旅・観察

ベルベル語への旅(2)

3 月 22 日の朝、私はチュニスからガベスに行く列車に乗った。遅れがあったり、途中で別の列車に移らされたりで、8 時間以上かかったと思う。

この列車の旅は、3 つの点で大変だった。ひとつは指定席を買ったのに、その席に人が座っていて、いくら言っても知らんぷりされたこと。しかし、1 時間ほどすると車掌が検札にきて、座らせてくれた。2 つめはトイレが汚くて使えなかったこと。そして、3 つめはラマダーン中だったことだ。

ラマダーンのあいだ、日中は食事ができない。私のような外国人は断食しなくてもいいが、大っぴらに飲み食いするのは気が引ける。そんなわけで列車の中では最低限の水しか飲まなかったが、そのおかげでトイレに行かずに頑張ることができた。

しかし、ガベスに着き、ホテルにチェックインしたときにはもうクタクタだった。朝から考えると、14 時間、ほとんど飲まず食わず、トイレにも行かずに過ごしたことになる。ホテルの一室で、隠れるようにポテトチップスを貪り食っていると、電話がかかってきた。チュニスの友人が紹介してくれた人がやってきたのだ。

ホテルのロビーに降りると、キャップとサングラスの男性が立っていた。

「ベルベル語について調べたいんだってな」と彼は英語で言って、手を差し出した。「さあ、我々のアドベンチャーの始まりだ」

大袈裟な言葉のように思えたが、旅を終えてみると、まさしくそうだった。もっとも、危険なことなどなにひとつなかったが。

(写真:ガベスに向かう列車の中)

苦い文学

トランプ関税クライシス

それでは経済ニュースです。

(トランプ大統領の映像)トランプ大統領が発表した「相互関税」で世界中がパニック状態に陥っています。

(株式市場の映像)実際に関税が発動する事態になれば、世界的な景気後退が予測されるとあって、金融市場はすでに大混乱。

(自動車輸送船に向かう輸出車の列の映像)日本の経済界も不安とともに事態を見守っています。トランプ関税により、日本の主要産業である自動車関連企業が大きな打撃を受けるからです。

(エコノミスト登場)「日本の自動車産業にとってアメリカは大きなマーケットですから、関税により大幅な減収となるのは間違いありません。これは自動車産業だけでなく、日本社会全体にとって危機的状況です」

(都内の町工場の情景)そんななか———ここは東京足立区綾瀬にある工場。混迷する経済をよそに工場はフル操業を続けています。

(作業服の社長が語る)「ええ、もういくら生産しても追っつかない状況が続いています」

(記者、驚く)「これがみんなアメリカに輸出されるのですか?」

(社長)「そうです」

この企業が製造しているのはなんと関税。アメリカではトランプ大統領があちこちに関税をかけすぎたせいで、深刻な関税不足となり、それを補うために、日本や中国から輸入しているとのことです。

(アメリカ人のバイヤーが関税の味見をする様子)「うん、素晴らしい品質です。全部ください」

(社長がバイヤーと握手する様子)あっという間に商談がまとまりました。

日本の関税は、ヘルシーなイメージから、今後もますますアメリカでの需要が高まる見通しです。

苦い文学

覚悟

「あなたは祖国のために戦えますか」とその女性政治家は私たちに語りかけた。

「いま、日本は危機的状況にあります。私たちの周囲の国々はロシアのように野心をむき出しにしています。私たちのこの国はいまにもウクライナのようになるかもしれないのです。そのとき、みなさんは戦えますか。ウクライナの勇敢な兵士のように、銃を持って立ち上がれますか?」

私たちは「おお!」と叫んだ。女性政治家はほほ笑んだ。

「みなさんは違うようです! 日本では、間違った教育のせいで、多くの若者が国を憎むようになってしまいました。ですが、みなさんはまったく違うのです! なんと頼もしいことでしょうか」

私たちはだんだん上気してきた。もう戦場に行きたくてウズウズしてきたのだ。「ヤー!」 誰かが思わず叫ぶと、私たちみんなが「ホー!」と返した。 

「みなさん!」と女性政治家もまた叫んだ。「国のために死ぬ覚悟はありますか!」

たちまち嵐のような雄叫びが巻き起こった。私たちはその覚悟を問われるのをこれまで待ち続け、そしてついにその時が来たのだ! 私たちの国は、そこまでになったのだ。

私たちの反応に感極まった女性政治家はさらに次のように言って、私たちを熱狂させた。

「私もです! 君たちの貴重な命を失っても、自分の決断を後悔しない覚悟はできています!」

苦い文学

荒野の誘惑

イエスが荒野にひとりいると、悪魔がやってきて言った。

「もしおまえが神の子ならば、この石をパンにすることができるはずだ」 

イエスは答えた。「人はパンだけで生きるものではない、と書いてある」

それから、悪魔はイエスを高い所へ連れて行き、世界のすべてを見せて言った。

「もしも私にひざまずくのならば、世界のすべてをあげよう」

イエスは答えた。「主なる神を拝し、ただ神にのみ仕えよ、と書いてある」

それから、悪魔はイエスをエルサレムの神殿の上に連れて行き、言った。

「もしお前が神の子ならば……」

私「ちょっと、ちょっと、お前ら二人なにやってるんだ! 勝手に入ってきて! とっとと出ていけ!」

イエスと悪魔、泡食って逃げ出していった。

私はといえば、人生に絶望していたのだった。過去を振り返れば、そこにはなにもなく、ただ荒涼とした荒野が広がっていた。かといって、将来にもなにかあるわけでもなかった。むしろいっそうひどく荒れ果て、草一本生えないというありさまだった。

すると、ちょうどいい荒野があると聞きつけてイエスと悪魔がやってきて、例のくだりをおっ始めやがった。油断も隙もありゃしない、とはこのことだ。

苦い文学

帝王のダイエット(ダイモーン編)

ソクラテスのダイエット法とやらを早く教えよと迫る帝王に、賢者デリヘルスは落ち着き払って次のように答えたのであった。

「ソクラテスにはダイモーンと呼ばれる存在が心の中におり、そのお告げにしたがってダイエットをしたとのことでございます。それがダイモーン式と呼ばれるダイエット法でございます」

「そのダイモーン法とやらはなんなのだ」

「ソクラテスはこのダイモーンの声が聞こえると、どこであろうと、そしてどんな気候であろうと立ち止まり、そのまま何日間も身動きしなかったのでございます。このような苦行のおかげで、ソクラテスは頑丈でしっかりした肉体を維持していたとディオゲネス・ラエルティオスは記しております。では、帝王よ、さっそく衣服と靴をお脱ぎになって、宮廷を出て外にまいりましょうぞ! これから四日間ばかり立ち続けて、このダイモーン式を実践するのでございます」

「むむ……余にはちと似つかわしくないように思えるぞ。それに、あいにく外は吹雪に大嵐じゃ……」

窓の外を見れば、季節は春、ポカポカ日和で小鳥が楽しげに歌っている。だがデリヘルス、さすが国随一の賢者だけあって、そんなことはおくびにも出さない。帝王が雨といえばこの世は雨というわけだ。

「賢者デリヘルスよ、ソクラテスのやり方は余には合わんようじゃ! 他の案を出せ! さもなければ、宰相もろとも縛首じゃ!」

もはや生きた心地もしない宰相を尻目に賢者デリヘルスはといえば微笑むばかり、さてその返事はいかに?

旅・観察

古いほうの収容ウイルス、長崎入管訪問(その5)

 仮放免の手続きは、大体どこの入管でも2〜3時間かかる。だから、だいたい朝の9時に手続きを開始するようにいわれる。そうすると昼前には終わるのだ。

 9時に大村入国管理センターに確実に着いているためには、当日早朝出るよりも、前乗りしておいたほうが安心だ。ということで行きは25日の朝に成田を出る便、帰りは26日の17時に長崎空港を出る便を予約した。

 保証金の40万円を受け取ったのが、出発前日の24日のこと。中サイズのスーツケースも渡された。これは何のためかというと、長い収容生活を支えた服や本などの私物を詰め込むためのものだ。スーツケースの中には大きなバッグも入れられてあった。

 仮放免されるときに、こうしたバッグがないと、ゴミ袋を抱えて出てくる羽目になる。うっかり置き忘れでもしたら、捨てられること間違いなしだ。いや、見た感じ、ろくなものは入ってやしない。新品らきしものは一切ない。だが、これらが、長期の収容が被収容者を洗い流したのちに残った全財産ということもあるのだ。

 さて、スーツケースの中には、ビルマのお菓子も入っていた。これは私に、というわけで、ありがたくいただいた。(つづく)