苦い文学

かじりたい人びと

「僕は不思議に思っていたのです」と青年は語った。

「昨年から今年にかけて2回オリンピックが開催されましたが、大会の前にアスリートたちが意気込みを語る場面がありますよね。もちろん、誰もがメダル、とくに金メダルを目指して競技に挑むのですが、少なからぬアスリートが金メダルのことを『一番いい色のメダル』と婉曲的に語るのです。どうしてはっきり言わないのだろう、って。不思議に思いませんか?」

「謙遜で言ってるのかもしれませんね」と私。

「ええ、僕もはじめはそう思いました。でも、『一番いい色のメダル』とは、もう金メダル以外ないのですから、謙遜とはいえないでしょう。むしろ、そんなふうに言い換えること自体、いやらしいように思えたのです」

「そうでしょうか」

「そこに、名古屋市長のあの『金メダルかじり』事件です。あれですべてがはっきりしました」

「といいますと」

「ちょうど性器を『アソコ』とか、性行為を『エッチ』とかいうのと同じなのです。つまり、ある種の人びとにとっては『金メダル』とは実に卑猥な言葉であり、だからこそ『一番いい色のメダル』などと言い換えざるをえないのです」

「なるほど、とすると、河村先生がセクハラだと批判されたのも……」

「まさにそうです、彼は若い女性の大切な『アレ』をパクリと口に含んだのですから。しかも公衆の面前で!」

「ははあ、面白い解釈ですね……。で、今日はどう言ったご用件で私のところに?」

「実は、マーケティングの結果、メダルをかじりたがっている人が意外に多いとわかりまして、いろいろな著名アスリートのメダルをかじれるバーを名古屋市内に開店しようかと考えています。それで、ぜひ投資していただければと……いえ、風俗店ではないのでして……」

苦い文学

食品偽装

中国産などの輸入アサリを熊本県産と偽った産地偽装のニュースは記憶に新しいが、先日、新たな食品偽装問題が発覚した。

県警の発表によれば、県内に流通している「いかのおすし」の8割が偽装された偽物の「いかのおすし」だという。

偽物の「いかのおすし」は外見だけでは本物と見分けがつかないため、取り違えが発生しやすく、これがまん延につながっているというのが、県警の見方だ。

偽物はこどもにとって重大な危険をもたらしうるため、こどもの安全を守る観点からも、悪質な偽物「いかのおすし」には十分に注意してほしい、と県警は呼びかけている。

《本物の「いかのおすし」と偽物の「いかのおすし」の比較》
本物の「いかのおすし」
 しらないひとには、ついて「いか」ない
 こえをかけられても、くるまには「の」らない
 しらないひとにつれていかれそうになったら「お」おごえをだす
 こえをかけられたりおいかけられたりしたら「す」ぐにげる
 こわいことにあったりみたりしたら、すぐおとなに「し」らせる

偽物の「いかのおすし」
 しらないひとには、ついて「いか」ないてはない
 こえをかけられても、くるまには「の」ったほうがいいぞ
 しらないひとにつれていかれそうになったら「お」おごえをだすな
 こえをかけられたりおいかけられたりしたら「す」ぐとまれ
 こわいことにあったりみたりしたら、すぐおとなに「し」らせるなぶつぞ

苦い文学

あなたに訴状を届けたくて

企業などに訴状を届けるのは「特別送達」と呼ばれるが、これを担当する郵便配達員はつねに危険と隣りあわせだ。

訴えられた企業は、あの手この手を使って、郵便配達員を妨害するからだ。

なんとしても訴状を受け取りたくないのだ。永遠にあの言葉を繰り返していたいのだ。

「訴状が届いていないのでコメントできない」と。

企業側の妨害はさまざまだ。ならず者を配達員にけしかけることもある。郵便局に工作員を送り込んで騒動を起こすこともある。ニセ配達員でかく乱させて訴状を奪おうとしたり、色仕掛けで骨抜きにすることなど日常茶飯事だ。刺客を放つことだってある。

もちろん、日本郵便だって負けてはいない。訴状を届ける特別送達配達員は精鋭ぞろいだ。全員、イーサン・ハントみたいなのだ。

ときには、訴状の奪い合いが日本を飛びだすこともある。アマゾンの密林での暗闘、シベリアの氷上での激戦、宇宙ステーションでの決闘などだ。

宇宙ステーションでは配達員はあやうく訴状ごと宇宙の藻くずとなるところだった。だが、なんとか敵を打ち破ると、危ういところでポッドで脱出したのだ(その直後に宇宙ステーションは爆発だ)。

大気圏を通過したポッドが千葉沖に無事着水すると、待ちかまえていたヘリに乗り込む。そして、都内でバイクに飛び乗ると、宛先の企業に訴状を届けたのだ(その企業は訴状を受け取った瞬間、建物ごと崩壊した)。

なお、訴状の配達員はどんなときでも必ず相手に届けることになっている。なので「ご不在連絡票」は決して持たないそうだ。

苦い文学

ロシア語上級の時間

ロシア語初級では、覚えるべき単語はたったひとつ、Да(ダー)「はい」であることを皆さんにお教えした。

それだけではない。実はこの単語を覚えるだけでもう中級をすっ飛ばして上級に達してしまうのだ。ロシア語の勉強時間が数億時間省ける。

これで皆さんは、どんな長大なロシア文学も難なく読みこなせる。

ぜひ以下の読解にチャレンジしてほしい。驚くほどすらすらと読めるはずだ(なお、不要だとは思うが、念のため邦訳をつけてある)。

「Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да Да」

邦訳
「偶像がその統治者としての高い場所にデンと坐って、額にけわしいしわを刻み、情容赦もなく、独善的に私たちの人生を滅茶滅茶にしているあいだは、できるだけ重い石を私に授けて下さい! さあ、十人がかりで丸太ん棒を担いで、その偶像を倒そうではないか!」

出典:ソルジェニーツイン『収容所群島』(木村浩訳)第6巻、p.226、「第六部 流刑 第六章 流刑囚のささやかな幸福」

苦い文学

ロシア語初級の時間

世界で一番難しい言語はなんだろうか。

ある人は日本語という。ある人はアラビア語だと。また別の人は別の言語を挙げることだろう。

こんなふうに意見が分かれるのは、言語の難しさというものが相対的なものだからだ。

英語話者にとっては確かに日本語は難しいのかもしれないが、逆に日本語に似た言語、例えば韓国語の話者にとっては、日本語はもっとも学びやすい言語のひとつなのである。

だが、逆は必ずしも真ならず。

世界でもっとも易しい言語を決めるのは非常に容易だ。

それは現在のところ、ロシア語だ。

この言語には難しい発音も、動詞の活用も、名詞の格活用もまったくない。なんという楽しさ。

しかも、初級のあなたにとって覚えるべき単語はたったひとつ。

Да(ダー)「はい」

これのみ。これを覚えるだけで、ロシア語の勉強時間が数百時間省ける。

「ドンバスの人民共和国の独立を承認せよ!」
「Да!」

「ウクライナの極右勢力とネオナチグループを撃退せよ!」
「Да!」

「これは戦争ではない。特別な軍事作戦だ!」
「Да!」

「撃て!」
「Да! Да! Да!」

次はロシア語上級の時間にお会いしよう(まだ命があれば)。

苦い文学

キャッシュレス

次のニュースです。

キャッシュレス化が進む中、今日から一部の銀行で硬貨の両替有料化が始まりました。

(都内の銀行の様子)
両替に来た利用客
「小銭をお札にするのに手数料がかかるの? えーっ、困ります」

硬貨によっては両替の手数料のほうが高くなるとあって、利用客は混乱気味です。

いっぽう、有料化の影響は思わぬところに――――

(神社の様子)
賽銭箱を前にした神主
「これまでのようにお賽銭を簡単に(両替を)できないのは……」

両替の手数料は、神社の修繕費用などの減収に繋がるとあって、関係者は困惑を隠しきれません。

銀行のこうした取り組みについて、経済アナリストの円谷嘉平さんは――――

「利便性の点から考えると、硬貨が経済成長の足かせとなっている側面は否定できません。キャッシュレス化の進展とともに、硬貨はますます不要になるのものと考えられます」

円谷さんは「将来的には、小銭を所持していると罰金刑を科されることも」と注意を呼びかけています。

苦い文学

『朕だけの日本語』

日本にはさまざまな目的で学ぶ留学生がいるが、なかには「日本で帝王になりたい!」という夢を抱いて来日する若者もいる。

『朕だけの日本語』は、そんな留学生に特化した教科書だ。

日本語教科書の『みんなの日本語』が『みん日』と略されるのにならって、『朕日(ちんにち)』との愛称で親しまれている。

この『朕日』では、帝王が使うにふさわしい日本語を学ぶことができる。具体的には以下のような表現である。

「この世に朕より優れた者がいようか……」
「勝者が常に正しい!」
「権力のみに人間はひれ伏すのだっ」
「フハハハハ! 弱い者に生きる価値などない」
「学者のいうことなどバカげた理想論に過ぎぬ」
「すべてリベラルどもの陰謀だ!」

この教科書にはまた、2つの特色がある。ひとつは会話がまったく取り上げられていないことだ。そもそも帝王と会話することなどできるものだろうか? 「はい」だけがあればいいのである。

また、同様の理由から文法解説も存在しない。帝王が文法上の誤りを犯すことなど考えられるだろうか? 帝王が文法なのである。

なお、日本語教師への注意点を述べれば、この『朕日』を使用するさいには、細心の注意を払って教案を作り、授業運営を行う必要がある。というのも、命がいくつあっても足りないからである。もっとも、これは帝王の短気さを考えると相当に難しいことだ。

統計によれば、ひとりの帝王がこの教科書を終えるまでに、平均して36人の日本語教師の命が犠牲になっている(縛り首が6人、斬首が8人、八つ裂きが5人、毒殺が10人、行方不明4名、獄死、恩赦としての自決、不審な事故死が各1名)。

帝王には有益だが、庶民には剣呑なこの『朕日』であるが、「ジャパン維新パブリッシング」という大阪の出版社が刊行している。広報によれば、ロシア語版も準備中だとのことだ。

苦い文学

『イエス、マスター』

日本語教科書のスタンダードといえば『みんなの日本語』だが、日本語学習者の多様化につれ、それぞれ独自の特徴をもつ日本語教科書が開発されるようになった。

例えば、『いろどり』(国際交流基金日本語国際センター)は、留学生向けというよりも、日本で生活する人が「できること」を増やすのを目的とする教科書だ。これは無料でダウンロードでき、地域の日本語教室や、ボランティアが自由に活用できる。

最近公刊された教科書『イエス、マスター』もまた独自の特徴を持っている。この教科書は日本に連れてこられた外国人奴隷を対象としたもので、「できること」よりも「しつけ」を重視している。例えば、第4課はこんな具合だ。

第4課 それ、渡せ。(お仕置き場面での会話を学びます。)

田中さん:こら、お前、また愚図愚図しやがって。
奴隷:イエス、マスター
田中さん:はて、どうしようもない奴よ。お前を見ているだけで俺は苛々するのだ。
奴隷:イエス、マスター
田中さん:ここはひとつ懲らしめてくれようか。
奴隷:イエス、マスター
田中さん:おい、棚にスタンガンがあるだろ。
奴隷:イエス、マスター
田中さん:それ、渡せ。
奴隷:イエス、マスター
田中さん:やあ、覚悟しろ。
奴隷:イエス、マスター

このように「奴隷」と「田中さん」との一方向的な会話を通じて、自然な日本語が身につくようになっている。文法的な説明はまったくないが、これは「奴隷に文法は必要ない」という最新の第二言語習得理論に基づくものだ。

興味のある方は、「日本奴隷しつけ基金」のホームページを参照してほしい。無料でダウンロードできるが、国際人権監視団体から若干の制裁が科せられる。

苦い文学

永遠の時刻表の輝き

JR念浜線の傘上駅と青骨駅の間で、電車が停車した。線路内に人が立ち入ったのだという。「安全の確認がとれるまでしばらくお待ちください」とのアナウンスがあった。

木曜日の午後で、暖かい日差しが車窓から差し込んでいた。私の車両には数人の乗客がいたが、アナウンスを聞くと「またか」という顔つきをし、うつむいた。やがて、誰もがまどろみはじめたようだった。

ただ私をのぞいては。

というのも、かねてから感じていた便意が強まりつつあったから。しかも、この電車にはトイレがないのだった。悲惨な事態への予感の中でうたた寝できるほど、私は勇敢ではなかった。

私は線路への侵入者を憎み、空想の銃で何度も狙い撃ちした。しかし、便意がそのような放埒な空想をも許さぬほど差し迫ってくると、私は身もだえしながら、ひたすらに堪えた。やがて、苦しみは最高潮に達し、私は朦朧としだした。

そして、そのおぼろげな意識の中で私は見たのだった。線路の上をゆっくりと移動する異様な存在を。

それは人間の形をしていた。だが、人間なのはそれだけだった。それはただただ光り輝いていた。太陽がその表面で千々に乱れていた。まるでダイヤモンドでできた人間のようだった。

そのとき、車掌や運転手、駅員からなる一群の人々が現れた。彼らはそのダイヤモンド人に飛びかかった。だが、そいつは、閃光を放ちながらすり抜け、彼らの手の届かないところに逃げ去った。人々は騒ぎ立てながらなんどもそいつに掴みかかるのだが、そのたびにするりと逃げられるのだった。

と、不意に私を猛烈な便意が襲い、最後の瞬間へと駆り立てた。崖から落ちまいと思わずうつむいた私の視界の端で、光が激しくほとばしった。

私の記憶はそこから途絶える。青骨駅のトイレで水洗レバーをひねる時までまったく覚えていないのだ。

私は思うのだ。もしかしたら、あのダイヤモンド人は便意が見せた幻だったのかもしれない、と。

しかし、別の解釈もありうる。車掌と運転手たちはあのダイヤモンド人を本当に捕まえようとしていたのだ。おそらくそれは途方もない富をもたらすに違いない。「線路に人が立ち入った」というのは、ダイヤモンド人の出現を意味する暗号であり、電車を停止させ、「狩り」を始める合図となっているのだろう。

しかし、車掌も、運転手も、駅員も、なんと呆れた連中だろうか。乗客のことなどそっちのけで、考えることといえば「ダイヤ」のことばかりなのだから。

苦い文学

宇宙から見れば

ある世界的有名人が、いまこそ地球の平和のためになにかをするべきだと考えた。

さまざまな案が出された。国際的平和団体への寄付、難民支援、平和教育活動への参加……。これらの活動にはもちろん意味があったが、世界的有名人の彼にとっては地味でありきたりに思えた。

すると、ある人が「宇宙に行って世界全体に平和をアピールしたら」と提案した。彼はそれに乗った。

宇宙へ行くための準備が始まった。とんでもない費用がかかったが、協力者やら、スポンサーやら、クラウドファンディングやらでなんとか賄うことができた。

そして、彼を乗せたロケットは宇宙に飛び立ち、宇宙ステーションに無事到着した。

地球は青く輝いていた。世界配信の準備が整い、彼はこの美しい星を前に、全人類に向けて語りかけた。

「みなさん、この地球を見てください。宇宙から見れば国境など見えないのです。ただ美しい地球があるだけです。国境などたいして重要ではありません。ただちに戦争をやめましょう。国境をめぐって争うなど、なんと愚かなことでしょうか」

彼は不意に黙った。地球をしげしげと眺める。その顔に驚きの表情が浮かんだ。

「いや、宇宙から地球を見れば、国境だけでなく、人間も見えませんね……」