風刺・戯文

子どもたちを見守りたい

私の子どもの通う小学校に不審者が現れた。

その男は毎朝、小学校の校門の前に立ち、登校してくる子どもをじっと見守っていたのだ。黄色い腕章をつけ、小学校の名前の入ったベストを着ていたので、はじめは誰もが、PTA か地域の防犯活動かと思っていたが、そうではなかった。

腕章もベストも自作のニセモノ、男は関係者を装い、子どもたちに熱視線を注いでいたのだった。

学校は通報し、ただちに駆けつけた警官たちが男を連行した。その後しばらくして、私たちは男の動機を知ることになった。

男が子どもたちを付け狙っていたのは、日本が今、危ないからだというのだ。現在の日本は、少子高齢化と 40 年以上続く「失われた 30 年」のため、経済的に衰亡しつつある。「このままでは最貧国になってしまう!」 そんな恐れを抱くようになった男は、日本の衰退の程度を知るために、毎朝、校門の前で子どもたちの様子を窺うことにしたのだという。

「ええ、目なんです」と男は告白したそうだ。「貧しい国の子どもたちってのは、みんな目がキラキラしてるそうじゃないですか。あたしは、日本の子どもたちの目が輝き出してないかどうか、毎日、目を光らせてたんです」

そう語る男の目は、キラキラ輝いていたという。

旅・観察

最後の外貨の禍い(終)

私は台に置かれたスーツケースに手を伸ばした。2 人の税関職員に監視されながら、番号鍵のある面を引き寄せ、ダイヤルを回し、3 桁の番号を揃える。重たいスーツケースを両開きにする。

私はそこにいかなる通貨もないことを知っていた。スーツケースの中に入っているのはただ、服とノート、歯磨きなど……そして本だ。空港に来る前に、店員に勧められるままに購入した本だ。その本がスーツケースの片側にぎっしり並べられていた。

だが、それらのアラビア語の書籍は、税関職員が普通のアジア人のスーツケースに見出すものとしては、もっともありそうになかったものだろう。

税関職員は不審げにこれらの本を一冊一冊取り上げた。「なんだ? これは?」

男は私に目を向けた。「お前はアラビア語を勉強しているのか」

「はい、少し……」

「これは、マフムード・メスアディじゃないか」と一冊のペーパーバックを手に取った。チュニジアを代表する作家の哲学的小説だ。

「どれもこれもチュニジアの小説だ……ふーむ」

男が興味をそそられている様子に、私はつけ込む好機を見出した。

「小説をお読みになるので?」

だが、男の職員はこの問いを無視した。なぜなら、その目はスーツケースの中の2冊の小説に釘付けになっていたからだった。ハスニーン・ベンアンムーの作品だ。彼は2冊の本を取り上げ、タイトルをチェックする。も、もしや御法度の小説では? 手鎖五〇日ものの? と恐れる私に、不満げな声を投げかける。

「ベンアンムーは7冊の長編小説を書いているというのに、なんでお前は2冊しかもっていないのだ!」

「はっ、次に来るときは他のも買います!」

「よろしい! 終わりだ! もうスーツケースをカウンターに戻しなさい!」

税関職員が小説好きで、そして、チュニジアが文化の香り高き国でよかった!

彼は私にパスポートと搭乗券を返すときこう言った。「たびたびチュニジアに来ているようだな! いつでもウェルカムだ!」

かくて私は虎口を脱し、続く出国審査も無事に通過したのであった。じつに孤独な戦いであったが、運命はそんな私をねぎらうことを忘れなかった。ドバイから成田に向かう飛行機では、エミレーツのダブル・ブッキングのおかげで、私はビジネス・クラスに格上げされ、シートでのんびりと寝そべることができたのである。(おしまい)

旅・観察

最後の外貨の禍い(5)

私がパスポートを渡すと、男は驚くべきことを命じた。

「スーツケースを持ってきなさい」

チェックインカウンターに出したばかりなのに? もうエミレーツのタグがついているのに? 男は私を連れてチェックインカウンターに戻る。男の制服の後ろに「DOUANE」と大きく書かれているのが見えた。税関職員だ。男はチェックインカウンターのスタッフにスーツケースを尋ねる。私は「どうかもう奥のほうに運ばれていてくれ」と願うが、それはまだカウンターの裏にあった。

私はそのスーツケースを引っ張り出して、男の後ろをついていく。男は脇の部屋に私を入れる。女の税関職員がいた。さっき男と一緒にいた職員だ。小部屋の中には大きな台があり、2 人はそこにスーツケースをのせるように命じた。

「いくら持っているのだ。全部出しなさい」と男の職員。

このとき私はリュックを背負い、財布などの入った小さなポーチを肩からかけていた。抵抗するのはかえってよくないと思い、ポーチの中から財布を出し、そこから 1 万円札 5 枚とユーロの札(300 ユーロ程度)を出した。

「こちらに渡しなさい」

これも迷ったが、拒否することはできない。

「これで全部か?」

「全部です」

「他にないのか」

「あ、あります」 私は 30 ディナール(約 1,500 円)ほど入ったビニールの小銭入れを取り出した。チュニジアから持ち出し禁止のこの通貨を自ら差し出せば、多少は心証は良くなるはずとの狙いだったが、税関職員はそれにはまったく興味を示さずに質問してきた。

「本当に持っていないのか? 10,000 ドルは?」

「ありません」

「5,000 ドルもか?」

「ないです」

すると、女の職員が私のポーチを指差していった。

「あのポケットの中にありそうだ」

私は自信をもってティッシュとウェットティッシュを見せた。ここで私は、例の外貨申告書を出す機会が到来したと感じた。私は財布から外貨申告書を取り出し、男の職員に渡した。この公的書類は、確かに効果を発揮したようだった。

「よろしい」と男の職員は言った。「では、スーツケースを開けるのだ!」

旅・観察

最後の外貨の禍い(4)

空港に着くと、私はエミレーツ航空のチェックイン・カウンターに向かった。カウンターは 8 つあり、1 〜 3 がファースト・ビジネスクラスなどの優先カウンター、4 〜 8 がエコノミーだ。エコノミーの列は長い。私は比較的短そうな 8 の列に並んだ。

進まない列の後ろに立っていると、「荷物係」と書かれた青のベストを着たおじさんが話しかけてきた。

「中国人か、日本人か」

私は面倒くさい雰囲気を感じて黙っていた。「ここに並ばないで、3 番目のカウンターに行っていいぞ」

しかし、私はエコノミーだ。うかつに優先カウンターに移動して並び直しになる恐れもあった。私が黙っていると、そのおじさんは別のところに行ってしまった。

だが、列は進まない。カウンターの前にいるのは子どもを連れた家族だ。彼らが問題なのだろうか? しかし、他の列を見るとやはり止まっている。待つしかない。

あの荷物係のおじさんが戻ってきた。「20 ディナール払えば、私が特別に早く終わらせてあげるぞ」

20 ディナールは千円ぐらいだ。私があいかわらず黙っていると、おじさんは続けた。「たった 20 ディナールじゃないか。じゃあ、10 ディナールならどうだ。5 ディナールでも……」

おじさんは立ち去ったが、私は進まない列の中で、20 ディナールのことを考え続けた。列が止まっているのは、乗客というよりも、カウンターそのものが止まっている感じだ。たとえ、お金を払ったとしても、カウンターに支障があるのなら、どうにもならないものはならない。

カウンターのほうを見ると、スタッフとは別の 2 人の男女が荷物のベルコンベアーのところに立っていた。2 人とも、カーキ色の制服を着ている。なんとなく私を見ているように感じた。

列が動き始めた。並び始めて 40 分後に私はようやくカウンターに到着した。スーツケースを預け、搭乗券をもらう。そのまま出国審査のためのゲートに向かう。だがそのとき、背後から呼びかけられた。

「ちょっと待ちなさい。パスポートを出しなさい」 先ほど私を見ていた制服の男だった。

旅・観察

最後の外貨の禍い(3)

これから書くことは、本題とはまったく関係ないように思える。だが、外貨の禍いの渦中において意外な意味を持つことになったこのことを語らぬわけにはいかない。

私は 8 月 14 日の 14 時の飛行機でドバイ経由で帰国する予定であった。空港には遅くとも 12 時に着いていればいいから、午前中は自由時間ということになる。そこで、私は荷造りを終えると、本屋に行くことにした。

その本屋はそれほど大きくないがきれいで、アラビア語、フランス語、英語の新刊が揃っている。朝の店内に入り、チュニジア文学と書かれた棚の前に立っていると、若い女性の店員が話しかけてきた。

「どういったものをお探しですか?」

私は特に知識があるわけではないのでこう言った。「なにかおすすめのものはありますか?」

店員は最近のものならこれ、現代の古典ならこれ、といくつか勧めてくれた。また、フランス語の本棚でも面白そうなものを教えてくれる。そのうちの一冊を見ると「アラビア語から翻訳」とある。フランス語に翻訳されるくらいならば、いい作品の可能性が高い。

「このアラビア語オリジナルはありますか」

「ありますよ」と持ってきてくれた。

ハスニーン・ベンアンムーという作家の作品だ。チュニジア歴史文学の巨匠らしい。私は店員の勧めるままにベンアンムーの本を 2 冊、すでに取り分けていた数冊の本の中に加えると、会計に向かった。ホテルに戻り、買ってきたばかりの本をスーツケースに放り込む。それからチェックアウトし、スーツケースを引いて空港に向かった。

旅・観察

最後の外貨の禍い(2)

さて、私の物語は出国の前日から始まる。私のいう「外貨の禍い」を避けるため、入国時に外貨申告書を取得したのだが、それが紛失していることが、帰国の準備をしているときに明らかになったのだ。

財布にまとめて入れていたのだが、申告書と両替証明書1枚だけがないのだ。お金は全額あるから、盗難という可能性は考えられない。一度詰めた荷物をひっくり返し、本やノートに挟まってないか調べた。

結局それは財布の他のポケットに折りたたまれていたのだが、それが見つかるまでのあいだ、私は、自らの不注意により将来した財産の危機にどう対応しようか真剣に考えた。

お金を身につけていると厄介なので、スーツケースに隠しておいたら安全ではないだろうか? 持ってきた森鴎外の本の間に一枚一枚挟んで? いや、これは万が一バレた場合、危険だと思い直したのだが、それは後で考えれば本当にそうだったのだ。

次に、私は、体を拭くボディーシートの袋の中に隠すことを思いついた。お札をそのまま入れたのでは濡れてしまうので、お札を折りたたみ、ビニール袋で包む。それを何枚かのボディシートの下に埋め込んで、蓋のシールで封印するのだ。麻薬の隠し方だ。これをリュックの底に放り込んだ。

幸いにも、外貨申告書が見つかったので、この手は行使せずに済んだし、使ったとしても、安全かどうかはわからない。

散文

最後の外貨の禍い(1)

7 月 30 日から 8 月 7 日の 9 日間に渡り、私は「外貨の禍い」という文をここに書いた。その末尾に「今回の帰国時になにが起きるかは、誰にもわからない」と私は書いたが、わかったのでここに報告をしたい。

「外貨の禍い」の内容は、チュニジアから出国するときに、ユーロやドルを持っていると出国審査を終えたポイントで尋問に遭い、没収されそうになるというものだった。国の定めた持出制限額は約 100 万円だが、尋問にさいしてこんなことはいわれない。ひたすら、外貨は持ち出しできない、あったら出せ、と攻められる。私としても、数万円の所持金を失うのはイヤなので、ドルやユーロを持っていても、「ありません」とだけ答える。すると、手荷物をすべて見せろ、とくるが、いくつか中身を取り出すとやがて追求は終わって「もういい行け」と追い払われる。

この全体のやり取りが不愉快であるし、この追求に遭う人と遭わない人がいるのも不公平だ。また、いずれ全額没収される目にあいかねないのではないか、との懸念もある。そこで、私は在日チュニジア大使館に問い合わせ、その結果、「出国時に没収される事例があるということ」およびそうならないために「入国時に外貨申請カウンターで外貨申告書をもらい、滞在中の両替証明書も保管しておくこと」という 2 点の情報を得たのだった。

「外貨の禍い」では、今年の 2 月にその外貨申告書を握りしめて出国に臨んだときの顛末を記したが、ここに「最後の外貨の禍い」として書くのは、冒頭の「今回の帰国時」、つまり 2 週間の滞在を終え、8 月 13 日に出国したときの体験談だ。

風刺・戯文

心を柔軟にするために

少子高齢化、経済の衰退、地球温暖化、陰謀論、そして戦争……問題だらけのこの日本で、私たちはどうしたらいいでしょうか。

ひとつだけはっきりしていることがあります。それは、これまでの考え方・方法ではこれらの問題には太刀打ちできないということです。

過去のわだかまりや先入観にとらわれた思考からは、これらの問題に解決策を見出すことはできません。

ただ、柔軟な心、つまり、問題を柔軟に受け止めるしなやかな心だけが、解決をもたらしうるのです。はっきりいっておきましょう。これからの世界では、そんな柔軟な心をもつ人だけが必要とされます。柔軟な心だけが、精神的にも経済的にも豊かな人生を手に入れるのです。

では、そんな柔軟な心をもつにはどうしたらいいでしょうか? どうしたら、あなたのかたくなな心をほぐすことができましょうか?

ここでこのボトルをご覧ください。中の液体、これこそ、私が柔軟な心で開発しました特効薬。お使いになるや、たちまちあなたの心をほぐし、柔軟にします。食後に服用するも可、お肌に塗布するも可、さらには頭に振りかけても可の、この柔軟薬、今なら割引価格にて皆さんに……


当局はただちにこの怪しげな販売者を薬機法違反で逮捕し、怪しげな薬品を押収し、その成分を調べた。すると、コンビニ弁当の麺類にかける「ほぐし水」とまったく同じ成分だということが明らかになった。

旅・観察

チュニス湖のケー100

観光地には楽しい乗り物がつきものだ。浅草の人力車もそうだし、ヨーロッパの都市には遊覧馬車もある。またロードトレインと呼ばれる乗り物もある。これは機関車などを模した車両に客車がいくつかつなげたもので、線路ではなく道路を走る。若い人には「走れ!ケー100」といったほうがわかりやすいかもしれない。

友人が、チュニス近くのチュニス湖に面した観光地でこのロードトレインの運転手を始めた。おいでというので、チュニジア滞在最後の夜に遊びに行った。

観光地ではこうした楽しい乗り物に絶対に乗らない人がいる。私もそのひとりだが、今回はその認識を改めた。

たった15分、公道を一周するだけだが、とても楽しかった。人気もあって、一人3ディナールという安さもあるのか、すぐに客車は観光客でいっぱいになる。チュニジア人の家族連れはもちろんのこと、アルジェリアやリビア、そしてそれ以外の国からの観光客もいるようだ。のんびりとしたアトラクションだが、これがチュニジアの夜の雰囲気にあっていた。

さて、私は午後6時に友人とその観光地で待ち合わせをした。場所はチュニスの市街から5キロほど離れているので、タクシーで行き、少し早めに着いた。機関車が客車とともに道路に停めてあったので、私はそこで待っていた。

すると、ひとりの無精髭の男性がやってきた。何やらぶつぶつ言っている。怒っているようだ。その人は機関車のドアを開けると、乱暴に中のものを取り出し、整備を始めた。私の友人の同僚と見えた。

イライラしている様子を見て、今日は腹の虫の居所が悪いのだろうか、それとも何か問題でも発生したのだろうか、と私は不安になった。やがて私の友人がやってきて、あの男性を指さした。

「彼は安全面の担当者だ。あだ名はブルギバ(チュニジア初代大統領)だ。なぜならクレイジーな男だから」

なんだ、ただクレイジーなだけだった、と私は安心した。

風刺・戯文

王の後悔

することがないので昼寝していたら、おかしな夢を見た。

異国の男が豪華な衣服で立っているのだ。宝石が散りばめられた大きな金の冠をかぶっているので、すぐに王だとしれた。その王がため息をつきながら、悲しい顔つきで私のほうを見ているのだった。私は思わず尋ねた。

「お困りのようですが、どうされたのでしょうか」

「いや、余はそなたの国が羨ましくてたまらないのだ。余がもしそなたのような国にいたら、あのような恥辱を受けずとも済んだはずなのに。そう思うと、なんともやりきれない思いにとらわれるのだ……」

異国の王の口から漏れた思わぬ言葉に私は仰天した。「いったい、どのようなことが羨ましいというのでしょうか」

「なんでも、そなたの国では、偽の卒業証書をチラ見せするだけで、本物だと言い張ることができるそうではないか」

「ええ、なんでもタイパ重視の我が国では、大事な事柄もチラ見せでこと足りるのです」

「ああ! ああ! そのチラ見せの秘技さえ習得していれば! 我が身は悲劇を免れただろうに!」

王の激しい嘆きぶりを見て私はついやさしい気持ちになった。「王様よ、いったいどのようなことに苦しんでいらっしゃるのでしょうか。この私めにお話くだされば、多少は和らごうかと存じます」

「ああ! もう無駄じゃ! 無駄じゃ! 余は永遠に消し去ることのできぬ恥を晒してしまったのだ! ああ、あのときに、この王冠を一瞬だけ上げて耳をチラ見せしていれば、ロバの耳ではないと言い張ることができただろうに!」