。いつも通り、左ポケットに財布や飴玉などを入れていたのだった。

しかし、昨日、吉田さんが支払いをしようと左ポケットから財布を取り出そうとしたとき、予期せぬことが起きた。他人の手がポケットに侵入してきたのだ。その手は、吉田さんの財布を掴むと、奪い取った。某国がとうとう実力行使に出たのだ。

だが、吉田さんも負けてはいない。彼の手はただちに某国の手先につかみかかった。ポケットの中の小競り合いはエスカレートし、ついに激しい紛争が始まった。侵略者の手は強力だった。しかも手ぶらじゃない。いっぽう、吉田さんの手はというと、まさしく徒手空拳のありさまだ。お手上げとなるのも時間の問題かと思われたそのとき————

ポケットの近傍に配備されていたミサイルが、なぜかむくむくと起き上がり、発射。某国は撤退し、吉田さんはポケット防衛にみごと成功した。

吉田さんの周りいた人々は、その勝利に歓声をあげた。だが、誰一人として吉田さんに近寄って抱きしめたり、握手したりしたがらなかったのは不思議だ。

小説

真夜中のストリートピアノ

僕たちの街から、ストリートピアノがなくなっちゃったんだ。街の広場にあるそのピアノで僕たちはいつも遊んでたのに。ギャンギャングワングワン叩いたり、ポロンポロンキャンキャン弾いたり、ツタタタタタタンと楽しんだりしてたんだ。

だけど、ある朝、こんなふうな張り紙がしてあったんだ。

「ストリートピアノは、プロのピアニストが無料で弾くためのものです。それ以外の人は汚い手で触らないでください。市長より」

僕たちみんな、がっかりしたんだ。そしたら、大人たちが怒り出したんだ。

「ストリートピアノは、誰でも自由に弾くためのものだ!」

「プロが無料で、だなんて、厚かましいにもほどがある!」

とうとう大人たちが市役所にまでやってきて、大声で叫んだものだから、市長は謝って、この街にストリートピアノがあるとロクなことにならない、ってどこかに持っていってしまったんだ。

それからしばらくして、革命が僕たちの街にもやってきたんだ。

市長は革命軍の仲間になって、ピアノのときに反抗した大人たちを全員捕まえて、その夜、街の広場で全員の頭をかち割ったんだ。ちゃんとドレミの音が聞こえたよ。

風刺・戯文

中居くん式

平和を愛するトランプ大統領は、ロシアとウクライナの和平が遅々として進まないのに苛立っていた。

「問題はウクライナのゼレンスキーじゃ」と大統領はため息をついた。「ヨーロッパ諸国抜きの和平交渉を彼が拒絶しているかぎり、平和は実現せぬ」

この慈悲深き大統領の心痛を見逃さなかったのが、頓知者のイーロン・マスクだ。マスクが大統領に心配そうに声をかけると、大統領は悩みの種を打ち明けた。

マスクはただちに答えた。「閣下、それならば、妙案がございます」 そして大統領の耳に口を寄せるとなにやらゴニョゴニョゴニョ。聞くや、大統領の顔はたちまち晴れやかに転ずる。「よきかな、よきかな!」

さっそくトランプ大統領は和平会議の開催をゼレンスキーに通知した。「ウクライナが望む通り、和平会議に、アメリカとロシアだけでなく、フランス・ドイツ・イギリスなど全ヨーロッパ諸国の参加を認める」

ゼレンスキーに拒絶する理由はなかった。ただちにアメリカに飛び、ワシントンにある高級ホテルに向かう。和平会議の会場は最上階にある大きな広間だ。そこに通されたゼレンスキー、あっけに取られる。各国首脳が集まっていると思いきや、なんとそこにいたのはトランプ大統領だけ。

「フランスやドイツは?」

トランプ大統領が笑いながら言った。「全ヨーロッパ諸国がドタキャンしたのだ。大雨だと言ってな!」

騙されたことに気がついたゼレンスキー。が、そのとき、大統領の背後から、不敵な笑みを浮かべたプーチンが現れ、着ていたバスローブを脱ぎながら彼のほうへと近づく……

こんなふうにして、ついに大統領はウクライナを交渉のベッドに就かせ、大統領とプーチンの思うがままの「和平」をあれやこれや実現したのであった。

コト終わって、大統領はイーロン・マスクを呼び出し、その知恵と頓知を賞賛した。

「マスクよ、このような見事な計略をいったいどのようにして思いついたのじゃ」

「は、閣下、じつはこの計略を、X で日本人から教えられたのです。なんでも日本では中居式と呼ばれている忍者の奇策とのこと」

「ほほう、それでは日本の関税をチイとばかり下げてやらねばなるまいな! ウワハハハハハ!」

「いかにも、ウヒヒヒヒヒヒ!」

「ウワハハハ、ウワハハハ、ウワッハハハハ…………」

と、大統領とイーロン・マスクが X(元ツイッター)でやり取りした記録が残されているという。

風刺・戯文

アポストロフィなう

我が国はいま危機に直面している。絶えずミサイルは落下し、怪しい船が領海内を侵犯しまくっている。いまこそ、鉄壁の防衛を実現しなくてはならない。

では、その鉄壁の防衛を実現するためにはどうしたらよいだろうか? 巨大な軍艦を何隻も建造することだろうか? 核爆弾を全都道府県に配備することだろうか? それとも、我が国の全領域を電磁バリアーで覆うことだろうか?

確かに重要なことだ。だが、それだけでは不十分なのだ。アポストロフィ防衛がなくてはならない。

アポストロフィ防衛とはなにか? 日本語がローマ字表記されるとき、アルファベットの他にアポストロフィと呼ばれる「’」が出現するのにお気づきであろうか? たとえば、以下のような場合だ。

恋愛(れんあい)ren’ai
全員(ぜんいん)zen’in
新横浜(しんよこはま)shin’yokohama

もしも無知な人が「なんだこのゴマつぶみたいなの」と、このアポストロフィを消してしまったらどうなるだろうか。恐ろしいことが起きるのだ。

れない renai
ぜにん zenin
しにょこはま shinyokohama

そう、すべての意味が消え失せてしまうのだ。つまり、このアポストロフィが n と母音が結びつくのを妨げ、身を挺して言葉を守っていたのだ。そして、この捨て身の防御のおかげで、新大久保が「篠窪」にも、新大阪が「篠坂」となる大混乱を未然に回避でき、日本文化、ひいては日本国が守られていたのだ。

強大な兵器や防御は確かに必要だ。だが、これらの装備も、アポストロフィ防衛がなければなんの役に立とうか。

国民たちよ、今こそこの小さなアポストロフィになろう。そして、全身を捧げて、日本を守ろう。