苦い文学

アツモノよ、懲りてナマスに吹かれよ

以前、ある日本語学校で、日本語の授業を担当したことがある。そのころ私は日本語を教えた経験はまったくなく、わからないことばかりだった。

私が担当していたのは、20人ぐらいの中級のクラスで、みんな中国人の学生だった。

あるとき、作文の授業をすることになった。私にとって初めての経験だ。私は学生たちに課題を提示し、作文を書かせ、回収した。

添削するのはもちろん私だ。日本語教師としてほとんど技量はなかったが、少なくとも、書き言葉の良し悪しはわかっていると思っていた。

そこで、私は時間をかけて丁寧に添削した。文法的な間違い、漢字の誤り、助詞の混乱、不自然な言い回し、不適切な接続詞などなど……たちまち作文用紙は真っ赤になった。

だが、日本語の作文の真髄を伝えるのに、手間を惜しんでいられようか。

そして、翌週、私は学生たちに赤字だらけの作文を返却したのであった。

それから、何が起こっただろうか? 学生たちから感謝の声があがっただろうか? 私の添削を押し頂いて「作文の書き方がわかりました! ありがとうございます!」とひれ伏したとでも?

それどころじゃない、かわいそうに学生たちはそれからまったく作文を書かなくなってしまった。

もう梃子でも動かない。うんともすんとも言わない。笛吹けど踊らずだ。

過ぎたるは及ばざるが如し、というやつで、それから私は、学生の作文には文字が書いてあればよい、ということにした。

苦い文学

難民すごろくで遊ぼう

「難民すごろく」とは、駒の難民を進めて「難民認定」という上がりを目指すすごろくだ。数日前に私はふりだしの部分を紹介したが、面白いのはそこだけではない。

難民すごろくの盤を開くと、大きく2つの部分に分かれているのにお気づきになるだろう。

左の面は普通のすごろくのようだ。すでにお話しした、スタート地点の「成田国際空港」は左下の隅にあり、そこから発したマス目の列は複雑に蛇行し、交差し、絡み合いながら中央の上がり(「晴れて難民認定!」)まで続いている。

ではもう片方の右面はどうかと言うと、全面にわたって大きな円環がひとつ印刷されているだけなのだ。その円環はマス目からなっている。

しかも、このマス目のサーキット、完全に独立している。つまり左面の部分と繋がっていない。まったく別のすごろくのようなのだ。

この右側の部分が何かというと、ここは「入管収容所ゾーン」なのだ。左面のマス目には「入管に収容される」と記されたマス目がいくつかあり、ここに駒が止まった人は、強制的に右側の「入管収容所ゾーン」に飛ばされるのがルールだ。

この「入管収容所ゾーン」から脱出するのは非常に難しい。マス目の指示はここでは驚くほど横柄で、乱暴で、残酷だからだ。10回休みのマス目だってざらにある。

「こんなところにいたら、左面にいる他のプレーヤーがどんどん駒を進めて、上がられてしまう!」と焦るかもしれないが、心配はいらない。

遅かれ早かれすべてのプレーヤーがこのゾーンにやってきて、世界が滅びるその時まで、ぐるぐる回り続けるのだから。

お正月に家族みんなでどうぞ。

苦い文学

マスクを外す時

2020年の2月にコロナ禍が本格的になり、私たちのマスク生活も2年以上となった。

ワクチンの接種の普及と、社会あげてのコロナ対策のおかげもあって、近頃では、制限緩和にむけての動きも見られる。

欧米ではすでにマスクの着用は限定的なものになりつつあるというし、韓国でもマスクなしでも外出できるようになったという。

我が国でも、マスクの着用が必要かどうかについての議論が活発になってきている。

ある記事ではこんなことが書かれていた。

「マスク着用が義務化された欧米に比べ、マスク着用が自発的になされている日本では、政府が主導してマスク着用を段階的に緩和していくべきだろう。」

私もこの見解に賛成である。そこで、私なりに、マスクの着用を完全になくすまでのステップを考えてみたので、関係者にはぜひ参考にしてほしい。

ステップ1:マスクを完全につけている状態
ステップ2:マスクを下にずらして鼻だけ出している状態
ステップ3:さらに下にずらして口も出している状態
ステップ4:マスクの耳掛けを右耳だけ外している状態
ステップ5:マスクの耳掛けを両耳外して、握りしめている状態
ステップ6:机の上に置いたマスクをじっと見つめている状態
ステップ7:マスクのことを考えまいとしても考えてしまう状態
ステップ8:外出中に、家に置いてきたマスクのことをふと思い出した状態
ステップ9:完全にマスクへの気持ちを断ち切って新たに歩み出した状態

苦い文学

健全なる論理

「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」

なんと恐ろしい言葉だろうか。私はこどもの頃から、この言葉に苦しめられてきたのだ。

なぜなら私の肉体は健全とはいえなかったから。見た目も悪かったし、走るのものろかった。どんなスポーツをやっても物笑いの種だった。

だから私はてっきり信じ込んでしまったのだ。自分に宿った精神もまた不健全である、と。

ああ、いったいこの世界のどこに不健全なる精神が安らげる場所があるだろうか。私は今に至るまで、自分の不健全でいびつな精神がバレないようバレないよう、怯えながら生きてきたのだ。

だが、最近のニュースはどうだ。スポーツ界では不健全なことばかりではないか。いじめ、パワハラ、セクハラ、暴言、隠蔽体質、勝利至上主義、虐待、清原。どれもいびつな精神の持ち主がやることなのだ。

そうなのだ! 健全なる肉体だからといって、健全なる精神が宿るとは限らないのだ。いやむしろ不健全な精神が宿りがちなのだ。

私は長年自分が感じていた引け目が解消されたように思った。不健全な肉体でも堂々と生きていけるような気がした。不健全な肉体の時代が始まったのだ!

私はすっかり元気になってしまい、この福音を伝えるべく、友人に電話した。彼もやはり不健全な肉体の持ち主なのだ。

だが、彼はこの福音に心躍らせるそぶりも見せず、こう返したのだった。

「なるほど、健全なる肉体には不健全な精神が宿ることもあるかもしれない。けれど、不健全な肉体にはもっと不健全な精神が宿ることだってありうるのでは?」

私は電話を切り、寝っ転がって Netflix を見ることにした。

苦い文学

老眼

今年のゴールデンウィークは、久しぶりに大学時代の友人と会ったのだが、私は彼の顔面を見るやいなや仰天してしまった。

彼の顔はといえば、いくつもの眼鏡によって覆い尽くされていたのだ。それらの眼鏡は、頭の上から顎の下に至るまで縦に隙間なく並んでいた。どの眼鏡も耳にかかっていたから、ちょうど丸まったダンゴムシの背中のように見えた。

そして、彼は何かするたびに、眼鏡をせわしなく取っ換え引っ換えした。

つまみをひとくち食べたり、ビールを飲むときには顎先の眼鏡をさっと引き上げる。私が話しかけると私のほうを向きながら頭頂の眼鏡に掛け直す。そして、メニューを見るときは素早く鼻先の眼鏡に入れ替え、店員に話しかけるときには、後頭部に引っかかった眼鏡をさっと前に回すといった按配なのだった。

つまり、あまりにも老眼が進行してしまったため、わずかな距離の変化にももはや目の筋力がついて行くことができなくなってしまったのだ。

だが、結局のところ、私も老眼だし、酒が進むにつれ彼の奇矯なふるまいにもやがて慣れてしまった。

しかし、それにしても楽しいひとときだった。私たちは、何十年も前の大学時代のエピソードにさんざん笑い合った。私はしみじみと言った。

「ああ、俺たちも気がつけばもうこんな年だ。ずいぶん歳をとったな!」

「そうだな。いったいあの懐かしくも楽しい時代はどこに行ってしまったのだろうか……」

彼は感慨深げにこう言いながら、あたかもはるか遠くの青春時代を見つめるかのように上を見上げ、眼鏡を付け替えた。

苦い文学

難民すごろく

「難民すごろく」とは、プレーヤーが日本にやってきた難民となって「難民認定」という上がりを目指すすごろく遊びだ。

スタート地点に駒を置こう。そこには「成田国際空港」と書かれている。そう、難民が日本に到着したところからこのすごろくは始まるのだ。

ではサイコロを振ってみよう。5の目が出た。悪くない。どんどん行くぞ、と駒を進めると、なんと1マス目で強制ストップだ。そこにはこんな指示が書いてある。

「1以外の目が出た場合:空港近辺のホテルに連れて行かれる。ふりだしに戻る」

ホテルというのは上陸を認められない難民が送り込まれる場所だ。残念、次なる処遇が決まるまで、難民はこのホテルでなけなしの金と気力を浪費させられるのだ。

1の目がよかった、と思うかもしれない。だが、よく見てみよう。最初のマスには続けてこんな指示が書いてある。

「1の目が出た場合:強制送還」

つまり、これでゲームオーバーというわけ。

この「難民すごろく」、品川駅構内にある入管のアンテナショップで好評販売中だ。ものすごく時間がある人はぜひ遊んでみてほしい。

苦い文学

難民超能力開発研究所の設立に向けて

私は今、資金集めに奔走している。というのも、かねてから実現を夢見ていた難民超能力開発研究所の設立を決意したからだ。

みなさんにも資金援助をお願いしたいので、この場を借りてこの研究所についてお話ししようと思う。

日本では難民として認定されるのは非常に難しい。出入国在留管理庁が 2021 年 3 月に出した発表によると、難民認定申請者数は 3,936 人、認定されたものが 47 人だという。つまり、難民として認定されるのは、申請者の 1 %ほどだということになる*。

(*難民申請の審査にかかる時間を考えると、この 47 人のほとんどは、2020 年度より前に申請した人であろう。またほかにも考慮すべきことはたくさんある。だが、ここではすべて無視して単純に計算している。)

すなわち、日本における認定難民は 1 %という狭き門をこじ開けることのできた特殊な人々なのである(合格率 1 %の国家試験があったら、と考えてみてほしい!)。

もしかしたら、これらの人々は、事象の確率を操る能力があるのではないだろうか。そんな能力があれば、たとえ確率が低くても難民認定など朝飯前なのだ。

そのとおり。まさしく認定難民たちは超能力者なのだ。

そして、難民超能力開発研究所の目的は、認定難民の持つこの超能力をさらに開発し、その能力を日本の安全保障のために用いることだ(この能力があれば、クレムリンでも、ホワイトハウスでも、どこだって簡単に忍び込めるのだ!)。

研究所はいくつかの部分に分かれている。もっとも大きな部分を占めるのが認定難民に超能力開発訓練を提供する場だ。そこでは、ヘッドギアをつけた難民たちが、サイコロを振ってゾロ目を何度も出したり、じゃんけんで連勝したり、あるいは高度な交通シミュレータでいくつもの信号を常に青で通過する訓練を行なっているのが見られるだろう。

別の部分では、難民を開頭し、その脳に直接的な刺激を与えることで、超能力を引き出そうという試みが行われる。また、超能力を飛躍的に増大させるために強力で特殊な薬物を投与する実験棟もある。

こうした研究所では、警備もまた重要だ。なぜなら国防上のトップシークレットそのものだからだ。難民たちの安全を守る上でも、警備は厳重でなくてはならない。

万全を期すため、警備員には入管職員を採用するつもりだ。

苦い文学

未来における光学

未来をさまよいつづける私が辿り着いたのは、木立に囲まれた沼だった。近づくにつれなにやら騒ぎ声が聞こえてきた。

見れば沼には丸い物体が浮かび、その周囲を緑色の人々が忙しく立ち働いているのだった。

沼の岸に立つと、カッパたちだということがわかった。

私が不思議そうに眺めていると、年老いて、頭の皿も干からび気味のカッパが近づいてきて挨拶をした。じつに気の良さそうな顔つきだったので私は尋ねてみた。

「みなさんはいったい何をなさっているのでしょうか」

「私たちカッパにとって重要なプロジェクトが今日はじめて実行されるのです」

「といいますと」

「私たちは人間文明に迫害され、一時は絶滅しかけましたが、今はこのようにカッパの黄金期ともいえる時代を迎えております。私たちは苦難の時代を振り返り、私たちを助けてくれたあらゆる存在に恩返ししようとしておるのです。カッパはもちろん人間にもです」

老カッパは誇らしげに沼の球体を指さした。

「あそこにある物体はタイムマシンです。私たちはあれで過去に赴き、恩人たちに恩返しとしてささやかな贈り物をしようと考えておるのです」

「では、これから過去に出発しようというのですか」 そう言いながら、私は歓喜に震えた。私もこれを使えば自分の時代に戻れるかもしれないのだ!

老カッパは答えた。「ええ、そうです。私たちにとって歴史的な瞬間です」

「で、その恩人とはどのような人でしょうか」

「私たちが最初の恩返しに選んだのは、私たちのことを記録してくれた人間です。『河童』と古代の言語で名づけられたその貴重な記録のおかげで、私たちはいにしえのカッパの生活と意見について知ることができるのです。その人の名前は、なんと言いましたかな、たしか……」

「芥川龍之介では?」

「ええ、たしかそんなような名前でした。アコダガワー……。伝説によれば、アゴダグワーは不幸な人だったらしく、私たちはその不幸を取り除くことで恩返ししようと考えています」

「芥川は自殺したのです」

「ええ、そうです! よくご存知で。古文書によればアグダガワーは『将来に対するぼんやりとした不安』を抱いて自殺したとのことです」

そのとき、沼の中の球形のタイムマシンが回転を始めた。それは速さを増しながら、少しずつ浮かび上がった。

「いよいよですよ。私たちカッパの新しい時代の幕開けです」

私はその不思議な光景を見ながら尋ねた。

「つまり、みなさんは、芥川龍之介の自殺を阻止するために過去へと旅するというわけですね」

「そうです。私たちが用意した贈り物によって彼は自殺を思いとどまり、カッパについてもっとたくさんの記録を残してくれることでしょう」

タイムマシンは恐ろしいほどの速度で回転しながら、奇妙な音を発し始めた。

「その贈り物とはいったいなんなのです」

「最先端のオプチカル(光学装置)ですよ。アギダギワーがこれを目に装着すれば『将来に対するぼんやりとした不安』がくっきりはっきりと見えるようになることでしょう」

その時、タイムマシンが恐ろしい音とともに爆発し、カッパたちの頭の皿がけたたましく鳴り響いた。

たちまち沼は大混乱に陥った。私は背を向けると、未来をさまよう旅を再開した……。

苦い文学

半減期

原発事故が起きたとき、その周辺のすべての住民は強制的に避難させられた。

私たちみんなだ。

私たちは楽しく遊んで暮らしていたのだが、楽しかったすべてのものを捨てなくてはならなかった。そして、仲良く暮らしていた私たちは、離れ離れになってしまった。

私たちが移住したのは見知らぬ町だった。清潔で、暮らしやすく、放射線量に悩まされることもなかった。

だが、生活はつらいものだった。なぜなら、私たちは他所者だったから。

はじめは誰もが歓迎し、同情してくれた。しかし、それらの気持ちはまるで、甘いコーティングのようなものだった。時間が溶かしてしまったあとは、その下に隠されていた憎悪が剥き出しになった。

私たちは好きでこんなところに来たのではないのだ。そして、町の連中だって好きで受け入れたわけではないのだ。

私たちの誰もが「帰ろう」と密かに言い交わすようになった。その囁きは次第に大きくなり、私たちの心を激しく突き動かした。

ある夜、私たちは故郷に向けて出発した。

どれだけ放射線が高かろうと構うものか、と私たちは思った。

放射能物質にはいつかは半減期がくるが、人の憎悪にはいつまでたっても減る時などきやしないのだ。

苦い文学

多様性の社会

「これからの私たちの社会は多様性を認め合うことが必要です」と先生は僕たちの前で語られた。

「そうした社会をつくるためには、今このクラスにいるみなさんもまた、多様性を認め合うことが必要です」

僕たちは黙って聞いていた。

「たとえば、同性愛という方々がおられます。男性なのに男性を愛したり、女性なのに女性を愛する人々です。私たちはこうした人々も受け入れてあげなくてはなりません」

ここで先生は急に笑った。

「いや、受け入れてあげる、というのはおかしな言葉でしたね。なぜなら、この教室にもそうした方々がいらっしゃるにちがいないからです」

僕たちは互いに顔をチラチラうかがった。

「ある統計によれば、100人に3人はLGBTQだそうです。ということは、この50人のクラスに最低1人はいるという計算ですね」

クラスはざわつきだした。

「そういう人がいても意地悪や差別はいけませんよ。同じクラスメイトなのですから。では、聞きましょうか。LGBTQの方はどうぞ手を上げてください!」

誰も手を上げなかった。先生は不機嫌になられた。先生によれば、これは僕たちのクラスで差別が横行している決定的証拠なのだ。だから、かわいそうなLGBTQが手を上げられないのだ。

「そういう差別的な生徒たちは先生がきつく懲らしめてやりますから、心配しないでください。もう一度聞きますよ。LGBTQは手を上げて!」

今度はみんな手を上げた。先生はもう顔を真っ赤にして、前列の生徒たちをひとりひとり殴りはじめた。

「おまえか! おまえか! LGBTQは!」

先生は気がすむまで僕たちを殴ると、「今日中にLGBTQをひとり見つけ出さないと、もっとひどい目に会いますよ!」と言い捨てて教室を飛び出していった。

僕たちは話し合いの結果、自分のスマートフォンにもっともたくさんクイーンの曲が入っていた生徒を、先生に引き渡すことにした。