風刺・戯文

幸せ

私は裕福な家庭に生まれたが、家庭内はいつもケンカばかりで私は幸せではなかった。私は良い大学に入り、そこで受けた教育により、親にも増して裕福な暮らしを手に入れたが、心はどこか虚だった。いくつもの恋の末に、一人の女性を妻とした。初めは甘かった生活も、年月が経つにつれ、苦くなり、私は息苦しくなった。

幸せはお金では買えない。どこかで聞いたその言葉が、私の胸の中に棲みついた。

いくどかの転機を迎え、私はさらに裕福になった。だが、私の心に空いた穴は広がるばかりだった。ある日、朝、ぼんやりとコーヒーを飲んでいるとき、その穴が自分を食い潰そうとしているように感じられた。どんなにお金があっても、幸せはお金では買えないのだ。絶望に慌てふためきながら、私は信頼できる先生のもとに駆け込んだ。すべてを打ち明けるうちに、私の両目から涙が溢れ出た。先生は優しくいった。

「あなたの持っている財力を人のために使うのです」

私はその日から、もてる財力を注ぎ込んで、人々の幸せを破壊しはじめた。金があれば、快活な笑顔を、引きつった顔に変えるのは簡単だった。美しい命を、悲しく萎れさせるのは容易かった。幸せはお金では買えない。だが、幸せはお金で壊すことができるのだ。

そして今、私は、人々の幸せをお金で破壊しているときがもっとも幸せだ。結局、幸せはお金で買えたのだ。

私はかつて不幸だった。苦しんでいた。それも、誰かの幸せだったのかもしれない。

風刺・戯文

新しい憲法

私たちの国は、ついに新しい憲法を作り上げた。長く真摯な議論のすえに、自分たちの手で作り上げた本当の憲法が完成したのだ。これは純粋な憲法だ。いかなる条文のいかなる語句をとってみても、外国の干渉は微塵もない。

しかも、実に素晴らしい内容の憲法なのだ。まず、これは究極の平和憲法だ。いかなる武力も放棄しているし、国民に対してはいかなる暴力も禁じられている。人権まわりも完璧だ。人間の自由と理想を完全に保障する世界でもっとも美しい憲法だ。

「ついに完成した!」 私たちはこの憲法に快哉の声を上げ、街に繰り出して祝杯をあげた。

「これは我が国ばかりか、人類史の偉業だ!」 誇らしげな声が国中に響き渡った。

憲法完成を記念する盛大な式典が開催された。為政者たちは、この偉大な憲法が絶対に失われないように、不壊なる媒体に記録し、いかなる改竄も許さぬとばかりに厳重に封印した。

国民の前に立った為政者たちは、万雷の拍手とともに新憲法の公布を高らかに宣言した。その後、厳かに国歌が響き渡るなか、新憲法は頑丈な箱に収められ、国会議事堂の裏の空き地に掘られた穴に埋められた。

私たちはいつか、遠い遠い未来に、このタイムカプセルを開くことだろう。そして、その時、私たちの国がこの憲法にふさわしい国になっていれば、きっと施行されることだろう。

風刺・戯文

特別な電話

僕たちの国は命を大切にしている。だから、自殺なんてもってのほかだよ。それで、僕たちの国の偉い人々は、死にたくなった人が助けをすぐに求められるように、死にたがり屋のための特別な電話を作ってあげたんだ。

たとえば、自殺したくなった人がいるでしょ。その人は、その特別な電話に電話するんだ。すると、ワンコールも終わらないうちに出てくれるのは、自殺を止めてウン十年という頼もしい専門家だ。おいでなすったとばかりに、自殺を思いとどまらせようと、なだめたりすかしたりさ。それでもう、何人もの自殺を止めたんだ。だから、偉い人たちは、この特別な電話を何台も増設することに決めた。本当にこの国に生まれて誇らしいよ。

でも、この国にはとんでもなくひどい奴らがいて、特別な電話の悪口ばっかり。

「いくら電話を増やしたって、自殺は解決しない!」だってさ。

そりゃ、電話で止められない自殺だってあるよ。でもさ、特別な電話があっても自殺するんじゃ、むしろもう死んで当然じゃない? あきれたね。

それどころか、連中、こんなことまで言い出す始末。

「特別な電話のせいで、逆に自殺が増えてる!」

本当にバカな連中。そんなことありっこないのに。こんな奴らと同じ国にいるかと思うと、そりゃ、誰だって自殺したくもなるさ。

風刺・戯文

第二のワルシャワ・オーディション

昔、イギリスの若者たちが、デヴィッド・ボウイの「ワルシャワ(Warszawa)」(1977)という曲を聴いて、バンドの名前を「ワルシャワ(Warsaw)」にした。

そのバンドの演奏は暗くて重く、独特だったため、デビューアルバムの制作にまでこぎつけた。その中に「ワルシャワ(Warsaw)」という曲があった。これはヒトラーの側近であったルドルフ・ヘスをテーマにした曲だ。

だが、結局のところ、このデビューアルバムはお蔵入りになった。またワルシャワという名詞を使ったバンドがほかにあったため、バンドは改名し、ナチスの慰安所に因む「ジョイ・ディヴィジョン(Joy Division)」の名で知られるようになった。そして、「ワルシャワ(Warsaw)」は、このバンド名で発表された。

デヴィッド・ボウイの「ワルシャワ(Warszawa)」は暗く悲劇的で、ジョイ・ディヴィジョンの「ワルシャワ(Warsaw)」もまた暗く、演奏には絶望的な響きがある。この頃のイギリスでは、ワルシャワは、悲劇・絶望・閉塞感、といったイメージをもっていたように思える。

もっとも、たとえそうだとしても、これは 1970 年代後半の話。私は一昨年、ワルシャワに行ったが、悲劇は博物館だけで、タトゥーだらけの若者でいっぱいの明るい元気な都市だった。

もう、世界には、かつてのワルシャワのような灰色で息詰まるような都市はないのだろうか。暴力的な組織に、人間が絶望とともに飲み込まれていく街は。

そんなわけで、私は「第二のワルシャワを探せ!」オーディションを開催したい。よくよく見れば、有力な候補も多い。キーウ、ガザ、テヘラン、ヤンゴン、平壌とずらり居並ぶそのとき……。

「ちょ、ちょっと待った!」と、すてきに強い政府ができたばかりのトーキョーが乱入してきて、会場は大盛り上がりだ。

風刺・戯文

犬も歩けば……

ことわざ「犬も歩けば棒に当たる」の意味を調べますと、「余計なことをすると災難に遭う」と「行動すれば思わぬ幸運に出会う」という2つのタイプがあるようでございます。

ここで留意願いたいのは、2つの解釈はあくまでも解釈でして、「犬も歩けば棒に当たる」の原意ではないということです。このことわざがもともとはどういう意味であったのか、ここでちょっと真面目に考えてみたいというのが今回のテーマでございます。

さて、「車が走る」と私たちは何気なく使っておりますが、これは実はおかしなことです。さすがにここでみなさんに「どうぞ走ってください」とは申せませんが(笑)、どうか思い描いてください。私たちが「走る」とき、どうしているかを。そうです。2本の足で走っているのです。

ところが、車には足がないのです。その代わりあるのは車輪です。車はこの車輪でもって高速で移動するのです。つまり、私たちにとって走るとは、そもそも自分の足で高速で移動することでしたが、のちに車の出現によって、比喩的に後から「車の移動」に「走る」という言葉を当てはめたのです。

では、ここで「歩く」に戻りましょう。いえ、単に戻るだけではダメです。私たちが2本の足のみで移動することだけを「歩く」と呼んでいた古代の時代に戻りましょう。その時代、私たちはまだ動物の四足歩行に「歩く」という言葉は当てはめていなかったのです。

どうでしょうか、そんな時代に、犬が急に歩きはじめたら。つまり何食わぬ顔で2本足で立って歩きはじめたら。あわてて棍棒で叩かずにはいられませんよね。衝撃的で、それでいてユーモラスなこのイメージは、古代人の心にかない、お気に入りとして保存されたのでした。

「犬も歩けば棒に当たる」は、そもそもことわざではありませんでした。それは、古代人を夢中にさせた最古の犬ミームだったのです。

風刺・戯文

リュック過激派

日本では電車の中でリュックを背負っている人はいちだん低く見られる。リュック所持者には誰もが命令していいことになっている。周囲のことを考えないならずものだとの評価が決まっている。混んでいる電車の中でリュックを背負っていると、周囲の憎悪の眼差しで、リュックが燃え上がりそうだ。だから、私たちは、リュックがアツアツになる前に慌てて胸で抱える。

ショルダーバッグや手提げカバンだって、リュックと同じくらい邪魔になるのに、誰も文句はいわない。これらのカバンはちゃんとした社会人の象徴だからだろう。いっぽう、リュックはといえば、今や働く大人だって使うのに、あいかわらず、ランドセルの仲間扱いだ。だから電車の中では、ランドセルは、ベビーカーについで居場所がないのだ。

私の友人のリュック愛好家が、こうした電車でのいわれなきリュック差別に腹を立て、過激な行動に出た。ホームで電車が来るのを待ち構えて、ドアが開いたとき、ショルダーバッグを投げ入れて、彼は叫んだ。「乗るのは、人間じゃなくて、このバッグだろ!」 昔のトンチ話に影響を受けたのだろう。

もっとも、うっかり者の彼はそのバッグに携帯と財布も入れていた。それで遠く離れた駅の遺失物係にはるばる行かねばならなかった。

さて、その彼がアフリカやらインドやらを旅して帰ってきた。長い旅をしたせいで、心境が変わったのだろうか。あれほど執着していたリュックも捨てて、今は頭に荷物を乗せて電車に乗っている。

風刺・戯文

イヤーワーム・フェス

イヤーワーム(耳の虫)とは、特定のメロディの一部が勝手に頭の中でぐるぐる回って止まらなくなる状態のことだ。誰にでも経験のあることだが、私はこんな名称があることを知らなかった。

イヤーワームはたいてい放っておけば消えてしまうので気にするまでもない。とはいえ、心配な場合には対処法もある。その曲をあえて最後まで聴いたり、他のことに集中したり、別の歌を歌ったりするのがいいという。

ネットを見ていると、何日も虫が居着いたせいで眠れなくなってしまったという人もいたし、イヤーワーム・フェスが開催されたという人もいた。

その人の体験談によると、しつこいイヤーワームを消そうとして、別の歌を頭に流したところ、曲が消えるどころか、2曲同時に頭の中で鳴り響く事態となったという。しばらくこの状態に耐えていたが、やがて驚くべきことに、3曲目が流れ始めた。ステージが急遽増設されたのだ。最終的には、メインステージと5つのサブステージからなるフェスが開催されることになった。

フェスではステージ間を効率よく移動するのが肝要だ。また、トイレや物販の列に下手に並んでしまった結果、目当てのアーティストを見逃したり、いい場所を確保できなかったりすることもある。

この人は、フェスは初めてではなかったから、そうした経験をもとに、スケジュール表片手に綿密な計画を立て始めた。するとそれがその人の注意をうまく逸らしたのか、音楽が消え去り、フェスもたちまち中止のやむなきに至ったとか。

風刺・戯文

中国の漢字 Part 2

最近の中国は日本に反抗的だ。どうしてだろうか。その秘密は漢字にあった。

まず日本語の「反」を見てほしい。何をおかしなことを言い出すのだ、と反抗的にならずに見てほしい。日本語の「反」の上の横棒は実に平らであることがわかるだろう。これは日本人が反抗するのにも、心が平らかであることと関係している。日本人は礼儀正しく、秩序を重んじるので、反抗するにしても、決して目上の人には反抗などしない。反抗するのは、自分より弱い相手だけだ。

ところが中国の「反」はどうだろうか。上の横棒が右上に向かって反っているではないか。まるでリーゼントにしてイキっているかのようだ。私たち日本人はこのヤンキーみたいな「反」に衝撃を受けずにはいられない。なぜなら、これは、穏やかで平和を愛する私たち日本人に対する明白な挑発行為だからだ。

私たち日本人は、このような厄介な漢字をちらつかせて、存立危機事態に持ち込もうとする隣人に負けてはならない。だが、それには、日本語の「反」は生ぬるすぎる、平穏すぎるのだ。

今こそ、中国に勝つために「反」の漢字を改めようではないか。上の横棒を、中国よりももっともっと上方に反り返らせよう!

風刺・戯文

漂白の達人

衆院選のさなか、世界的な言語学者のスティーブン・ガルシア博士が来日し、都内を巡って精力的な言語調査を実施しました。

ガルシア博士は、意味の漂白(semantic bleaching)の研究で知られる世界的な学者です。意味の漂白とは「語がもともともっていた具体的な意味が弱まる、つまり漂白され、より抽象的・文法的な意味をもつようになること」とされます。

具体的な例としては日本語の「いる」があります。「いる」は「居る、存在する」という意味ですが、これが「雨が降っている」「電車が走っている」のように動詞の後にくると、ある動作が「進行している」という抽象的な意味を表すようになります。このとき「いる」からは「存在する」という具体的な意味は漂白されてなくなってしまっているのです。

「激しい選挙戦が行われているこの今の日本こそ、私が研究している意味の漂白の例を集めるのに最適なフィールドなのです」と、流暢な日本語を操るガルシア博士の前に、選挙カーが止まりました。早速、候補者たちの演説が始まります。

「日本を強く!」
「本気で改革!」
「全力で取り組みます」
「ぶれない姿勢!」
「未来を守れ!」

博士の顔が歓喜に輝きます。「どうです。これらの候補者たちの言葉は! どの言葉をとりあげても、意味がすっかり消え失せてます! まったく日本の政治家は意味の漂白の達人ですよ!」

調査を終えた博士は、「有権者の脳も漂白されているかも」という思いつきを検証するため、雑踏の中に吸い込まれていきました。

風刺・戯文

素顔

「みなさんにとっては VTuber なんてもう当たり前でしょうが」と、その先生は学生たちに語りかけた。

「僕はこのあいだ孫に教わりまして。アニメかと思っていたら、あにはからんや、裏に人間がいて動かしているというんですね。コンピューターを使うとそういうことができるということなんですが、で、僕は聞いたんですね。後ろで動かしている人はどんな人なのか、顔とかわからないのか、と孫に聞いたんです。すると『これはこういうものだよ』と答えるのです。いや、でも、誰が動かしているか、気にならないの、としつこく聞いたんです。そしたら、孫はいかにも面倒くさそうに『ホントは誰とか考えないよ』というので、いや、そういうものなのかと感心してしまいました。背後に誰がいるのかとか、素顔はどうだ、だなんて詮索するのはもう意味がないのかもしれませんね。僕も見習いたいとは思いますが……」

こう前置きを終えると、先生は少し悲しそうに作家論の講義にとりかかった。