苦い文学

誤送金?

以下は昨日私のもとに送られてきた詐欺メールをコピーしたものである。注意喚起のためにあえて掲載させていただく。


件名:こんなことありえますか??

はじめまして? 久慈富男と申します。

いきなりですが、信じられない?できごとが起きました。

ある町の役場が誤って大金を送金してしまったのです。

間違いは誰にだってあります。ですが、この不運、信じられますか? その誤送金先が、たまたま最悪だったのです。大金を受け取った男はたちまち全額ギャンブルに使ってしまいました。

そんなこともあるかもしれません。ですが、もう一つ不運が重なりました。この男、たまたま、まったくツキのない?男だったのです。

こんなことありえますか? たまたま誤って送金した先が、たまたま最悪で、しかもその男たまたまツキにも見放されてた。極端な不運???

しかし、どうでしょう、見方を変えてみてください? これだけの不運が起きたということは、逆に? もしかしたらこの町には最高の幸運が眠っているんじゃない?

わかりましたか?

もしですよ、この町で宝くじを買ったら? 大アタリ?

私たちは全力で買いに行きます! だからあなたにメールしました。

行くの3日後です。負のパワーが逆転する?最高の一粒万倍日。

あなたのお金が一万倍になる日?

あなただけにお知らせします? 一口50万円から。何口でも!

千載一遇の機会!!! 急いでください、今日中に締め切ります(以下のリンクから!)。

PS. 当日は、あの誤送金の関係者がお忍びでご来場かも? さらに当せん確率アップ??????

苦い文学

第二の人生

次のニュースです。

(都内某所で、しょぼくれた老人たちがデモを行っている様子)

「第二の人生など迷惑なんだ!」「そのとおり!」

「第二の人生反対!」

なにやら聞き慣れぬメッセージを叫びながら気勢をあげる高齢者たち——

人生100年時代を迎え、第二の人生を楽しむ人々が増える中、第二の人生に反対する活動が波紋を呼んでいます。

デモを企画したのは、全国のしょぼくれた老人で作る「第二の人生阻止協議会」。その名の通り、第二の人生を阻止するために結成されました。

(デモ参加者)「私はいつか本当の人生が始まると考えて生きてきました。なのにその人生が始まる前に第二の人生だって? とんでもありませんよ」

(リポーター)「おいくつですか」

(デモ参加者)「当年とって76です」

デモに参加するのは高齢者ばかりではありません。なかには50代も———

(50代のデモ参加者)「私は長い間、無職でぶらぶらしていましたが、ついに天職を見つけたのです」

(リポーター)「それはなんですか」

「そば職人です。今そば打ちの修行をしているのですが、本当に腹が立ちます! 周りが『第二の人生でそば打ちなんて素敵ですね』なんて。いやこっちは第一の人生これからなんですよ。(いきなり叫び出す)第二の人生でそば打ち反対!」

(しょぼくれた老人たち)「そば打ち反対!」「悠々自適反対!」「いきがい断固拒否!」

同団体は今後、国を相手取り「第一の人生」の返還を求めていく方針です。

苦い文学

どうして人は陰謀論を信じないのか

陰謀論というのは、爬虫類人間が人類を支配しているとか、ワクチンにマイクロチップが仕込まれている、とか、荒唐無稽で、およそ信じ難い要素がたいてい含まれている。

そのせいか、陰謀論の話題になると、「どうして人は陰謀論を信じるのか」という問題がしばしば取り上げられがちだ。

だが、こうした議論でときどき私が気になるのは、「陰謀論を信じない人」のほうが普通で、「陰謀論を信じる人」のほうが異常、という捉え方が多いことだ。

こういう捉え方をするからには、もう、結論は決まっている。異常な人が陰謀論を信じるのだ。

事実、陰謀論を信じる傾向があるとされるのは、「低収入、低学歴、社会的孤立」といった特徴をもつ人々だとされることが多い。

どうしてかというと、「低収入、低学歴、社会的孤立」は社会的にはマイノリティだからだ。そして、我々の社会ではマイノリティであるとは、別の言い方をすれば異常だということなのだ。

だが、実際のところ、陰謀論を信じるか信じないかは、収入も、学歴も、社会的に孤立しているかどうかも、あまり関係ないのではないか、あるいは、本質的ではないのではないか、そんなふうに考えさせられる例も多い。

私はこの問題についていろいろ考えた結果、次のような可能性もあるのではないかと思うようになった。

人間は陰謀論を信じるのがデフォルトの状態なのではないか、と。

だから、問題は「どうして人は陰謀論を信じるのか」ではなく「どうして人は陰謀論を信じなくなるのか」なのだ。

この点についてはまた別に書きたいが、ここにかの「地頭理論」が関わってくるのだ。

苦い文学

焼き鳥

私はこれまで愛国心を目の敵にしていたが、なぜだか、急に国を愛する心が湧いてきたのだ。そんなわけで、私は先日、都内69店舗展開中の「酒保しらなみ」に行った。今、話題の愛国居酒屋だ。

私は友人とどっかと席に座り、とりあえずのビールを頼むと、ゆっくりじっくり、つまみの選定にかかった。

名物は、五つの素材の味のハーモニー、八紘シチウだとか。「これを頼まなきゃ、非国民だゾ!、のキャッチフレーズでお馴染み!」とメニューには書いてあるが、いったいCMでもやっているのだろうか。私は友人に聞く。

「この八紘シチウってのにするか」

「まずそう」

「じゃあ、やめるか」と再びメニューを見る。すると友人が聞いてきた。「こっちのはどう? この『鳥かえせ』ってのは」

「『鳥かえせ』? ちょっとメニュー見せて。『店主が拉致被害者の帰還を願いながら丁寧に一本一本焼き上げた当店の特製焼き鳥、鳥かえせ』か。いいんじゃない。頼もう」

私たちは店員を呼んだ。「はい、お待たせしやした」と駆けつけてくる。

「えっとね、『鳥かえせ』、二人前お願い」

「あっ、すいません。終わっちゃってまして、普通の焼き鳥ならできるんですが」

「えっ、焼き鳥ができるんなら、『鳥かえせ』だってできるんじゃない、同じ鶏肉なんだから」

「ちょっと、店長に聞いてみます」と店員、調理場の方に駆け込んで、何やら言葉を交わしているようす。そして、戻ってくるとこんなことを言った。

「すいません。鶏肉はあるんですが、店長の拉致被害者の帰還を願う気持ちが切れちゃってて、ちょっと……」

私たちは、もっと愛国的な居酒屋を探すために店を出た。

苦い文学

カラフル

学校での暴力が問題になっているけど、昔はこんなことは問題にはならなかったな、と平助は思った。

平助が子どものころは、教師は怒り狂って殴るものと決まっていた。そのための教員免許だったのだ。

平助もよく殴られた。小学生の頃もだが、中学生に上がったらもっと殴られるようになった。

かといって、平助が反抗的であったとか、不良であったというわけではなかった。むしろ、普通の朗らかな少年であった。だが、もしかしたら朗らかすぎたのかもしれない。それが教師たちの気に触ったのだ。なんにせよ、平助が教師のビンタから逃れる術はなかったようだ。

平助をよく殴ったのは白石という体育教師だった。そして教師だけでなく、先輩たちにもよく殴られた。とくに黒木という一学年上の先輩は、殴るだけでなく、蹴りも入れてきた。

おかげで平助は中学校に行くのがすっかりいやになってしまった。朝になると体が動かなかった。だが、一日か二日も休めば、またぞろ登校しだした。そしてまた、白石と黒木にさんざん殴られるのだった。

だが、平助がその後、大人になって、多少物事がわかってくると、この経験を別の角度からとらえることができるようになった。

中学のことをありがたく感じるようになったのだ。

中学時代を思い出すたびに彼は「ああ、白石と黒木だけでよかったな」と感謝する。そしてこんなふうにつぶやくのだ。

「もし、青山とか、赤坂とか、緑川とか、黄谷とかがいたとしたら、きっと中学生の俺の体は持たなかったろうな……」

苦い文学

安らかに眠れ

私のおじさんは生涯仕事につかなかった人で、いつもぶらぶらしているか、お酒を飲んでいるかのどちらかだった。

みんなおじさんのことを馬鹿にしていたが、こどもの頃の私にとってはそうではなかった。いつも面白いことや奇妙なことを言うので、大好きだったのだ。

あるとき、親戚のお葬式があった。私はおじさんと一緒に座っていたのだが、弔問客のひとりが棺の前で「あっちですきなお酒でも飲んでください」と言った時、おじさんがこっそりと苦々しげに舌打ちした。

気になった私はどうしてそんなことをしたのかと、尋ねた。すると、おじさんは「お葬式ではそんなことは言ってはいけないんだ。なぜなら、葬式にはあの世の住人たちがひそかにやってきて、人々の様子を監視し、その会話に耳を傾けているのだから」と言うのだった。

「でもなんで言ってはいけないの」と私。

「お葬式で『ゆっくり休んでください』とか『安らかに眠れ』とか言う人がいるけど、それは絶対にダメなんだ。あの世の住人ってのは、そもそもあまのじゃくなんだ。だからそんなことを言うと、あの世の住人たちは『ということは、この死者はあの世でもっとも忙しい部門に配属だな!』と勝手に決めちゃうんだ! これじゃあ、せっかくのあの世で休むことなんてとてもとても!」

「じゃあ、すきなお酒でも飲んでください、というのは?」

「これなんかもっとダメだ。『すきなお酒でも飲んでください』なんて、あの世の住人が聞いたら、『じゃあ、酒は取り上げてやれ』の一択だ! 死んでる間は一滴だって酒にありつけない」

「じゃあ、なんて言えばいいの」

「何にも言わないでいい、何にも。あの世の住人にヒントはいっさい与えるな!」

それから2年ほどして、おじさんも亡くなった。

葬式で、お棺の前に立った私は「おじさんがあの世に行って、こっちではみんなせいせいしてますよ」と、あの世の住人に聞こえるようにはっきりと言ってやった。

苦い文学

地頭理論

「地頭がいい」という意味で使われる「地頭(じあたま)」がいつから使われ始めたのかわからないが、辞書でひくと「かつらなどをかぶらないそのままの毛髪の頭」という意味しかないから、それほど古い言葉ではないのだろう。

「地頭がいい」というのは「生まれついての頭のよさ」という意味で使われているようだ。

それはすなわち「頭がいい」ということなのではないかと思うのだが、「地頭がいい」もかなり聞かれる。

(これはひとつには「頭がいい」が必ずしもほめ言葉ではないことにもよろう。つまり「あの人は頭がいい」は場合によっては「あの人はずる賢い」という意味にもなる。)

どうしてこの言い回しが普及しているのかについて、私なりに考えてみたのだが、「地頭がいい」という言葉を使う人は、(それを意識しているかしていないかは別として)ある「特定の見解」を共通して持っているのではないか、と思うようになった。

「地頭理論」というのはこの「特定の見解」について私が名づけた名称である。

この「地頭理論」がいかなるものかというと、それは次の3つの特色ある見解から成り立っている。

「地頭理論」の3大特徴
①地頭万能主義:地頭がよければなんでも可能という考え。
②教育無能主義:地頭のよさは教育とは関係なく、ゆえに教育は意味がないという考え。
③地頭至上主義:勉強とか研究とか学校でなされるすべてのことは、地頭の良さに劣るという考え。

この「地頭理論」はあるひとつの方向へとその信奉者を導いていくのだが、それについてはまた別に書きたい。

苦い文学

収容の気分

入管収容所というのは、刑務所とは違って刑期がないので、いつ出られるかもわからない。これはとても苦しいことで、精神的に参ってしまったり、自殺を試みる人もいる。狂気か死しか逃げ場がないのだ。

さて、入管収容所に毎週のように通って、支援活動をしている人がいた。入管に行っては、被収容者の相談に乗ったり、差し入れをしたり、仮放免の申請をしたりしていたのだ。

そんなふうに被収容者と接し、収容所での厳しい暮らしを知るにつれ、彼はなんだか胸が押しつぶされるような苦しさを感じ始めた。閉じ込められている人々に感情移入しすぎたせいにちがいなかった。

入管のことを考えると、窒息しそうになった。しまいには、収容所のような逃げ場のない場所、混んでいる電車とか、エレベーターとかにいるのも耐えられなくなってきた。

やがて外出することもできなくなった。これでは仕事などできるわけもない。彼は仕事を辞め、無収入になった。

そして今、彼は、入管に賠償請求する準備を進めている。

勝ち目はないだろうが、無駄ではなかろう。

苦い文学

あの世に持っていけるもの

私たちはいずれ死ぬ。

どんな人でも死ぬ。

金持ちであろうと貧乏であろうと等しく死ぬ。

そして、どんなにお金を持っていようと、どんなに宝石を持っていようと、あの世には持っていくことはできない。

生まれた時に何ひとつ持たなかった私たちは、何ひとつ持たずに死んでいくのだ。

私も自分の死について考える年齢になった。ある年齢を過ぎると、死がいっそう身近になるものだ。

私には財産もない。お金もない。宝石などもない。ただ、本が山ほどある。今から読んだって100年かけても読みきれない量の本だ。貴重な本もある。もちろん、これだってあの世に持っていけないのだ。

あの本は持っていっていいけど、この本はダメ、文庫本はいいけど、ハードカバーはダメ、そんなものではないのだ。どの本もダメなのだ。そんなこと聞いてなかった、と嘆いてももう遅い。一生かけてこんなものをせっせと集めたとは、バカらしいではないか。

では、膨大な音楽はどうだ。私はたくさんの音楽を聴いてきた。かつてはレコード、そしてカセットで。CDの時代になってからは、私はとことん集めた。部屋中がCDだらけだった。

ところが、今はもうCDなど聞かない。私はすべてパソコンに読み込んでしまった。そして、CDは、読み込んだ後、すべて売り払った。

今は音楽データがあるだけだ。しかし、このデータとはなんだろうか。このデータとは……。

まるで肉体を捨て去った魂のようなものではないか。

あの世には、お金も宝石も本も持っていけない。だが、この音楽データだけはひょっとしてひょっとしたら……。

いや、それどころか、電子マネーだって……。

苦い文学

真の日本語教師

ある素晴らしい日本語教師のことをぜひ紹介させてください。

都内のとある日本語学校にいるその人は、熱意とやる気に溢れ、いつもクラスのこと、学生のことを考えているような教師だ。

近頃は、どこの教育の現場でもそうだが、ただ単に教えるのではなく、学生たちが自分で学び、自ら成長していくように促していくのが大事だとされている。これを「学習者の自律性を重視した教育」だとか、「自律した学習者の育成」だとかいうのだが、この教育手法をもっとも熱心に実践していたのが彼であった。

「教えてはいけないのだ」と彼はよく言ったものだった。「ただ学生の自律的な学びを手助けするだけで十分なのだ」と。

しかし、この教育法は実践するのはなかなか難しい。というのも、学生にしてみれば先生はあくまでも先生なのだ。「教わりたい」という気持ちをなくすのはそう簡単ではない。

この「教わりたい」という気持ち、これが、学生たちの自律学習を妨げていると彼は見てとった。これは結局、依存に過ぎないのだ。

では、学生の教師に対するこの依存心を消滅させるにはどうしたらよいか。

彼はたった一つの答えを見出した。それは、彼ほどの優れた、そして徹底した教育者にしてはじめて可能な方法だった。

彼は日本語をすべて忘れたのである。

これならば学生たちは教わるまい、そう考えたのだ。

無論のこと、学生たちは驚き、唖然とし、怒った。日本語教師が日本語を知らないなんて! 学生たちは乏しい日本語を駆使して非難し、猛烈に抗議したが、彼にとってはどこ吹く風だ。なにしろ日本語はまったくわからないのだから。

結局、学生たちは諦めて、自分たちで勉強を始めた。彼の捨て身の努力が実を結んだ瞬間だった。

そんな彼が、現在どうしているかといえば、日本語学校で日本語を学んでいる。