苦い文学

丸い輪の世界

「丸い輪の世界」というのは、水木しげるの短編で、ウェルズの「The Door in the Wall」がその着想のもとだったとよく言われる。

物語は、少年が不思議な「丸い輪」を通じて、亡くなった妹の暮らす世界を訪問するというものだ。この「丸い輪」はいつ出現するかは分からず、ついに「丸い輪」に入る機会を逸した少年は、妹と会うことができなくなるのだ。

2015年11月、ビルマでアウンサンスーチー率いる国民民主連盟が勝利し、「民主化」がはじまったが、私のカレン人の友人はこう言っていたものだった。

「今のうちにビルマに行っておいたほうがいいよ、これから、いつまた閉じてしまうか分からないから」

私はこの言葉を聞くと、いつも「丸い輪の世界」を思い出した。ちょうど日本とビルマの間に「丸い輪」があって、それがいつかはなくなってしまうかのようだった。

私はちょっと笑い話のように考えていたのだが、今年の2月、その「丸い輪」が消えうせたのは周知の通りだ。

風刺・戯文

猿とそのプロジェクト

X大学の霊長類研究センターは、国内唯一の霊長類(サル、チンパンジー)の総合的研究拠点である。その研究は、霊長類の進化、ゲノム、社会生態、思考、言語、認知学習、脳機能など多岐にわたり、日本のみならず、世界の研究をリードしてきた。

特に名高いのは、メスのチンパンジー、メイをめぐる研究である。研究所の推進するプロジェクトにおいてメイは、文字や数の学習を始め、高い知能があることを示した。さら、認知行動能力も高く、絵を描き、ブロックを組み合わせる様子は、メディアを通じて広く知られている。しかし、世界の研究者をもっとも驚かせたのは、メイが、人間とコミュニケーションを取るという高度な社会的能力を持っていることであった。

こうした輝かしい成果を誇る霊長類研究センターであったが、メイに関する研究プロジェクトの主導者にして、センター長を務める世界的な学者、Z教授による数億円に上る研究費の不正使用が発覚し、その名声は地に落ちた。X大学はただちに調査を行い、報告書を公表するとともに、Z教授を懲戒解雇処分とした。Z教授は声明を発表し、すべての疑惑を否定するとともに、今回の事件には「裏」があることをほのめかした。しかし、大学はこの声明を黙殺し、研究センターを解散し、「人類研究センター」とする組織改編を発表した。

そして、先日、センター長にメイが就任することが明らかになった。

苦い文学

竹の家

タイ・ビルマ国境の難民キャンプや貧しい農村の家は竹でできている。枠組みも竹なら、床も壁も竹だ。これは柔らかい細い竹を割って、編んだり紐で繋いだりして1枚の板のようなものを作るのである。屋根は、何かの葉っぱで葺いてある。

これらの家は、高床式で、地面より1メートルかそれ以上の高さに床があるのが普通だ。縁の下には家畜がいることもある。

2011年5月、タイ国境でカレン人の政治的な集会が開催され、私も参加した。東日本大震災から3か月にならない頃だ。余震もしばらく続いたことから、日本を離れるのに不安もあったが、タイ・ビルマ国境の揺れない大地に安心感も抱いた。

集会はビルマ側のジャングルの中で行われた。集会は4日間で、集会場は木と竹で作られたホール、宿泊先は例の竹の家だ。

これまで私はこの高床式の竹の家に何度も泊まったことがあったので慣れていたが、今回は違った。竹の家は揺れるのだ。その揺れを私の体は余震と勘違いしていつまでたっても落ち着かなかった。

集会の後は、近くの村で一泊した。そこではカレン人・カチン人・アラカン人の若い男女が、軍事教練を受けていた。私が泊まった竹の家もやはり揺れたが、疲れと慣れで気にせず寝てしまった。

朝起きると、枕元に大きなネズミの糞が落ちていた。

苦い文学

国境の酒

日本政府から退去強制令が出されたのに、さまざまな理由から故国に帰ることを拒否する人々は、基本的には入管の収容所に収容される。

そこで、日本での滞在を認められれば、出ることができるが、たいていの場合は、強制送還されるか、仮放免許可を得て一時的に制限付きの滞在を許されることとなる。この仮放免許可は、決まりはないが、最低でも1年は収容されている人に出ることが多い。それが出なくて、2年、3年と収容が長期にわたる人もいる。

収容所内は、タバコは吸えるが、お酒は飲めない。したがって、アルコール依存症の人にとってはよい断酒の機会になるが、そうした人々は仮放免された後も再び飲みはじめる。その結果、亡くなった人も私は少なくとも3人は知っている。

入管での生活は、単調で、ストレスの多いものだ。収容されている人の中には、酒を醸そうと試みる人もいる。私が聞いたのは、食事で出るバナナの皮の内側の筋を、発酵させるための食パンと一緒にペットボトルに入れて作るというものだ。実際に作った人によれば、まずくて飲めたものではないということだが、その酒でささやかな宴会が開かれていたのを目撃したという人もいる。

美味しいわけはあるまい。だが、少なくともささやかな自由の味はすることだろう。

私は思うのだが、もういっそのこと、この入管の酒を「くにざかい」とでも名づけ、1年もの、2年もの、3年ものと等級をつけて売り出したらいいのではないだろうか。

もっとも、この酒が地酒なのか洋酒なのか輸入酒なのか、そのあたりは私にもよくわからない。

苦い文学

我が国のリンボ

年老い、もはや死を待つばかりになった私は、最近、死後の世界について研究している。

三途の川、臨死体験、光り輝く世界などさまざまなことを言う人がいるが、私の研究によれば、人間が死後どうなるかは以下の通りだ。

死ぬと魂は肉体を離れ、海辺に立つ巨大な建物に連れて行かれる。そこで、審査の後、あの世(天国か地獄のどちらか)に飛び立つ。

問題は、死後の魂のうちに一定数、旅立ちたくないという者がいることだ。この世に未練があるのだ。そうした場合は、海辺に立つ巨大な建物の7階より上にある収容施設に留め置かれる。

そこで、被収容魂は、生者の世界に帰れるとのかすかな希望を胸に収容生活を送る。

海辺に立つ巨大な建物には、これらの魂をあの世に送るための専門の天使がいて、あの手この手で絶望させ、苦しませ、悩ませ、この世への執着を断ち切ろうとする。その手法はあまりにも残酷で、容赦ない。それは、人間の尊厳をはぎ取ることが、あの世への旅立ちに不可欠だからだ。

ときおり、天使は残虐な行為に夢中になって、故意にか誤ってか、被収容魂を殺してしまうことがあるという。

風刺・戯文

ソーシャル・ディスタンス

コロナウイルスのまん延とともに、ソーシャル・ディスタンスという言葉も定着した。

このソーシャル・ディスタンスは「社会的距離」、ソーシャル・ディスタンシングは「社会距離拡大戦略」と訳される。だが、我々の社会においては、あらゆるものが社会的なのだから、社会的でない距離などないのではないだろうか。それをどうしてわざわざソーシャルというのか。私はこの言葉を聞くたびに、ばかばかしく思っていた。

この秋、私はだれ訪うことのない険しい山奥を一人さまよい、一夜を過ごした。野営に定めた場所をぶらついていると、2本の立派な樹が離れて立っているのに気がついた。まるで鳥居のように見え、私は感心して眺めた。そして、こんなふうに考えた。その2本の樹の間の距離に「鳥居」という意味を与えたのは私であって、私によってその距離は始めて(おそらく有史以来始めて)社会的意味を与えられたのである。すなわち、私がこれらの樹を見る以前は、その間の距離は社会的なものでも何でもなかったのだ。

「ほれみろ」と私はつぶやいた。「ソーシャルでない距離など山奥にしかありはしないのだ」

私はふとその「鳥居」をくぐりたくなった。近づいていくと、2本の木の中間に小さな立て看板があるのが目に入った。それには筆でこんなふうに書かれていた。

「ソーシャル・ディスタンスの木」

看板の端にはマンガ風のカブトムシが描かれ「蜜に注意!」と呼びかけていた。

苦い文学

ありがとうと伝えたくて

駅前にパチンコ屋があって、開店前、朝早くから行列ができる。いつの頃からか、ひとりの男が、列に並ぶ人一人一人に丁寧にお辞儀をしている姿が見かけられるようになった。彼は「ありがとうございます」と感謝の念を告げているのだった。

身なりからは店員のようにも見えず、かといって経営者らしくもなかった。どうしてそんなことをしているのかは分からなかったが、彼を見ていると法華経に出てくる常不軽菩薩が思い出された。

あるとき中央公園に散歩に行ったら、ベンチにその彼が一人座っていた。好奇心を抑えられなくなった私は、彼に話しかけた。そして、いくつか当たり障りのない話題を経てから、彼の件の行動の理由を尋ねた。

「ああ、見てらっしゃったんですね」と彼は静かに答えた。「開店前に並ぶ方々一人一人に私がどうして感謝を伝えているかというと、ああいう方々を見ていると、ただ金を浪費するために朝早くから並ぶほど自分は愚かではない、ということが分かって安心するからです。まったく、ありがとうと言わずにはいられませんよ」

私はこれを聞くと「ありがとうございます」と深々と頭を下げ、散歩に戻った。

苦い文学

決裂の危機

イケメンは私にとって長い間、不倶戴天の敵であった。なぜなら、私は、人格的な高潔さや、見た目の美しさや、肉体の健やかさとは無縁の人間であり、なおかつそうした存在であることを峻拒してきたからである。

しかし、年をとったせいか、それとも、娘を得たせいか、最近、イケメンにそれほど激しい憎悪を感じなくなった。

それどころか、韓国のドラマに出てくる多種多様なイケメンを見るのにいささかの躊躇も感じないのだ。いや、進んで観るのだ。いや、むしろ、観るのを楽しみにしているのだ。

私は2015年、ミャンマーで行われた全国的停戦協定の調印式に、チン民族の代表団の一人として参加したことがある。この協定は、残念ながらとっくの昔に反故にされてしまったが、私はこのときの経験を生かして、イケメンとの停戦協定を全国に先駆けて行おうと思っている。

はたして停戦は実現するだろうか。それは、イケメンたちが、私の提示するたったひとつの条件を呑むかどうかにかかっている。

それは、私をイケメンの仲間に入れることだ。

苦い文学

町の恥

コロナのせいなのか、それともアベノミクスのせいなのか、私の住む町に、おかしな連中がウロチョロするようになった。

くたびれたトレンチコートをまとい、黒縁の眼鏡をかけた男は、いつもこの格好で、何やブツブツつぶやきながら、町のあちこちに出没する。今日だけで私は、朝に2回、昼前に2回、午後から夕方にかけて4回、さらに夜には2回、駅・スーパー・商店街で見かけた。

こいつに劣らずおかしなのは、身なりのよい年配の婦人で、なんと見るたびにかぶっている帽子が違うのだ。今日、朝7時ごろに見かけたときは、白い花の飾りがついた丸い帽子だったが、午後3時にはつばの広い黒い帽子を載せていた。そして、午後8時に私が駅の地下道ですれ違ったときには、茶色いニット帽を目深にかぶっていた。一人でファッションショーでもやっているつもりなのだろうか。

この町に巣くうおかしな連中について語り出すとキリがないが、もう一人だけ挙げておこう。そいつは、いつも駅のデッキにいて、ギターともウクレレともつかぬような奇怪な弦楽器を抱えている。そして、驚くなかれ、決してそれを弾くことはないのだ。私は今日も始発前からこいつを見張っていたから、本当だと断言できる。この「ギタリスト」はただ立っているだけなのだ。なんたる時間の無駄遣いであろうか。

どいつもこいつもたいした暇人で、頭のおかしい連中だ。こういう連中が徘徊しているとは、町の恥ではないか。政治家は何とかすべきだと思う。

問題:この町で、もっとも暇で、もっともウロチョロしていて、もっとも頭のおかしい住人は誰か答えなさい。

風刺・戯文

侵略

どうも、こんにちは。

まずは自己紹介をさせていただきますね。私はプロのプログラマーで、自由時間ではハッキングを専門にしております。

今回残念なことに、貴方の星は私の次の被害者となり、貴方の星のオペレーティングシステムとデバイスに私はハッキングいたしました。

数ヶ月間、貴方の星を観察してきました。

端的に申し上げますと、貴方の星がありとあらゆる破壊に夢中になっている間に、貴方の星のデバイスが私のウイルスに感染したのです。有機的・無機的を問わず、貴方の星のあらゆるデバイスへのフルアクセスとコントロールを私は獲得しています。

近頃、貴方の星が殺戮の大ファンで「戦闘動画」鑑賞を楽しんでいることを知りました。

意味はお分かりですよね……貴方の星が勢いよくミサイルを発射するいくつかのクリップを編集して、マスター・オペレーション中に閲覧していらっしゃった動画を組み合わせることにしました。

画面の左側では貴方の星がご自分を楽しませている様子、そして右側ではその時に遂行されていた作戦を表示するようなビデオクリップを作成いたしました。

数回マウスをクリックするだけで、とても簡単にこの興味深いビデオを太陽系どころか、銀河中に送信したり、インタギャラクティック・ウェブ上に単に投稿できたりすることはもうお分かりでしょう。

朗報は、まだ抑止することができることです。ただ 1,800,000 光年相当の量子コインを私の量子ウォレットに送金いただくだけで……