苦い文学

愛妻家

知人の同僚の、ある愛妻家の話だ。

彼の妻は病気で寝たきりだった。そのせいで彼には、人に言えない苦労もずいぶんあったに違いないが、愚痴のひとつもいわず、妻をいたわりつづけたという。

あるとき、彼が日焼けして職場に来た。聞けば、ふと妻に海を見せたくなり、病の妻とこどもを連れて遠出したのだという。「大変だったでしょう」と職場の者が感心して言うと「家族みんなで行けたのがうれしくて」と笑った。

やがて、その職場は大きなトラブルに見舞われた。そこで働く誰にとっても大変な時期が続いた。

そんななか、ある日、彼が無断で仕事を休んだ。携帯に電話しても通じない。翌日も彼は出てこなかった。

彼もまた、トラブルの対応で忙しくしていた職員のひとりだった。なので、精神的に参ってしまったのではないか、と誰もが心配になった。そこで、上司が家に電話をかけた。

妻が出た。

そして、寝たきり云々がすべて嘘であったことが明らかになった。

愛妻家の行方はといえば、実家にいた、寺にいた、などとさまざまな情報が流れた。だが、私の知人によれば、愛人の家にいたというのがもっとも確かということだ。

苦い文学

帝国の復興

ある兄弟の話だ。

弟はとても親孝行で、年老いた両親の面倒をなにくれとなく見ていた。

兄はといえば、弟とは逆で、近くに住んでいるくせに、めったに実家に顔を出しもしなかった。

ある日、弟が兄のところに行き、その親不孝ぶりを責め立てた。すると兄は怒って弟を追い出したのであった。

その兄は私の友人であった。彼は私にこの一件について語ると、次のように嘆じた。

「弟は、親孝行をしていれば、まるで、昔の楽しかった家族生活が戻ってくるかのような妄執に取り憑かれているのだ。弟にすれば、それに協力しない俺は敵でしかないというわけだ。だが、俺は親の人生よりも自分の人生のほうが大切だし、そもそも過ぎ去った時間をもとに戻すなど、いったい誰にできるだろうか」

私は彼のこの言葉を聞いて、最近、似たような話をどこかで聞いたように思った。

しばらく考えた私は、かつての偉大なるロシア帝国を取り戻そうと「兄弟」と(一方的に)思っているウクライナに侵攻を始めたプーチンのことだと思い当たった。

苦い文学

暴走族抗争秘話

昔、暴走族華やかなりしころ、私の住んでいた千葉の田舎で有名だったのはグループ・レッド・ゾーンという集団であった。彼らは「GRZ」の略称でも知られていた。

その名はさまざまな凄惨な噂とともに語られ、中学生であった私の心胆を寒からしめたものだった。

だが、当時は教師も平気で暴力を振るっていたから、これら「族」の若者たちがひどく乱暴なのも当たり前であった。彼らは夜な夜な繰り出しては、けたたましい音を立てて走り回り、グループ間の抗争に明け暮れていた。

当時、もう一つ有力な暴走族にグループ・ブルー・ゾーン(GBZ)という集団があった。

あるとき、GBZがGRZのところに行くと、GRZはなにやら悲しげだ。心配になったGBZが尋ねるとこう言うのだった。

「俺たちはこれまで街の奴らやポリ公に迷惑ばかりかけてきたが、これからは仲良くやっていきたいのだ。だが、街の奴らは俺たちを不良だと決めつけて相手にしないのだ」

そこでGBZは一計を案じ、GRZに打ち明けた——————

その夜、GBZはいつものように夜の街に繰り出し、町中が飛び上がるような爆音を響かせ、道ゆく人々に乱暴狼藉を働いた。

そこに現れたのがGRZだ。GRZは街の人たちを助け、GBRを追い出した。GBZの作戦のおかげで、街の人々はGRZを見直し、互いに仲良くなったのであった。

ある日、GRZが礼を言おうと、GBZのアジトに行くと、そこはもぬけの殻で、置き手紙が一通あるだけだった。

GRZがその手紙を開くと、次のようなことが書かれていた。

「ブオンブオンバババババババ、ブオンブオーン、パパパピパピプパ、ブオオオーン」

GRZは何度も読み返しては涙を流した。

以上は、私たちの地域に伝わる「泣いたグループ・レッド・ゾーン」という物語である。

苦い文学

ケンカ

「留学生」というとまるで均一の集団のように聞こえるが、当然のことながら異なる国からの出身者から構成されている。

そして、国や文化が違えば、軋轢も生じやすい。これも当然のことだ。

あるとき、授業中に留学生の間でケンカが起きた。教員が収めようとしたが、双方とも頭に血が昇って耳になんか入らない。しかも、ケンカは他の学生にも飛び火して、ますます手がつけられなくなった。

その教員はもはや自分では解決できないと判断し、教室を出て他の教員を呼びに走った。

同じ階では他に授業は行われていなかった。下の階に行くと明かりがついていない。そこで、上の階に行くと、別の教員がいた。その教員に事情を話して二人で下の教室に駆けつけた。

そして、二人の教員は目撃したのだ。

もぬけの殻の教室を。

教員がいなくなったので、みんな授業が終わったと思ってさっさと帰ってしまったのだ。あれほどいがみあっていた学生たちも、帰りたいという気持ちでは一致団結したというわけだ。

苦い文学

玉手箱効果

亀を助けたおかげで、竜宮城で夢のような日々を過ごしていた浦島太郎は、故郷が恋しくなって、帰ることを決意する。

乙姫は大いに残念がる。だが、結局のところ浦島太郎には浦島太郎の人生があるのだ。そこで、玉手箱を渡し「決して開けてはならない」と言いながら別れを告げる。

亀によって浜辺に送り届けられた浦島太郎は、村がなくなり、奇怪な建造物がいくつも立っているのに気がつく。あちこち尋ね回った結果、地上では700年も経っていたことを知って愕然とする。

砂浜にへたり込んだ浦島太郎は、玉手箱を開けようとする。すると、空からドローンに乗ったアンドロイドがやってきて、玉手箱と引き換えに金銀財宝を与えようと持ちかける。

浦島太郎は同意し、玉手箱をアンドロイドに渡す。アンドロイドはドローンに乗って飛び去る。

ドローンはその世界で最も高い塔のてっぺんに着く。その塔の上では、老人がベッドに横になっている。

これは世界を支配する独裁者で、2000年もの間、延命を繰り返しながら生き延びていたのだ。だが、ついに死が訪れようとしていた。

アンドロイドは独裁者の前で玉手箱を開く。白い煙が立ち上がる。

たちまち独裁者は700歳に若返りして、再び人類を残忍に苦しめはじめる。

風刺・戯文

日本で一番かたいもの

友人と、豚骨ラーメンを食べに行った時の話だ。頼んだのは私が先。「カタ麺で!」と付け加える。

すると、友人が「こっちはバリカタで!」

私はちょっとカチンときた。利いた風なこと言うじゃないか。

やがてラーメンが来た。我々はほぼ同時に麺を啜り終えた。すると友人が店長に「替玉お願い、ハリガネで」

そして、私のほうを見ると、半笑いで「店長、こっちにも替玉、カタ麺で……」

私は遮った。「こっ粉落としで!」 そして友人を蔑むような目で見返してやった。

そして、2度目の替玉の時がやってきた。先手を打ったのは私。

「粉落としじゃもの足りねーよ。店長さんよ、ひとつダイヤモンドで!」

そして友人のほうを指して、笑いを堪えながら「こちらさんにはニュウメン……」

すると友人、私を睨みつけるや大音声を発する。

「宮内庁の頭!」

そして、かんらかんらと大笑いしながら「日本にはこれ以上固いものはありゃしやせんて!」 もう勝ちを確信したってわけ。

ところが私ときたら、まっこと悠然たるもの。

「ダイヤモンドはやめで! こっちは……」と自信たっぷりに————

「眞子の決意!」

店内が水を打ったように静まり返った。友人はわなわなと椅子からずり落ちた。私の勝利が確定した瞬間だった。

そして、2回目の替玉を食べ終えた我々は、ラーメン屋を出ると、そのまま歯医者に直行した。

苦い文学

きびしい日本語

「やさしい日本語」は日本に暮らす外国人にとってわかりやすい日本語を使おうという取り組みで、最近は入管でも使用されている。

これは基本的には、災害時の情報提供や官公庁の通知などの書き言葉として用いられ、話し言葉としては想定されてはいないようだ。

おそらく、書き言葉とは違って話し言葉は相手に合わせて容易に調節できるからかもしれない(もっとも、本当のところこれはけっこう難しくて、訓練が必要だ)。

そのような調節された話し言葉の一例として、私が挙げたいのが入国管理局の受付、特に仮放免申請や難民申請などの部門の受付での「きびしい日本語」だ。

この「きびしい日本語」がいかなるものかというと、俗にいう「命令口調」なのだ。たとえば、入管で我々はこの「きびしい日本語」が、以下のごとく外国人に対して使用されているのを聞くのである。

「何?」「それダメ」「どうした?」「そこで待ってて」「あのね、それじゃ話にならないの」

そばで聞いていて私自身腹立たしくなるのだから、正面からこう言われている外国人の忍耐力にさいわいあれだ。

もっとも、入管が対応する外国人には日本語力の低い人もいるから、そういう人にも通じるようにと、こんなふうに「きびしい日本語」となったのかもしれない。だが、そのいっぽう、この言葉遣いからして、入管の外国人に対する態度が推しはかることができるともいえよう。

苦い文学

やさしい日本語

「やさしい日本語」とは、普通の日本語よりも簡単で、わかりやすくなるように配慮された日本語を使う活動のことだ。

日本には多くの外国人が暮らし、そのすべてが十分な日本語能力を持つとはかぎらないため、こうした取り組みが進められるようになった。とくに災害時の情報提供や官公庁の通知などで用いられている。

我らが入管でもいつのまにかこの「やさしい日本語」がはじまっていた。次の例は2020年6月9日の入場制限の整理券に書かれていたものだ。

「新しいコロナウイルスの病気を広げないために、建物に入る人の数を15分ごとに決めています。」(ふりがなは省略)

これは普通なら「新型コロナウイルス感染拡大防止のため15分ごとの入場制限を行っています。」とでもなるところだろう。

こうした取り組みは、もちろん重要だと思うが、入管には「やさしい日本語」よりさきに外国人に対する「やさしい心」を導入してもらいたいと思うのは、私だけでなかろう。

苦い文学

オリガルヒ

《サンケー新聞社説》
「軍の撤退の鍵はオリガルヒ」

プーチン大統領のロシアによるウクライナ侵攻がつづいている。国際法と人道に背くこの残虐な事態を引き起こしたプーチン大統領の責任は重大であり、一刻も早い軍の撤退が必要である。

とはいえ、プーチン大統領の戦争継続への意志は固く、現体制が続く限り、停戦の可能性は低いと言わざるをえない。

このプーチン大統領の暴走を停めるには、ロシア国内の対抗勢力の役割が重要である。その中でも鍵を握ると言われているのはオリガルヒ(新興財閥)だ。

オリガルヒとは、巨額の富を有する政商たちであり、プーチン大統領の有力な支持基盤をなす。しかし、ウクライナ侵攻以後、なかにはプーチン大統領と距離を置くような発言も聞かれるようになった。

政局に大きな影響力を持つオリガルヒが、プーチン大統領に働きかけ、その非を認めさせて「オレニアルヒ」とし、「オレガワルヒ」と反省させることを期待したい。

苦い文学

「人生100年時代」

厚労省が最近「人生100年時代」などと言い出した。

だまされてはいけない! 

前代未聞の妄言だ。

考えてみてほしい。あなたが今50だとしよう。ちょうど100の折り返し地点だ。そこで、あなたは、「人生100年時代」などというタワゴトを信じ込んで、残りの50年を安心して暮らせるように、仕事や収入、貯蓄、年金、医療について計画を立てることになる。

だが、あなたが100歳になる頃に日本はどんな状態になっているか知っているだろうか。

医学の進歩により「人生150年時代」になっているのだ!

だから、今、あなたが、100歳生きるつもりで計画を立てていたら、それはとんでもない見当違いなのだ。あなたは残りの50年を無一文で過ごすおつもりだろうか? 

しかも、それどころではないのだ。あなたが150歳になっている頃には、「人生200年時代」になっているのだ。

では、あなたが200歳になったときは? 300歳、いや、400歳では? ああ! 医学の進歩ときたら、もう想像を絶している。あなたはゼノンの矢のようだ。永遠に自分の死ぬ日にたどり着けないのだ。

そう、あなたは永遠に生き続けなければならない。永遠の労働、永遠の納税、永遠の確定申告……!

「こんな永遠の業苦を生きるくらいなら、もういっそのこと、ひと思いに!」とあなたが思ったとしても無理はない。

だからこそ、厚労省の役人どもは企んだのだ。この真実から我々の目を逸らさねばならない、と。そこで捏造されたのが「人生100年時代」とかいうまやかし。だが本当は、我々は永遠に搾り取られるのだ。