苦い文学

基ワン研究 (D)

科研費というのは日本学術振興会による研究費の助成であり、日本の研究を支える重要な事業だ。

科研費をもらうためには、研究計画調書を書いて応募しなくてはならない。その調書を、審査委員が審査し、採否(と金額)が決定される。種目にもよるが、採用されるのは3割弱だ。

今日、2月28日は、その科研費の採否の通知が行われる日で、日本中の研究者が喜んだり、残念がったりしていた。

そして、私はといえば残念がるほうだった。落ちてしまったのだ。

私が応募した研究課題は次のようなものだった。

「生類憐れみの令の史的インパクト:現代の犬たちの証言をもとに」

わかりやすくいえば、犬公方の名で知られる徳川綱吉のことを、現代の犬たちがどう思っているかについての研究だ。

感謝している犬もいるだろうし、批判的な見方をする犬もいるかもしれない。犬それぞれだろう。いずれにせよ、これまでの歴史家たちは、生類憐みの令が人間に与えた影響について研究するばかりで、犬たちの考え・評価についてはまったく無頓着だったのだ。

こうした状況において、犬への大規模なインタビュー調査の実施とその分析には意義があると自負していたが、審査委員に十分伝わらなかったようだ。

もう一度、研究計画を練り直し、しっかり準備をして、来年度の科犬費にチャレンジしたいと思う。

苦い文学

悔しがり屋

私は人間として自分のことはよくわからない。良い人間なのか悪い人間なのかもわからない。私がどんな人間であるにせよ、この世の中には、私の友人・味方となってくれる人もいれば、私をきらい憎む人もいるだろう。そして今、私はこの文章を私を憎んでいる人に向けて書いている。

この2月、私は『アラビア語チュニス方言の文法研究—否定と非現実モダリティ』(ひつじ書房)という本を出版した。

これは、日本学術振興会の「研究成果公開促進費(学術図書)」という助成金によってはじめて可能になったものである。

この「研究成果公開促進費(学術図書)」がいかなるものかはさておき、私を憎み、少しでもイヤな思いをさせたい人にぜひ知っていただきたい事実がひとつある。

それはこの助成を受けたら、印税が入らないということだ。

これは本当だ。公募要領にはこう書いてある。

「本補助金による刊行は無印税とし、著者・編者・著作権者は、一切の利益を受けることができません。」

もう明らかだろう。みなさんは、この本を買うだけでいいのだ。

それだけで、印税が入らなくて歯がみして悔しがっている私を見ることができるのだ。うさ晴らしにうってつけの機会ではなかろうか。

なお、1冊よりも、2冊、3冊とまとめて買われたほうが私にとってはダメージが大きいということも申し添えておきたい。

苦い文学

コップの魔術師

スピリチュアルなコーチングで名高い人物が街にやってくるというので、ある夜、講演を聞きに行った。会場は、その華やかな活躍にそぐわないようなうらぶれた集会場だった。我々は、人生を変える機会を求めてそこに集まったのだった。

講師にはカリスマティックな雰囲気が漂っていた。彼が演台に立つと、我々はたちまち彼に夢中になってしまった。

講師は演壇の上に、水の入ったコップを置いた。そして、深く味わいのある声で語りはじめた。

「ここに半分水の入ったコップがあります。皆さんはこの水を見てどう思いますか。『半分も入っている』と思うでしょうか、『半分しか入っていない』と思うでしょうか」

彼はコップをそっと持ち上げ、水と空気の間の薄く透明な境界を指で示した。不思議なことに、その境界線は、彼がコップを動かしても微塵も揺れなかった。

「この境界をよく見てください。集中して見るのです」

彼の声には催眠効果でもあるようだった。我々はもはやその境界線から目を離すことができなくなっていた。

「『半分も入っている』でしょうか、『半分しか入っていない』でしょうか」

そのとき、境界線に釘付けになった我々に奇怪な想念が湧いてきた。急に空気に悪意が満ち、その境界線をどんどん押し下げて水を圧迫しているように思えてきたのだ。

我々は苦しくなった。恐ろしくなった。すると、空気が揺れ動き、竜巻のように回転し出したではないか。空気は徐々に形をとりはじめ、ミサイルのようなものができあがった。そのミサイルは轟音を立てて水へと突き進み、境界線を破って水の領域に侵入した。恐ろしい爆発が起き、水は泡立ち血の色に濁った。

我々は絶叫した。と、その瞬間、すべての幻影は消え、半分の水の入った例のコップと講師だけが目の前に現れた。講師は、波ひとつたっていない境界を指さし、我々に再び聞いた。

「『半分も入っている』でしょうか、『半分しか入っていない』でしょうか」

我々の答えは明らかだった。半分しか入っていないのだ。そして、その残った半分ですら、いま恐ろしい危機に晒されているのだ。

我々は恐怖と憎悪と怒り、そして焦りを抱きながら帰途についた。我々の人生は変わったのだ。

苦い文学

『ぬ』の行方

私が日本語を教えていたとき、ラオさんという名の留学生がいた。

あるとき授業中のことだ。彼が私語をしていたのだ。教科書のある箇所を隣の学生に示している。

近寄って私が見ると、彼は教科書に記載されている「カラオケ」の文字の「ラオ」の部分にマルをつけて、自慢げに見せていたのだった。

これには大笑いした。

彼にはもうひとつ大笑いした話がある。

授業中、どうした理由でそうなったのか忘れたが、私はある学生にひらがなの「ぬ」をノートに書くように指示した。

隣に座っていたラオさんがその学生のノートをのぞき込んで、私に言った。

「先生、この人、何年も日本語勉強しているのに『ぬ』も書けない。本当に恥ずかしいよ!」

そう言うと彼はしばらく考え込み、急に叫んだ・

「先生、やべえ、俺も『ぬ』忘れた!」

(思うに、これにはひらがなの『ぬ』の使用頻度の低さが関係しているのだ。動詞の「死ぬ」の終止形と連体形、「知らぬが仏」「生さぬ仲」などの否定の『ぬ』を除けば、ひらがなで『ぬ』を書く機会などほとんどぬい。ぬぬで、これらぬ学生ぬ頭からひらがぬぬ『இ』がஇけ落ちていたとしても、無理はஇいஇである。)

苦い文学

Posthumous

彼は自分の書いたものを、とある出版助成に応募した。

やがてその結果が出て、助成の対象となることがわかった。それから出版のプロセスが具体的に始まることとなった。

彼は念入りに最終原稿を仕上げ、出版社に提出した。しばらくすると、出版社から初校のゲラが送られてきた。

そのころ彼は仕事を失い、ひとり家に逼塞するようになった。社会的には死んでいるも同然なのだった。

することといえば、ゲラの校正ぐらいだった。だが、これはかなり大変な作業だった。彼はなんとか初校の校正を終え、出版社に送った。

しばらくすると再校のゲラが送られてきた。彼はその校正も終えて、出版社に送り返した。すると、再々校が送られてきた。

これが最後の校正だ。彼はできる限り間違いを探し、赤字で修正して送り返した。

ゲラは印刷に付され、やがて本ができ上がった。出版社はその現物を彼のところに送ってきた。いずれいくつかの本屋に並ぶとのことだった。

刊行までの期間を振り返ると、彼はまるで棺桶の中で必死に校正していたかのようだった。これも一種の死後出版だといえよう。

苦い文学

愛はなくても

同志イムチェクの夫婦仲の悪さは有名だった。

しかも、その妻ときたら、とんだおしゃべりだった。出かける先々で、党の幹部である夫の悪口を喋々するのだからたまらない。さしも辣腕のイムチェクもこれには困ったが、家族のことなのでどうすることもできなかった。

さて、「夏の夜革命」後、同志イムチェクは党の実権を握ると、強権を振るって政敵を次々と追放していった。

これに危機感を抱いたのが青年革命派のバーコフ政治局長だった。彼はある会議で敢然と立ち上がり、同志イムチェクを非民主主義的な裏切り者だと公然と批判したのであった。バーコフはさらに続けた。

「同志の細君は、聞くところによれば、さんざん同志の悪口を言いふらしているというではないか。このような荒んだ愛のない家庭の主が、我が国を正しく導けるとはとうてい思えないのである!」

これに対して同志イムチェクは、出席者のあいだから漏れ聞こえる失笑の中、静かに言い返した。

「我が家庭に愛のないのは認めよう」

そして、次のように続けた。

「だが、我が家庭がきわめて民主的であることもまた明白である。なぜなら、同志バーコフがその意図とは逆に証言してくれたように、そこでは言論の自由が完全に保障されているからである!」

苦い文学

原始社会におけるハゲの機能

我々の社会における顕著な特徴は、社会的地位の高い男性ほどハゲが多いという傾向である。保育園の園児の集団と比べてみれば、これはいっそうはっきりしよう。

先月、サイアミーズ・ネイチャー誌にパトリック・コーガン博士が発表した論文は、人類学的見地からこの特異な傾向を論じたものであり、きわめて示唆に富む考察が展開されている。以下はその要約である。

原始時代の狩猟採集生活においては、男女の明確な分業が存在した。男は狩猟に出かけ、女は採集を行っていたのだった。

狩猟には集団的な協力関係が不可欠であり、この狩猟を通じて、我々の社会生活の基礎をなす重要な特徴、すなわち、コミュニケーション能力と組織構成力が育まれた。
 
コミュニケーション能力とは、言語や手振りで相互の行動を伝達しあう能力である。組織構成力は、目的達成のために役割を分担する能力であるが、とくにリーダーの存在が重要なものとなる。

つまり、狩猟の成否を握るのはリーダーの指示ということになるのだが、この指示はどのように伝達されるべきものであろうか。

もちろん言語は重要である。しかし、狩りの現場においては言語は、獲物がその音声に気がつき逃げてしまうという点で役に立たないのである。

では、身振り手振りはどうだろうか。これはある程度は有効だが、距離が離れれば離れるほど視認性が低下するという弱点がある。

コーガン博士はここで大胆な説を提唱する。すなわち、原始時代の狩猟においては、ハゲ頭の光の反射による信号が重要な役割をはたしていた、というのである。

リーダーが太陽に反射するハゲ頭を手で覆ったり露出したりすることによって、あらかじめ決められた光の信号を遠方の男たちに送信し、狩猟を成功に導いていたに違いない……こう博士は推論するのである。

「したがって、ハゲたリーダーがいる集団ほど生き残る可能性が高かった」と博士は結論づける。「現代のリーダーにも同様の特徴が見られるのも、その名残りにほかならない」

最近ますます毛が薄くなってきている私であるが、博士の研究は、まさに私の頭にさした一条の光といえよう。

苦い文学

八丈島のキュン

言語学の本を読んでいて、私はその殺伐とした例文に憂鬱になったのであった(例文 (1) および (2) 参照)。

(1) 太郎が花子を殴った。
(2) 太郎が花子を殴っている。

この本は、私が参加している読書会の課題図書だったので、そのグループLINEで私の沈んだ気持ちを述べると、ある韓国人の先生から「ラブラブな例文」に変えたらどうか、との提案があった。

なるほど、(1) と (2) の例文は他動詞を用いた文の例であるが、他動詞であることを示すのに「殴る」など使う必要はないのだ。例文もまた、韓国のラブコメ・ドラマのようにキュンキュンしてたっていいのではないだろうか。

例えばこんな具合だ。新しい職場に向って花子が歩いていると、なぜか足が絡まる。あぶない、と思った瞬間、次の例文 (3) をごらんいただきたい。

(3) (不意に現れた)太郎が花子を抱いた。

出会いというものはたいていこのような偶然から始まる。さて、太郎は花子の同僚ということが明らかになる。職場での忙しい日々が続くが、いくつかの誤解があって二人の関係は険悪だ。ところが、ある手違いが起きるのだ。その結果生じる例文 (4) 〜 (6) を参照いただきたい。

(4) 花子と太郎は二人だけで遊園地に行く。
(5) 二人で遊園地のアトラクションを体験する。
(6) 花子は楽しそうな太郎に心奪われている自分を否定する。

そして、日が暮れて、寒くなってくる。そこに出現するのは次のような文 (7) である。

(7) 太郎が花子に自分の上着を着せかける。

これをきっかけに二人の関係は発展していくのであるが、本稿の目的には上記の例文で十分であろう。

暴力的な例文を無くしたからといって、暴力がなくなるものではない。しかし、少なくとも、暴力を繰り返し受けてきた人にとって、こうした例文がある種の暴力として機能することもあるだろう。それならば、むしろキュンキュンしていたほうがいいのではないだろうか。

すさんだ「言語学」よりも、むしろ「キュン語学」のほうがいいのではないか。

苦い文学

他動詞と自動詞

毎週参加している読書会の課題の本を読んでいて、私はすっかり気分が塞いでしまった。

それは言語学の本で、こんな例文が出てくるのだ。

(1) 太郎が花子を殴った。

例文 (1) では、他動詞(つまり主語と目的語を必要とする動詞)の例として「殴る」が用いられている。その下に出てくるのはこんな例文だ。

(2) 太郎が花子を殴っている。

「ている」が継続をあらわしている。私はまるで、暴力を前に自分が見て見ぬふりをしているような気になる。さらに、こんな例文も出てくる。

(3) 太郎が花子を殴るかもしれない。
(4) 太郎が花子を殴るそうだ。

人々は暴力の予感に脅えているのだろうか。いや (4) では期待すらしているように聞こえる。言語学とはなんと残酷なのだろうか。

太郎と花子の関係が気になる。恋人、夫婦だろうか。いや、私の見るところ、親子なのだ。すると、以下のいくつかの例も考えられる。

(5) 太郎は花子に熱湯を浴びせる。
(6) 太郎は花子を寒空に放置する。
(7) 太郎は花子に食べ物を与えないはずだ。

そして、最後に次の例文を見てほしい。

(8) 花子は死んだ。

言語学がひとりのこどもの命を奪ったのだ……。これほどまでに、むごたらしいことがあろうか。

なお、「死ぬ」は自動詞である。

苦い文学

緊急停止

JR念浜線の傘上駅と青骨駅の間で、電車が停車した。緊急停止の連絡が入ったのだという。「信号が変わるまでしばらくお待ちください」とのアナウンスがあった。

木曜日の午後で、乗客はほとんどいなかった。私は4両目に座っていたのだが、誰もおらず、車両を独り占めする格好となった。

急ぎの用事があれば腹を立てたろうが、そうではなかった。電車に閉じこめられた私は窓から外を眺めたり、携帯をいじったりしていた。

車両の中でぼんやりしていたときのことだ。ドアの上の電光掲示板がピカピカとオレンジ色に点滅しているのが目に入ってきた。私が目を向けると点滅はさらに激しくなった。まるで掲示板が私の注意を引こうとしているかのようなのだった。

そして、通常ならば、次の駅や目的地、どちらのドアが開くのかなどを右から左に流しているその掲示板は、実に奇怪な言葉を私に伝えはじめたのだった。

以下はその忠実なる記録である。

【たすけて】

【たすけて    たすけて】

【私 は 人間     人間 です】

【電車に      されました】

【……】

【電車の   中で     私は】

【具合がわるくなりました     たおれました】

【次の駅で       電車が止まりました】

【駅員たちが】

【やってきました        だいじょうぶか】

【と聞きました】

【だいじょうぶです】

【私は      答えました】

【だいじょうぶではない          と駅員はいいました】

【だいじょうぶではない         なんどもいいました】

【駅員たちは     私を運びました】

【電車のそとに】

【駅のホームに】

【駅の地下へ】

【ずっと暗いところへ】

【ずっとずっと怖いところへ】

【私はそこで】

【眠りました                  眠りました】

【……】

【気がつくと】

【電車に           なっていました】

【たすけて        たすけて】

【わるい            駅員たちに】

【気をつけて】

【次は       あなた】

とそのとき、電車がぐらりと揺れた。

【次は            青骨駅】

電車は再び走りだし、青骨駅に八分遅れで到着した。