研究

アラビア語チュニス方言の「情報的に余剰な与格」

 今度の日本言語学会第160回大会で、私は「アラビア語チュニス方言の「情報的に余剰な与格」」というタイトルで発表させていただくことになった。

 与格というのは「〜に」を表す格であるが、この与格には、感情表現に関わる変わった用法があることがいろいろな言語で知られている。チュニス方言でも同様な用法が見られるが、今回の発表ではこの与格が、言わずもがなの余計な情報を表している時に特殊な表現となるということを述べる予定だ。

 しかし、詳しくはサイトを見ていただければ分かるが、新型コロナウイルスのため、大会の開催は中止となった。予稿の公開のみとなるが、発表者の任意参加で、2020年7月1日(水)~7日(火)の間、YouTubeで研究発表の動画を配信することになっている。

 私はまだこの動画は準備していないが、配信に間に合うように学会に提出するつもりだ。今回の学会では動画の視聴は誰でもできるので、また詳しいことが分かり次第お知らせしたい。

チュニスの香水屋
散文

アラカン州の現状とカレン民族

 アラカン州(ラカイン州)の紛争についてちょっと書いたから、これについて4月14日、カレン人の団体が出した声明について触れておこう。

 これはInternational Karen Organisation(IKO, 国際カレン機構)という団体が出したものだ。IKOはミャンマー国外に暮らすカレン人の結成した団体で、レターヘッドにもあるように、アジア太平洋地域、ヨーロッパ、アメリカ・カナダ地域にまたがる国際団体だ。

 2015年10月、カレン民族とビルマ政府との間で停戦協定が結ばれたが、カレン人を代表して署名したのはカレン民族同盟(KNU)であった。この停戦は少なくとも国内のカレン人には支持されていたと思うが、国外で難民として暮らすカレン人にとっては納得のいかないもので、カレン民族への「裏切り」だと非難する者もいる。これら停戦に反対するカレン人の立場から活動しているのがIKOだ。

 以前からそれぞれの国にカレン人組織はあったが、それらがIKOとしてまとまるようになったのは、少なくともアジア太平洋地域においては、オーストラリアのAKO(Australia Karen Organisation)のリーダーが積極的に各国のカレン人コミュニティに協力を要請したからだ。

 日本は、他の国と異なり、複数のカレン人組織が活動している。停戦協定ののち、このAKOのリーダーが来て、IKOへの参加を呼びかけたが、今のところ、積極的に協力しているのは海外カレン機構(日本)(OKO-Japan)だけのようだ(ちなみに私はこの団体に参加している)。

 さて、今回の「ビルマ国軍の行っている無実のラカイン人(アラカン人)市民への射撃と殺害に関する声明」と題された声明について以下要約する。

 IKOはアラカン軍(Arakan Army)とアラカン人に対するビルマ軍の軍事行動を非難する(項目1)。

 ついで、アラカン州でビルマ軍がしていることはカレン人に対しても行われてきたことであるとの認識が示され(項目2)、これをビルマ独立以来70年続く、非ビルマ民族迫害の歴史の中に位置付け、この問題は「政治的な問題」であると述べる(項目3)。

 そこで政治的な解決としての和平交渉について述べるが、これを妨げるのが、アラカン軍をテロリストと決めつけるビルマ政府の態度であると指摘し(項目4)、こうした態度は、今後の和平交渉の妨げになるとビルマ政府を非難する(項目5)。そして、コロナウイルスが蔓延する中で加速する軍事行動を即時停止するように求めて声明は終わる(項目6)。

旅・観察

おもてなさぬの品川入管記(8)

 さて、後に、アラカン人(ラカイン人)の若者から、彼の出身地であるアラカン州(ラカイン州)について聞くことができた。それについて若干記して、終わりとしよう。

 まず、アラカン人について簡単に記すと、アラカン民族はビルマ民族とは異なる民族であり、かつては独自の王国を持っていたこともある。王国滅亡後はビルマ民族の支配下に入ったが、ビルマ独立後の連邦制でも不平等な地位を押し付けられていたため、民族の平等を求めて長い間、闘争を続けている。

 アラカン人の言語は、ビルマ語と近い。だからといって、非常に近いとは言えないようだ。私はこの点について彼に聞いたら、彼自身はビルマ語は学校で読み書きは習ったが、上手には話せないとのことだった。日本に来るにはヤンゴンにしばらく滞在する必要があるが、そこでも言葉の問題で苦労したようだった。

 また、彼はアラカン州でも州都シットウェではなく、ベンガル湾のラムリー島のチャウッピュー(Kyaukpyu)の出身で、そこの言葉は、シットウェの言葉ともまた少し違うそうだ。

 さて、このラムリー島について書かれたサイトを見ると、こんなふうに書かれている。

「第二次世界大戦中にイギリスと日本がラムリー島をめぐって争ったのは有名である。近年では、インド洋と中国を結ぶパイプラインと鉄道、深海港が設けられている」

 前者についてはいうまでもなく、我々は追い出された。後者は天然ガスのパイプラインで、その開発が環境破壊と人権侵害、資源の収奪の原因となっているとして、かねてから多くのアラカン民族が抗議している。ビルマ政府はこれら反対派からパイプラインを保護するためにビルマ軍を派遣しており、これがさらなる紛争と人権侵害を生み出している。

 中国との関係でいえば、ラムリー島は当然ながら漁業が主産業だが、中国船による乱獲によっても被害を受けているという。

 彼はまた、ラムリー島の隣にあるチェドバ島(マナウン島)と呼ばれる島についても教えてくれた。ここの住民の方言は、ラムリー島のアラカン語とはまた異なり、彼自身も理解するのに少々苦労するという。

 この島には、特筆すべきことが一つある。それは、美男美女の産地として有名であることだ。一名、美人島(min ma hla kyun)と呼ばれている。真偽の程は定かではないが、かつてポルトガル人が居住していたことに関係している、という説が唱えられている。

 私は美人にはまったく興味はないが、コロナが終わったらすぐ行くつもりだ。

アラカンの舞踊(2019年9月8日、新宿区で開かれたアラカン民族の式典で)
旅・観察

おもてなさぬの品川入管記(7)

 入管としては、もうこの質問表と引き換えに感謝状を差し上げたいぐらいだろう。自ら「偽装難民」と名乗り出てくれるわけだから。しかし、その感謝状の裏を見れば、しっかりと強制退去令が……という次第だ。

 ならば、このげに恐ろしき質問票にどう書いたらいいのだろうか。正解はもちろん、自分の難民性に関係することだけ書く、だ。

 「当該活動」をやめざるをえなかったのは「私は難民だからです」で十分だ。これは詭弁でもないし、嘘でもない。そもそも、難民でなければ日本になんか来なかったのだから。

 さて、紙を一瞥するや否やこれらの事情を瞬時に察した私は、素早く2人のアラカン人を制止した。ペンを握った2人はビルマ語の丸文字をすでに書き連ねていたのだ。

 「待ちたまえ! そこは難民の理由だけを書くのだ。うむ、消せばなんとかなる! で、いったいなんて書いたのかね?」

 「『私はアラカン州で命の危険があるので逃げてきました。難民です。』と書きました」

 「あ、そう」

 なに、わかってんじゃない。俺が口を出すまでもないのさ……。

 女性職員が紙を回収に来た。私が日本人だと知ると、私の身分確認もする。まもなく、男性のほうが呼ばれたが、すぐに戻ってきた。在留カードの住所変更をしていないので、受理できないのだという。

 次に呼び出された女性のほうは、無事に受理されて、11:30-12:00に再度呼び出しますという札をもらっている。

 ちょっと時間ができたので、私はこの間に仮放免保証金の還付手続きをするために4階の会計窓口に行った。20分ほどで済まし、10万円の小切手を受け取って再び3階に戻る。

 もう女性の手続きも終わっていた。後は、2階のBカウンターで技能実習ビザの変更手続きをするだけだ。しかし、もう十分だろう。私は2人を置いて入管を後にし、小切手を換金するために田町の銀行に向かったのであった。

旅・観察

おもてなさぬの品川入管記(6)

 この質問票は、日本ですでに何らかの在留資格を持っている人を対象としている。だが、永住者や配偶者ビザの人が難民申請をすることはまずない。念頭に置いているのは、留学生や技能実習生だ。つまり、この2つのカテゴリーの人々の申請が増えたがための質問票だ。

 そんなわけで、質問1の「現に有する在留資格に該当する活動(以下「当該活動」といいます。)」の「当該活動」とは「留学」もしくは「技能実習」となる。

 この「当該活動」を行っている場合、「はい」と答えてそれで終わりだ。だが、大抵の場合、申請者は学校を辞めるか、技能実習先を出てしまっている。したがって、ほとんどが「いいえ」となり、残りの質問2と3に答えなければいけないことになる。

 質問2はこんなものだ。「あなたが当該活動を行わなくなったのはいつからですか。」 これは、留学生の場合なら「学校を辞めた日付」、技能実習生の場合なら「実習先をためた日付」を書けばよい。

 問題なのが「3」だ。これがひっかけなのだ。留学生なら例えばこう書くかもしれない。

 「まともな授業が行われていなかったから」
 「学費が払えなかったから」
 「アルバイトができなかったから」
 「周りの学生のビザが出なくて不安になったから」

 技能実習生なら例えばこうだ。

 「来る前に聞いた話と異なるから」
 「給料から何万と差し引かれるから」
 「不当な扱いを受けたから」
 「ハラスメントを受けたから」
 「危険な仕事だったから」

 いやはや理由はごまんとある。

 だが、これらの回答はすべて間違いなのだ。0点だ。なぜなら、難民であるかどうかの問題とはまったく関係ないから。

 むしろこれらは、入管が、難民認定をしないための材料にしかならないという点で有害なのだ。つまり、入管はこれらの記述をもとに、留学生ならば「学業を怠って逃げた結果難民申請をしたにすぎない」、技能実習生ならば「実習先を逃げ出して難民申請をしたにすぎない」というお好みのストーリーをたやすく作り上げることができる。「連中は偽装難民だ!」と。だからこその「この質問票を私の在留審査の資料として使用しても構いません」だ。これが味の決め手だ!

 しかし、驚くべきことだ。「偽装難民」を生み出しているのは入管だったのだから。入管がメディアと一緒に盛んに喧伝しているあのイメージ、つまり、自分たちが「偽装難民」の軍勢に包囲され、いまにも陥落せんばかり、というあのイメージの背後には、こんなカラクリが隠されていたのだ。

旅・観察

おもてなさぬの品川入管記(5) 

 さて、私は正気を取り戻すと、じっくりとその紙を読み出したのだが、そこにはこう書かれていたのだった。

かねた一郎さま 九月十九日
あなたは、ごきげんよろしいほで、けつこです。
あした、めんどなさいばんしますから、おいで
んなさい。とびどぐもたないでくなさい。
                山ねこ 拝

 いや、間違えた。こうだ(これはビルマ語版なので全てにビルマ語訳が付されている)。

           質問票

1 あなたは現に有する在留資格に該当する活動(以下「当該活動」といいます。)を行っていますか。

  □ はい → 質問は以上です。下部に署名してください。
  □ いいえ → 以下の質問にも答えてください。

2 あなたが当該活動を行わなくなったのはいつからですか。

    年  月  日 西暦で記載してください。

3 あなたが当該活動を行わなくなったのはなぜですか。具体的に記載してください。



   → 質問は以上です。下部にも署名してください。

以上の記載内容は、事実と相違ありません。

この質問票を私の在留審査の資料として使用しても構いません。

申請人(代理人)の署名          年 月 日

 すでにお気づきであろう。

「この質問票を私の在留審査の資料として使用しても構いません。」

 この一文が曲者なのだ。つまり、これは単なる「質問票」なんかじゃない。これは難民審査なのだ。もう、審査が始まっていたのだ。申請者自身がそれと気がつかぬうちに!

 まさにトラップだ。

 申請しに来たばかりで右も左も分からない申請者から、うかつな一言を引き出すために設けられた罠。我が国の難民審査の剣呑なタチに気づいて申請者が用心深くなる前に入管が掠め取ったその一言は、後から効いてきて、難民の命取りとなるだろう……。

旅・観察

おもてなさぬの品川入管記(4)

 私たちに渡された紙は2枚。いずれにも無慈悲なトラップが仕掛けられていたのであった。

 1枚目は次のようなものだ。

           質問票(Questionnaire)

質問:あなたはこれまでに、日本で難民不認定処分を受けたことがありますか。
(英語、フランス語、シンハラ語、ミャンマー語、ベトナム語、トルコ語、ネパール語、ベンガル語、インドネシア語、カンボジア語、中国語、ウルドゥー語、アラビア語、ペルシャ語の訳文)

       □はい      □いいえ
(英語、フランス語、シンハラ語、ミャンマー語、ベトナム語、トルコ語、ネパール語、ベンガル語、インドネシア語、カンボジア語、中国語、ウルドゥー語、アラビア語、ペルシャ語で「はい」「いいえ」)

◆注意事項(NOTICE)◆

事実ではない回答をした場合、すぐに難民認定申請を受け付けられないことがあります。
In case of false answer, your refugee application might not be accepted soon.

作成日              氏名
DATE:               NAME:

 これは要するに、一度不認定になった人が「再申請」するのかどうかの確認のための質問票だ。もちろん読めばわかる。だが、世の中には読んでもわからない人もいるし、慌てるということもある。もし、再申請にもかかわらず、うっかり「いいえ」にチェックをつけでもしたら、はいそれまでよだ。

 なるほど「すぐに難民認定申請を受け付けられないことがあります」程度の被害かもしれない。だが、この「すぐ」は、イエスの「神の国は近づいた」と似た、終末論的な色彩を帯びた「すぐ」だということに留意しておいたほうがいいだろう。つまり、やってこない可能性だってあるのだ!

 とはいえ、こんなものは大したトラップではない。入管神学者の言葉の遊びだ。入管としてもひっかかってくれたらラッキーぐらいなものだ。

 しかし、もう1枚の紙はといえば、そこから放たれる「頼む! ひっかかれ!」の圧のあまりの凄さに、私はひと目見ただけで、ぶるぶると震えだし、失禁し、そのまま気を失ってバタリと倒れたのでした!

旅・観察

おもてなさぬの品川入管記(3)

 さて、先行きは不透明にせよ、椅子を確保してようやく私は、2人のアラカン人の若者と話す気になった。初対面の挨拶などすっ飛ばして3階にやってきたってわけだ。

 男性のほうはもともと日本語学校で学んでいたのだという。しかし、2つの問題が生じて、去年の秋に辞めた。ひとつは、クラスの中国人とベトナム人が寝てばかりいるのでろくな授業が行われなかったから。これは私も経験ある。思うに、日本と中国・ベトナムとの間にはたぶん12時間ぐらい時差があるのだ。そりゃ眠くもなろう……。

 もうひとつの理由はもっと深刻だ。彼は新聞配達の住み込みをしていた。新聞社の中には、配達の人手不足解消のために、ミャンマーの日本語学校と提携して留学生を受け入れているところもあるが、それだ。

 私はその契約がいかなるものかは知らないが、彼によれば、月給13万と聞いていたのに、9万円しかもらえなかったという。しかも、残業も多い。月給が減るのは、もしかしたら、何らかの経費が差し引かれていたということもあり得るので、必ずしも不当なものとはいえないかもしれない。しかし、残業が多いというのは、週28時間以内という留学生の就業規則に違反していた可能性もある。

 もっとひどいこともあった。数ヶ月ごとに販売店を変えられ、その度に新たな研修を受けさせられ、それを口実に、時給が下げられる、というのだ。

 これではやってられない、と思うのも当然、彼は学校も仕事も辞めることにして、難民認定申請をすることにしたのだ。

 難民認定申請は、そうした問題のある学生が利用すべき制度ではない、と考える人もいるかもしれない。私もそう思う。だが、彼が日本に来たそもそもの理由がアラカン州での紛争にあるのであれば、この時点での難民申請はやむをえないことのように思える。

 もう1人の女性は、技能実習生として日本に来たというが、難民認定申請に至るまでの過程については、私はあまり聞けなかった。というのも、カウンターから、女性の入管職員が出てきて、2人に話しかけてきたからだ。彼女は2人が申請に来たということを確認すると、在留カードを提出させ、コピーをとりに姿を消した。そして、すぐに戻ってきて、紙を2枚渡した。

 おのれ、おもてなさぬの品川入管め、この紙こそは、とんでもないトラップ。私の炯眼なかりせば、2人の若きアラカン人はこの先恐るべき災難に見舞われておったことだろう。

旅・観察

おもてなさぬの品川入管記(2)

 品川入管の「きびしさ」を噛みしめた私たちであったが、さらにそのきびしさを思い知ることになった。

 申請カウンターは廊下に開いた扉の中にあった。だが、その前は人でいっぱいだったのだ。諸国の民が殺到してた。廊下の両側には椅子が並べられている。だが、どれも埋まっていた。みんな、くたびれた書類を手にうなだれている。立って待っている人もいる。

 難民の椅子取りゲームだ!

 私はどこに取り付いたらいいのかわからない。椅子を狙えばいいのか、扉の前にたむろしている人々の中に入ればいいのか。

 いや、立っている人たちは椅子に座るのを待っているのかもしれないぞ。しかし、列は両側にある。もしかしたら、こっちの椅子の列は申請が終わって呼び出しを待っている人用なのでは。うっかりそんなところに座りでもしたら、1日待っても呼び出されない。

 私はカウンターに入って、職員たちに聞こうとする。職員たちは対応中で、相手にもしてくれない。「外で待っていてください」と追い出される。

 ふと壁を見ると、張り紙が。「お困りの方はご相談ください」と入管の電話番号が書いてある。バカバカしいが、私はそこに電話してみる。

 「どこで待てばいいのですか」

 「受付で聞いてください」

 埒が明かない。

 その時壁際の椅子がひとつ空いた。私は冷静に注視する。反対側の壁際の椅子から移動してくる人はいない……となると。

 今だ座れ!

 私はその椅子を占拠する。と同時に、周りの難民申請者たちを睨みつける。割り込みをしたという文句を封じるのだ。「おもてなし」なんかくそくらえだ。

 しばらくするともう2つ空く。壁際に立っていた2人のアラカン人を呼び寄せる。

 どうやら誰も何も言ってこない。とりあえずここにしがみついて何が起きるか待つのだ。

エレベーターの中
旅・観察

おもてなさぬの品川入管記(1)

 ビルマのアラカン州にはアラカン民族という古い歴史を持つ民族が暮らしているが、現在、ビルマ軍の攻撃により、多くの住民が危険にさらされているという。

 日本にはこのアラカン民族の政治団体があり、ずいぶん多くのアラカン人が、難民申請の末に日本での滞在を許可されて暮らしている。

 そのグループのリーダーが3月の初めに私に電話をかけてきた。2人の若者が品川の入管で難民認定申請をするから付き添いで行ってくれないかという。

 実際のところ、難民申請の付き添いに私が行っても何もできることはない。しかし、コロナのせいですることもなかったので、入管に行くことにした。先月書いた長崎大村入管訪問記に継ぐ、入管訪問記第2弾だ。もっとも、そんなに長くはなるまい。

 さて、私が品川入管、つまり東京入国管理局に行ったのは3月9日月曜日のことだった。10時に着くと、玄関前で2人の若い男女が待っていた。

 そのままいっしょに難民関係の部門のある3階に行く。

 私たちが用のあるのは申請のカウンターだが、その途中通りがかった難民調査のカウンターから、女性職員の罵声が聞こえてきた。申請者を怒鳴りつけているのだ。

 「おもてなし」の国でなんということが! 

 私は震え上がるが、よく考えてみれば、ここは、おもてなさぬの品川入管、歌にだって詠まれるほどだ。

     滝川で クリを捨てると微笑めば 
              泥沼のイガ 拾うきびしさ

 ほんと、きびしいのよ。