苦い文学

帝王のダイエット(王道編)

「ショウヨウとは?」と怪訝な顔つきの帝王に向かって賢者デリヘルスは次のように語ったのであった。

「平たくいえば散歩でございます。アリステレスが言うには、一番のダイエット法は散歩にほかならないということで、それゆえ、アリストテレスのダイエット法にしたがうものは逍遥学派と呼ばれております」

「散歩か……それもちと大変ではないかの。もっと余にふさわしいダイエット法はないものか」

と帝王が不満げにいうやいなや、「ダイエットに王道なし!」と厳しく一喝したのがデリヘルス。そして再び穏やかな口調に戻るとこう続けたのであった。

「こうアリストテレスはかのアレクサンドロス大王に言ってのけたということでございます」

「なに、アレクサンドロス大王に!」

「じつにアレクサンドロス大王は、ギリシアからインドまで散歩したとの記録が残されております」

「むむ、アレクサンドロス大王よりも広大な領土の支配者たる余にとっては、その程度の散歩は屁でもないわ!」と宮廷の外を見る帝王。「いつの間にか吹雪も嵐も止んでおるわ! おい宰相トンマールよ! 支度をせい! ただちに逍遥とやらに出かけるぞ!」

とこうして、賢者デリヘルスのおかげで苦境を切り抜けた宰相トンマールであったが、帝王の散歩に朝から晩まで毎日振り回されて、身体中に膏薬を貼らぬ日はないという話だ。

苦い文学

帝王のダイエット(プラトン編)

もっとよいダイエット法を教えよ、さもなければ縛首じゃと息巻く帝王に、賢者デリヘルスは次のように答えたのだった。

「帝王よ、ソクラテスの弟子にプラトンという哲人がおります。このプラトンが長い思索のすえに編み出したのがテオーリア式というダイエット法にてございます」

「はて、テオーリア式とは?」

「テオーリアとは観想とも呼ばれております。これは心身を集中して理想世界にある対象を直感することであります」

「なんじゃなんじゃ、もっとわかりやすく申せ!」

「これをいいかえますればすなわち、痩せたい自分をイメージして痩せるという方法でございます」

「痩せたい自分をイメージすると?」と大王思わず呆れた笑いを漏らす。「うーむ、そのような山手線のエステの広告にありそうな文句はたくさんじゃ!」

「おお、賢明なる帝王よ、その通りでございます。このテオーリア式を批判したのが、実にプラトンの弟子のアリストテレスでございました。テオーリアなどよりも、まずは体を動かさねばならぬと主張したのでございます」

「してそれは」

「逍遥にてございます」

「ショウヨウとは?」と怪訝な顔つきの帝王に向かって賢者デリヘルスが放った言葉とはいかに?

苦い文学

帝王のダイエット(ダイモーン編)

ソクラテスのダイエット法とやらを早く教えよと迫る帝王に、賢者デリヘルスは落ち着き払って次のように答えたのであった。

「ソクラテスにはダイモーンと呼ばれる存在が心の中におり、そのお告げにしたがってダイエットをしたとのことでございます。それがダイモーン式と呼ばれるダイエット法でございます」

「そのダイモーン法とやらはなんなのだ」

「ソクラテスはこのダイモーンの声が聞こえると、どこであろうと、そしてどんな気候であろうと立ち止まり、そのまま何日間も身動きしなかったのでございます。このような苦行のおかげで、ソクラテスは頑丈でしっかりした肉体を維持していたとディオゲネス・ラエルティオスは記しております。では、帝王よ、さっそく衣服と靴をお脱ぎになって、宮廷を出て外にまいりましょうぞ! これから四日間ばかり立ち続けて、このダイモーン式を実践するのでございます」

「むむ……余にはちと似つかわしくないように思えるぞ。それに、あいにく外は吹雪に大嵐じゃ……」

窓の外を見れば、季節は春、ポカポカ日和で小鳥が楽しげに歌っている。だがデリヘルス、さすが国随一の賢者だけあって、そんなことはおくびにも出さない。帝王が雨といえばこの世は雨というわけだ。

「賢者デリヘルスよ、ソクラテスのやり方は余には合わんようじゃ! 他の案を出せ! さもなければ、宰相もろとも縛首じゃ!」

もはや生きた心地もしない宰相を尻目に賢者デリヘルスはといえば微笑むばかり、さてその返事はいかに?

苦い文学

帝王のダイエット(賢者編)

全世界の支配者にして諸世紀の帝王イザーカーンに押し付けられた無理難題に、青い顔で帰宅した宰相トンマール、家のものを呼び寄せ「死装束の準備をせい、明日はわしの葬式じゃ」と告げたのであった。

それを聞いていた末娘が尋ねると宰相、かくかくしかじかと打ち明ける。

「なんだ、簡単じゃない。この国一番の賢者デリヘルスに相談すれば済むことよ」

そこで宰相、デリヘルスのもとに赴いて事情を説明すると、この類いなき賢人、莞爾(にっこ)として「任せなさい」と心強い返事、宰相、ようやく人心地ついたという次第であった。

さて翌朝イの一番に、宰相とともに宮廷に赴いたデリヘルス、帝王を前に次のように語り始めたのであった。

「帝王よ、はっきり申し上げますが、この世にはソクラテスの手になる『太った豚より痩せたソクラテス』などというダイエット本はございません」

「なんだと?」と帝王の顔がさっと曇り、その手が腰の剣に伸びる。デリヘルスの後の宰相はもう生きた心地もしない。

「いやはや、お待ちください」と賢者デリヘルス。「そもそもソクラテスは本など書かなかったのでございます。ですが、帝王よ! さいわいなことに、ソクラテスのダイエット法は今に伝わっております」

「おう、そうか! 早く申せ」

と急かす帝王を前にして、なお泰然自若たるデリヘルス、その返答やいかに?

苦い文学

帝王のダイエット(哲学編)

全世界の支配者にして諸世紀の帝王イザーカーンは、ある日、その驚くばかりの巨体を揺らしながら宮廷に現れると、宰相トンマールを呼びつけたのであった。

宰相はといえば、慌てて駆けつけ滑り込んで平伏する。そして、帝王は次のように告げたのだ。

「宰相よ、喜ぶがいい! 余はとうとう痩せようと決意したのじゃ」

「善きご決断にてございます!」

「お前に痩せよ痩せよとせっつかれるのもこれでしまいじゃ!」と大笑い。何事かと心中穏やかでなかった宰相もこれにはほっとひと安心。だが、帝王にかかってはことはそう簡単には進まない。

「ついてはだな、お前に頼みがあるのだ」

「なんなりと!」

「ほかでもない、ソクラテスなる世にもまれなるダイエット賢人がおるという話ではないか」

「ソクラテスですと? ソクラテスは古代ギリシアの哲学者にてございますが」

「うむそうじゃ。その哲人が書き残したダイエット指南書があると耳にしたのだ。それをただちに持って参れ。その本を見ながら余はダイエットに励むつもりなのじゃ」

「しかし、ソクラテスはダイエットとはいささかも……」

「なに? お前は余に口答えするというのか!」

大臣が目を挙げると、帝王の表情は一変して、目は怒りにギラギラ、口はワナワナ。いやこれはやばいヤツじゃ、と大臣震えあがる。

「はっ、万難を排してその書を探して参ります。して、そのダイエット本の書名はいかなるものにてございましょうか」

「なんでも『太った豚より痩せたソクラテス』というそうじゃ! 明日までにこの書が余の手になければ、お前の首が胴体から飛ぶと思え!」

無理難題を押し付けられた宰相トンマールの運命やいかに?

苦い文学

偽旗任三郎

報じられているところによれば、ロシアはウクライナで偽旗作戦を用いているという。

偽旗作戦とは、敵になりすまして軍事行動を行うことだ。そして、それを口実におおっぴらに戦争などを仕掛けるのだ。

実はこの偽旗作戦、我が国でも行われていることは知られていない。それは以下のとおりだ。

現在ウクライナで起きている惨事について多くの人びとが心を痛めているが、なかには興奮して叫び出す勇ましい人もいる。

そうした勇ましい人々は、ウクライナの危機は、今まさに日本が直面している危機でもあると考えるのだ。

「なぜなら、ほら! 中国やロシア、北朝鮮といった剣呑な連中が、我が国を狙っている!」

そして、ある種の人々は、この勇ましい雰囲気を利用して、核共有だ改憲だと、さらに勇ましいご提案をここぞとばかりに繰り出す始末だ。

「我々もウクライナのように負けないぞ!」と、気分はもう戦時下だ。

だが、私はこれには正直納得できない。というのも、我が国はどう考えてもロシア側の国だからだ。

我が国の歴史を振り返ると、侵略されるよりも、むしろ侵略する側であった。ウクライナらしいところはまったくないのだ。

となると、我が国の勇ましい人々によるウクライナの味方づらの裏には、実はロシア的本性が隠れているのではあるまいか。確かに、これらの連中の言い分ややり口はいかにもプーチン的なのだ(というか戦争以前はこぞってプーチンの賛美者だったのだ)。

欺瞞をもって日本をよりロシア的にしようとする、こうした汚いやり口はまさに偽旗作戦と呼ぶにふさわしいではないか。

苦い文学

すべては難民のために

我が国では難民条約を批准したその時から、難民といえばこれを認めないし、できる限りすみやかに、かつ巧妙に国外に追放するということに決まっていたのだ。

だが、最近はなにやら雲行きが怪しい事態となっている。

ウクライナの難民の受け入れに我が国が率先して手を上げているというではないか。

いや、その手で、難民をぶん殴っていたというのに?

それどころか、大臣が隣国ポーランドに行って、難民の受け入れの調整をしているというではないか。

ついこないだまでは、難民が呼んだって来るのは入管の収容所の監視係だけだったのに?

なのに大臣が行っちゃうのだ。

いや、行っちゃうどころではない。果ては政府が飛行機を飛ばして難民を連れて来るというではないか。

ちょっと前までは、成田に上陸したばかりの難民を追い返してたというのに? さもなきゃ、有無をいわせず収容してたというのに?

そんなことはあるはずがないのだ。これは絶対に間違いだ。フェイクニュースだ。

さもなきゃきっと……




オリンピックの招致だと勘違いしてるんだ。

苦い文学

「愛国心」の産地偽装に注意!

ロシアがウクライナに侵攻して以後、軍事力に勝るロシア軍に対して、ウクライナはゼレンスキー大統領のもと粘り強く抵抗を続けております。

これというのも「ゼレンスキー印のウクライナ産愛国心」の良質さによるものであり、我が国でも、さっそくこの愛国心の輸入をする業者が現れました。メディアでの報道も相まって、今や誰もが「ゼレンスキー印の愛国心」を争って買い求め、幸運な所有者は我がちに誇示するありさまです。

だが、消費者として注意をしたいのは、産地偽装品の多さです。実に国内を流通しているゼレンスキー印の愛国心の9割が偽物だという衝撃的な事実が、民間の調査団体によって明らかになっております。

これらニセモノ愛国心の気になる産地ですが、そのほとんどがロシア産の「プーチン印の愛国心」、中国産の「習近平電脳監視公司の愛国心」だそうです。そればかりじゃありません。「日本会議謹製の愛国心」まで混入しているのだとか。純国産だなんてあきれた話じゃありませんか。

皆様におかれましては、お手元の愛国心の産地を十分ご確認の上、まちがっても「プーチン印の愛国心」などでウクライナの平和を祈願することなきよう、お願い申し上げる次第です。

苦い文学

ワクチンは何のため

私はどういうわけかここ10年ほど、熱を出して寝込むことがほとんどなくなった。これがいいことなのかわからないが、人間誰でも布団で数日過ごしたい時もあるのも確かだ。

そんな私に願ってもない機会が訪れた。新型コロナウイルスのワクチンだ。

2回目を打ったのは昨年の9月で、私はその時、副反応で熱が上がり始めるや小躍りして喜んだのだった。しかし、実際のところそれからは辛かった。

だが、喉元過ぎればなんとやらで、3回目の時期がやってきた。私は発熱に備えて、ゼリーやプリンを買い込んだ。普段は食べられない甘いものを堂々と食べられるのがよいのだ。それに、熱が出るとみんなやさしくしてくれるから、ちょっとくらい余計なものを食べたって怒られやしない。

そしていよいよ3回目の接種を終えた。夜になると期待通りに私は発熱したが、これが非常に辛かった。私は長い間うなされ、ワクチンなど2度と打つまいと思った。いっそコロナにかかったほうがマシではなかろうか。3日後にようやく熱が下がった。

だが、その時には、私はプリンやゼリーはすべて食べていたし、布団の中でドラマや映画を満喫していたのだった。

たぶん私は懲りずに4回目のワクチンを打つことだろう。バカにつける薬が開発されないかぎり、何度でもワクチンを打ち続けることだろう。

苦い文学

向き不向き

人間には向き不向きというものがある、そういったことを考えるたびに私が思いだす出会いがある。

日本語の専門家だが、ちょっと変わった人がいて、ある時、私はその人と話す機会があったのだ。

彼がいうには、これから日本語教育に携わることになったのだという。

彼は、私が日本語を教えているのを知っていたので、こんなふうに聞いてきた。

「留学生ってどんな人たちなんでしょうね」

彼はあくまでも日本語の研究者で教育についてはよく知らないのだ。そして、彼は続けた。

「臭いんでしょうか」

さすがに私は呆れ、否定したのであった。

結局のところ、その人はしばらくして日本語を教えるのはやめにしたようだった。

おそらく向いてなかったのだろう。だが、いったい彼のなにが向いていなかったのか答えるのは容易ではない。

彼の人間性だろうか。

それとも、鼻だろうか。